経営者への特別背任罪の成否と経営判断原則(拓銀最高裁判決)
11月11日にたくぎん事件の最高裁判決が出ております。(日経ニュースはこちら)注目される判決のようで、最高裁判所のWEBページにも早速この判決文が全文掲載されております。金融機関の取締役の善管注意義務、忠実義務が主要な争点となっており、あまり一般の企業の役員さん方には参考にならないのではないか、と(最初は)考えておりました。しかし法廷意見と田原判事の補足意見を読み比べてみますとなかなか興味深く、一般企業の役員さんらに特別背任罪が適用される場面にも参考となるのではないか、と思いなおした次第であります。ちなみに、最近JASDAQの平賀さんの会計不祥事につきまして(元代表者の手形乱発事件ではありますが)、弁護士と会計士で構成されている外部調査委員会報告書のなかでも、元代表者への特別背任罪の成否について(責任追及の可否を目的として)慎重な判断過程が報告されております。(外部調査委員会報告書要旨の公表について)こういった取締役の責任追及の可否を検討するにあたりましても、今回の最高裁の判断過程は参考となるところであります。
詳しい判例解説は(毎度のことながら)今後法律雑誌に掲載される著名な学者・実務家の方々のものに期待することとして、私的にもっとも関心の高い点は特別背任罪の構成要件たる「任務違背」を認定するにあたり、平成6年当時の銀行経営陣の実質破たん会社に対する融資決定につき、どこまで「経営判断原則」が適用されるのか?という点であります。もちろん、一般の企業の取締役とは異なり、金融機関の取締役の融資決定について、経営判断の原則の適用は合理的な理由により限定的なものとされておりますが、そのあたりはこれまでの判例学説でもほぼ通説的なところであり目新しいものではありません。オモシロイのは、取締役の任務違背の有無を決定付ける「経営判断の原則」の適用にあたり、これを平面的に捉えるのか、時間軸の中で捉えるのか、という違いであります。法廷意見はたくぎんが問題会社に対して「融資を実行する時点における」諸事情を参考として、経営判断原則適用の有無を検討しております。そして限定的にせよ、実質倒産状態にある企業に対する融資が適法とされる条件を絞り込み、本件ではその条件を満たしていないと結論付けております。つまり実質倒産状態にある企業への融資実行の場面においても、経営判断の原則の適用を前提とした判断を下しているものと思われます。いっぽう、田原判事の補足意見では、法廷意見と最終的な結論は同じであるものの、問題企業に対する融資実行の時点においては、もはや経営陣には経営判断の原則が適用されることはなく、「任務違背」は明らかとされております。そもそも信用リスク管理義務に違反しているような取締役の職務執行自体が違法であるから、融資実行時点にいくら内規・定款・法令を遵守したうえでの判断だとしても、そこでは取締役は経営判断原則によって守られるものではない、ということだと認識いたしました。融資実行に至るまでの、問題企業の債権管理や再生・再編のための支援策を当該金融機関の経営者はどこまで検討してきたか・・・という(信用リスク管理)面に焦点を当てて、そこに問題がある以上は、もはや融資実行における経営判断を問題にする余地はない、とのこと。
平成6年までの問題企業の信用リスク管理に不備があった、と明言できるのは、さすがに田原判事が倒産法のスペシャリストとしての経歴をお持ちだから・・・という面もあるかもしれません。しかし、それだけでなく、平面的な事情から「任務違背」の有無を検討しようとしますと、どうしても場当たり的な利益考量となってしまって、「貸し渋りと非難されたうえに、貸し出したら今度は処罰されるのか?」といった批判も受けることにもなります。そこで、(ある一定時点における)取締役らの判断過程だけでなく、その融資判断までに取締役が何をしてきたのか、という時間的な流れの中で取締役の職務執行の適法性を丹念に眺め、そこから任務違背の有無を考えるほうが説得力もあり、取締役の経営判断に萎縮的な効果を与える度合いも少ないように思われます。
こういった田原補足意見の考え方は、そもそも法令違反行為には経営判断原則の適用はない、という通説的な見解を前提としたものと思われます。銀行の場合には「信用リスクの管理義務違反」ということになりますが、一般の企業におきましても、内部統制が構築され運用されていることが前提となっていますので、たとえば整備されているはずの内部統制システムが整備されていなかったり、規定されている運用がなされていないようなケースの場合、リスクを伴う経営判断を実行する時点において経営者に多大なる経営上の裁量権が認められることにはならない、といった結論になる可能性があります。また、田原判事の言われるように「取締役の平時における職務執行」によって経営判断適用の可否が決まる・・・ということになりますと、経営トップの法的責任だけが問題となるのではなく、そのような内部統制システムの構築を怠っていた他の取締役(および監査役)らにつきましても、代表者への監督義務違反など固有の法的責任を追及されやすい状況も出てくるのではないでしょうか?個人的には特別背任罪につきまして、「図利加害の認識」と「任務違背」の要件についてはずいぶんと判例では緩和されてきているように感じておりますが、リスク管理義務違反(内部統制システム構築義務違反)と経営判断原則の適用との関係について、きちんと整理しておく必要があるのではないか、と思う次第であります。なお、最後になりますが、田原判事も指摘されているように、一般事業会社の場合、取引先との関係では、さまざまな事情によって損を承知の上で支援しなければならない(それは株主や会社債権者の利益にもつながる、ということで)場面もあることを付言しておきます。
| 固定リンク
コメント