企業不祥事の防止と監査役の「発見力」
今年の企業不祥事に関する代表的事例としては、①H社の冷蔵庫エコ原材料使用に関する景表法違反(エコ大賞返上)、②N建設政治献金問題、③N郵便関連事件、④J社幹部による鉄道事故調査会問題そして⑤K社「エコナ」(特保許可失効届提出)事件などが印象的なところでしょうか。とくに消費者庁設置後に大きな問題となったK社の事例につきましては、企業側があくまでも「食の安全」ではなく「食の安心」にこだわり、消費者庁による特別チームの「再審査」を前に自主的に許可失効届を提出する事態となり、消費者問題に対応する企業の姿勢を示す象徴的な事件となりました。
消費者関連法や独禁法関連法等の改正により、ますます企業不祥事の防止に向けて、コンプライアンスへの取り組みが要請されるところかもしれませんが、「あれもやらねば・・・、これもやらねば・・・」となりますと、体制整備事項ばかりが肥大化していき、「ほんの少しの不祥事発生の可能性のために、どうしてこんなに多くの統制活動をしなければならないのだろうか」(ある監査役の方のご意見)といった疑問も生じてくるところではないでしょうか。
10月9日に日本監査役協会(ケーススタディ委員会)より「企業不祥事の防止と監査役」なる報告書がリリースされ、アンケート結果集計、集計結果の解説、ケーススタディの研究成果等がまとめられております。(この内容は今年の監査役全国大会での研究課題にもなっているところであります)個人的には不祥事事例の研究(第2章)がとても興味深いところでありますが、企業不祥事の防止に関するインターネットアンケートの結果につきましても、なかなか読みごたえがあり、この連休中もかなり熱心に読ませていただきました。(非常勤社外監査役へのアンケート調査結果というものもありますね)
このなかに、監査役が自社の企業不祥事をどのように知ったのか?というアンケート項目がありまして(153ページあたり)、その回答結果によると「監査役が自ら不祥事を発見した」のはわずか7.3%にすぎない、ということだそうであります。(担当取締役や関係部署からの報告を受けて知った、というのが88%の圧倒的多数)おそらく、この結果をみるかぎりでは、内部監査室や会計監査人との連携によって、担当取締役よりも早く不祥事を知った、ということもなさそうですので、現状の監査役体制においては、監査役さんによる不祥事発見力というものはそれほど大きなものではないのかもしれません。しかし、私は常々この「不祥事発見力」の養成こそ不祥事防止体制の効率化にとってもっとも大切である、と考えておりますし、講演等でも力説させていただいているところです。内部統制の整備(構築と運用)や、監視力も重要であることは当然ではありますが、この「発見力」がないと不祥事を早期に発見するための「情報の選択」(何が合理的な疑いを抱かせる情報か?)もできませんし、また何を監視すればよいのかもわかりません。また、人的、物的資源に乏し監査役さんが何か疑惑を発見したとしても、それが不祥事なのかどうかは、内部監査人との連携や、会計監査人との連携などの信頼関係がなければ明らかにはなりません。このアンケート結果のなかで、監査役自ら不祥事を発見した人は、在任3年未満よりも4年以上の監査役のほうが多い(5.8%→9.5%)ことからも、そういった「不祥事発見力」は監査役の能力であることがわかると思われます。
内部統制の整備や監視体制の強化、そして不祥事発生後におけるクライシスマネージメント(危機管理)につきましては、企業がそれなりにコンサルタントや人的体制強化など、お金をかけることによって「いいもの」を作り上げることは可能であります。しかしながら、監査役にかぎらず、社内で不祥事発見機能を向上させるためには、お金をかけるだけでは困難であります。(逆にいえば、もっともお金をかけずに不祥事防止体制を構築するために有用なのが「発見力の向上」であります。不祥事を早期に発見すれば、企業の損害も最小限度に抑制でき、また大事に至るまでに不祥事対策をとることができますので、不祥事を隠ぺいする動機も少なくなります。)社内における経験と勘を持った人材が育成されなければ発見力は養成されないものであり、そのためにはまず、どのような情報を集めてくれば「疑惑」が合理的に説明できるのか、といったことを地アタマで考える思考力が必要であり(これができないと、被定例の調査へ移行することについての関係者の協力が得られません)、避けがたい情報の滞留を解消できるだけの行動力も必要である(たとえば「歩きまわる監査役」)と考えます。