東証「独立役員」は社外監査役でも務まるのだろうか?
本日(5月18日)の日経新聞によりますと、東証が上場会社に届出を義務付けた「独立役員」について、約1割の上場会社が未だ独立役員を確保していないということであります。日経ヴェリタス5月9日号(58頁)でも、届出られた独立役員の75パーセントが社外監査役であり、社外取締役については、(本来46%程度の東証上場会社に社外取締役が存在するものの)25%程度しか就任されていない、と報じられておりました。そもそも上場会社の場合、大株主やメインバンク出身者から社外取締役が選任されているケースが多いために、東証の「独立役員」の要件を満たさない役員さんが多いことが予想され、この結果についてはとくに不自然ではないように思います。しかしながら、「独立役員」のイメージが社外取締役のイメージにかなり近いからでしょうか、これだけ社外監査役が多いことについて、マスコミで報じられる際には「ちょっと意外」な集計結果といった論調が見受けられます。
現実問題として、今回の東証のルール改正を各上場会社に浸透させるためには、社外監査役まで含めなければ実現困難であります。したがいまして、社外取締役・社外監査役の中から独立役員を選任して届け出る・・・ということもやむをえないのかもしれません。しかし、最新号の旬刊商事法務に資料として掲載されている「独立役員に期待される役割」(平成22年3月31日東京証券取引所上場制度整備懇談会)を読んでおりまして、そこで期待されている独立役員としての役割を、果たして社外監査役たる独立役員が果たすことが可能なのかどうか、若干の疑問があります。
東証が公表した「期待される役割」のなかでは、「一般株主」が定義されておりまして「株式の流通市場を通じた売買によって変動しうる多数の株主であり、個々の株主としては持分割合が少ないために単独では会社の経営に対する有意な影響力を持ち得ない株主」とされております。これら一般株主の利益に十分に配慮することが独立役員に期待される役割でありますが、この一般株主の利益が「上場会社の価値向上」の名のもとで、毀損されかねない場合として、3つの場面が具体例として掲示されております。ご承知のとおり、MBO、買収防衛ルール、第三者割当増資、という典型的な場面であります。上記「期待される役割」では、これら3つの場面において共通している内容として、一般株主を保護するためには、意思決定プロセスの中に独立した立場の者の客観的な判断を取り込むことが必要であるとされており、一般株主の利益に配慮した公平で公正な決定のために独立役員の存在は有効かつ必要である、とされています。
ここで解説されている内容につきましては、いわゆる「独立社外取締役」の必要性を論じるにあたっては極めて妥当なものであり、「独立役員」を「社外取締役」と同様のイメージで捉えるのであればとくに疑問の余地もないものと思います。しかし、(私も社外監査役たる独立役員でありますが)社外監査役としての立場となりますと、すこしイメージが違うのではないでしょうか。ここで述べられているのは「意思決定のプロセスの中に独立した立場の者の客観的な判断が必要」とされておりますが、監査役は意思決定のプロセスの中で判断する立場にはありません。あくまでも会社における重要な意思決定のプロセスをチェックするだけであり、経営判断には関与しないのであります。たしかに「期待される役割」のなかで紹介されているとおり、買収防衛ルールにおいて、社外監査役が一定の役割を担うこともありますが、それは「企業価値委員会」や「社外調査委員会」などにおける組織の構成員として意思決定に関わるものであり、会社の最終的な「企業価値」に関する意思決定に参加するわけではありません。そうしますと、この「期待される役割」の文章は、社外監査役を含めて「独立役員」として就任できる制度とは矛盾していることにはならないでしょうか。
さらに、上記「期待される役割」を最後まで読み進めていきますと、「留意点」として
なお、独立役員が監査役である場合には、会社法上の権限との関係で、取締役とは異なる面がありうる。
と説明されております。しかし、上記のとおり「異なる面がありうる」どころか、会社の重要な局面において会社の意思決定への関わり方には大きな違いがありまして、私の理解では、重要な局面における社外監査役たる独立役員には、重要な役割は期待できないのではないか、と考えます。むしろ、これをディスクロージャー制度のひとつとして捉えるのであれば、東証の定めた独立性の要件を満たした「社外取締役」が存在する企業と、独立役員に「社外監査役」を選任している企業とでは、上場会社のガバナンス評価としては差がある、と認識してもよいのではないでしょうか。(もちろん、個々の企業の事情がありますので、これはあくまでも「有事」を前提とした一般論としての評価でありますが)
では社外監査役が「独立役員」に選任されることが無意味であるか?と問われれば、そうではないと考えております。社長交代の決議などの場面も含め、上記で掲示されているのは会社の重大な局面におけるものであり、いわば有事対応であります。しかし平時であっても、つまり企業価値向上のためのガバナンス改革、企業不祥事の予防・早期発見のため(企業価値毀損防止のため)のガバナンス改革のためにも、そこで定義されている一般株主の利益保護のために独立役員が機能する余地は十分にあると考えております。それは会社法が本来の取締役や監査役に期待している権限行使や義務履行の「あるべき運用状況」を確保することであります。たとえば業務執行取締役や使用人兼務取締役が企業全体の利益確保のために取締役会で発言しているかどうか、自らの責任領域を超えて他の取締役の職務について監視義務を尽くしているかどうか、戦略会議や執行役員会議、専務会などで実質的な意思決定がなされ、取締役会が形がい化していないかどうか、監査役会が全社的な内部統制を有効にチェックしているかどうか、といった、本来会社法で要求されている権限行使・義務履行を独立役員が運用面からチェックするべきであり、このチェックを通じて各取締役・監査役が一般株主の利益保護について配慮する姿勢を向上させることが求められるのではないかと思います。独立役員自身に積極的な権限行使を求めるのではなくて、一般の社内取締役、監査役の「あるべき姿」を社内に機能させるための後方支援を行うことに期待すべきであります。
このように考えるのであれば、経営判断への関与、妥当性監査、といった問題をそれほど考慮しなくても、つまり社外監査役でも独立役員は務まるのであり、株主や一般投資家への説明責任も尽くせるのではないでしょうか。また、独立役員だからといって、特に高度な注意義務が課せられるものではない、という見解とも合致するように思います。「独立役員には情報が適時適切に届けられることが重要」とされておりますが、これも自ら経営判断に関与するためだけでなく、現に存在するガバナンスが有効に機能しているのかどうかをチェックする立場にあるからこそ、と考えるべきではないかと。最初から「独立役員制度」にあまり高邁な理想を掲げるのではなく、本来会社法が期待しているガバナンスの制度の運用面に光を当てることから始めるのが至極現実的な発想ではないかと思います。
この独立役員の制度も、「制度ができたからこれに合わせて終わり」というルールベースの考え方だけでは形骸化するのではないかという不安が出てきます。せっかく作った制度なのですから、「使いやすさ」つまり運用面での使い勝手まで含めて検討すべきではないでしょうか。(ただし、これはあくまでも平時における企業価値向上に向けての運用であり、有事における重大な局面における独立役員の務めとしては、やはり社外監査役では一抹の不安を覚える次第であります。)
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