監査役は辞任すれば免責されるのだろうか?
ここのところ連日のように重要な意義を有する最高裁判決が出ております。昨日(11月26日)は行政官(厚生省女性局長)ご出身の裁判長のもと、条例に対する取消訴訟が認められ、「紛争の成熟性」と「法の保護する利益(原告適格)」が最高裁において柔軟に判断される方向性が明らかになりました。
そして本日(11月27日)もまた、会社法上のコーポレート・ガバナンスに重要な意義を有する(と思われる)最高裁逆転判決が第二小法廷から出されております。(全文はこちら)監事監査については、私も不案内ではありますので、勘違いがございましたら指摘していただきたいのでありますが、おそらく農協の監事さんは、株式会社における監査役とほぼ同様の立場にあるものと思いますので、この最高裁判決の考え方は株式会社における監査役の任務懈怠に関する判断にも大きな影響を与えるのではないでしょうか?(金融機関の役員たる地位にあるため、経営判断原則の適用については厳格に解する場面もあろうかとは思いますが、ここではとくに金融機関の役員たる地位にあることは、あまり結論を左右する要素ではないものと思われます。また、「監事の忠実義務」が明文化されておりますが、監事の善管注意義務との関係では、あまり固有の意味があるものではないと思われます。)
小さな協同組合における監査慣行が存在していたとしても、監事は法律上、理事の職務執行の適法性を監査し、おかしなところがあれば理事会に報告し、さらに自ら調査を行い、理事の違法行為を差し止めることもできるのであるから、単に監査慣行に従っていればよいというわけではない、もし理事の職務において「善管注意義務違反が疑われることが明白な場合には」これを調査し、場合によっては義務違反行為を阻止するべきであり、これを怠った場合には監事に忠実義務違反(善管注意義務違反)の「任務懈怠」責任が発生する、という内容であります。
つまり、監査役は、目の前に取締役の善管注意義務違反が疑われるに十分な事態があれば、取締役会に出席して、当該取締役の職務には疑義があることを述べ、必要があれば自ら調査・確認する義務がある、そしてもし、この義務履行を怠った場合には損害賠償責任を負う、ということになりそうです。ここでは非常勤監事の任務懈怠が問題となっておりますが、常勤監査役のケースにおいても、基本的には「取締役の職務執行が善管注意義務違反の疑義を抱かせる明白な事情が存在していたかどうか、というあたりが検討すべき点であります。もし、監査役の業務監査において、その調査や報告受領により、取締役の職務執行の問題点を発見した場合には、自らの責任を免れるために「辞任」という道を選択して済む問題ではない、ということが結論としては言えそうな気がいたします。
今後、法律雑誌等で紹介されるかもしれませんが、監査役が業務監査上の任務懈怠として法的責任を負うためのメルクマールを(抽象的にでも)定立する判例として、たいへん貴重な判決となるのではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。
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コメント
いつも勉強になる内容で、参考にさせていただいてます。
監査役の責任については、監査役の役割を多く求められる潮流から、多くの監査役の方々も大いに興味が内容であるように思います。
監査役の方々の立場からすると、「取締役の職務執行が善管注意義務違反の疑義を抱かせる明白な事情が存在していたかどうか」という部分に気付いたとして、それをきちんと取締役会で意見を言えるタイプなのかという部分でだいぶ振いかけられるのではないかと思います。
次の段階として、取締役に対して意見を言い、監査役が調査を実施するとして、自らの能力を超えた部分については、外部の専門家の支援を受けてという流れになるのが通例になるように思います。その場合、何かと経営陣の抵抗でなかなか遅々として調査が進まず、調査内容も中途半端になる可能性が少なくないのではないかという、監査役からすると不安あるのではないかと考えています。
その場合、調査はやったけど、思うように捗らず、限界があるため監査役を辞任したというストーリーで辞任したいというのが、監査役の方々の本音ではないかと思うのですが、どうなんでしょうか?