些細な内規違反から取締役の異常行動を発見したり、アトランダムに数値が並んでいるところから規則性のある数値の並びを発見したり、事実不明のまま調査が終了している内部通報のファイルをいくつか眺めてみて新たに疑惑を発見するなど、監査役さんも訓練や研修によってこの「発見力」を高めることが可能であります。発見するのはなにも「不祥事」である必要はなく、「不祥事の疑惑」で十分であります。(疑惑→不祥事は、内部監査や会計監査人、外部の法律・会計専門家に任せればいいわけであります)企業不祥事と監査役との関係では、このあたりも今後の課題ではないかと考えております。
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コメント
K社は「食の安心」にこだわったのではなく、評判リスクと経費の両方を最小限に抑えようと、こずるく立ち回ろうとしただけに見えます。
本当に「食の安心」にこだわるならば、会社の姿勢を示すチャンスでもあり、販売停止とともに家庭等にあるものまで全量自主回収するはずでしょう。
コンプライアンスの取り組みの失敗が、「消費者庁による特別チームの「再審査」を前に自主的に許可失効届を提出する事態となり、消費者問題に対応する企業の姿勢を示す象徴的な事件」になった事は山口氏も認めるところではないでしょうか。
投稿: お客様に「安全」と「安心」を(笑 | 2009年10月13日 (火) 10時32分
花王株式会社の件を「不祥事」とくくるのはまずいと思います。
先端的効用を持つ食品の研究開発・販売と安全性の限界事例において、企業側が折れざるを得なくなったケースだと思います。
一部の消費者が何年も前からネガティブキャンペーンをやっているなかで製造販売を継続してきたわけですから、安全性につき一応合理的な根拠をもっていたのでしょう(これが無ければ「不祥事」)。
そういう意味で、いわゆる不祥事が外部の目によって発覚し是正を迫られたケースではなく、効用と安全の両面での科学の進歩に応じて企業が適時に対応できているケースだと私はみています。
消費者サイドの「漠然とした不安」が確かなものかどうかで今後の対応も変わってくるでしょう。
結果的に安全なものだったとしたら、むしろ花王は極めて大きな風評被害を被ったことになりますね。
投稿: JFK | 2009年10月13日 (火) 12時09分
ここ3年ほど、ずっと読ませていただき、なるほどと思いながら良い勉強をさせていただいております。ありがとうございます。
私も、K社「エコナ」の件は、企業不祥事として取り上げることは、しっくりとこないところがあります。
日経ビジネスの2009.10.19号掲載の時事深層「虚実ない交ぜ”消費者主権”」という記者名入り記事を読む限りにおいて、そう感じている次第です。化学物質のことは門外漢ですので、記載の経緯で判断しているだけですけれど。
むしろ、山口先生の日頃おっしゃっている、「リスク・マネジメント」のケース・スタディとして非常に重要なものになるように思う次第です。
新製品開発に伴うリスクにどのように対応するのか、という視点でのことですが。
投稿: 茲愉有人 | 2009年10月21日 (水) 11時40分
皆様、コメントありがとうございました。(レスが遅くなりまして申し訳ございません)
本論とは異なるところで、ご意見をいただいておりましたが、エコナ問題、いろいろなご意見もあろうかと思います。安全ではなく安心というところでコンプライアンスを語る違和感のようなものは実は私も感じているところです。
ご指摘のとおり、これが業績に影響するということになりますと、リスク管理のひとつとして問題を検討するほうがいいのかもしれませんね。しかし「食の安心」ということになりますと、食品会社であればどこも抱えるリスクということでしょうね。まあ今回は「トクホ」というレベルが貼ってあることに特色があるのでしょうが。
食品会社の監査役さんに、またオモシロイお話を聞いてまいりましたので、関連エントリーを立ち上げるときにまたご披露させていただこうかと思っております。
投稿: toshi | 2009年10月29日 (木) 01時34分
DMORIです。toshi先生しばらくでした。
私も、K社のエコナ問題につきましては、発ガン性が疑われるものかどうかという、発端の事象そのものを企業不祥事にする必要はないと思っております。
