小糸工業社はなぜ調査委員会を設置しなかったのか?
本日はずいぶんと多くの会社の不適切な会計処理に関するリリースが出ておりますが、なかでも内部告発との関連での不祥事に関するリリースが目に留まりました。航空機座席の大手メーカーである小糸工業社(東証2部)の座席強度偽装事件(国交省より業務改善勧告が出た、とのこと)が新聞等で大きくとりあげられており、本日(2月9日)も株価はストップ安となったそうであります。(小糸社のリリースはこちらです。しかし親会社はリコール問題や強度偽装問題でたいへんじゃないでしょうか。)
ところで、今回の不正発覚は、またしても複数の内部告発(社内→当局)によるものであり、おそらく当局も内部告発がなければここまでの調査は困難だったものと思われます。(複数の内部告発で福岡市が食品衛生法違反事実をなんとか突き止めた、あの船場吉兆事件と同じ構図ですね)しかしながら、昨年1月30日の小糸社の不祥事発覚の流れからみて、今回の株価ストップ安の状況を止めることはできたはずであり、なにゆえ1月30日以降に調査委員会を設置しなかったのでしょうか?社内事情を顧みずにあえて申し上げるならば、極めて初歩的なコンプライアンス上のミスがあったのではないかと想像いたします。
2009年1月30日に国土交通省および小糸社がリリースした不祥事の内容は、不正受検の典型的な事例であります。(試験には絶対に1回でパスするために、いわゆる試験用商品を別に用意して、受検後には別の商品を販売する、というもの。)ちなみに、チャートで調べたところ、小糸社における昨年の不祥事リリースは、ほとんど株価には影響しておりません。(1月29日:246円→2月1日:235円。売買高にも影響がなかったみたいですね。)不正受検という不祥事は、たしかにあってはならない不正でありますが、「粗悪品」の販売とは直結しておりません。とくに小糸社のように、ブランドメーカーとしての信用がある企業の場合、現場の事情により不正受検が行われたにすぎず、そもそも試験を受けていなくても「良品」であることには変わりはない、との社会的評価を受けることが多いと思われます。(したがいまして、この時点では株価にはそれほど影響を及ぼさない)ところが、その後不正受検の事実から、実際に安全基準をクリアしていない商品の存在が明るみに出る場合があり、これは企業にとっては(行政法上も民事法上も)極めて重大な問題に発展してしまいます。行政法上では商品の販売中止が長期間にわたって求められることとなり、また民事法上では販売先からも返品や修復、賠償など多くの法的追及を受けるリスクが高まります。
したがいまして、不正受検を行った企業の社会的信用が回復されるのか、それともさらに二次的不祥事へと向かうのか、という分水嶺は、次のステップで分かれることが多いようであります。不正受検→実際に粗悪品発覚、という道をたどるのか、不正受検→原因究明(本件調査および本件外調査)→在庫および流通品調査→再発防止策、という道をたどるのか、というものであります。とくに、不正受検発覚の段階で社外の第三者委員会を立ち上げて、その報告書を当局に提出するというのは、基本中の基本でして、組織ぐるみだったのか、不正受検が粗悪品流通を推定させるものなのか、不正の期間や対象商品の特定などが最低ラインの調査内容であります。(もちろん責任追及や再発防止策の検討も必要ですが、とりあえずまずは「安全・安心」に向けた対策が最重要課題となるはずです)
小糸社の場合、2009年4月に代表者が異動しておりますが、この時期にせめて社内調査委員会だけでもきちんと立ち上げられていれば、内部告発の情報は「内部通報」として社内で吸収できたかもしれません。また、真摯に調査委員会報告書を国土交通省に提出していれば、(もちろんプロセスチェックがきちんとなされたものであることが条件ですが)会社内の自浄能力に対して期待がもてるものとして、度重なる内部告発による行政調査はなされず、このたびの業務改善勧告までには至らなかったのかもしれません。とりわけ「不正受検」のみの不祥事の場合には、検定を行う当局側にも(長年の信頼関係からか)ひょっとすると「検査上の落ち度」が認められる可能性もありますので、厳しいツッコミをいれず、自主的な対応にマルをつけてくれることも考えられます。しかし今回最も問題とされているのは、小糸社が「安全基準に満たない製品」の存在を知りつつ、当局を騙した行為であります。実際に在庫品や流通に置かれた製品に安全基準を満たさない製品があることを自ら認識したのであれば、自主的に公表して、その検査対象や回収製品の範囲を合理的な理由をもって限定すれば(これがなかなかむずかしいところでありますが)ブランドイメージの毀損は最小限度に抑えることが可能なはずであります。
このたびは、組織ぐるみであったことを社長ご自身が認めておられるようなので、そもそも第三者委員会など設置しようものなら、すべてが明るみになってしまうので「そんなことできるものか」といった社内事情だったのかもしれません。しかし、ダスキン事件判決でもおなじみのとおり、「不祥事が発覚する」リスクについては、近年内部告発や、性能偽装事件への行政調査の厳格さなどからみて極めて高いものと予想されますし、そもそも「不正受検があったのに、自社ではなにも調査しないのか?」といった行政の憤懣が、かえって調査への意欲を高めることになるのは、あの船場吉兆事件でも証明済みであります。納期が間に合わないから安全基準違反に目をつぶる、という意識は、おそらく法的には通用しない経営判断でしょうし、「全社的なコンプライアンス経営意識の欠如」と言われてもいたしかたないようにも思われます。上場会社である以上は、いまからでも、自浄能力のあるところを社会的に示す必要があるのではないでしょうか。(HPを閲覧しましても、あまりそのあたりの意識がうかがわれないように思うのですが・・・・)