投稿: 無悔 | 2009年11月28日 (土) 05時57分
無悔さん、ご意見ありがとうございます。きちんと思考を整理した見解ですので、参考となります。
ご指摘のとおり、調査はやったけど(監査妨害や任意調査の性質等で)限界だったということであればそこで辞任・・・というのもやむをえないし、また免責される可能性は高いのかもしれませんね。あと、最近は会計監査人や内部監査人との連携ということが言われますので、自身の調査には限界があっても、内部的な報告までは必要とされる場面もあるように思います。とりあえず、監査役さんのおやりになった調査活動等についてはきちんと記録として残しておくべきでしょうね。(私は監査役さん自身も機密保護上の問題はあるものの、記録のコピーはデジタルベースででも自ら保管しておくほうがいいのではないかと考えております)
あと、エントリーのなかでは触れておりませんが、監査役の任務懈怠と損害との因果関係についても(この程度のレベル感で)認容されていますね。
投稿: toshi | 2009年11月28日 (土) 11時35分
農協の監事さんの損害賠償等請求事件に対する最高裁判所第二小法廷判決ですが、気になったのが、なぜこの監事さんのみが最高裁で争そわれることになったのかです。(もしかすると、別にあるのかも知れないが、高裁は損害賠償責任なしとしたので、この監事さんのみである可能性が高いと思いました。)
定数全員が選出されていたか調べていませんが、理事18名,監事6名で、常勤は理事長1名のみでした。理事長を除く理事さんと他の監事さんは、どうなっているのか?又、今回の判決を受けて、他の方々には、どうするのか。これだけ多くの理事さんと監事さんが存在すると、対処も大変だなと思いました。
次に、固有名詞を探しますと、大原町農業協同組合(岡山県)であり、農水産業協同組合貯金保険法に基づく管理処分となり、すでに解散となっています。
http://svr.sanyo.oni.co.jp/news_k/news/d/2009112701000546/
平成14年11月20日衆議院農林水産委員会で、鉢呂委員(民主)は、次の発言をしており、最高裁まで争われた堆肥センター建設事業以外に相当大きな問題があるようです。私も、今回初めて知った事件であり、知識がありませんが、巨額使途不明金も背景にあるように感じました。
「これは貯金保険法に直接関係がありますけれども、岡山県の大原農協が、組合長らによる不正資金の流用で、貯金残高が七十一億円と非常に小さい農協でありながら、五十二億円の使途不明金を出しておる、消費者金融等に貸し付けをして。しかも、昨年以来、県の業務改善指導があったにもかかわらず何らこれに対応せず、検査にも入らせないということで、ようやくこの七月に業務改善命令を出して確認検査を行うという形でこの大原農協の問題が勃発したわけであります。」
投稿: ある経営コンサルタント | 2009年11月28日 (土) 13時56分
経営コンサルタントさん、こんにちは。本来ならば私がきちんと調べなければならないところ、調べていただき恐縮です。ありがとうございました。
他の監事の方々は任期中の報酬を返還したようで、実質的には管理中の協同組合と和解をされたみたいですね。よくある解決方法かと思います。おそらくこの監事の方は、和解的解決に納得されなかったのではないかと思われます。
しかし、かなりひどい状況みたいですね。常勤の代表理事ひとりにまかせっきりで全くガバナンスが効いていなかったように思われますね。ただ、とくに監事の方が「ぐるになっていた」とか「架空の話であることに気づきながら放置していた」というものではないようですので、やはりエントリーに書いたように、監査役の業務監査上の任務懈怠問題とは無関係ではなさそうですね。
投稿: toshi | 2009年11月28日 (土) 14時31分
やばくなったら逃げてしまう。非常に有効だと思います。現実問題として逃げてしまった監査役を刑事的に訴追することは困難を極めますし、民事的にも知らぬ存ぜぬで通せる可能性が高くなります。辞任によって法的には本来免責されないが、事実上免責されてしまうのが現実です。
ただ、監査役も経営陣を監督できる立場をあらかじめ確保しておくことが身を守るために必要なんでしょうね。(本来の仕事なんですけれど)何らの監督もしていないなら、まずい事が起こってるかすらもわかりませんから、うまく逃げられません。
実も蓋も無い話ですが、沈没船からは逃げ出すのが最善の方法です。不正を追求しても会社が潰れるだけなんですから。ただ、まずい事が起こっているかどうかぐらいの調査は身を守るために当然すべきです。
お飾り監査役から、一応は調査はするけれど可及的速やかに逃走する監査役への移行が求められていると思います。それでもお飾りよりはマシだと思います。
投稿: ターナー | 2009年12月 1日 (火) 01時46分
ターナーさん、いつもご意見ありがとうございます。現実にはターナーさんがおっしゃるところが妥当なところかと思います。
このエントリーは監査役の辞任と法的責任との関係に焦点を絞って書いたものですが、開示の面から考えるとどうなんでしょうか?
