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2010年5月 8日 (土)

IFRS(国際会計基準)における「法と会計の接点」-その1

「その1」などとエラそうなタイトルですが、IFRSと法に関連するテーマは(以前にも書きましたように)強制通用力の正当性(憲法問題)や、内部統制報告制度との関係など、いろいろと思いつくところであります。そんななかで、企業実務に影響のありそうなテーマとしてはIFRSにおける収益認識によって契約実務の見直しが必要なのか?というのが挙げられます。法律上の所有権の移転時期や危険負担の時期は、おそらく商売上の慣行が斟酌されるわけでして、これを契約書の修正(もしくは覚書の締結)によって明確化する作業となりますと、まさに上場親会社の経理部と法務部との協働作業が必要となる場面といってもよろしいかと思われます。

旬刊経理情報の5月1日号の特集「IFRS収益認識で『契約』はココを見直す!」は、IAS18号適用上の検討ポイント、法的解決ポイントが、それぞれ公認会計士、弁護士の視線から解説されたものであり、非常にタイムリーなものであります。「会計専門職と法律家のコラボで書かれていれば読みたいなぁ」と思っておりましたので、とても興味深く拝読させていただきました。「そもそも会計基準が変わるからといって、これに合致させるために契約内容を見直す・・・というのは本末転倒ではないか?」という素朴な疑問が生じるところでありますが、これに対する一定の解答(ご意見)も述べられており、「法と会計との接点」をどのように調整すべきか、それなりに苦心された跡も記されております。「物品の所有に伴う重要なリスク及び経済価値が移転する」ということを、法的な所有権移転、危険負担の概念と、どのように矛盾なく説明するのか、という点がなかなか難しいですね。あまり厳格に考えてしまいますと、修正に膨大な費用がかかってしまいそうですし、あまり簡略化してしまうと、収益認識の時期を決定した合理性を客観的な証跡によって説明できなくなってしまうということのようで、やはり契約書の条項を修正して、リスク移転の時期を明確化すべきではないか、という提言も納得できそうであります。

ただ、契約というのは取引相手の合意が必要でありますので、IFRS適用会社の一方的な都合によって(条項追加等)契約内容を修正できるものではなく、取引先から「なんでそんな風に契約を修正する必要があるのか?、それではうちのほうが不利になるのではないか」といったクレームが生じればどうにも契約の見直しは進まないのではないかと思います。たとえば「みなし検収条項」など入れようものなら、「それは会計上での便宜だけのことですか?出荷後の物品の紛失や毀損等の危険負担は法的にはそちらにあると考えてよいか?」といった質問を相手方から受けた場合には、どのように回答すればよいのでしょうか?契約書で合意した以上、法的にも出荷後のリスクはすべて買主に移転します、ということであれば、「なんでおたくのIFRS適用のために、うちが損するような契約を締結しないといけないのか?」といった反論が出てくるのではないでしょうか。また「そんなこというなら、うちはお宅とはもう取引はしませんよ」といった「力技」をもって契約変更を強要する(もしくは、それとなくにおわせる)ものなら、「優越的地位の濫用」として独禁法違反を主張されることも考えられるのではないでしょうか。さらに、うるさい取引先と、そうでない取引先とを比較して、同じ商品売買契約の内容が異なった場合でも、収益認識時期に関する企業の考え方は、合理的に説明できるものなのでしょうか?このあたり、かりに契約書を見直すとしても、どうやって相手方取引先に納得してもらうのでしょうか?いわゆる保険契約の実務慣行や、物品が第三者の過失によって毀滅した場合の損害賠償請求の主体問題との関係なども含め、有識者の方々にぜひお聞きしてみたいものであります。

あくまでも思いつきの感想ではありますが、やはりIFRS適用を前提として、企業間の契約内容を見直す、というのはかなり難しい作業になるのではないかと思われます。ロッテリアのプレミアムバーガーが販売されたとき、「おいしくなければ返金します」とありましたが、あのような場合は、返金される確率を合理的に見積もって、費用計上すれば、販売した時点で収益が認識できるのでしょうね。それと同じように、出荷されて後の検収による返品率などをもとに、リスクを費用化して出荷基準で収益を認識する、というわけにはいかないものなんでしょうか?(あくまでも素人考えではありますが)

