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2010年5月11日 (火)

証券取引等監視委員会(検査報告書)に対する文書提出命令

証券市場の健全性向上のため、日夜活躍するSESC(証券取引等監視委員会)さんでありますが、IHI社の有価証券報告書虚偽記載事件について、一般株主とIHI社(経営陣?)との損害賠償民事訴訟に巻き込まれてしまった、というお話であります。IHI社は、ご承知のとおり金融庁の審判手続きにおいて、課徴金賦課の対象事実を認める旨の答弁書を提出しておりますので、すでに16億円の課徴金を納付済みでありますが、一般株主が提訴している損害賠償請求訴訟では(どういうわけか)「虚偽記載ではない」と争っておられるようで、一般株主の方から、金融庁(証券取引等監視委員会)が所持する検査報告書への文書提出命令申立てを行い、裁判所がこれを認めた・・・という構図であります。(産経ニュースはこちら)法律的にみると、「公務秘密文書」(民事訴訟法220条4号ロ)における提出免除事由(同ロ記載事由ならびに同法223条3項ないし5項記載事由)が認められなかった、ということになります。

平成17年以降、有価証券届出書および同報告書の虚偽記載事件に課徴金制度が適用され、行政当局としては迅速かつ機動的に証券市場における違法行為を捕捉することが可能となり、これまで一定の効果を上げてきたことは誰もが認めるところであります。とりわけSESCが作成する検査報告書は、おそらく課徴金納付命令を勧告するにあたっての重要書類であり、今後の調査業務の信頼性確保のためにも、当局の内部文書として、おそらく外部には公開されたくない資料だと思われます。当然、今回もIHI社関係者の意向を聴取したうえで、裁判所に対しては提出しかねる旨の回答を出しておられたものと推測いたします。しかし、裁判所はおそらく平成17年10月14日の最高裁決定(署長判決の前提となる労働基準監督官作成の災害調査復命書に関する文書提出命令を肯定した決定)に従い、SESC作成に係る検査報告書においても、たとえば検査報告書にはIHI社の証言がそのまま記載(引用)されていない、課徴金納付勧告を妥当とする当局の意思形成の判断過程が含まれていない、といったことを認定したうえで、文書提出を認めることになったものと思われます。ひょっとすると、民事裁判における真実発見のためには、公務員の職務上の秘密が一部公開され、公務に支障が出るおそれがあったとしても、それが抽象的な「おそれ」にとどまるかぎりは「真実発見」を優先する、といった価値判断があったのかもしれません。また、こういった価値判断には、昨今の情報公開制度見直しの機運も影響しているように思われます。

いずれにせよ、今回の文書提出命令は、金融庁(証券取引等監視委員会)にとっても、ちょっとビックリ!ではないでしょうか。「とりあえず金融庁には頭を下げておいて、一般の投資家から訴えられたら争えばいい」といった、金融庁にとても都合のよい実務に影響が出てくるんじゃないでしょうか。先日は金融庁の指導に従っていたにもかかわらず、過払い金請求訴訟によって多大な損害を受けたとして金融業者から国賠請求訴訟を提起されたばかりでありますが、金融庁もいろいろとツツカれる存在になってしまったみたいですね(^^;

とくに、ビックカメラ社元経営者の審判決定が控えているなかでの、今回の文書提出命令は、ビックカメラ社の一般株主による民事責任追及訴訟にも波及する可能性がありますので、今後はこのような民事訴訟に利用される可能性を前提として、検査報告書が作成されることになるのかもしれません。課徴金処分事案であっても、事後刑事処分の対象となる可能性があれば「刑事捜査に関わる文書」として公開されずにすみそうですが、課徴金事案と刑事犯則事案を初期段階において振り分ける金融庁の実務を前提とすれば現実的ではありません。また、報告書に関係者の証言を逐一記載する運用も考えられますが、そんなことをしていたら、課徴金処分を設けた趣旨が没却されてしまうことになりそうであります。(追記:別のニュース記事によりますと、関係者の証言部分だけ削除して文書を提出せよ、といった内容のようであります。)

