紛糾する富士通社の情報開示に関する素朴な疑問
昨日(4月14日)は、関西テレビさんの本社で放送倫理・コンプライアンス研修の講師をさせていただきました。「あるある大事典」問題からちょうど丸3年・・・ということで、もう一度原点にもどって内部統制を見直そう、という企画でありまして、質疑応答も含めて2時間ほど私の思うところをお話させていただきました。講演終了後の懇親会でも、夜遅くまで幹部の方々から「あるある」の件について話を伺いました。調査委員会委員や職員の悪戦苦闘、番組制作にあたっての構造的な問題、その後の社員の意識など、当事者の方からでないと把握できないムズカシイ事情をかなり理解でき、こちらもたいへん勉強になりました。同時に、「これは他の放送局でも抱えている問題であり、またどこの局で発生してもおかしくないリスク」だと認識した次第であります。
講演と同じ時刻に富士通さんの記者会見が行われたそうでありますが、TDNETでも元社長の辞任の経緯と当社の見解なるリリースが出ておりましたので、本日その開示情報を読みました。このリリースに登場しておられる富士通の監査役さんは、私の司法修習生時代の恩師でありますので(汗・・・・・)またまたツッコミ不足になるところもご容赦いただかねばならないのでありますが、「地位保全の仮処分申立の取下げ」となりますと、ムム?と興味をそそられるところもありまして、本当に素朴な疑問点だけ述べてみたいと思います。
最初に疑問を抱きますのが元社長さん側の地位保全の仮処分申立事件への初期対応であります。この富士通社のリリース内容が正しいものであることを仮定してのことでありますが、元社長さん側は、当初この仮処分事件を債権者審尋だけで決定を出してほしいと裁判所に要請した、ということであります。
つまり「自分達の言い分と証拠だけをみて、裁判所は判断してほしい」と要望したとあります。たしかに仮処分事件でありますので、審理の迅速が要請されることは間違いないのでありますが、たとえば無効な取締役会決議によって代表取締役を解職された方の「仮の地位を定める仮処分命令」などは口頭弁論や審尋など、債務者(ここでは富士通社です)が立ち会うことができる期日を経なければ、これを発することはできない、とされております(民事保全法23条2項、同4項)。例外要件も置かれておりますが、一般的に労働者の解雇処分などへの適用が想定されている仮処分命令申立ですら、ほとんど例外なく審尋が必要とされているのですから、ましてや大会社の経営トップが暫定的にでも経営者に返り咲くことを認めるような仮処分に例外など認められるはずもないわけでして、なにゆえに元社長さん側が、このような要請を裁判所に行ったのかはちょっと理解できないところであります。ひょっとすると、最初から「申立をしたけど裁判所はノーと言った」という既成事実を作りたかったのではないか?といった推測すら浮かんでくるわけでして、どうも解せないところであります。そもそも、経営トップの地位保全の仮処分という場合、裁判官との事前面談ということも考えられますから、そこで審尋を経なければ決定は出せない、というお話になるかとは思いますが。
また元社長さん側は結局、この仮処分を取り下げるに至るわけでありますが、その取り下げの理由として「出された証拠を十分に精査する必要があるため」と回答されておられるようであります(読売新聞ニュースより)。しかし私が現在担当している仮処分事件でもそうでありますが、仮の地位を定める仮処分などの債権者側において、とくに急ぐ必要性がないのであれば、相手方の反論をじっくりと時間をかけて再反論するために審尋期日を続行させればよいだけであり、本気で「保全の必要性」を裁判所に理解してもらうためには、むしろ期日を続行させるべきではないか?と考えます。相手方提出証拠を十分に精査する、ということがなぜ取り下げとつながるのか、私は素朴な疑問を抱きます。このあたりがクリアにならないと、富士通社側によります「記者会見で言ってることと、申立てを取り下げたこととは矛盾している」との主張のほうに説得力があるように思えてきます。
さて、一方の富士通社側の主張にも素朴な疑問が湧いてまいります。この経過説明書の4ページでは、元社長さんを数名で説得して辞任に至らしめた場面が語られておりますが、このなかで元社長さんに辞任届を書かせた後、定例取締役会で、元社長さんの取締役辞任を「決議した」とあります。これはどういう意味でしょうか?そもそも取締役の辞任というのは取締役会の決議事項ではありませんし、勧告決議でもないようです。辞任届をすでにとりつけているのであれば、単に報告で済ませばよいだけの話では?(代表取締役さんの辞任の意思が取締役会で了承され、この時点で「受理」された、ということであれば理解できるのですが・・・)「当社の見解」のところに「取締役の多数の合意のうえで」辞任を要請した、とありますから、そのことを強調したかったのかもしれませんが、どうもよく理解できません。ひょっとすると、反社会的勢力と評されるファンド側からの損害賠償請求訴訟を念頭におきながらの表現なのでしょうか?
