オリンパス内部通報判決に思う内部通報(外部窓口)の重要性
当ブログでも昨年2月にご紹介したオリンパス内部通報事件(内部通報制度はむずかしいその2)でありますが、1月15日に東京地裁で会社側勝訴の判決が出されたようであります。(代表的なニュースはこちら)オリンパス社のH社員からは配転処分の無効確認及び損害賠償を求めておられたようですが、地裁はいずれも請求を棄却した、とのこと。裁判所は会社側には(公益通報者保護法が適用されないことを前提として、さらに)「人事権の濫用」はなかったとしているようですが、最大の争点はH社員がオリンパス社に対して行った通報は、いわゆる公益通報者保護法上の通報事実には該当しない、というところだったと思われます。
ニュースからの拾い出しにすぎませんが、裁判所がH社員の通報を、公益通報者保護法上の「通報対象事実」ではないとしたのは①内容が抽象的、②業務と人間関係両側面の正常化が(配置転換の)目的だったとオリンパス社は認識していた、③オリンパス社は社員引き抜きの違法性を認識していなかった、とあります。ちなみに取引先から機密情報を知る社員を引き抜くことにつきましては、不正競争防止法上の営業秘密侵害罪に該当する可能性がありますので、おそらくきちんとした手続の上での通報であれば公益通報者保護法上の通報対象事実に該当するものと思われます。
結局のところ、本件では昨年2月の当ブログのエントリーでも触れておりますとおり、「内部通報(ヘルプライン)で処理すべき案件」なのか、「公益通報者保護法」上で処理すべき案件なのか、通報者や会社内で明確な仕訳ができていなかったのではないでしょうか?たとえば私も外部窓口として経験がありますが、内部通報制度で処理するのであれば、企業倫理違反やセクハラ問題など、広く受け付けますし、また匿名でも通報は受け付けます。しかし公益通報者保護法上の通報となりますと、匿名では不可ですし、また対象事実も限定(現在のところ431本の法令違反事実)されます。ただ、匿名不可といいましても、手続上通報者が特定されますと、今後は公益通報者保護法上で保護される通報ということになりますので、たとえばヘルプライン上で通報を処理していたところ、途中から公益通報者保護法上の処理に変更しなければならないような事態に発展します。(この場合ですと、公益通報者保護法3条により、会社側にそれほど大きなミスがない場合でも社員の外部通報も保護の対象になる可能性も出てきます)
内部通報(ヘルプライン)として受理したものと思っていた会社側は、社内のヘルプライン規程にしたがった処理を行えば足りると思いますので、たとえ窓口で受理した通報内容が抽象的であっても、また「相談」に近いものであってもそのまま処理しますし、社内処分や犯罪事実の調査・公表よりも、業務の適正や人間関係の修復のための社内対応を優先することになるのかもしれません。しかし、H社員の通報を、当初から公益通報者保護法上の通報事実の申告と理解していた場合には、窓口の時点で(窓口に限定されませんので、たとえば上司に通報した時点でもかまいませんが)犯罪事実又はこれが発生するおそれを示す事実の具体的な内容を詳細に求めますし、その処理についても社内での対応が真剣に検討されたのではないかと推測いたします。先の判決理由の「オリンパス社は社員引き抜きの違法性を認識していなかった」なる文言からみますと、どうもH社員から通報があった時点では、とくに公益通報者保護法の適用を意識していなかったのではないかと推測されますし、どうも重大な認識上の齟齬が発生していたように思えます。内部通報制度は不正発見のための内部統制構築の重要な要素でありますので、本件のように通報したことが公益通報者保護法の対象にならないといったことになりますと、その責任がどちらにあったのかはとても関心があるところです。
この事件では原告側より著名な某大学教授による意見書が東京地裁に提出されております。(意見書には引き抜きの対象となった社員の会社名まで出ていますね)その意見書によりますと、H社員が通報した時期において、オリンパス社にもきちんとしたヘルプライン規程が存在していたそうであります。ただH社員の行動からみて、どうも外部の弁護士事務所等の窓口は存在しなかったように読めます。(そのあたりは明確には記載されておりません。実際には、コンプライアンス室へ正式通報されたようです)そこでもし、本件のH社員の通報がヘルプラインに従って弁護士事務所のような外部窓口に対して行われていたとしたら、果たして同じ結果になっていたでしょうか?おそらく先に述べたような仕訳がきちんとされたでしょうし、事実調査や通報者への回答なども期限通りに行われたはずであり、結果は違っていたのではないかと思われます。(また会社側としても、社内における対応によって、マスコミに大きく報じられるようなことにも発展することはなかったものと思われます)←でもやっぱり、あんまり張り切る外部窓口っていうのも、「第三者委員会委員」と同じで会社側からは嫌われるんでしょうね(^^;
いずれにしましても、現行の公益通報者保護法は通報者を保護することを目的としておりますが、たいへん使い勝手の悪いものであります。来年4月には見直しが予定されておりますが(附則第2条)、通報濫用を防止することはもちろん必要ではあるものの、本当にコンプライアンス経営に資する形で活用されるための施策を検討しなければ、結局「正直者がばかをみる」とか「パワハラの温床」と言われ続け、誰もまともに通報する社員はいなくなってしまうのではないかと危惧しております。昨年、不正競争防止法が改正され、営業秘密侵害罪の適用要件が緩和されたこともあり、益々公益通報への委縮効果が高まっているのが現実であります。さらに内部通報制度(ヘルプライン)の運用にあたり、公益通報者保護法上の通報対象事実の取扱についても、社内で検討しておく必要があろうかと思われます。
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コメント
予想どおり、この問題に詳細なコメントを記されたことを喜ぶしだいです。私も先生のお考えのとおり、「公益通報者保護法の通報に該当しない」とされた点に一番関心を持ちました。
詳細は僭越ながらいつもの私のブログ、1月16日付で、「オリンパス訴訟判決から再度 内部通報制度の意義を考える」と題して書かせていただいております。ご参照いただければ幸いでございます。
ついでに、同日付で、日本航空の株式上場廃止問題も書いております。
さて、判決ですが、違法性の認識を会社がしていなかった云々については、「会社は後からは何とでも言える」というのが本当のところではないでしょうか?
そして、重要な点は、浜田さんは、少なくともコンプライアン室に通報することで、社内の問題として法令遵守に沿った対応がなされると期待、いや、それを「信じたにもかかわらず、裏切られた」ということが、今回の根本にある問題かと思います。
そしてそれは先生がブログの最後にお書きになられているとおり、私も自分のブログに書きましたとおり、「こんなことでは、正直者がバカをみることになり、誰も通報する社員はいなくなってしまう」ということに大きな危惧を感じます。
企業としても、社内の通報制度で内部で解決したほうが良いのに、「外部に告発されてしまうことのほうが益々一般化してしまう。それでよいのか?」という点を考えていく必要があると思います。
投稿: 伊藤晋 | 2010年1月19日 (火) 00時04分
コメントありがとうございました。しかし貴ブログのエントリーの数はすごいですね。
本件はまだ推論の域を出ておりませんので、できれば判決文にあたって、もう少し実態に迫ってみたいと思います。おそらく判例集などに掲載されるのではないかと思いますので、そのうち続編を書きたいと思っております。
投稿: toshi | 2010年1月27日 (水) 02時06分