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2010年5月16日 (日)

監査役の有事対応(監査法人を解任する・・・の巻)

(追記:本事件については、いくつかのブログでも取り上げられており、また有識者の方よりメールなども頂戴しておりますので、若干追記いたしました。)

いつも拝見している武田先生(会計士)のブログで知りましたが、TLホールディングスさん(大証ヘラ)が、スゴいリリースを出しておられます。同社は 1Qの四半期報告書提出遅延および監理銘柄指定のお知らせ のなかで、当四半期報告書の提出遅延理由を述べておられますが、同社の監査を担当されていたS監査法人の会計監査がひどすぎて話にならないから解任しました、本日一時会計監査人にG監査法人を選任しました、いまG監査法人による監査が未了のため、報告書の提出をやむをえず遅延します、とのこと。また、会計監査人異動に関するリリースのなかでも、同様のことが述べられておりますが、S監査法人からはとくに意見はないとの回答を得た、とあります。つまり、ここだけ読むと、四半期報告書の提出遅延の責任は、会計監査人の対応が悪かったためだ、監査法人は何ら反論もしないので、自らの責任を認めているのだ・・・ということになりそうであります。会計監査人たる監査法人さんが、ここまでボロクソに被監査企業から指摘されたリリースは、これまであまり記憶にありません。「辞任」ではなく「解任」ですから、これはよほどのことが両者間にあったのではないかと推察されます。

追記:小石川経理研究所さんのブログで知りましたが、平成17年5月にヤオコー社(東証1部)において監査役会が監査法人を解任した事例があるそうです。会計監査人の変更に関する補足について  なお、このヤオコーさんの事例をみると、監査法人の指摘事項と、それに対する自社の見解が書かれており、相当程度は対立点が明らかにされております。

会計監査人たる地位の解任のほかに、金商法監査に関するS監査法人の地位はどのような手続きで解任されたのだろうか・・・といった問題など、TL社のリリースからは、いくつか手続き上の疑問も残るところでありますが、ともかく監査役が会計監査人を解任する、というめずらしい事案であります。(ちなみに会計監査人の解任には監査役全員の同意による監査役会決議が必要であります-下記条文を参照)本来、ご承知のとおり会社法上の会計監査人は株主総会で選任され、また解任されるのでありますが、会社法340条1項所定の事由があれば監査役が会計監査人を解任することが可能であります。

(監査役等による会計監査人の解任)
第340条  監査役は、会計監査人が次のいずれかに該当するときは、その会計監査人を解任することができる。
   一  職務上の義務に違反し、又は職務を怠ったとき。
   二  会計監査人としてふさわしくない非行があったとき。
   三  心身の故障のため、職務の執行に支障があり、又はこれに堪えないとき。
2  前項の規定による解任は、監査役が二人以上ある場合には、監査役の全員の同意によって行わなければならない。
3  第一項の規定により会計監査人を解任したときは、監査役(監査役が二人以上ある場合にあっては、監査役の互選によって定めた監査役)は、その旨及び解任の理由を解任後最初に招集される株主総会に報告しなければならない。
4  監査役会設置会社における前三項の規定の適用については、第一項中「監査役」とあるのは「監査役会」と、第二項中「監査役が二人以上ある場合には、監査役」とあるのは「監査役」と、前項中「監査役(監査役が二人以上ある場合にあっては、監査役の互選によって定めた監査役)」とあるのは「監査役会が選定した監査役」とする。
(以下省略)

条文を読む限りでは、個人としての公認会計士ではなく、監査法人に適用されるのは同1項1号、つまり「職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき」に該当する場合であります。これらの事由に該当せず、会計監査人の解任が無効とされた場合の法律効果については法律学者の間でも意見が分かれているところでありますが、いずれにしましても「監査役が会計監査人を解任するのはよほどのこと」ですから、おそらく会計監査人の解任事由は厳格な認定のもとでなされる必要があり、解任権を持つ監査役としても、非常に難しい判断を迫られる場面であります。とくに金商法監査と会社法監査はいちおう区別されるべきものではありますが、同一の監査法人が担当するのが実務であり、会計監査人の独立性が要請される昨今の状況では、解任事由が認められるケースというのはかなり制限されるのではないでしょうか。(監査役としては、実際には取締役らとの協議がもたれることになると思いますが)

本日は、この会社法340条に関連する法律論のお話(および監査契約を解除した場合の法律問題など)は省略いたしますが、このように会社側から「おたくの監査法人は、職務上の義務に違反し、任務懈怠があったからクビだ」と言われて、監査法人さんのほうは果たして何も言い返さなくてもよろしいのでしょうか?職務上の懈怠があったと言われて、黙っていて株主代表訴訟のリスク(会社法847条1項、同423条1項)は負わないのでしょうか?辞任ということであれば、なんとなく守秘義務への配慮ということも考えられるのですが、ここではあくまでもS監査法人さんは自ら辞めることはなかったので、解任という結果となったはずです。それであれば、(会社側リリースの内容からも推察されるとおり)当然に反論したいこともたくさんあるとは思うのですが、果たして適時開示ではなく、法定開示(臨時報告書)のなかで、反論は出るのでしょうか。(しかし大阪証券取引所適時開示規則第2条第1項第1号ae該当例などをみても、開示府令第19条第2項9号記載事由とはあまり変わらないように思われますので、臨時報告書もほぼ同様の開示がなされるような感じですが)

