証券取引所ルール変更への上場企業の対応は万全ですか?
法律・会計雑誌の特集などを眺めておりますと、民主党の「公開会社法プロジェクト」に関する話題がてんこ盛りでありますが、そのまえに矢継ぎ早(やつぎばや)に東京証券取引所の自主ルールが改訂されつつあることをご存じでしょうか?今週は東証の執行役員の方や、大証の自主規制部門の責任者の方に「今回の東証ルール変更はけっこう上場会社にとって重要ではないの?」と質問をさせていただき、いろいろとお話をうかがいましたが、私的には「公開会社法」への関心も重大事でありますが、こちらのほうへの対応もきちんとなされたほうがよろしいのではないか?と考えるところであります。ご承知のとおり、東京証券取引所ルールの改訂は、おそらく他の証券取引所の自主規制部門への影響は大きいと思いますので、「うちは東証ではなく、ヘラクレスだから・・・」とのんびり構えてもいられないと思います。
まず要注意は、東証より平成21年10月29日に「上場制度整備の実行計画2009(速やかに実施する事項)に基づく上場制度の整備等について」がリリースされておりますが、この文書(趣旨と概要)だけを読んでも、内容はあんまり理解できないのではないか、という点であります。といいますのも、このリリースは、今年8月24日に施行された有価証券上場規程等(および東証業務規程)の一部改訂が前提となっておりまして、この「一部改訂」の中身を理解していないと「なんのこっちゃ?」ということになりかねません。また、一部改訂といいましても、施行規則や業務規程の改訂まで含めますと「新旧条文対照表」がA4で120ページほどにもなりますので、それまでの規程との対照確認だけでもけっこうたいへんであります。「企業行動規範」の問題なのか、「適時開示ルール」の問題なのか、それらのルールに違反したらどうなるのか・・・といったあたりの整理が必要ですし、企業行動規範のなかにも「遵守すべき事項」と「望まれる事項」に区分されておりまして、その実効性確保の手段にも差異があります。
また、もっとさかのぼりますと、そもそも実効性確保の手段という観点からすると、ガバナンス報告書における開示規制(説明責任)を中心に据えたもの、適時開示ルール(義務)をもって規制するもの、また企業行動規範において義務付けを図るものなど、いつくかのパターンがありまして、たとえば第三者割当規制はどうなるの?新株予約権発行時における監査役さんの適法性意見や社外役員による意見制度は?社外役員の導入規制は?独立性要件は?IFRS(国際財務報告基準)の準備体制の整備は?反社会的勢力との関係排除は?インサイダー取引防止体制の整備は?内部統制に関する開示は?株主総会における議決行使結果開示は?などなど、それぞれの重要な項目はどのような規制手法が用いられ、また規制に反した場合には、どのような企業の対応が必要となるのか等、きちんと整理をしておく必要があろうかと思われます。(なかには上場廃止基準に該当したり、特設注意市場銘柄に指定されたり、上場契約違約金をとられたりする場合も増えますのでコンプライアンス経営という視点からも要注意であります)
さらにさかのぼりますと、たとえば企業行動規範」において「望まれる事項」を遵守できない場合、もしくはコーポレート・ガバナンス報告書において、ガバナンス原則としてベストプラクティスが示されているにもかかわらず、そうでないガバナンス体制を採用するような場合には、投資家や株主向けに「どうして遵守しないのか」「どうしてモデル型とは違った型を採用するのか」といったことへの合理的な説明が求められるところでありますが、そのあたりの説明内容につきましては、金融庁スタディグループや経済産業省「企業価値研究会」等のリリースした報告書の中身を十分に理解しておくことが不可欠だと思われます。
今回の上場整備は金融庁の認可を経て、今年12月ころには実施されることになりますので、ほとんど準備する時間的余裕もないのかもしれませんが、こういった自主ルールへの対応については、東京あたりでも法務担当者レベルでの講演会等は用意されているのでしょうかね?規制対象項目によっては、内閣府令の改正との関係にも配慮する必要がありそうなので、重要なポイントだけでも整理しておく必要があるものと思うのですが。それとも「別冊商事法務」あたりでモデル文例集等が刊行されて、必要個所を検討しておけば足りるのでしょうか?自主ルールに抵触して、証券取引所から改善報告書(これまでは適時開示ルールに違反した場合のみでしたが、今後は企業行動規範に違反するケースでも求められることになります。5年間の公衆縦覧はけっこうツライですよね。。。)を徴求される事態というのは、けっこう上場企業のレピュテーションリスクという面からみましても問題が大きいものと認識しておりますので、このあたりへの対応は結構重要なのではないか、と思う今日この頃であります。
