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2010年3月24日 (水)

「役員報酬の個別開示」反対論の説得力

金融庁のWEBサイトで3月31日公布予定の改正開示府令が公表されております。連日報道されております上場会社役員報酬の個別開示問題ですが、従来パブリックコメントに付されておりました案と同様、有価証券報告書への各役員の報酬について個別開示が義務付けられたようであります。(ただし賞与やストック・オプション等含め総額1億円以上の報酬を受け取る役員のみに限ることができます)個別開示を支持するコメントも10件あったそうですが、報道されるのは多くの経済団体からのコメントであり、私も会員にさせていただいております日本取締役協会もWEBサイトにて反対の意見書を提出したことが発表されています。なお、パブコメの内容やこれに対する金融庁の考え方については3月31日に公表する、とのこと。(これが一番読みたかったのに・・・・残念)

役員報酬の個別開示問題につきましては、個人的にどちらかの意見に賛同するつもりはございませんが、どうも経済団体の反対説をお聞きしていて「ちょっと議論がかみ合っていないのではないか」と素朴に感じているところであり、効果的な反対論が展開できていないように思えますが、皆様はどう思われるでしょうか?

まず「役員報酬は総額が開示されており、総会で承認されているのだから、それ以上の規制は二重規制ではないか?規制する意味がわからない」との反論が展開されております。しかし総額規制はいわゆる会社法による規制であります。「お手盛り防止」のために、株主の総会承認による議決権行使にかからせるものであり、金融商品取引法による開示規制とは趣旨が異なります。金商法の場合はガバナンス改革の一環としての個別報酬開示ですから、こっちは取締役の選解任のコントロールと株式売却によるコントロールであります。会社法上では株主は直接「その報酬はダメ」と言える権利ですが、金商法は「説明」が介在することで株主の意思が決まるわけで、とくにダメと言える権利ではありません。ですから、制度趣旨が異なる以上、二重規制にはならないと思いますので、ちょっと適切な反論とはいえないようであります。

つぎに「個人情報保護の趣旨に反する」「プライバシー権の侵害である」との反論が展開されております。たしかにこれはもっともな話であります。「上場会社の役員は報酬を開示すべき社会的責任がある」との賛成論者の意見もあります。しかし法人とは別に、「個人としての社会的責任」という概念が「1億円」という明確な開示基準と融合すべき合理的な根拠がないために、あまり説得力があるようには思われません。しかし、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスなど欧米の主要国ではいずれも役員報酬の個別開示が認められているなかで、なにゆえ日本だけがプライバシー権侵害という理由での開示拒否がまかり通るのか、そのあたりは反対論者の方々はどのように説明されるのでしょうか?セキュリティ問題も反対論者の根拠とされておりますが、我が国よりも高額の報酬が個別開示されている欧米諸国と比較しても、なおセキュリティが問題とされなければならないような合理的な理由は日本には存在するのでしょうか?私はこのあたりを一生懸命考えておりますが、どうもこの合理的な理由が思い浮かびません。(どなたか有力は反論をお持ちの方はどうかご教示いただきたいのですが)

「欧米は欧米、日本は日本」と割り切ってしまえばよいのではないか・・・とも思えるのでありますが、個別開示に反対される方々は、「そもそも日本は欧米と比較しても報酬は低水準である。批判されるような高額報酬をもらっているわけではない。」と主張され、都合のよいところだけは結局欧米との比較問題を有利に援用しておられるわけでして、このあたりがまた説得力を喪失させてしまっているように思われます。このあたりは要は欧米と比較しても、役員報酬はかなり低額なのだから、短期利益獲得に向けてのインセンティブは働かない、と主張されておられるのかもしれません。しかし、短期利益獲得に向けたインセンティブを日本と欧米諸国における報酬額の高低で比較することはナンセンスであり、そもそも我が国のなかでの「他人との比較」のほうがはるかに説得力があるはずであります。(同年代の年収を比べて、香港のビジネスマンとの3億円の年収の差よりも、隣の課の同期との10万円の年収の差のほうがはるかに嫉妬心が湧くように思いますが)

