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2009年11月 1日 (日)

上場企業による反社会的勢力排除への取組と「利益供与」

あいかわらず「不適切な会計処理」に関する社内調査報告書、社外調査報告書、改善報告書などを読み続けておりまして、だいたい平成18年以降、最近までの間に、こういった報告書が提出されている会計不正事件というものは70を超えるものであることがわかってまいりました。ここに経営者主導型の比較的著名な会計不正事案の報告書が加わりますと、おそらく80を超えるのではないでしょうか。なかには小説を読むよりもオモシロイ報告書もありまして、とりわけ会社ぐるみの粉飾モノよりも、(影響額は小さいかもしれませんが)幹部職員による資産横領(資産流用)事例、しかも長年発覚しなかった事件の報告書は「なるほど」と思わせる手口もあり、読む者を退屈させないものであります。

さて10月28日の日経新聞(夕刊)のニュース解説によりますと、福岡県(福岡県議会)ではじめて暴力団排除条例が制定された、とのこと。この条例では暴力団組員らに対する利益供与の禁止を明記し、土地や建物などを賃貸した業者には懲役や罰金を含むペナルティや公表措置などが盛り込まれているそうであります。ところで、このような刑事的制裁とは別に、反社会的勢力排除の仕組みについては、内部統制の基本方針として各上場企業にも盛り込まれるようになりました。また、昨年のスルガコーポレーションの事例でもありましたとおり、反社会的勢力との関係を断絶しなければ銀行や証券会社等の金融機関との取引が停止されてしまう・・・という事態も考えられるところですので、反社問題は各企業にとってコンプライアンス上の重要な課題になっております。

とりわけ上場会社にとって、これまで取引のあった相手方が「反社会的勢力である」と判明した場合(たとえば取引先銀行から、「あそこはヤバイ会社ですよ。」と指摘された場合など)、その取引をどうやって中止すればよいのか、悩むケースも出てくるのではないでしょうか。たしかに「反社会的勢力排除条項」を盛り込んだり、念書をとりつけている相手方も多いとは思いますが、「あなたのところは反社会的勢力だから、今後一切の取引はしない」と言い切るだけの証拠をどうやってそろえるのか、むずかしいところだと思います。(一歩間違えると反対に名誉棄損や信用毀損で損害賠償請求訴訟を提起されてしまうリスクも考えられるところです)

そんな困難に遭遇してしまった会社のリリースが10月30日の適時開示情報のなかに出ておりました。(不適切な取引に関する結果報告について-株式会社鶴見製作所)東証・大証1部の鶴見製作所さんの場合、子会社が(どのような経緯なのかは不明でありますが)ある個人(事業者?)に6000万円を貸し付けていたところ、貸付金の返済を受けている途中で(当該借主が)反社会的勢力であることが判明したそうであります。これはマズイ!ということで、鶴見製作所さんとしてはすぐに契約解消に乗り出し、この個人借主との間で、一括返済に関する交渉を行いましたが、残念ながら交渉は決裂したとのこと。そこでやむをえず貸付責任者だった、当時の子会社役員と協議のすえ、貸付残金(約1000万円)に関する債権を、この元役員の方が会社から買取り、債権譲渡手続をおこなったうえで、鶴見製作所グループと反社会的勢力との関係解消をはかったそうであります。鶴見製作所さんの場合、発覚時点で適時開示しており、また本リリースのように、交渉過程を開示しておられるわけで、きわめて透明性が高く、反社会的勢力との断絶に関する意識の高さがうかがえるところであります。また、このように取引先との関係断絶に関するスキームについても、私自身も参考にさせていただきたいと思った次第であります。

ただ、2点ほど、この鶴見製作所さんの交渉について疑問を抱いた点がございます。まずひとつめは、「債権譲渡手続をとることで、鶴見製作所グループと反社会的勢力との関係は解消されたのか?」という問題であります。たしかに貸付債権の譲渡手続は、鶴見子会社と元役員との間で合意すればよいわけでして、借主には譲渡通知を発送すれば対抗要件も具備できることになります。しかしこれはあくまでも「債権譲渡」に関するものでありまして、「契約上の地位の移転」ではありません。いまだこの反社会的勢力の借主に対する貸主としての契約上の地位は鶴見子会社に残っているはずであります。たとえば利息に関する合意の定めに反して、かりに鶴見子会社が多く利得していたケースや、残金計算にミスがあった場合などにつきましては、借主は、債権を譲り受けた子会社元役員に対してではなく、貸主たる鶴見子会社に対して返還を請求することになるはずであります。この「契約上の地位の移転」につきましては、借主の合意が必要になりますので、借主が承諾しない場合には、どうすることもできないわけであります。このような状況においても「反社会的勢力との関係は一切解消された・・・」とリリースで言いきっていいものかどうか、ということに一抹の不安をおぼえるところであります。(金銭消費貸借の場合、金銭を交付した貸主に残された義務はあまりありませんので、債権譲渡の手続によって、ほぼ契約関係も解消された・・・と実際には解釈できるのかもしれませんが法律上の理屈の問題としてはやや疑問が残るところであります。)