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コメント
内部監査の知識が乏しいのですが、J-SOXの導入やその運用を経営陣や外部専門家がレビューする体制が、骨抜きだったのか、と素人ながらに思ってしまいます。あれは何だったのでしょうかね。
捏造や不正検査なんて、社内の監査部門がキャッチできないわけがないような気がしました(組織ぐるみだと別でしょうが)。
結局、外部から見れば、大手監査法人の監査証明がある企業しか投資できなくなってしまいそうです。たいしたIRもしていない会社でしたし。
ヤマカンですが、昨年1月は、市場が凍り付いているような時期でしたので、当時の株価が反応しなかったことは、大きく連関に影響しないような気がします。
モノづくりに慢心があったのでは、といわざるを得ない出来事が続きますね。
投稿: katsu | 2010年2月11日 (木) 15時20分
ホームページ「小糸工業の企業倫理」は2004年12月1日付にて表示しています。不正受注は2003年頃から顕著になったという情報ですと、制度設計は出来たけれども?運用は見掛け倒しであったといえます。そもそも2009年1月30日以降にも調査委員会を設置出来る風土、環境では無かったのは。
社是(4.互いに自主性を尊重しつつ、)とあるのは他部門は知っているが、口を出さない?との皮肉に聞こえます。
内部統制報告制度上の扱いはどういう評価をしているか(全社統制評価)も気になります。この場合、最終評価する会計監査人はどのような対応をとられるのでしょうか?
適正な財務報告とは直接関わらないようですが。ここらあたりの会計監査人の限界の議論も聞きたいものです。
あわせて監査役、内部監査部門は従来どのような仕事をしてきたのかも知りたいですね。せめて内部告発者が社内にいたのが救いかも。
妬みではなく正義の心からであれば、会社内での自浄能力発揮の期待が持てる。又は、コンプライアンス意識の強い経営トップの天下りや、
第三者からの乗り込みでも、風土は良い方向に変わるはず。国土交通大臣が「社会的制裁が必要」との記事を読むにつけ、今回の想像を絶する大変なリカバリーショットの過程で信用を再構築し、業績悪化を耐え忍び回復するのを期待します。内部監査部に所属する者としてのコメントです。(今回初めての投稿です)
投稿: 鉄球 | 2010年2月11日 (木) 19時33分
鉄球さん(はじめまして。)、詳細な情報どうもありがとうございます。内部監査部に所属されておられる方の、ごく普通の感覚で語られているところを参考にさせていただきます。katsuさんも指摘しておられますが、内部監査や監査役監査がどのような実態であったのかは私も知りたいところです。ちょっと弁護する見方になるかもしれませんが、社内調査や社外委員による調査のことは小糸社も検討していたはずだと思うのです。そのことを一番意識していたのは監査役であり、また内部監査部だとも推測されるのですが、それがなぜ経営者を動かせなかったのか。「社内でモノが言えるような立場ではなかった」では済まされない状況が昨年の1月には発生していたと思うのですが。(私が経験した事件では、そもそも不正受検の段階で「社外調査委員会を立てて報告書を出せ」と言ってきましたので。)
またkatsuさんも鉄球さんもおっしゃるとおり、内部統制報告制度との関係ですね。直接的には財務報告の信頼性とは関係ないのかもしれませんが、そもそも制度対応については形式的なものにすぎないとすればちょっとむなしい気がします。
投稿: toshi | 2010年2月11日 (木) 22時07分
本件はJ-SOXや内部監査及び監査役の果たすべき役割と限界を考える絶好のサンプルかも知れません。
J-SOXに関しては鉄球さんご指摘の通り全社統制評価が問題となります。しかし問題が表面化する前に全社統制で重要な欠陥があると評価することは、よほど形式上重大な欠落がない限りは困難です。なぜなら問題を起こす企業でも大概はコンプライアンスに係る諸規程や委員会等の組織・体制は一応整備されており、その運用も形式的・表面的には問題ない形で実施されているからです。例えば前回問題を起こした時に調査委員会を設置しなかったことについて、それ自体が重要な欠陥と評価(=断定)するにはよほどの「蛮勇」が必要になります。少なくともJ-SOXにおける全社統制の評価・監査では実質まで踏み込んで問題点が摘出されることを期待するのは無理があるのではないでしょうか。結局は事が露見した事後に跡付けで重要な欠陥を指摘することにならざるを得ません。(但しこれはJ-SOXの全社統制評価に意義がないということではなく、限界が大きいということです)
むしろこうした事案では監査役監査及び内部監査部の業務監査が果たすべき役割と責任が大きいはずです。調査委員会設置問題も含め内部統制に関わる諸問題について、実質に踏み込んだ問題提起と改善提案が出来るはずですし、やらねばなりません。内情を知らないまま軽々に論評は出来ませんが、組織ぐるみであればあるほど、問題が重大であればあるほど、公然と問題点を指摘し是正させるのが難しいという、少なからぬ企業が抱える問題状況を残念ながら示しているのかも知れません。
投稿: いたさん | 2010年2月14日 (日) 17時01分
tonchanです。いつもこのブログを楽しみにしております。
今回の事案を素人の内部監査人の立場からコメントすると以下の通りです。
1.内部監査人は何のために仕事をするのか?