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コメント
ごぶさたしています。
さすがに山口先生は鋭い!8月の制度改正とともに、今回の制度整備は実務へのインパクトは大きいと思います。
他方、あまり騒ぎたてるほどのことはなく、法律雑誌やセミナーなどで説明される留意点に注意を払っておいていただければ、十分対応可能です。というよりは、アドバイスする弁護士の側として、きちんと理解しておくことがまず大事かと思います。最近のガバナンスの動向について、ある研究会で発表された会社法ご専門の先生の報告があまり分かりものではなく、まだ理解が十分に広まっていないかな、という身近な経験(苦笑)もありました。企業実務担当者の方には、若干注意をしながら解説をお読みいただくとよいかと思います。
ただ、今年6月の金融庁(http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20090617-1.html)と
経産省の報告書(http://www.meti.go.jp/report/data/g90617bj.html)、さらに監査役協会の報告書(http://www.kansa.or.jp/PDF/ns_090403_02.pdf)を読んでいただければ、東証のルール改正を理解することは難しくありません。現在パブコメ中のものについても、東証の回答をあわせて読んでいただけば、理解の一助になります。
この議論は、かなり分かりにくくなってしまっているのも事実で、改革を進めようとする動きに対して、かなり経営者側からの抵抗が強かったというのは想像に難くありません。その点で、いろいろな意見を見ながら、考え方の相違点をよりよく理解することが肝要かと思います。私見は差し控えますが、経営者団体(経団連や取締役協会)側から公表されている論点整理(http://www.kansa.or.jp/PDF/ns_090403_02.pdf)(これに対する反論として、日本コーポレートガバナンスフォーラム(http://www.jcgf.org/jp/publishment/pdf/summary.pdf)や提言(http://www.jacd.jp/)がありますし、また経済同友会も白書においてガバナンスに関する提言を記載しています(http://www.doyukai.or.jp/whitepaper/articles/pdf/no16/090703_3.pdf)。
ご関心のある方にはそちらも是非ご一読いただきたいところです。
最後に一言付言すれば、悲惨な株式パフォーマンスは、年金や生命保険の予定利率を通じて多くの国民に当然関わってくる問題でもあり、日本の証券市場の地盤沈下と低迷が続くことは誰のためにもなりません。ガバナンスの問題だけで解決するわけではないですが、多方面から改善に向けた努力が続けられることを願ってやみません。
ここで、企業の側だけでなく、投資家側の問題も放置できません。国内機関投資家の問題については、深刻な利益相反やフィデューシャリー義務違反がもしあるとすれば(一部にはあるようです)、金融庁や監視委員会の方々にもその防止と将来に向けた改善策の徹底などの分野でご活躍いただくことを期待しています。
投稿: 辰のお年ご | 2009年11月 8日 (日) 21時35分
辰のお年ごさん、こんばんは。
本文の下の方に、このコメントを追加でアップしといたほうがいいみたいですね 笑
最後のほうのコメントは、最近のSECの投資家保護行政の流れなどとも対比して考えるとわかりやすそうですね。
本文しか読まない方もたくさんいらっしゃいますので、なんとかしたいと思います。(^^;
今後ともフォローよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2009年11月10日 (火) 01時58分
山口先生
先の書き込みで、誤りがあったので訂正です。
経団連の「より良いコーポレート・ガバナンスをめざして(主要論点の中間整理)」のリンクが間違って、監査役協会のコーポレート・ガバナンスに関する有識者懇談会の報告書のリンクになっていました。
正しくは、(http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/038.pdf)です。訂正させていただきます。
投稿: 辰のお年ご | 2009年11月14日 (土) 12時22分