そしてもうひとつの疑問が、子会社元役員が鶴見子会社に代金を支払って、この1000万円の貸金債権を譲り受ける行為については、実質的には借主(反社会的勢力)に対する「利益供与」に該当しないのだろうか…という点であります。鶴見子会社としては、債権譲渡をしてしまった以上、もはやこの借主に対する債権管理を行う必要がなくなったはずであります。ということは、今後の個人借主の不払いリスクについては債権譲受人たる元子会社役員が負担していることになります。これは個人借主にとっては願ってもないことでして、債権者が上場会社であれば、不払いのケースはどれだけ訴訟費用がかかっても回収(担保権の実行を含めて)するはずでありますが、債権者が個人ということになりますと、たしかに担保権を含めて譲渡されているとしても、裁判を提起して、もしくは担保権の実行をして、なおかつ反社会的勢力による担保権実行の妨害リスクまで背負うとなりますと、これは並大抵のことではございません。(これは執行業務を経験した弁護士でないと、なかなか理解しがたいところだとは思いますが・・・)正直申し上げて、個人借主側としてもいろいろな和解に関する手法が検討されるところであります。また、実質的に考えても、このスキームですと、反社会的勢力とされる個人借主の貸金債務を元子会社役員の方が代位弁済することと同じ状況になっておりますので、(弁済による代位によって求償権を取得し、担保権を譲り受けているのとほぼ同じ状況)いわば鶴見製作所さんと元子会社役員さんが協議のうえ、代払いに関する合意を得たものと言えるのではないでしょうか。

早期に契約関係の解消を図りたい・・・という鶴見製作所さんの意図は十分に尊重されるべきですし、とりあえずできるだけのことをやれば金融機関から指摘を受けることもなくなりそうですので、当該処理方法そのものに賛同できない、というものでは毛頭ございません。ただ、こうやって検討しておりますと、すでに(排除条項なくして)取引関係に入っている相手方が「反社会的勢力」と判明した場合の対応というものは、やはりコンプライアンス経営の観点からみてもかなり困難を極める状況になることが認識できそうであります。有事を想定したうえでの、平時の取組み(内部統制の構築-たとえば排除条項の導入、念書の取り交わし、どのような事態となれば「反社会的」と推定するか、といった社内ガイドラインの策定など)が重要であることを痛感するような事例ではないでしょうか。

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コメント

●●組の組長みたいなわかりやすい相手なら簡単に反社会的勢力だってわかりますけど、どうやって反社と一般を分けるんでしょうね?警察OBの天下り団体から出ている怪しげな反社リストみたいなのを根拠にしてるんでしょうか?非常に不思議です。

投稿: ターナー | 2009年11月 1日 (日) 19時36分

ターナーさん、コメントありがとうございます。たしかに、私もこのリリースを読んだときに、そこのところは疑問に感じました。(リリースの内容ですと、そこのところにはあまり争いがないようにも読めますが・・・)

エントリーではかなり厳格なことを申しましたが、8月に改訂された東京証券取引所の企業行動規範などを読みますと、遵守事項ではありますが、できるだけのことをすればよい(最善を尽くすべき義務)ようですから、とりあえず今回のような対応で最善を尽くした・・・と言えるのでしょうね。

投稿: toshi | 2009年11月 8日 (日) 00時31分

SPNレポートのコンプリート版が出ていましたね。
上場会社の場合、すでに(排除条項なくして)取引関係に入っている相手方には、一昔前の総会屋の縁切り対応のように、内容証明を送付してハードランディングさせるのが一番のような気がします。(もちろん多少のキズは覚悟のうえです。)
今後、取引を徐々に縮小させ最終的にゼロにしてしまうようなソフトランディングは通用しない気がします。

投稿: 法務総務屋 | 2009年11月 9日 (月) 23時51分

法務総務屋さん、コメントありがとうございます。

またまた金融機関と反社会的勢力との接触に関するニュースが出ていましたが、ほんとに排除(断絶)に関する対応はむずかしいですね。このたび、上場ルールの改正によって、企業行動規範のなかで反社会的勢力の排除に関する仕組みがとりあげられておりますが、私も法務総務屋さんと同じく、多少の傷は覚悟のうえでハードランディングによって処理すべきだと思います。ソフトランディングは途中で挫折してしまう可能性があるように感じます。ただ、ハードランディングにも耐えうるような「反社会的勢力であることの立証方法」を入手することが、どうしても課題となるのでしょうね。

投稿: toshi | 2009年11月17日 (火) 01時53分

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