ニイウスコー架空循環取引と監査法人による監査の限界
年初(1月4日)のエントリーにおきまして、ニイウスコー社の架空循環取引の原因を再考する機会到来か?と書きましたが、先週旧経営陣の方々が証券取引法違反(有価証券報告書虚偽記載の疑い)で逮捕されたことが報じられておりました。ニイウスコー社の粉飾決算問題が発覚して以来、すでに1年以上が経過しておりますので、こういった事件につきましてはやはり刑事事件として立件するためには相当の時間と労力が必要であることが理解できるところであります。新聞報道では、経営陣が社員に架空取引の方法を指示した証拠なども出てきている、ということですから、「経営陣が指示をしたことを示すメモ」など、それなりに確証があって今回の強制捜査に至ったものと思われます。
なかでも毎日新聞ニュースによりますと、仕掛品や棚卸資産、販売商品等について、内容が空っぽのCD-ROMが使われていたようです。しかし監査法人による監査の際には中身の入ったCD-ROMを示していた、とのこと。システム開発会社による架空循環取引に「空のCD-ROM」が使用されることは、おそらく当時の常とう手段だったものと思われますが、これは在庫商品の価値が10億なのか100円なのか外からはわからないからであります。報道によると、たしかに監査法人による監査の際には中身の入ったCD-ROMを示していた、とありますが、たとえ中身が入っていたとしても、普通の会計監査では中身の価値がどれほどかはわかりませんし、また、2005年から2007年当時、そこまで会計監査で調査することはなかったものと推測されます。(おそらく通常の実査では、CD-ROMの中身をパソコン画面上で確認して、全く空っぽというわけではないことまでの確認でOKだったのではないかと思われます)そもそもシステム開発といっても、一から完成まで、すべての過程を当該開発会社で制作するわけではなく、たとえば95%まで完成させて、あとの5%は別のソフトハウスに委託もしくは販売して完成品(ユーザー提供品)に至るケースもあります。その場合、たとえ監査法人さんがシステム監査専門部隊を連れてきて、在庫商品の価値を調べようとしましても、それが「95%の完成度」かどうかはなかなか判明しないのが現実であります。(もちろん、監査報酬が著しく高額であれば可能だと思いますが、通常の監査報酬において、そこまでの実査手続きは困難ではないかと。。。)
さらに、強制捜査の対象となっている2006年当時といえば、監査法人さんとシステム開発会社における関心の的は、ソフト開発会社の売上計上基準に関する「会計基準の改正問題」ではなかったかと推測されます。つまり、純額主義か総額主義か、という問題であり、システム開発会社が販売する商品について、本当にその会社が付加価値を付けて販売しているのか、それとも商社的取引によって販売実績を上げているのか、という問題であります。ソフト開発会社にとっては売上至上主義のようなところがありますので、監査法人さんとしても、流通におかれている商品について、当該システム開発会社がどれだけの付加価値を付けて販売していたのか、という点に最も注意を払って監査をしていたのであり(リスク・アプローチ)、それ以上に、架空循環取引が行われていた可能性までは(よほど、明白な証拠でもないかぎりは)認識していなかったのではないかと思われます。
金融機能や保証機能を有する「介在取引」(これは一応経済的合理性のある取引とされておりますが)と、架空循環取引との区別につきましては、どちらも資金もモノも動く取引ですから、外観的にはほとんどわからないと思います。また今回のように30社以上が介在しているような循環取引だと、介在している会社自身もおそらく架空循環取引である、と確信していたところも少ないものと思われます。したがいまして、私は原則として、監査法人さんは架空循環取引について、一般の監査手続きのなかで発見し、これを指摘することは困難ではないかと考えております。(つまり監査の限界事例ではないかと)ただし、その兆候などは会社内でも観察していれば結構発見できるものでして、たとえば先に書いたように、たな卸し商品であるソフトが入っているCD-ROMの中身が10億円の場合と、100円の価値しかない場合とでは、自然とその「管理方法」に差が出てきます。本当に10億円の価値がある、と会社が認識していれば、その無形資産の詰まったCD-ROMについては「社外秘としての管理」が厳格で、またソフトハウスに開発委託している場合でも、知的財産権保護に関する契約の中身が非常に厳しいものになっています。(これは当然ですが・・・)しかし、架空取引の道具として活用しているときは、けっこう平気で普通の倉庫に別の商品と一緒に保管していたり、他社に製品が存在している場合にも、預かりなのか販売なのか、よくわからない状況のままで経営陣が平気でいる、というケースもみられます。これは経営者が関与する架空循環取引を発見する手口のひとつにすぎませんが、こういったことは、人間観察の才能を持つ人による、むしろ「勘」に頼るところなのかもしれません。社内で架空循環取引を発見するケースというのは、こういったあたりからでないと関与者以外には見えてこないものであります。
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コメント
売価で億単位のシステムの監査において、空のメディアを見抜けないのは問題外として、中身が入っているかだけのチェックで通すのも懈怠だと言わざるを得ません。
ご存知のとおり、情報システムの取引は媒体に記録されたコードのやりとりのみで行われるのではなく、納品物には各種仕様書、操作マニュアル等のドキュメント(これらも電子媒体がほとんどですが)も含まれます。そのほか、納品物以外の証憑として、プロジェクト体制図や企画書、条件書類、取引担当者間で多くのやりとりが発生します。億単位のシステムともなれば、納品に係るドキュメント類その他の書類は膨大なものになります。それらを一見すれば、真の取引か否かは素人でも容易に判ります。