課徴金処分と文書提出命令との関係でいえば、もうひとつ、公認会計士さん(監査法人さん)に対する金融庁の処分などはどうなるのでしょうかね?会計監査人の法的責任が追及される場面において、もし金融庁による処分が先行しているような場合(たとえばナナボシ事件もそうですが)、公認会計士・監査審査会による検査実施報告書なども文書提出命令の対象文書となるのでしょうか?もちろん、金融庁の処分の前提となる「不注意な虚偽証明」と民事責任の前提となる過失(不注意)とは、その制度目的が異なるわけでありますが、検査実施報告書には、過失を基礎付ける具体的な事実が含まれていることは間違いないわけでして、とくに平成19年の公認会計士法改正によって、課徴金処分まで設けられておりますので、相当細かい内容が報告書には記載されているものと推測されます。こういった内容が、会計監査人の責任を追及する側の弁護士に開示される、となりますと、会計専門職たる審査官の判断基礎となる事実を参考にすることが可能となるわけでして、会計監査人の過失を立証するにあたり、非常に証拠価値の高いものにアクセスできることになります。こういった手法も、これからの訴訟事件のなかで活用されるかもしれませんね。

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コメント

一方では虚偽記載を認めて課徴金を支払い、一方では虚偽記載が無いと主張する二枚舌は見苦しいですが、総合的に考えると課徴金命令の所できちんと争った方が良いんじゃないでしょうかね? 

虚偽記載で実刑になるのはホリエモンのような目立つ人だけです。あの悪質な巨額粉飾を行ったアイエックスアイ社長ですら執行猶予がついたはずです。

虚偽記載が無いと知りながら課徴金を支払ったのであれば、特別背任にあたるような気もします。代表訴訟が起きたら、今度は虚偽記載があったと主張するのでしょうか?それとも虚偽記載は無かったと主張するのでしょうか? 大人の事情、政策的見地から虚偽記載が無いのに課徴金を支払ったなどという主張が通るとは思えませんが・・・

投稿: ターナー | 2010年5月11日 (火) 17時34分

 ターナーさんのおっしゃるとおり、今時は一貫性のない主張は通らないのでしょうね。また、法理論としても、禁反言、矛盾挙動禁止の原則、等々一貫性のない対応は不利益となるものがあります。
 「男に二言はない」という言葉がありますが、「経営者に二言はない。」というところなのでしょうね。

投稿: Kazu | 2010年5月12日 (水) 12時48分

課徴金では済まない事件が明るみにでましたね。架空取引で上場する、というのは監査人の責任が問われるのは間違いないのでは

投稿: unknown1 | 2010年5月12日 (水) 15時59分

ターナーさん、Kazuさん、いつもコメントありがとうございます。やっぱり課徴金できちんと争ったほうがいいでしょうかね?課徴金処分で争わず、訴訟では争うということの理由づけをアレコレと考えたりしているのですが、やっぱり常識的にはムズカシイような気がしてきました(^^;
課徴金支払いについては、たとえばレピュテーションリスクの回避や、行政訴訟(課徴金処分の取消訴訟)の回避を理由に「とりあえず納得できないけれども支払う」ということが一応理屈としては考えられますので、特別背任にまではならないと考えます。(このたびのトヨタの制裁金支払いにも通じるところがあるのでは?)
ちなみにアイエックスアイ事件は、なんともコメントできる立場にはございませんので、あしからず。

unknown1さんがお書きになっている事件、ちょっとビックリですね。
今日あたりのニュースでは、幹部が容疑を認めており、売上はわずか2億円程度、在庫商品がゴロゴロ放置されている・・・ということで、ホンマに上場審査のあり方がまた問われそうな・・・

投稿: toshi | 2010年5月14日 (金) 14時43分

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