いろいろと調査をして「ヤバイ」と思って辞任する場合に「一身上の都合により」として辞任するのはちょっと後ろめたいような気もします。監査役はそもそも株主には説明責任はあっても投資家に向けての法的な義務はないと思われますので、それほど気にしなくても良いようにも思えますが
そもそも監査役が辞任することで、「なんかあるのでは」と投資家や株主が問題視するような事態となれば、また違った雰囲気が出てくるのかもしれませんね。
投稿: toshi | 2009年12月 5日 (土) 02時31分
一点だけ。
「監査役は、目の前に取締役の善管注意義務違反が疑われるに十分な事態があれば、取締役会に出席して、・・・」とありますが,そもそも監査役には取締役会への出席義務があります(会社法383条1項本文。農業協同組合の監事にも準用されています。農業協同組合法35条の5第5項)。
本件事案の場合,代表理事Aの言動に不自然な点があれば(あったようですが),その時点でさらに説明を求めるなどの適切な措置を講ずべきであったのでしょうね。
#先生の本,購入しました。
#ブログの方もずっと拝見しておりますが,続きが出るのを楽しみにしています。
投稿: とーりすがり | 2009年12月 6日 (日) 17時20分
判例を読みましたが、今読めば常識的なのかもしれませんが、当時の監査役・監事の方からすると、とんでもない判決と言われそうです。
ところで、監査役という仕事は、関わらないと責任追及、善管注意義務を尽くすと「戦う監査役」と揶揄される、やっぱり辞任するしかないんでしょうね。せめて、会社法に基づき辞任理由を株主総会で開示して欲しいのですが、実際には、そのような(元)監査役には仕事は回ってこないのでしょうね。
「戦う監査役」とはいかなくとも「ものを言う監査役」(表には出ないけれど、結構いらっしゃるのではないかと想像しております。)が通常であるという社会常識を醸成させないと、監査役には「辞任」しか抵抗手段がない状態が続きそうですね。
投稿: Kazu | 2009年12月 7日 (月) 15時12分
とーりすがりさん、Kazuさん、いつもコメントありがとうございます。ご意見、理解いたしました。実はこのエントリーで書かせていただいたことにつきまして、某法律会計雑誌の2月号で執筆することが決まりました。皆様にいただいたコメントも検討したうえで、もうすこし研究結果をとりいれて論稿としてまとめたいと思っております。またご意見賜りましたら幸いです。
投稿: toshi | 2009年12月11日 (金) 02時22分
大学院生をしております。いつも拝読し勉強させていただいています。旬刊経理情報も拝読し大変参考になりました。本件につき学内で判例評釈の報告を行います。現在手元にある情報が限られているため、農協の清算人の先生に架電しご質問したところ、丁寧にご対応下さりました。理事長らついては二審で確定し、最高裁まで残ったのがこの監事だそうです。損害額との相当因果関係について、真剣に悩んでいたのでご意見を拝聴したところ、任意に支払を履行した他の理事らとの負担額のバランスや、実際この程度の額が妥当だと思われたこともあったそうで、印紙代を節約されたとのことでした・・・
投稿: Myrthen | 2010年3月 9日 (火) 11時45分
情報どうもありがとうございました。農協は解散していますので、清算人をされていた弁護士の方からの情報なのですね。
私が担当している事件では、相手方管財人は印紙代云々など気にせず、莫大な損害額を要求されておりますので、このあたりは破産裁判所と管財人や清算人との協議などで決めるのでしょうね。資産状況などにもよるのでしょうね。
情報は参考にさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2010年3月11日 (木) 01時54分