セクハラ事件と企業の内部統制構築義務(その2-判例編)
今年7月29日に「セクハラ事件と内部統制構築義務(コンプライアンスの視点)」なるエントリーをアップしておりますが、そこでは会社自身による職場環境配慮義務に焦点を宛てて検討したものでありました。前回は大学内の問題でもありましたし、また漠然と組織自身の債務不履行に関する問題でしたが、このたびの裁判例は、もうすこし企業経営者にとって深刻な問題なのかもしれません。
知的障害者の女性に対するセクハラ事件につきまして、大阪地裁は平成21年10月16日、セクハラ行為に及んだ男性だけでなく、当事者らが勤務する会社に対しても不法行為責任を認めたようであります(裁判所のHPより)。もちろん、これまでもいわゆる「二次セクハラ」として加害者男性だけでなく、その男性の勤務する会社が民法715条(使用者責任)または職場環境配慮義務違反(債務不履行責任)として、加害者男性と連帯して損害賠償責任が認容されたケースは多いと思います。しかしながら、今回の判決では、会社の責任は二重構造になっておりまして、一部は使用者責任であり、残る部分は会社社長の任務懈怠(内部統制構築義務違反)による不法行為責任(会社法350条)で構成されております。つまり会社代表者としては、セクハラ事件が発生した場合には、事実確認をして、加害者男性には毅然とした対応をとり、そして被害者女性にはメンタル面を含めた配慮措置が必要であるにもかかわらず、そのような措置をとらなかったことに会社代表者としての任務懈怠があるものと認定しております。(ちなみに、加害男性の被害女性に対する慰謝料は50万円程度、会社代表者がセクハラ苦情を放置していたことに関する被害女性への慰謝料は30万円程度、ということだそうであります)この判決の流れからしますと、たとえ社長自身がセクハラ事件の発生を知らなかったとしても、対応責任者のところへセクハラ苦情が寄せられ、具体的な相談に応じているようなケースにおきましては、その対応のまずさによって女性に多大な被害が生じますと、会社代表者自身の任務懈怠が問われることになる、ということだと思われます。これはセクハラ被害を受けている側とすれば、非常に効果的な争い方が可能になったものと思われます。なんといっても、会社の代表者が被告になる、もしくは代表者の「任務懈怠」の有無が争点となる、ということですから、会社側としても無視できない問題に発展するでしょうから、加害男性への訴訟効果は絶大なものとなる可能性があります。
最近は男女雇用機会均等法の2007年改正(セクハラ防止は会社の義務、と明記)によりまして、どこの会社にも「セクハラヘルプライン規約」のようなものが策定されていると思われますが、実際にはセクハラ被害の相談を受けた上司が、正規のルートによらずに加害男性とされる社員に対して注意をして終わり・・・という場合もあるかもしれません。しかし、上記のように、セクハラの加害男性と会社自身が不法行為責任を追及される場面であればまだしも、会社の代表者自身の不法行為の有無まで審理の対象となる(ひょっとすると、上記判決の理屈からしますと、セクハラ訴訟においては、今後会社代表者個人までが被告となる可能性も出てきます)のであれば、加害男性だけでなく、被害女性から相談を受けた上司や、セクハラ相談窓口担当者のような方々にとりましても、手続きは慎重に進める必要があるでしょうし(当然のことながら、相談を受けたにもかかわらず放置することは大きな問題であります)、被害者の人格権侵害・・・という極めて主観的な訴えを、懲戒処分という極めて客観的な判断にどのように「乗せ替える」のか、その工夫を検討しなければならない場面に遭遇することも多くなるように思われます。また、上記判例を読んでの感想でありますが、こういったセクハラ防止に関する内部統制構築義務を尽くしている・・・、つまり社長さん自身が、法的な責任を免れるためには、単にセクハラ防止のための規約や組織を整備するだけでなく、情報滞留などがないかどうか、通報に対して事実確認がなされたかどうか、などいわゆる規約や組織の運用に関する評価までをきちんと行っていることに尽きるのではないでしょうか。
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コメント
山口先生
実践的内容をいつも興味深く拝見させていただいております。
12月4日に、みずほ証券のご発注に伴う、東京証券取引所に対する損害賠償請求の判決が東京地方裁判所にてなされました。新聞紙上でみましたが、過失割合が7:3の割には、東証の損害賠償額が少ないように思われます。世間的にも非常に注目されている裁判ですので、先生に是非ブログでご解説を賜りますと幸いに存じます。
投稿: KY | 2009年12月10日 (木) 15時28分
おひさしぶりです。
もうずいぶんと前ですが、この事件が発生したころは、47thさんやtoshiさんなど、いろんなブログで議論されていたことを思い出します。(あのころからまだまだブログを書き続けておられる先生に感服いたします)ひとつの区切りとして私もKYさんと同様、toshiさんのご意見をお聞きしたいものです。
投稿: 品田 | 2009年12月11日 (金) 23時39分
KYさん、品田さんこんにちは。コメントどうもありがとうございました。
誤発注事件、どうも控訴はされないみたいですね。
ということは、こちらのブログでも意見を述べやすくなりますので、KYさんのおっしゃるとおり、なんらかのコメントをさせていただこうかと思っております。(あっでも判決文を読ませていただいてから・・・ということで・・・)
投稿: toshi | 2009年12月15日 (火) 09時47分