そしてもうひとつ、富士通社側が「当社の見解」として「裁判所は、客観性・公正さが担保された究極の外部調査委員会である」とされています。これはまったく違うと思います。裁判所は当然のことながら当事者主義ですが、調査委員会は職権探知主義です。裁判所は当事者の主張に依存しますが、調査委員会は必要があると思えば自分の判断で証拠を探しにいきます。また裁判所は当事者の勝敗を決しなければいけませんから、立証責任の原則があります。裁判官が事実の存否について「最後までわからない」という心証の場合、その結果をどちらに負担させるのか、という問題であります。たとえば、この仮処分事件の場合、詐欺・強迫の事実を立証しなければならないのは元社長さん側であります。そこでは当該ファンドが反社会的勢力でないにもかかわらず、さも反社会的勢力であるかのように説明され、これを誤信してしまって辞任届にサインをした、という一連の事実を立証しなければなりません。しかし、もし裁判官が「当該ファンドが反社会的勢力と言えるかどうかわからない」という心証の場合、結局裁判では元社長さん側が負けるという結論となります。そうしますと、出てきた裁判所の決定から一般に認識されるところは、富士通社側が勝訴した、つまり当該ファンドは反社会的勢力ということが証明された、となるわけであります。しかし、これは誤りであり、「裁判所はどっちかわからなかった」という結論も十分にありうるわけです。しかし裁判所には「どっちかわからなかったから、引き分け」という結論はありません。調査委員会であれば、わからないことは「わからない」と書きますから、到底裁判所の判断とは異なります。
そもそも「究極の外部調査委員会である」と富士通社側が考えているのであれば、なぜ申立てがなされた時点で公表されなかったのでしょうか?適時開示ルール上では公表する必要はなかったからでしょうか?しかし密室で行われる「外部調査委員会」など私はこれまで聞いたこともなく、これは極めて素朴な疑問であります。外部調査委員会の報告は自社に都合の良い時だけ公表する・・・ということは絶対にあってはならないのであります。
PS
警察OBの方々が、この「個人情報保護」のうるさい時代でも、反社会的勢力に関する情報に強い理由というのが最近ようやくわかりました。。。警察時代の上下関係からのコネ??そんな甘いものではなかったんですね・・・・笑
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コメント
疑問点がいくつかありますね。
・あくまで代表職としての適格性を問題にしていた。
・辞任に応じない場合は取締役会決議により解職する予定だった。
→ 取締役まで辞任させた理由にはならない。
・取締役辞任を決議
→ 先生のご指摘のとおり、おかしいですね。辞任届の受理を決議だったならそう書くべきですね。こんな大事な部分で表現ミスがあるとも思えないので、まさか代取の解職と混同していたなんてことは・・・。
・当初の辞任理由の弁明
→ 今となっては謝ると言っており、病気と偽った点は正当だというニュアンス。第三者への風評被害を免責理由にしているが、病気と偽る理由にはならない。反社会勢力の可能性がある人物との関係発覚により辞任…第三者の情報については差し控える…という開示をすべきだったのでは?
他方で、辞任を要請した際の録音データを提出しているところからすると、詐欺や強迫ではないという自信はあるようですね。だとすると、取締役まで辞任してしまった点で錯誤を争う程度でしょうか。
投稿: JFK | 2010年4月16日 (金) 02時50分
代表取締役を取締役会で解任するということ、あるいは辞任について取締役会で受理決議をすることを意味しているものと思われます。
おそらく元社長側の錯誤というのは、代表権を剥奪することは取締役会で出来るため、取締役解任まで取締役会決議で出来るものと勘違いして辞任したという事になるのでしょう。(この場合は元社長が悪いと思いますが)
あるいは、元社長側が、代表取締役辞任届けと、取締役辞任届けを錯誤したということになりましょうか?単に代表取締役辞任届けであれば、依然として取締役の地位にあるはずですが・・・
投稿: ターナー | 2010年4月16日 (金) 04時54分
JFKさん、ターナーさんコメントありがとうございます。
ご指摘のとおり、いろいろと開示されている情報については(?)な点がありますよね。
「大半の取締役は(解職について)合意していた」というのは、どのあたりの事情から説明できるのでしょうね。そのあたりもよくわからないのでありますが。。。
投稿: toshi | 2010年4月19日 (月) 09時38分