「日本の経営に過度の透明性は求めるな」という反論も、当っているようで実は論点がずれているように思われます。そもそも1億円以上の報酬をもらっている役員についての個別開示は、議論の端緒にすぎません。株主のなかには、多額の報酬をもらっている意味を知りたい人がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。たとえば全役員の報酬のうち、ひとりが3分の2の報酬をもらっていることに賛成する人もいれば反対する人もいますし、短期の利益獲得を目的とする株主ならばインセンティブとして高額報酬をもらうことを推進するかもしれませんし、ストックオプション付与の条件にも賛同するかもしれません。つまり、報酬の個別開示は、各役員の活動を「ガラス張り」にするものではなく、むしろ役員の報酬のとり方が気になった株主が質問をしてその理由を聞き出すための「端緒」なのであります。そこには株主の積極的な行動がなければガラス張りにはならないのであります。(だからこそ、金融庁の幹部の方々は「株主への説明責任」なる言葉を使いたがるのではないでしょうか)つまり役員と株主との対話の距離を縮めたにすぎず、その「端緒」としてちょうどいい金額が(日本の場合には)1億円という数字にすぎないのではないか・・・と考えております。ですから、この個別開示に反論をすべきなのは、そもそもガバナンス改革の手法として、役員と株主との距離感を縮めること自体が必要なのか不要なのか、というところであり、そこに焦点を絞らないと議論がかみ合わず、結局のところ行政当局の思うつぼ・・ということになってしまっているのではないか、と思われるのでありますが、いかがなものでしょうか?「なぜ役員報酬1億円以上」で区切ったのか・・・・・、そのあたりをもう一度、昨年6月17日に公表されました金融庁スタディグループ報告書の該当箇所を読み込んで検討しなおすことが必要なのではないかな・・・・と考えている次第であります。

3月 24, 2010 ディスクロージャー |

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コメント

経団連がちょっと凄んだだけで商業登記から代表者の住所の公示を削除した
自民党政権時代に対するノスタルジーなんでしょうね

役員報酬という職務に関わる情報について、そもそもプライバシーが成立するのか
疑問に思うのですが、その点はいかがなものなんでしょうか?

堂々と高額報酬を誇示して、それに相当する利益を上げていただければと思いますが

投稿: 通りすがり | 2010年3月24日 (水) 07時21分

山口先生
この問題について、何かモヤモヤとして整理ができなかった点が
すっきりした感じです。

違っているかもしれませんが、プライバシー云々なら、代取の
住所が登記されることの方が問題ではと思います。

一億円に限らず、公開したほうがよいのではと思うのですが、
多分、心の底ではそれに見合った働き(朝早く、夜遅くまで働く
という意味ではなく、アイデア力、部下の掌握力、判断力、行動力
があるかということですが。)がないと思っているからではないで
しょうか。(大企業に勤務していた経験から)

公開されても胸を張れる人、そんなことに頓着しない経営者が多く
なること、経営者の給与だけでなくそれと業績とのバランスを判断
できる投資家が増えれば日本の経済も良くなる一つの要因になるの
ではと思ってます。

話は変わりますが、名古屋の市議会の件ですが「給与が半減する」
と市議会の義認になる人は本当にいなくなると思っているのでしょうか
市の財政とのバランスや仕事の内容などについての議論を表に出して
ほしいのですが・・・

政治家の資質もどうなのでしょうかね・・・

投稿: ご苦労さん | 2010年3月24日 (水) 11時19分

通りすがりさん、ご苦労さん様、コメントありがとうございます。

なるほど、自分で関連エントリーを昨年1月に書いておきながら、すっかり失念しておりました。たしかに代表者住所の非公開という議論がありましたね。
いちおう関連エントリーは下記のとおりです。

http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2009/01/post-3068.html

投稿: toshi | 2010年3月24日 (水) 12時25分

住所の公開は確かに問題ありそうですが、
報酬の公開は全く問題ないように思います。
公表されて困るというのも理解できません。
個人的には公開基準をもっと下げても(例えば5千万以上くらい)いいように思います。
話がすこしそれますが、”ご苦労さん”さんの言われる名古屋市議会の
議員定数半減、報酬半減も大賛成です。
半数になったら何が問題なのか議員も反論すべきでしょう。
議員の一人が報酬が半減したらなりてがいないというような発言を
していましたが、まさになんのために議員になろうとするのか?
実態を表しているように思いました。
ただ既得権益の保持が目的なら選挙で落とすくらいの市民の意識
がほしいものです。

