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2010年4月19日 (月)

正面から問われる吉本興業の非公開化手続き(やっぱり気になるなぁ)

会社法が施行されて4年が経過しようとしておりますが、いまだ議論が尽きないのが「全部取得条項付種類株式を用いた完全子会社手続き」であります。4月16日金曜日の朝日新聞経済面の記事によりますと、吉本興業のTOB手続(1月の株主総会で上場廃止決定、2月上場廃止)について「違法性のある手続で株主の地位を一方的に奪われた」として、2名の元株主の方々が株主総会決議の無効確認(予備的には決議取消)を求めて大阪地裁に訴えを提起した、とのこと。

つまり、本件では特に吉本興業さんが債務超過に陥っていたわけではなく、「上場を廃止する」ために「全部取得条項付種類株式を用いた完全子会社化の手続き」を採用した、ということであります。本来、全部取得条項付種類株式を活用して反対株主を締め出すためには、正当な事業目的がないとできない、という立場から、本件吉本興業社の完全子会社化には正当な事業目的はない、ということで手続きの違法性を根拠に決議の無効もしくは取消を主張しておられるようであります。民法709条に基づく違法行為排除請求権を根拠として、総会開催を差し止めることはちょっと苦しかったものの、このたびは既に終了している株主総会における決議の無効もしくは取消を求めておられ、株主代理人でいらっしゃる阪口徳雄先生(株主オンブズマンで有名な大先生)のブログによりますと、「今回は、最後までやりぬく方針」とのこと。おそらく全部取得条項付種類株式を上場会社のMBO手法として活用することの違法性を最高裁まで争う、ということになるのではないかと思われます。

ここまで多くのMBO事案で活用されてきた手法ですから、多くの法律実務家の方々が「適法性に問題なし」と確信し、すでに法曹の関心はTOB価格に不満を持つ一般株主の方々による価格決定申立事件の手続き(たとえば個別株主通知の対抗力)や、価格決定のあり方に移っているようにも思えます。しかし、私の拙い理解では、略式株式交換など、ほかの手法によっても完全子会社手続きは可能でありますが、税制面での有利さを考慮して全部取得条項付種類株式を用いる方法が普及したものであり、とくにこの手法が適法性が高いという理由からではないと思われます。だからこそ、未だ議論が尽きないのではないかと。

また、昨年暮れに出版されました「Q&A会社法の実務論点20講」によりますと、全部取得条項付種類株式が導入された経緯につきまして、

会社法立案過程においては、100%減資を行う際に、株主全員の同意を必要とすることは硬直的にすぎ、柔軟な任意整理の実施の妨げとなっているとして、株主の多数決による株式全部の消却を可能とする方策の実現を求める実務上の要望が強かった。

法制審議会会社法部会の審議において、①株式会社は、正当な理由がある場合には、株主総会の特別決議により、株式の全部を有償または無償で取得することができるものとし、②その場合には、取得の対象となる株式であって、当該決議に反対したものは株式買取請求権を行使することができるものとする、との規程を設ける検討が進められた

その後の法制的な検討を経た結果、上記の構成ではなく、これを種類株式として構成すべきこととされ、立法化された

と(立案担当者らにより)述べられております。(同書3頁)つまり、正当な目的のある株式全部消却手続きであっても、少数株主排除時における財産権保護は保障されていたのであります。したがいまして、現行法上、(株式買取請求権の行使に類似した)価格決定申立の道が少数株主保護制度として存在しても全てが解決するわけではなく、この「正当な目的」のある場合にだけ全部取得条項付種類株式によるスキームが適法である、との解釈が成り立ちうるものと思われます。

では、この立法の経緯におきまして「正当な目的」ということが明記されることなく立法化されたことが、行使目的の無制限化をもたらした、と言えるのでしょうか?私見を申し上げるほどのこともできませんが、株主名簿の閲覧謄写請求権の行使が問題とされた日本ハウズイング社と原弘産社との仮処分高裁決定が、ひとつの参考となるのではないでしょうか。株主は、営業時間内であればいつでも株主名簿の閲覧・謄写の請求が可能でありますが、請求する株主が会社の業務と実質的に競争関係にある事業を営んでいるような場合には、会社は閲覧・謄写を拒否できるとされております(会社法125条3項3号)。原弘産社は日本ハウズイング社との委任状争奪戦に利用する目的で、日本ハウズイング社に株主名簿の閲覧を要求したところ、原弘産社は日本ハウズイング社にとって競争関係にある会社だとして、閲覧謄写要求を拒否した事例であります。たしか高裁の決定では、たとえ競争関係にある会社であっても、株主権の行使の重大性に鑑みれば無制限に拒否できるというわけではなく、株主権行使のために正当な目的があれば、これを拒否することは濫用にあたる(したがって株主名簿の閲覧・謄写権行使は認められる)とされております(おおまかな記憶なので、もし間違いがございましたらご指摘ください。また、この高裁決定につきましては、葉玉先生のブログでも解説されておられたと記憶しております)。これは、会社法125条3項3号の拒否事由について制限的解釈を行ったとみるのか、そうではなく再抗弁としての拒否権濫用の抗弁が認められたにすぎないのか、という点では争いがあるものの、ともかく125条3項3号の文言上では無制限に拒否できるような書きぶりであるため、本件でも当該高裁決定と同様の発想で判断することも可能のようにも思えます。

