「独立役員」とコーポレート・ガバナンスの関係(再考)
本日(4月26日)の日経新聞「法務インサイド」の記事には少し驚きました。証券取引所の規則により、全ての上場会社が「独立役員」の選任を義務付けられ、3月31日までに選任状況を取引所に届出ることが必要となりましたが、約15%の企業が「未確保」「条件付き選任」として届出がなされた状況にある、と報じられております(なお、選任が義務付けられる、といいましても、義務違反へのペナルティは2011年の定時株主総会終了時までは猶予されております)。多くてもせいぜい5%程度かと思っておりましたので、15%とは予想外でした。
各企業の届出状況は、たとえば東証の場合、WEB上で公表されておりますので、どこの企業がどのような方を独立役員として選任したのか、条件付きか否か、また選任された方の「独立性」が客観的、合理的に理解しうる理由をもって説明されているのか、といったあたりを閲覧することができます。たしかにメインバンクや大株主出身の方を独立役員として条件付きで選任している企業が多いことが判明いたします。記事では、独立性を示す客観的な根拠がないとして、取引所から「突っ返された」ケースもあるとか。独立性に疑いがある場合に求められる理由付け、というものも、けっこう証券取引所から厳しくチェックされるのですね。取引所が厳格な対応をとることは「最新-東証の上場制度整備の解説」のなかでも示されておりますので(同書54~55頁)、ある程度は予想されていたのでありますが、上記記事で著名な弁護士の方が述べておられるように「会社法でも上場ルールでも、今後は役員の独立性への要求水準は厳しくなる一方だろう」と思われます。
ところで、ここまで厳格に要求される社外役員の「独立性」要件でありますが、以前から「独立役員」に選任された社外役員の善管注意義務などに影響はないのだろうか、といった疑問を呈しておりました。当ブログにお越しの常連の皆様のご意見としては、会社法上の社外役員(社外取締役、社外監査役)に求められる法的義務への影響はない、というのが大勢のご意見だったように記憶しております(また、証券取引所による解説、たとえば平成22年3月31日付け「独立役員に期待される役割」(東証上場制度整備懇談会)でも、とくに独立役員に就任したからといって、会社法上の法的責任が重くなるわけではない、と解説されております)。
結局のところ、上図のように独立役員制度をどのようにガバナンス上で位置づけるべきか?を考えるにあたり、「期待される役割を果たす」ことへのインセンティブとしては、右側の開示規制的な発想で考えるべきなんでしょうね。独立役員の存在およびその独立性の根拠を示すことで、株主の投資行動や共益権行使の実効性を高め、(その結果として)一般株主の利益に配慮した独立役員の行動を担保する、ということだと思われます。
なお、会社法で求められる法的義務以上の権利・義務は「独立役員」には求められない、とする説明ですが、(最終的には裁判所の判断が出てみなければわかりませんが)これもいろいろと考えてみるのですが、どうもよく理解できません。たとえば社外監査役たる独立役員の場合、監査役の「任務懈怠」を判断するにあたり、まず法が求める監査役の行動については会社法および政省令の解釈によって規範的な評価をもって定立されるものであります。しかしながら、監査役は大きな会社でも3名から5名、専任スタッフは1名ないしゼロ、常勤監査役は1名ないし2名というのが通常であり、海外子会社を含め、わずか数名の監査役によって法の求める監査を遂行することは困難であります。実際に「できないことまで法は作為を要求しない」のでありますから、「できる範囲」を検討することになります。ここで作為義務(監視義務)を論じるにあたり、独立役員たる社外監査役と、そうでない社外監査役とを比較して、「社内の業務執行部門との連携体制の不備」といった事実が当該監査役の「任務懈怠」という評価に及ぼす影響度は同じなのでしょうか?