投稿: 元システム監査人 | 2010年3月25日 (木) 08時58分

改めて金融庁のスタディグループ報告書を読んでみました。

「役員報酬については、経営者のインセンティブ構造等の観点から株主や投資者にとって重要な情報であると考えられる」「また非常に高額な報酬やストックオプションが経営者の経営姿勢を過度に短期的なものとするおそれなどの指摘もあり、役員報酬の決定に係る説明責任の強化を図っていくことが重要な課題となる」とされており、オバマ政権のウォールストリートに対する報酬制限と基本的に同じ考えで書かれています。

これが立法事実だとすると、規制の内容はずれていると思います。
もともと高額報酬が問題となったのは金融機関においてであり、上場企業全体に広げる必要はありません。しかももし金融システムの安定のために報酬を規制したいのであれば日本において上場している企業だけでは規制の対象として足りないし(日本で上場している外資系金融はわずか)、また日本で働いている外資系企業の従業員で本国において上場している本社の役員になっているのはわずかでしょう。また、役員でなくても1億円というラインは(この手の人たちにとっては)さほど高額なものでもありませんので金額の根拠もよくわかりません。

もともと経済界が反対として挙げている「プライバシー」というのは文字通りのプライバシーではなく、「収入を知られると妬み、やっかみの対象になるから嫌だ」ということに尽きると思います(でも正面からそんなことは言えませんからね)。そう考えれば経済界の人たちの言っている事も的外れではないと思うのですが。。日本はアメリカよりはるかに成功者に対する妬みが強いので(ヨーロッパのことは知りません)。

ともあれ、日本の上場企業で1億もらっている役員ってどれだけいるのでしょうね?また、報酬を株主が知ったとして、役員の能力と見合うかどうか、どのような物差しで評価するのか、考えてみるとそんなに単純ではないように思います。

投稿: nori | 2010年3月25日 (木) 12時20分

長者番付が廃止される国柄ですから、反対する気持ちは分からないではないです。しかし、事は取締役の報酬です。株主総会という公開の場で決定されるべきものであり、プライバシーの範疇ではないのが本来です。あまりにも柔軟な実務によって、お手盛り防止の理念が骨抜きになってきた(総額が多額、事後の個別開示もなし、個別報酬決定の理由不明など)ことが問題です。この人にいくら、というふうに個別決定してもよいくらいだと考えています。
これまでの実務を基本的に変更せず、事後開示にとどまり、かつ、1億位円以上のものに限ることができるという線引きは十分すぎるほど制限的です。

派生的問題として執行役員の報酬開示があると思います。
執行役員ならば開示しなくてよいのかという根本的な問題にくわえて、今後開示金額基準の引き下げがあれば、執行役員化のインセンティブが高まってくると思われます。このようなゆがんだ現象が起きると、重要な使用人の報酬開示といった飛躍的論議もありそうです。

本題ではないですが、議員報酬削減には大反対です。
国会であれ地方議会であれ、議員には高額の報酬を与え重い責務を課すべきです。歳費を縮小すれば政治活動の幅や中身も縮小します。生活確保・活動資金確保への意識が高まり政策実現への意識占有率が相対的に低下します。こんなことでは国も地方も良くなりません。
重責を担っている者は堂々と報酬をもらえばよいのです。自ら削減するという行為は、今まで大したことやってきませんでしたしこれからもやりませんと言うに等しいです。
一部、役員報酬にも通ずるところがあると思います。

投稿: JFK | 2010年3月26日 (金) 00時35分

皆様、ご意見ありがとうございます。役員報酬ひとつとっても、これだけの視点があるのかと思いますと、たいへん勉強になります。

ちょっと噂で聞いたところでは、1億円以上の役員報酬をもらっておられる方は200名から250名程度というところでは?