しかしながら、今回のK社がまずかったのは、そのあとの処理でした。スーパーなど販売先への出荷は停止して、納品済み製品の回収を行ったのに対して、一般消費者への告知をあいまいなままにしたのです。その意味では、企業不祥事を二次的に招いたケースと思っています。
K社は、電話をかけてきた消費者には、着払いで返品を受け付け、商品券で返金する対応を行いながら、自社のホームページには返品先を表示しない期間がありました。そのことがネット上でいろいろと批判も浴び、さらにトクホの認定を取り下げざるを得ない状況になって、ようやく個人からの返品先を表示したのです。私のブログでも、この問題はアクセスが多かったですし、今でもアクセスが地道に続いていて、消費者の関心の高さを感じています。
クイックルワイパーをはじめ、商品開発力で一流の企業イメージを築いてきた優良企業と、私も認識していたのですが、そのわりにエコナの消費者対応では、以外に二流のレベルで立ち回っていたのが、意外でしたし残念でした。
投稿: DMORI | 2009年11月14日 (土) 21時34分
割り込んで申し訳ありません。
花王自身が実際どのように考えているかは知りませんが、それなりの研究開発を経て販売された自信の商品だったのでしょうから、具体的危険性(発がん性)が不明な段階で一斉回収する必要も義務もないでしょう。
短絡的に一斉回収なんてことをやれば逆に経営責任問題になります(過剰補償)。誠実な対応と自損行為は別物です。
むしろ、個人的に気になる方への対応から始めて、検証の進度や世の中の動きを適時に判断して厳格な対応にシフトしていくことは評価されるべきです。
仮に発がん性物質が含まれていたとしても、発がん物質の量や発症の具体的蓋然性を抜きに、物質の含有だけで消費者が騒ぎ、回収に追い込めるのなら、世の中回収すべき品物ばかりでしょう。そうなると消費者権力論も現実味を帯びてきますね。
私は花王に何の利害関係もありませんが、今の段階では一流とも二流とも言えないと思いますよ。
DMORIさんのご見解は、「エコナを食するとがんになる危険性がある」ということが前提になっていませんか?あるいは、疑いの具体性・確実性とは無関係に回収義務懈怠(不祥事)になることが前提なのですか?
投稿: JFK | 2009年11月15日 (日) 01時45分
JFKさん、お世話様です。
エコナに発ガン性があるかどうかは、私に治験能力があるわけではないので、ぜんぜん分かりません。
拙宅でも女房はずっとエコナを使っていましたし、早く店頭に復帰してほしいと思っている客の一人です。
問題は、スーパーなど小売企業からは回収した対応と、一般消費者への対応に大きな差があったことです。
一般消費者からは、返品したいとの積極的な申し出があった人にのみ、返送先を知らせており、自社のホームページには返品受付の事実を伏せていました。
また、その返品先を告げる際にも、発ガン性は立証されているわけではなく、安全なのだということを「くどくどと説明した末に、ようやく返送先を答えた」といった消費者の声が、ネット上で飛び交っていました。
安全だと自信をもっているなら、取引先の大手スーパーに対しても、堂々と宣言して戦うべきです。それでスーパー側が強制的に返品してきても、「一応受け取りましたが、弊社としては安全性に自信を持っております」といい続けるべきです。
それが、取引先企業とコンシューマーで対応に落差があったということが、今回の問題で企業イメージを下げてしまった原因であり、一種の「企業不祥事」に当たるという、私の見解になっています。
投稿: DMORI | 2009年11月15日 (日) 21時28分
なるほどです。取引先/消費者への対応の違いと安全性への自信に一貫性がない(中途半端)ということですね。
一つだけヘリクツを言わせていただくと、取引先との関係では、安全性へ
の自信とは無関係に回収する必要があったのではないでしょうか。
つまり、消費者に不安が走った商品は売れない⇒商品価値低下⇒ビジネス
上回収せざるをえない、ということで、対小売店との関係では安全性を
主張しても意味がなく、いわばキズものとして回収したのと変わらないの
では?
一方、消費者のほうは不安がってるご本人達ですから、安全である理由を
説明したうえで、それでも駄目なら返品に応じるという対応をする。
トクホ消滅前の段階であれば、上記の対応はバランスがとれているように
も思います。
投稿: JFK | 2009年11月16日 (月) 03時38分