裁判員制度は最高裁判事の事実認定手法まで変えるのか?
おそらく本日の刑事裁判の話題は専ら「検察審査会による起訴相当議決」に関するものだとは思いますが、私は断然、こちらの最高裁判決を話題として取り上げたいと思います。本日第一審へ破棄差戻しとされた「大阪母子殺害死刑判決」に対する上告審判決であります。(読売新聞ニュースはこちら)なんと第三小法廷5名の裁判官全員が個別意見を出す、という異例の判決内容であります。
殺人,現住建造物等放火の公訴事実につき間接事実を総合して被告人を有罪と認定した第1審判決及びその事実認定を是認した原判決について,認定された間接事実に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとは認められないなどとして,間接事実に関する審理不尽の違法,事実誤認の疑いを理由に各判決をいずれも破棄し,事件を第1審に差し戻した事例(最高裁HPより全文閲覧可能です)
これからプロの法律家を目指す方には是非、読んでいただきたい判決ですし、とりわけ裁判員制度の下における裁判官の事実認定のあり方について、先日退官された藤田宙靖裁判長と堀籠幸男裁判官とのバトルが胸を打ちます。おそらくロースクール生の方々にとって、(事件自体は重いものでありますが)刑事事件の事実認定のあり方を学ぶための貴重な判決であると考えます。またロースクール生だけでなく、刑事法学者の方や我々法曹の間でも、今後議論の対象となるに違いありません。
多数意見(5名とも個別意見がありますので、何が多数なのかは、ちょっとわかりませんが)および各裁判官の個別意見(意見1名、補足意見3名、反対意見1名)を読ませていただいた限りでの私の感想は左図のとおりです。(注-なお、この図はあくまでも私の感想を述べたまでのものですのでご注意ください。JFKさん、NABさんなど有益なコメントが付いておりますので、そちらもご参照ください。)当ブログで何度か申し上げておりますが、私はいつも近藤裁判官の意見が「好み」でありまして、今回もやはり近藤裁判官の思考過程および結論がもっともスーっと頭に入りました。
タバコの吸い殻がいつ捨てられたのか?・・・・・この一点が最も重要な事実でありますが、仮にこの点が被告人に不利な方向で認定されたとしても、それ以外の間接事実をもって公訴事実が証明できるのかどうか・・・、この判決文を読まれた方は、この5名の裁判官の誰の意見を支持されるでしょうか?「一般国民の良識に従えば堀籠裁判官の意見」と簡単に結論付けることはできるでしょうか?(もし堀籠裁判長だったら、民主党幹事長はピンチでしょうか?)ただしひとつ言えることは、いずれの裁判官も、死刑判決を目の前にして、被害者や遺族の感情と「無罪推定原則」(人権保障)との間において、極限まで思い悩む姿であります。死刑判決が出された(原審)からこそ、他の裁判官に遠慮することなく、自身の見解を各裁判官がストレートに述べられたのかもしれません。(しかし、こういった裁判官合議となると、調査官はどうされているのでしょうか)この事件に関する今後の判例評釈等、非常に関心を抱くところであります。
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コメント
事実認定の厳格性という意味では、堀籠裁判官とその他4裁判官の二局にわかれるという印象を持ちました。命題と証拠の距離感覚、事実を多面的に評価する姿勢、間接事実の集合から命題を解くことへの慎重さは4人に共通して感じ取れます。4裁判官の相違は、評価の方向性によるものではないかと思います。
堀籠裁判官は異色ですが、必ずしも乱雑な事実認定ではなく、他の4裁判官とそれほど変わらない慎重さは感じられました。とりわけ、多数意見が立てた規範の不明瞭さを突いている点は評価されるべきかと思います。堀籠意見と藤田意見の両方を読まないと、多数意見の本来の意味が分からないところでした。
多数意見の規範がb.r.d原則を言い換えただけなのだとすると、多数意見は無意味に技巧的ですので、規範の理解という点では堀籠意見が一番市民感覚に近いといえるのではないかと思います。けむに巻くような規範の言い換えはやめて、b.r.dそのものをストレートに啓蒙するべきです。
私自身は、事実評価の点でも堀籠意見が自然であり(4裁判官が考え過ぎのようにみえる)、おかしなところはないと思っています。
多数意見が屁理屈にも近い論調で差戻しせざるを得なかったのは、吸い殻云々もさることながら、初動段階からの見込み捜査(事実の一面的評価、関連証拠の無視)、密室での違法取調べ、供述証拠の偏重(E供述の一面的評価)、など、捜査手続への疑義が大きな原因ではないでしょうか。
また、経験則の応酬では法律家どうしの机上のけんかになってしまうので、事実審からやり直すべきということになったのでしょう。
長文となり申し訳ございません。
投稿: JFK | 2010年4月28日 (水) 23時53分
たしかに、情況証拠からの事実認定を学ぶ題材として最適ですね。
さて、5人の裁判官意見の整理ですが、藤田裁判官を「法律家としての責務重視」とし、「裁判員制度重視」と対立するものとして整理するのは若干ミスリーディングであるように思います。
藤田裁判官は、裁判員に対して事実認定の方法を分かりやすく説明するために新たな概念(要件)設定をしたわけですから、むしろ、藤田裁判官の意見こそが「裁判員制度重視」であるように感じました。堀籠裁判官は、けして裁判員制度重視(軽視でもない)というわけではなく、単に従来基準をいじる必要はない(いじりたくない)という考えであるように思います。
新たな要件設定により、本件のような事実関係において、(堀籠裁判官のような従来からの)間接事実の総合による犯人性認定手法ができなくなっていいのかということが議論されるべきように思います。
投稿: NAB | 2010年4月29日 (木) 15時22分
jfkさん、NABさん、このようなエントリーに真摯にコメントをいただき恐縮です。ジャストの印象でエントリーしたものですから、ちょっと不適切な点もあろうかとは思いますが、フォローしていただき、ありがとうございます。
なかなか図式化するというのもムズカシイところがあります。すこし修正をしておきました。
今後とも有益なご意見、よろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2010年4月30日 (金) 11時59分