たとえばこのS監査法人さんは、HPの法人概要などからみても、50法人以上の法定監査を担当されていらっしゃいます。金商法監査を担当されている株式会社も10社以上あるようですから、他の被監査企業やその株主から「なんだあの監査法人は」といった目でみられることはないのでしょうか?私は単に野次馬的な立場ですから、勝手な物言いで恐縮ですが、こういった場合こそ、監査法人さんは守秘義務が解除される正当な理由があって、被監査企業の株主や投資者のためにも、何らかの情報開示が必要になってくるのではないか、と思うのでありますが、いかがなものなのでしょうか?ちなみに、大証さんは、おそらく既にS監査法人さんや当該企業さんに事実関係の調査を始めておられるのでしょうね。

追記:なお、有識者の方より、会計監査人異動時における意見表明についての統計的な数値を紹介した記事を教えていただきました。(Lotas21の記事はこちら)やはり今回も、監査法人さんは「大人の対応」といいますか、(ターナーさんが指摘されているように)自ら被監査企業に対して引導を渡したくない、との配慮が働いているのでしょうか。しかし、会計監査人異動時における臨時報告書等の開示事項の改訂は、まさに今回のようなことで、株主や投資家が困惑するであろうことを想定しているのであり、本件でも何ら監査法人さんからの意見表明がないということになりますと、結局「会計監査人の制度改正は、どんなに整備しても適切な運用は期待できない」ということで、今後の会計監査人制度の改正に関する協議にも影響が出てくるように思われますが、どうなんでしょうか。(金商法193条の3による監査証明業務における不正届出制度などの運用実績などについても、同様のことが言えると思いますが)

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コメント

債務超過であろうと、粉飾が無ければ適正意見は出せるはずですが、TLの場合は会社の実体が無くなっているので(ハコ企業になっている)、財務諸表自体があってないようなもので、不適正意見を出す以外にないのかも知れませんね。

監査法人が会社に引導を渡すのはまずいとの配慮から、監査法人が意見を出さなかったのだと思います。出す場合は不適正意見だったでしょう。

ココの監査法人は中堅どころで一応マトモ。会社の方がグレーですね。

投稿: ターナー | 2010年5月16日 (日) 22時32分

ターナーさん、コメントありがとうございました。実質的に、私のエントリーをフォローしていただいているようですので、エントリーの追記のなかで、若干ご意見を取り上げさせていただきました。この分野での議論の進展を希望しています。

投稿: toshi | 2010年5月18日 (火) 02時19分

素人判断で恐縮ですが、
過去4期連続赤字で、その数値自体もよろしくない。
危ない会社のような気がしました。

それにしてもこんなリリースを知らない人が見たら、
監査法人の方に問題があるように見えますよね。
ここはやっぱり釈明が必要な気がします。

投稿: 元システム監査人 | 2010年5月18日 (火) 09時50分

元システム監査人さん、コメントありがとうございます。

おそらく監査法人さんにも言い分はあると思うのです。いまの制度ではそういった言い分を主張できない仕組みなんでしょうかね。
もう少し、この話題は引きずりたいと思っています。

投稿: toshi | 2010年5月20日 (木) 00時55分

5月18日付けでTLHから臨時報告書が出ていますが、大証の適時開示内容とまったく同一ですね。
しかし監査法人側の釈明は必要でしょう。

投稿: 通りすがりの者 | 2010年5月20日 (木) 22時34分

私も監査法人から何か言ってほしいですね。たとえば、反論するまでもないという反論を。同社の開示内容からは、340条1項1号に基づく解任理由が根拠付けられません(2号・3号は当然に非該当)。開示内容自体が不適切であり、反論のしようがありません。

投稿: JFK | 2010年5月21日 (金) 01時08分

監査法人から意見(反論)が出たようです。
http://post.tokyoipo.com/visitor/search_by_brand/infofile.php?brand=3879&info=533133

投稿: ROM | 2010年6月 9日 (水) 10時12分

仮に監査法人から意見書が提出されているならば全文を添付するべきです。どちらにせよ抜粋・要旨なのか全文なのかは少なくとも記してほしかったです。

再反論というのはよほど気を付けてしなければなりませんね。監査法人のコメントと会社の再反論が相まって、監査法人側の対応に問題はなかったことが裏付けられているようにみえます。

投稿: JFK | 2010年6月 9日 (水) 20時08分

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