ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズです。もうすでに5年ほど前ですが、リスクマネジメント会社の社長さんから、「日本で一番職場環境の整備に熱心なのは住友生命さんですよ。」というお話を聞いておりました。たしかに住友生命CSRのWEBページ(人権への取組み)を拝見しますと、なるほど当該社長さんから聞いていたとおり、セクハラ専用窓口が社内と社外にふたつ設置されており、おそらくカウンセリングも受けられる体制が整備されているようであります。
実際にも、住生さんはセクハラ・パワハラ防止体制は十分に整備されている会社ではあると思うのですが、そのような会社でも起こってしまうのがセクハラ事件であります。本日(5月31日)の読売新聞ニュース、時事通信ニュースなどによりますと、上司にセクハラを受けたとする女性(原告)が提訴していた裁判で、神戸地裁柏原(かいばら)支部は、この上司とともに住友生命さん(法人)にも損害賠償責任あり、とする判決を出していたそうであります。報道によると「男性から体を触られそうになったり、キスを強要されそうになった」とのこと。
セクハラやパワハラ事件がコンプライアンス経営上とても問題となるのは、たしかに裁判所で認められる賠償金額は少ないのかもしれませんが、マスコミで大きく報じられること(本件裁判も、5月中旬に判決が下りたにもかかわらず、マスコミが認識した5月末でも取り上げられてしまうこと、また午後10時半現在、読売新聞ニュースのアクセスランキングで第8位にランクインしております)、今後、判例が紹介されるたびに「○○生命セクハラ事件」と呼称されてしまい、いつまでもイメージの悪さが残ってしまうことにあります。できれば調停や審判で和解を成立させたいと思うのは、このあたりにあるわけでして。
会社側が損害賠償責任を負う根拠は民法715条の使用者責任でありますが、さすがに普段から平時の研修やマニュアル作り、有事の社内調査などを熱心に履行されておられたのか、職場環境配慮義務違反による債務不履行責任は退けられたようです。
ところで当ブログをご覧の皆さま、「セクハラ」という言葉を聞いて、思い浮かぶのはどのような行動でしょうか?おそらく「肩を抱きながらカラオケで『ロンリー・チャップリン』や『愛が生まれた日』のデュエットを強要する」とか「社内旅行の宴会で、前に座っている部下の女性に『あれ?最近ちょっと髪の毛がツヤツヤしてるみたいやけど、○○ちゃん、女性ホルモンの分泌が盛んになってるんちゃうか!?』などとからかう」ことが想起されるのではないでしょうか。しかし、そういった典型例はさすがに減少傾向にあり、実際に問題になるケースは「プチ・セクハラ」型というものであります。私が内部通報窓口を担当している会社さんでも、そういった「プチ・セク」事案にときどき遭遇いたします。
社内研修やセクハラ禁止マニュアルによって「理性で抑える」ことが可能なものはよいとしても、プチ・セクハラはなかなか抑制が効かない態様のものが多いように思います。たとえば「社内恋愛なし崩し型」は、女性の心が離れているにもかかわらず、男性社員のほうが、未だ自分に恋心を抱いていると勘違いして、いつまでも追っかけまわすパターン。同年代であればそれほど問題も大きくなりませんが、やはり40代上司と20代から30代の女性社員という場面がやっかいです。(これは最近の判例でもよく出てきますね。)あと「うっかりインサイダー」ならぬ「うっかりセクハラ型」というものがあります。たとえば社交辞令でバレンタインのプレゼントを40代の女性社員からもらって、ホワイトデーに、その女性社員に「白髪染め」を贈ってしまった、というもの。(これは私が苦労した実話であります)男性は本当に喜んでもらおうと思って贈ったのであります。「彼女が最近とても白髪が増えたから、きっと喜んでくれるにちがいない。意表を突くプレゼントでナイスガイな上司と思われたい」という真摯な気持ちからでありました。こういったプチ・セクハラは、女性側は堂々と内部通報窓口やセクハラ相談窓口に通報してこられるものの、男性側には悪気がないため、なくそうと思ってもなかなかなくならないと思われます。
前にも書きましたが、セクハラ調査、セクハラによる社内処分がムズカシイのは、セクハラは基本的に人格権侵害事案だからであります。つまり女性(2007年の雇用機会均等法改正後は男性も対象ですが)の主観的な意識を基本とせざるをえない。当該女性が嫌な気持ちを抱いているのであれば、その気持ちは尊重しなければならない。しかし社内処分となると「行為規範性」が必要です。つまり罪刑法定主義ではありませんが、「あなたはこんな行為をしたから懲戒処分となります」という「行為」を特定しなければならない。したがいまして、主観的な部分と客観的な部分のどちらにも配慮しながら社内調査をしなければならないし、このバランスをどうとるか、ということが「社内対応で終わせるのか、裁判にまで突入してしまうのか、それともマスコミへの告発にまで至るのか」を分けるキモとなります。
男性側への処分がなされずに「隔離政策」だけで女性の気持ちはおさまるか?「けん責処分」だけでおさまるか?極めてむずかしい判断ですし、いっぽう社内調査があいまいなまま懲戒処分を受けた対象者から会社に向けられた裁判で、対象者が勝訴した事例も出ております。これもマニュアルがあるわけではなく、人事部や総務部等に、こういった感覚に長けている方がいらっしゃるかどうかが課題であります。上記のようなプチ・セクハラ事案が減少しないことに加え、こういったセクハラ問題への対応の特殊性にもコンプライアンス経営のむずかしさがあるわけでして、いかに立派なセクハラ防止体制を整備していたとしても、当該リーガルリスクがゼロにはならない所以ではないでしょうか。