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コメント

いつも楽しく読ませていただいております。法律家からの観点だとこうなるのか?など勉強になります。

ところで本日の、「「そもそも会計基準が変わるからといって、これに合致させるために契約内容を見直す・・・というのは本末転倒ではないか?」という素朴な疑問が生じる」に全く賛成です。どうもIFRSのやり方が正しく、現実に問題ありといった風潮があるようですね。現実に特に問題がなければ、基準を合わせるべきであってその逆ではないでしょう。

ビジネス上の要求は別にして、IFRS万能といった風潮は昔のISO旋風を思い出します。ISOを入れて品質が良くなった訳でもなく、ひたすらコストが増えたという事実を忘れないで欲しいですね。

投稿: ohigo | 2010年5月 8日 (土) 08時09分

ちょっと違う話かもしれませんが、消費者金融会社が政府・金融庁(正確には「国」を、なんでしょうが、司法も「国」の一部ですから、そう表現するのは私はおかしいと思っております)を過払い問題で訴える、というニュースが流れてきましたよね。つまり、行政府側が「いいよー」と云われてきたルールの範囲内に金利を設定していたのに、過払い返金はさせられるわマスコミから悪者にされるわ会社経営はズタズタだわ、「あんまりじゃあー」と(苦笑)。行政府の対応の問題ではなくて、裁判所と弁護士会(の一部?)がこの問題の本当の意味での「被告」なのかもしれませんが。

つまり、遡る必要があったのでしょうか。遡ってよかったのでしょうか?

時効廃止問題も同じですよね。後出しジャンケンはいけません。

「あいふぁーす」(「いふぁーす」?)に関しては、云いたいことがチョモランマぐらいありますが(笑)、既存の商取引契約に関してまで、あーだこーだ、云われたかないですわ。何様やねん、ですよ。憲法より大統領よりエラいんでしょうか、会計の先生がたは。

投稿: 機野 | 2010年5月 8日 (土) 18時19分

会計基準は取引の実態をいかに適切に会計処理するかのルールであり、別にIFRSが既存の契約を修正しろとは言っているわけではないと思います。既存の契約の実態に従って、収益認識するタイミングが変わる(可能性がある)だけの話なのではないでしょうか?IFRSに合わせて契約を変更するのは、より早期に(或いはこれまで通りのタイミングで)収益計上したいという思惑があるからでは?

IFRSを適用する際には、過去の財務諸表からIFRSを適用していたように作成し直すでしょうから、収益計上のタイミングがズレても、当期(単年度)の収益総額に与える影響はさほど大きくないようにも思います。検収等のデータ収集のコストは増加するかも知れませんが。

投稿: とおりすがり | 2010年5月 9日 (日) 14時57分

みなさまの意見と大差ありませんが、思ったことを記しておきます。
契約書の規定の大部分は取引にまつわる処理を反映させたものです。契約書の変更理由に会計基準をもってくるのは飛躍があります。

①会計基準 → ②営業政策の変更 → ③(当該変更の及ぶ取引につき)取引方法・手順の変更の必要性 → ④契約書に反映させる必要性

一般論として、②③をとばして④が出てくることはありません。
そもそも①を理由に契約条項の変更を求めたところで相手方が応じるはずもありませんし、応じたとすれば力関係の差によるものですから、(toshi先生の示唆する)優越的地位の濫用にあたるおそれがあると考えます。もとより、②③に十分な理由のない変更要請は避けるべきです。

営業政策に変更がない場合であれば、現状の取引実態が契約書条項と乖離している事案(契約書が簡略的すぎるケースも含む)においては、会計基準を直接の理由とした契約条項変更・取引関連文書の変更がありうると思います。
ただこの場合にも、契約書の精緻化、検収書等の体裁、受発注・納品手順の見直し等およびこれらの前提としての現状把握・洗い出し作業を行ったうえで、変更の必要性を十分に説明する必要はあると考えます。

投稿: JFK | 2010年5月 9日 (日) 22時44分

皆様、いつも有益なコメント、ありがとうございます。参考にさせていただきます。
そういえば内部統制報告制度導入のときにも、たしかISO導入時の話題で盛り上がっていたような気がします。経産省の企業財務委員会が中間報告書を出しましたが、あの内容は素人ながらでも疑問点が共有されるところがあり、いつも参照しています。内部統制報告制度のときもそうでしたが、やはり会計制度の歴史(法制度に比べれば、かなり短いですが)とか、諸国制度の概要なども理解していなければ、なかなか全体を把握することは難しいですね。

投稿: toshi | 2010年5月12日 (水) 15時54分

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