多数の利害関係人にとって株主総会決議が取り消されたり、無効と確認されるような事態となりますと、非常に関係者間に混乱を生じさせることになるため、結論的には原告が勝訴するためにはかなり高いハードルがあるものと推測されますが、全部取得条項付種類株式を完全子会社化手続きに活用する場合の手続き自体の適法性を裁判所がどのように判断するのか、たいへん興味があるところでして、本当にとことん争っていただきたいと個人的には考えております。

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コメント

全部取得条項種類株式を使う点は良いのですが、一株未満の端数にして234条を使って裁判所の許可で売却してしまう点は、いかに税制の有利さを考慮したとは言え強引だなぁと思います。税制の問題は税法や通達で対応すべき問題でありましょう。今のスキームは全部取得によって定められた価格で株を取られるのではなく、234条2項の裁判所の許可で売却価格が決まっています。

分かりやすいやり方は、サンスター式の方法(総会で取得価格を定めてしまう方法)ではないかと思われます。234条を使うのであれば、全部取得株式を用いず、単に株式併合をしてもよいのですから・・・

投稿: ターナー | 2010年4月19日 (月) 09時41分

箇条書きで恐縮ですが、感想です。

-立法段階の議論はともあれ、法文にない「正当の目的」を要求するのは解釈論としては無理であろう。

-これまで実務上定着してきた手法を根底から覆そうというのはドンキホーテ的に見える。

-英国では90-95%の株式を取得しないとスクイーズアウトできないようですが、全部取得条項種類株式だと3分の2超を握ればよいわけで、本当にこれだけの持株割合でスクイーズアウトさせてよいかは疑問。


投稿: nori | 2010年4月20日 (火) 09時15分

 MBOなど、株主と役員の利益相反の可能性がある案件について、少数株主の利益を代弁する者の関与ができないことが、問題を大きくしているのかもしれませんね。もっとも、そのような者を関与させてしまうと会社は何もできなくなってしまうでしょうから、日本では、役所が頑張るという構造になるのでしょうか・・・・

 買取請求について、類似必要的共同訴訟とすること(そうすると、全株主に価格決定請求の結果が及び、会社としての負担が大きいので、公正な手続に相当配慮するかと)と、予納鑑定費用を会社持ち(但し、最終的には乖離率で決定)とすることで、不公正なMBOや組織再編がかなり減ると思うのですが、いかがでしょうか。

投稿: Kazu | 2010年4月20日 (火) 11時35分

 私もnoriさん同様、解釈論で原告が勝つのは極めて困難だと思います。
 先生が挙げられる株主名簿閲覧請求事件においては、当該制度そのものが株主の共益権行使の前提となる制度であることから、制度の趣旨から素直に導き得る結論です。しかし本件は100%減資の手段という会社側(多数側)のためのツールであることが先に立つので、裁判所が法律に無い要件の創設に消極的となる場面であろうと思います。立法段階で「正当な理由」という要件が明確に(人知れずではなく、審議のうえ)削除されたことも消極解釈への要因となると思います。
 審議会の議論を改めて読んでみると、たしかに、「法文にはない正当理由という要件が解釈上要るのだ」という形で議論が終わっているものの、法律案に反映されなかった以上、判決でいえば傍論のような部分にすぎず、むしろその前段階の議論では「正当理由という一般概念が要件にかからなくなったという点では緩和かもしれない…」という話も出ています。立法過程での議論が原告に有利に働くとも言えない気がします。
 せいぜい、積極的な害意あるいは損害発生が一見して明白、といった救済要件をちらつかせる程度(結論棄却)ではないかと予想しています。原告が「タイミング」を強調しているのはそのへんも意識してのことでしょう。

投稿: JFK | 2010年4月21日 (水) 00時42分

皆さま、ご意見ありがとうございます。いずれもたいへん参考となるものばかりでありますが、あまり深入りして議論するのは(現在進行形の裁判ゆえに)ちょっと問題かもしれませんので、これまでのご意見を多くの方にお読みいただければと思っております。

必要的共同訴訟とする案は私も魅力を感じるのでありますが、株式買取価格申立や、取得価格決定申立などについて「馴れ合い裁判」のようなおそれはないですかね?

投稿: toshi | 2010年4月21日 (水) 19時18分

もし、取消や無効を言うのであれば、スキーム自体、つまり234条2項を使う方式の不当性や違法を言うべきだと思います。全部取得株式の制度そのものを争うのはかなり難しいでしょう。

むしろ、100%減資の場合であれば全部取得制度自体の取消や無効について争いようがありますが、(分配可能利益も無いのに価格決定の道しか与えられず、万が一0円以上の価格が定まっても支払ってもらえません)きちんと支払い余力のある吉本のような会社の場合は、価格決定で十分に救済されるのです。

投稿: ターナー | 2010年4月21日 (水) 22時07分

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