ヘッドハンティングで役員に就任された方などは、プライバシーの問題ではないとしても、やはり金額が開示されることには抵抗感が強いでしょうね。

投稿: toshi | 2010年3月26日 (金) 01時41分

DMORIです。
社員は人事考課や業績評価で報酬を決めていきます。役員の報酬評価が適切か、お手盛りでないかも評価する必要があり、それを決めていくのは株主だとするのが、コーポレートガバナンス(企業統治)の趣旨からすれば、当然の考え方といえましょう。
したがって、まずは年収1億円以上の役員報酬を個別開示させるのは妥当です。それが、これまでできていなかったのは、財界のお世話になっている自民党政権だったからで、これも核持ち込みの密約を検証させたのと同じく、民主党政権になった効用のひとつでしょう。
上場企業の役員なら、1億円以上の年収を公開されることを誇りにして、「来期は2億円をめざして、会社の業績をもっと上げよう」とがんばってくれればいいのです。
逆に、自分の業績で1億円の報酬をもらっていることが公開されると困る、などと考える役員に、1億円を与えていることが間違いなのです。

投稿: DMORI | 2010年3月27日 (土) 07時38分

報酬は良いと思いますが、議決権行使結果は反対なんです。金融庁が、思い通りに議決権を行使しない金融機関を露骨にいじめますから。

投稿: 正直 | 2010年3月27日 (土) 20時24分

DMORIさん、正直さん、こんばんは。

3月31日といえば、この役員報酬の個別開示に関するパブコメの金融庁回答が公表されますね。経済団体から反対の意見が出されているそうですが、どのような回答をされているのか楽しみです。

投稿: toshi | 2010年3月31日 (水) 02時09分

瑣末な話しも申しあげるようで申し訳ありません。
報酬とのことですが、勤務時間など考えると単純に多い少ないは、単純には議論できず、また、所得税での天引きをどう考えるのだろうと思います。
また、ストックオプションの評価も、すぐに行使するわけでもなく、退職慰労引当金の引当は、将来実際にもらえるか分からず、また、会社によっては、役員専門の年金(社外積立)があり、個室秘書運転手付専用車や、交際費、専用社宅など目に見えないものも、必要経費との境界の曖昧なものもあり、不公平感といいますか、どう運用するのかな、という気がしております。まじめにやると損をし、いろいろなテクニックを使うとうまく面もでるでしょう(テクニックのコストは、会社が払い、弁護士や会計税理士が活躍するのでは。)。福利厚生施設も濃淡あります。また、子会社役員も兼任すれば、それはどう考えるか、脱法策にならないか、また、海外出身者が日本企業の役員になれば、都心に特別な住居が必要ですが、家賃はどう考えるか(日本の住宅事情通勤事情は欧米エリートには納得できないし、また、英語が通じない中での通勤は大変でしょう)。
こういう問題に見切りで発車してしまいました。

子供にとってもマイナスでしょう。父親の収入がガラス張りになり、一方、級友の家の収入が丸見えになる。寄付の要請や、たかりのような話しも出てくるでしょう。
そこそこの高額所得役員は、金持ち専用の住宅地や、金持ちの子弟専用の学校への子弟入学に走るんではないでしょうか。


一方、公務員(高額退職金や、渡りなど、)、議員さん、そういった人は、そもそも、元手は税金なのですが、そちらへの議論が、詰められず、上場企業だけが議論されるのは、不公平だとは思います。

反対ばかりでは何も進まないことは理解していますが、少し申し上げました。

投稿: 神奈川から来ました | 2010年4月 4日 (日) 18時29分

 株主の出資財産を原資として獲得した利益の使い道が「プライバシー」というのは、無理があるでしょう。会社と無関係の役員自身の資産公開であれば「プライバシー」を理由として開示拒否することは妥当でしょうが、「他人様の資産をもらい受ける」という発想が欠如しているから、個別開示の反対につながるのでしょうか。

 私としては、役員報酬の決定方針についての改正が大きいと思います。
 こちらは、役員報酬は取締役会決議で社長(または会長)に一任しているところが多いでしょうが、この決定方法が取締役間の監視・監督権限を著しく減殺しているという実態に深く切り込む可能性がある規定ではないのでしょうか。
 実態としては、取締役会決議で社長(または会長)に一任しているところが多いでしょうが、そのような形式の方針の会社が「取締役会決議にて決定している。」と開示をすると、本来は「取締役会決議で社長(または会長)に一任している」という開示になり、虚偽記載かなと感じております。

 上場各社が客観的な役員報酬の決定方法を作成・開示してもらえればと思います。個人的には、総額1億円以上の個別開示は撤廃しても、報酬の決定方針については厳しく対応して頂きたいと考えております。

投稿: Kazu | 2010年4月 5日 (月) 15時39分

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