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2010年1月27日 (水)

インサイダー取引と刑事罰適用のむずかしさ

証券取引等監視委員会によるインサイダー取引摘発が急増している、といった特集記事を読みました。(日経1月25日朝刊)当該記事によりますと、たしかに摘発は急増しているようでありますが、その効果としてインサイダー取引の件数は減っているとまでは言えないようでして、「潜在的にインサイダー取引が増えているかどうかはわからない」(証券取引等監視委員会)とのことであります。おそらくインサイダーの手口も(グレー事案も含めて)巧妙化しておりますし、当局の調査をすり抜けている事例も実際にはかなりあるのかもしれません。そうしますと、ひょっとすると摘発件数の増加以上にインサイダー取引は増加している可能性もある、ということなんでしょうか。課徴金による取締りは、原則として「利益の吐き出し」にすぎないため、「懲らしめ効果」としてはどの程度の効用があるのか疑問もありますが、「インサイダー取引は、かならず摘発される」という意識を社員の方々やその関係者の皆様に浸透させるためにも、(課徴金による摘発は)迅速に対応ができる方法として今後も定着していくものと思われます。(インサイダー取引に対する課徴金制度の効用につきましては、ちょうど2年前のこちらのエントリーをご覧ください。ちょっと今読み直しますと恥ずかしい内容も一部含まれております(^^;; なお、コメント欄には、非常に有益な解説がございますので、そちらのほうが参考になるかもしれません)

インサイダー取引規制に関しましては、証券取引所のルールも昨年7月に改正され、会社が役員や社員にインサイダー取引をさせないこと(遵守事項)、会社がインサイダー未然防止のための情報管理体制を確保すること(努力義務事項)などが「企業行動規範」として明記されております。インサイダー規制違反が企業にもたらす社会的信用失墜も無視しえないものだと思われますし、とりわけ最近のパイオニア社の元監査役の方のインサイダー事例につきましても、当社の社外第三者委員会は「会社として民事賠償請求すべきである」との見解を示しておられますので、今後は社内でインサイダー取引を行った役員、社員に対する法的請求についても検討されることになるのかもしれません。(ただし何を損害とみるのか、また別途考慮すべき問題かとは思いますが)

なぜもっと刑事罰の適用を考えないのか?といった疑問を持たれる方も多いかと思いますが、やはり記事にもありますように、インサイダー取引規制違反を公判維持することは結構たいへんなんでしょうね。以前ある有識者の方が、当ブログのコメントで「インサイダー規制に関する条文構造の建付けが悪いにもかかわらず、この20年間ほとんど見直しがされなかった」と指摘しておられました。このインサイダー規制に対する刑事罰適用といった問題では、金融法務事情1888号(最新号)の連載「霞が関から眺める証券市場の風景」のなかで、大森泰人さん(証券取引等監視委員会事務局次長)が「インサイダー第1号事案」を採り上げておられます。(監視委員会のHPから、閲覧可能です)たいへん著名な日本商事事件に関するエピソードでありますが、さすがに当時の様子を存じ上げていらっしゃる方らしく、非常に公正な立場で最高裁判決に至るまでの当局の苦難(インサイダー規制への刑事罰適用のむずかしさ)が、わかりやすく描かれております。(立派な裁判官にたいへん苦労する解釈をしていただき申し訳ない・・・とのこと 笑)なるほど、「建付けが悪い」という意味が、この大森さんの解説を拝読して、私なりにやっと理解できたような気がいたします。また個別の条項をもってインサイダーを取り締まる場合と、バスケット条項を用いて取り締まる場合との長所・短所につきましても、なんとなく理解できてきましたので、このあたりはまた次の機会に私見として述べてみたいと思います。

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コメント

インサイダー規制は、法制度としては、かなりうまく作られていると思います。他方、見直しをすべき点はこれまでも各方面で議論されており(ただし、ある経済団体の改正に向けた意見には疑問の残る解釈が含まれていたように記憶しています)、これまで何とか運用の妙でこなしているのかもしれませんが、法文の不備や現実とのズレについて、先延ばしをせずに、見直しをしていくべきでしょう。監視委員会も、現場で「おかしい」と思う点があれば、建議を通じて改正の方向に一石を投じてもらいたいものです。摘発しやすくするだけでなく、ルールが実態に適合しない場合にも、現場からの意見があってもいいかな、と思います。
見直しについて、当時の法制化に関与した役人の方が要職にあるうちは見直しはないね、といううがった見方もあるようです(法務省系の方を指した「風評」を耳にしたことがあります)。あくまで風評ですので根拠はありませんが、そういううわさがまことしやかに流れること自体、他にもそういう実例があるのか、と邪推されてしまいます。批判ばかりをする意図はなく、優秀な役人の企画立案の意義は適切に評価すべきですが、誤りがある、実態に合わないものがあることが判明したならば、見直しをするのは自然なはずです。誤りを決して認めない役人の「無謬性」は、国益に反するとすらいえます。当時の担当官がいる限りは変更できないなどということが本当にあれば、政治主導できちんと改正していくべきなんでしょうし、政治家が判断するというよりは、民主主義国家であれば、国民の側の意見を議会がうまく汲み取って対応することが本来の流れでしょう。市場の活性化や改革がなされながらも、こういう部分に手当てが十分になされてこなかったことはおかしいと思います。

投稿: 辰のお年ご | 2010年1月28日 (木) 12時48分

いつもコメントありがとうございます。エントリーにも書きましたが、ちょっとどなたかは失念いたしましたが、「建付け」の問題について聞き及んだことがありましたので、辰のお年ごさんの解説で、おおよそのイメージはつかめたように思います。
しかし「当時の担当官が在職中は・・」なる考え方が今でも存在するとしたら(もちろん仮定でしょうが)、ちょっと信じられないですね。(苦笑)

投稿: toshi | 2010年1月31日 (日) 02時39分

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