また、たとえば蛇の目ミシン株主代表訴訟では、取締役の善管注意義務違反を検討するにあたり「期待可能性」なる概念が問題となりました。会社もしくは取締役個人に対して不当な脅迫がなされた時点で、脅迫者に経済的利益を付与した行動は「脅迫を受けた取締役らにとって、適法な行動に出ることの期待可能性がなかった」とか、「それでもなお警察に届け出るなど、適法な行動に出ることは可能であった」といった法的評価が、高裁や最高裁でなされました。ここにいうところの「期待可能性」でありますが、たとえば独立役員には一般株主の利益保護のための行動が期待されているのですから、他の社外役員と比較して、独立役員たる社外役員には、適法な行動に出るべき「期待可能性」が高い、という法的判断はなされないのでしょうか?もちろん、抽象的なものではなく、具体的な事情を十分に斟酌したうえでの「期待可能性」の認定が必要ではありますが。もし期待可能性が高い、といった判断がありうるのであれば、やはり独立役員だけが特に重い法的責任を負担する余地は十分にあるように思うのでありますが、いかがなものでしょうか。
| 固定リンク
コメント
独立役員というレッテルは取引所が決めた一定の要件に該当する取締役・監査役であるという意味しか持たないと考えるので、結局は当該役員さんの具体的状況からしか責任判断はされないと思います。
期待可能性という概念でいう「期待」は、日常語的な字義どおりの積極的な意味ではなく、「一定の極限状態において、ある行為に出ることを求めても酷ではなかった」「無理ではなかった」「不可能とまではいえなかった」といった消極的な意味合いではないかと思います。これこれの地位にあった以上ある行為に“出るべきであった”という積極的意味では用いないのではないでしょうか。
たしかに、当該組織と血縁関係がないという点をとらえて、ある行為に出ること(例えば、懐疑心の発動、告発行為等)を要求しても酷ではない、という場面は多くなるような気はいたします。しかし、これも独立役員というレッテルから導かれることではなくて、その役員さんの具体的属性の問題かと思います。
投稿: JFK | 2010年4月27日 (火) 02時31分
JFKさん、早々にご意見ありがとうございます。
なるほど、そうかもしれません。「期待可能性」という概念は、権利濫用と同じく、かなり限定的に捉える必要がありそうですね。
本来、会社法で規定されている「権利、義務」を超える何らかの権利・義務が「独立役員」に付加されるものではない、というのはわかるとしても、では法的責任が論じられる場合に、そもそも会社法で規定されている義務が制限されたり、事情によって(たとえば「期待可能性」など)法的責任が制限されているのが現実ではないか、その制限部分がどうなのか、というのが私の疑問点です。
投稿: toshi | 2010年4月27日 (火) 09時31分
義務の肯定の契機、否定の契機の両面において何らかの作用をもたらすのではないかということですね。組織出身者等の普通の役員と独立役員とを比べれば、当然ながら社外役員の場合と同じく両面で違いが出てくると思います。
独立役員と非独立役員で違いが生ずるかという問いを立てたとき、後者の中に、独立役員の要件を満たすが指定を受けていない役員と、当該組織出身者など一般役員の2種類が存在することに起因してか、議論が少しずれているかもしれません。
私の意見は下記の2点にすぎません。
① 客観的に独立役員の要件に当てはまる役員Aが居るとして、会社の指定を受けた役員A’(=独立役員)と、指定を受けていない役員A(普通の役員)とでは、具体的事実関係を除外すれば、法的責任のレベルや認定のされ方は異ならない。
② 客観的に独立役員の要件に当てはまる役員AおよびBが居るとして、会社の指定を受けた役員A(=独立役員)と、指定を受けていない役員B(普通の役員)とでは、具体的事実関係を除外すれば、法的責任のレベルや認定のされ方は異ならない。
①のA’とA、②のAとBとの間において、異なるのは会社の指定を受けているか否かという点のみです。このようにみると、「会社の指定」という事実行為に何らかの法的意味が見出せない限り、独立役員であることが法的責任を左右する要素になるとはいえないと考える次第です。
投稿: JFK | 2010年4月27日 (火) 22時10分
横からすみません。
独立役員の意義は、一般株主利益を軽視した経営への内部からの警鐘という意味で、その存在自体が重要であって、他の社外取締役や社外監査役以上の法的責任を課したものではないという点には、全くその通りだと思います。
ただ、上場規則に盛り込み、東証の認める独立役員を確認できない場合は、上場規則違反となる点や26日の記事の中で斉藤東証社長が「独立役員は一般の代表。重い責任を自覚して欲しい」というコメントをみると、代表者の独断専行や役員会での議論不足などに起因した問題が生じると一般株主からの責任追及がある場合に、独立役員かどうかで同じ社外監査役でも責任追及の差を設けてくる可能性は大きいように懸念します。
実際には、社長のお友達社外監査役・取締役や主要株主や債権者利益を優先する社外取締役・監査役のほうが、経営判断の片棒を担いでいる場合も考えられ、一般株主軽視の程度が高い場合が多いとも考えられますが、一般株主の目には、「独立役員なのにその役割が十分に果たせたとはいえなかった」と期待はずれに写る可能性が高いからです。
結局、親会社派遣の役員だから、メインバンク派遣の役員だからとの「期待可能性」や「どうせ親会社(メインバンク)の意向代弁者に過ぎない」との諦めと「一般株主の代表である独立役員だから」という「期待可能性」の差が大きいか、小さいかによるのかもしれません。
投稿: 品川のよっちゃん | 2010年4月28日 (水) 13時13分
JFKさん、品川のよっちゃんさん、コメントありがとうございます。今後の参考にさせていただきます。m(__)m
いろんなところで「独立役員」の話題が盛り上がっていますね。独立役員という概念を会社法で規定できない理由について、月刊監査役5月号で京大の前田教授が巻頭言で指摘しておられ、なるほど・・・と感心いたしました。(また別エントリーでご紹介したいと思います)本来会社法で社外役員に期待されているところがギュッと詰まったものが独立役員の概念ではないか・・・というあたりは、本エントリーで私が述べたところと近い感覚でした。わたし自身も「独立役員」ですので、今後の他社の運用には十分関心を持っておきたいと思っています。
投稿: toshi | 2010年5月 2日 (日) 02時08分