専門家でないからチェック不可能というのは抗弁になり得ません。ソフトウェアのコードならばともかく、手順書、仕様書、マニュアル、使用許諾書等のエクセルファイルは普通の日本語と図で表現されたものですから容易に判読できます。そういったモノが存在しないなら、無いのですかと問うべきでしょう。
対象会社との馴合いとともに、監査手法の拙さが不正助長の一因だったのです。
TOSHI先生のおっしゃる内容は、本事件含め過去の不正事件における監査の限界を述べられたものならば納得ですが、現在においても同様に監査の限界であるかのように読める点で少し疑問がございます。
現在では、監査の弱点を突いた不正が広く知られている以上、現在の監査方法において要求されるレベルはもっと高く、「監査の限界」は収縮していると考えます。
投稿: JFK | 2010年2月15日 (月) 10時43分
本日の日経ビジネスオンラインの高橋篤史氏の記事も合わせて読んでみると、JFK様のいうように監査にかなり問題があったと言わざろう得ないでしょう。
IT業界の架空循環取引は、監査人にとって最大のリスクとして認識されているはずですから、それに対するリスク対応手続が不十分であったことになります。架空売上は、最終的には自社で引き受けることになりますから、不正を発見できる契機は、仕入と在庫に関する監査手続の二度あることになります。今回の場合も、一度に多額の仕入取引がされているようですので、監査人としてより合理的懐疑心を働かせるべきだったのではないでしょうか。
循環取引に関係している30社の内に上場会社が含まれているかどうかわかりませんが、過去、循環取引を主導した会社以外に、有価証券報告書を訂正した例は、IXI事件の伊藤忠情報システムくらいでしょうか。『正常な取引であったと認識していた』とのコメントだけで、明らかな架空取引を訂正しない架空循環取引の相手会社も問題ではないでしょうか。
投稿: 迷える会計士 | 2010年2月15日 (月) 20時17分
JFKさん、迷える会計士さん、ご意見ありがとうございます。熟読させていただき、たいへん勉強になりました。
エントリーで述べた点につきましては、こういった架空循環取引が発覚した場合、会計監査人に道義的な責任があることは私も同意するところなのですが、では法的責任の根拠はどこにあるのか?という点です。
会計監査人の善管注意義務違反の根拠はどのように構成すべきなのでしょうか?(また、たとえ会計監査人に法的責任が認められるとしても、過失相殺はどの程度の割合で認められるのでしょうか?)一般の職業的会計士の注意水準からすれば、本来どのような場面でどのような注意を尽くすべきだったのか、とても特定が困難ではないか、と考えています。
ナナボシ事件あたりと比較しましても、会計監査人の法的責任を架空循環取引のなかで特定することは、なかなか困難ではないか、というのが私の意見です。
投稿: toshi | 2010年2月17日 (水) 01時59分
義務の内実は、リスク・アプローチを前提に職業的懐疑心を適時起動させ、不正リスク要因に
応じた深度で監査を尽くす義務といえるのではないかと思います。
同種事件・同種手口の周知性は「職業的懐疑心」や「不正リスク要因」に影響すると考えるのが
自然です。
ナナボシの事件では、監査人は建設工事現場の現地調査を行っていますね。
本エントリーとの関係では、その点の評価が参考になると思います。
現地にわざわざ赴いた行為は、見ようによっては責任を否定する要素ですが、
判決では監査人に不利な評価がなされています。
すなわち、図面等と実際の工事状況との整合性をチェックすれば不整合を発見できた → 不整合につき
会社側にヒアリングすれば架空取引の疑念を持つことができた → にもかかわず、それを怠った
という評価です。もちろん、責任そのものは、他の要素も含めての判断ですが、建設の専門家ではないから・・・
という言い訳は排斥されています。
これはIT取引にも妥当すると考えます。何らかの疑問を持ったから現物確認をするのであって、
中途半端な現物確認に終始すれば、実在性チェックを怠ったと評価され責任肯定要素にもなり得るという
ことだと理解しています。
懐疑心の発動が求められる局面では、技術的困難性の観点は後退するのではないでしょうか。
余談ですが、責任判断において考慮される事情は、以下の組み合わせによって異なってくる
のだろうと考えています。
①異常な商社的取引(スキーム化された連鎖取引など)
②純然たる架空取引(単独での水増し、粉飾)
a)商品取引
b)役務取引、
c)システム開発に代表される混合取引
たとえば、① + a の場合、基本的なリスクアプローチと専ら証憑ベースの監査に
終始する限り、巧妙に仕組まれている場合は異常すら感知できない可能性があると
考えられます(懐疑心発動のきっかけは数値の異常など取引外の事情が中心か)。
ナナボシ事件は②+c であり、比較的容易に不正を見抜けるパターン、すなわち懐疑心発動の
敷居が低かったものと思われます。
架空取引等においては、会社側が積極的に不正をはたらき巧妙な隠ぺい工作を図る
のが必然ですから、過失相殺により最大8割程度の減額はあり得るんじゃないでしょうか。
経営者の誠実性を含め統制環境をチェックしているはずだという点を強調して過失相殺を
否定する学者見解もあるようですね。
投稿: JFK | 2010年2月17日 (水) 20時54分
いつも、先生のホームページで勉強させて頂いております。
ニイウスコーの件では、実際に損害を蒙りました。法律は学んだことがなく、
騙された自分を責め、悶々とした日々を過ごしておりました。
2月19日の読売では末貞容疑者が容疑を認める供述を始めたとありました。
一個人株主として、どこまで損害賠償を求めることができますでしょうか。
実際にいくらかでもお金を取り戻せるものでしょうか。
個人で弁護士費用を用立てても却って高くつくと言われて、迷い続けています。
何かご助言頂ければ幸いです。
投稿: dobon | 2010年2月27日 (土) 20時47分