J-SOXでは経営者の為となっていますし、実際にも企業の組織である以上経営者のためになるのは当然かもしれません。一方、内部監査人は企業のGC(継続)の為に専門的な仕事を行うという意見も有ります。これは、アメリカのような内部監査が専門職として定着するとできるのかもしれません。
2.内部監査の限界とは?
1.とも関連するところが多いのですが、全ての基礎となる統制環境が公然と問題点を指摘できないという企業では内部統制、内部監査の限界が非常に大きくならざるをえません。
私自身は内部監査部門には対外的に何の権限もなく企業の組織の一つである以上常に限界は存在すると考えます。本来、取締役会を監視するという機能を持つ監査役の皆さんに頑張っていただくというのが建前なのでしょう。監査役の独立性こそが今回の最大の問題だと考えます。
素人のたわごとかもしれませんが、内部監査部門に大きな期待をするのは困難なように思います。
toshi先生、今後ともによろしくお願いします。
投稿: tonchan | 2010年2月15日 (月) 17時14分
鉄球(tekkyu)です。お世話様です。
今後、どのように調査報告がなされ、対応するのかウォッチして行きたいですね。経営者を動かせなかったのは、そういう統制環境だったのでしょう。監査役については「tonchan」さんの仰ったとおりですが、実質的に誰が選任するか? 日頃誰に向いて仕事しているか(活動していたのかどうか)?を雄弁に物語っているような気がします。 こうなると、内部監査部門の存在は蟷螂の斧ですね。
J-SOX全社統制評価では「いたさん」の仰ったとおり、有効性評価でカバー仕切れないところは、通常の業務監査で実施する対象でしょう。評価したとしても、誰に報告すべきか尻込みします。会社ぐるみの活動に、警鐘を発っしていたかもしれません。もしくは捩じ伏せられたことも推測できますが。凡サラリーマンの私にもその勇気が欲しいものです。
内部告発が発端とすれば、今後、「社外のホットライン設定」が「バツイチの会社」が社会的に許容される条件の一つとなるかも?(第三者となると弁護士先生達の仕事増!)「内部告発」は語感は良くないですが非常に大事な軌道修正手段だと思います。
なお、監査役、会計監査人、内部監査人三者間の意見交換の有効なトライアングル構築が十分でしょうか?
全社統制評価ではそれなりのお茶の濁し方では?ということになりますね。 これは大概の会社に当てはまるとは言い過ぎでしょうか?
小松工業のケースでは、全社隅々までコンプライアンス体制を見直し、理解ある経営陣が、内部監査分野に有為な人材を投入し、新体制の構築、運用に期待したいものです。
対外権限の無い内部監査部門が、対外権限のある経営層に有意義な提言をし、会社のあるべき姿の誘導に少しでも役立ち、会社が発展すれば、内部監査部門は黒子としてHappyではないでしょうか。
チョット書生っぽいですかね。
投稿: テッキュウ | 2010年2月16日 (火) 20時41分
「NBL編集倫理に関する第三者委員会設置のお知らせ(2010年2月23日)」(@株式会社商事法務HP)
こちらは委員会を立ち上げていますが内容が重たいので自浄能力を発揮したとこを見せたいんでしょうかね?親会社は法務省所管公益法人ですしね。掲載された元旦号の目玉が座談会「検証 第三者委員会」だったのがちょっと皮肉。
昔学生のときに某判例誌のコメントは最高裁調査官が書いているから信用が高いと聞いたことはありますが当事者が書いたんじゃ信用ガタ落ちですね。
これって当事者なりその代理人なりの側では問題にならないのでしょうかね?
投稿: 久しぶりに通りすがり | 2010年2月24日 (水) 23時46分
商事法務さんの「第三者委員会」の件、おどろきました!
こりゃマズイですよね・・・(^^;;
本当だとすれば、ちょっと私の常識からは動機が考えにくいです。。。
なんか、すごく残念な出来事です。
投稿: toshi | 2010年2月25日 (木) 01時01分
NBL第三者委員会報告書出ましたね。
投稿: 久しぶりに通りすがり | 2010年3月31日 (水) 23時24分
情報ありがとうございます。
内容、かなり楽しみです。
金融庁サイトにいろんな重要リリースが出ていたり、消費者庁のサイトにも注目しておりますので、ちょっと注意が散漫になっております。
個人的な興味でこっそりと商事法務のHPからアクセスしてみます。
投稿: toshi | 2010年4月 1日 (木) 01時51分