会計士と弁護士の「わかりあえないミゾがある」ことを理解する
6月26日土曜日、日本公認会計士協会近畿会と大阪弁護士会の共催シンポ「会計不正判決に関するシンポジウム-監査人の民事責任について-」が大阪弁護士会館で開催され、私もパネリストのひとりとして登壇させていただきました。大雨の土曜日でありましたが、100名以上の先生方がお越しになり(会計士:弁護士≒2:1程度)、おおげさではなく本当に会場が満席となりまして、主催者側のひとりとしましては、ビックリいたしました。雨の中、足を運んでいただき、ありがとうございましたm(__)m。
登壇者は(司会者含め)会計士2名、会計学者2名(甲南大学の内藤先生、関西大学の松本先生)、弁護士2名ということで、ナナボシ事件判決、キムラヤ事件判決を中心題材として、多くの論点をとりあげました。後日、この模様は冊子としてまとめるようですので、またお目に留まる機会もあるかもしれません。リスク・アプローチの手法を法律家はどのように取り扱うのか、品質管理(組織的監査)については、チーム医療における医師の過失責任と同様の理屈が成り立つのか、パソコンの中身を開示しない被監査会社の監査において、監査人は適正意見を出せるのか、といった争点もありましたが、やはり法律家と会計士との間で、なかなか理解しづらいのが「重要性の原則」でありました。監査を取扱う会計士の皆さまは、もはや体に染みついた大原則かもしれませんが、弁護士にとってはあまりピンとこないのであります。おそらく「善管注意義務」に対する弁護士の感覚が、会計士の方々にとってピンとこないのと同じような感覚だと思われます。このシンポをやって良かったなぁと感じたのは、この「重要性の原則」のように、法律家と職業会計人との間で、なかなか分かりあえないことが存在する、ということを双方が理解できたことではないかと思いました。これはとても意義のあることではないか、と。
本日のTDNETにおきましても、以前ご紹介しました日本風力開発社(東証マザーズ)の
がリリースされております。同社は、監査役会(監査役全員の同意による)が、会計監査人(監査法人)につき、職務怠慢を理由に解任をしておりますが、その解任については監査法人側より既に反論のリリースが出されております。そこで、日本風力開発社としては、果たして本当に(監査法人が主張するように)過年度決算訂正が必要なのかどうか、過去の処理の適切性を確認するための調査委員会を設置する、というものであります。そしてその調査委員会は「弁護士」によって構成されているようであります。しかしながら、ここで問題となるのは会計の領域に関することであり、いわゆる「相対的真実」に関する論点であります。私は昨年ご招待を受けました日本監査研究学会の西日本大会におきまして、弁護士にとって理解困難な会計・監査の領域の問題として、会計については「相対的真実」と「重要性の原則」であり、監査については「リスク・アプローチ」と申し上げました。この領域に属する問題について、弁護士だけで考えるのはリスクが高いのであります。
たとえば西村・あさひ法律事務所の木目田先生も、過去に何度か引用しております金融商事法務1900号「弁護士からみた証券取引等監視委員会の法執行」95頁におきまして、「会計的真実の相対性」として
会計的真実とは相対的なものであるから、過年度決算の訂正を行った場合であっても、必ずしも訂正前の過年度決算に虚偽記載があったことになるわけではない。例えば、過年度決算を策定した当時には複数の会計処理方法が許容されていると考え、そのうちの一方により会計処理をしたところ、後に結果的に当該会計処理が許容されないことが明らかとなったにすぎない事案であれば、当該会計処理により策定された過年度決算は、たとえ現在の時点からみれば適正とはいえないとしても、策定当時に当該会計処理方法が許容されると考えたことにそれなりに合理性な理由がある限り、虚偽の記載があったことになるわけではない。
と論じられており、私もまったく同感であります。弁護士の扱う真実は「絶対的真実」であり、ゼロかイチかの世界でありますが、会計士の扱う真実は「相対的真実」であって、ゼロとイチの間には(光の当て方によって)無数の正解がありうる世界であります。そうしますと、弁護士的な発想で、過年度の会計処理が虚偽記載ではない、という結論を出したとしても、会計士側からは「それも虚偽記載とはいえないが、現時点からみれば訂正の必要がある」と反論されれば、結局のところ議論がかみあわず、調査報告書の結論が何らの意味を持たないことになるおそれが生じます。こういった議論は、過年度決算訂正と内部統制報告書との関係も同様であります。「わかりあえないミゾ」が横たわっていることを認識できれば、今後は少しでも理解しあうための研鑽の場が必要であることも認識されるところでしょうし、相互理解が少しでも先に進むのではないかと考えております。こういった共催シンポが、今後も定期的に開催されることを祈念しております。
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コメント
過年度決算を訂正するより、会計士に頭を下げて当年度の特別損失として計上させてもらうように頼みこむのが、誰にとっても利益になる気がします。(会計士としても同じだと思います)
当期の特別損失であれば虚偽記載にはならないし、株を持っていた人も多少は高く売れるし、買う側も金商法の賠償責任を考慮せず株式を購入できます。
虚偽記載があると、虚偽記載発表で下落した株価によって、さらに旧株主に対して賠償責任が生まれ、上場廃止懸念も加わって余計に株価が下落するのですから、軽微な虚偽記載は過年度決算訂正でなく、当期の特損で落とすようにお願いしたいものです。
投稿: ターナー | 2010年6月29日 (火) 07時49分
はじめてコメントいたします。当日はお疲れ様でした。たいへん勉強になりました。司会のS会計士さんが、いつもと違って時間通りに議事を進めているのが意外でした。(笑)私も会場がいっぱいだったので関心の高さに驚いています。
一点、不満を申し上げるならば、4月に会計士協会報告として出された不正調査に関連したテーマを上げてもらえればよかったと思いました。今回は判決に関するテーマだったからだとは思いますが、「不正」の概念を会計士サイドで理解するうえにも有益ではないかと考えていたからです。
また、こういったシンポが開催されることを私も希望しています。
投稿: 出席した会計士 | 2010年6月29日 (火) 09時37分
山口先生のブログはいつも大変参考になります。
先週末研修会では質問時間で最後に質問した会計士です。
重要性の原則が弁護士さんにはピンと来ていないとの事ですが、会計士にとってもピンと来ていないと思います。ただし、その理由は明確に説明できるように思います。
重要性は本来投資家(や財務諸表利用者)目線で設定されるべきである点、論を待ちません。詰まる所、株価へ影響するのは「どの情報?」で「どの程度の金額か?」という事に帰着します。ところが仮にエビデンスベーストでそれらを明らかにできた場合、その人は監査人など辞めてとっくに億万長者になっています(知りませんが)。逆に、未だに監査をしているのは、「投資家にとっての重要性」が理解できない連中という事になります(私も含めて)。そんな訳で監査人はやむなく「税前利益」や「売上高」や「総資産」の数%という形式を随分勝手に設定し、そこは「お茶を濁し」ながら監査をしています。
しかしながらそれが駄目かというとそうではなくて、「お茶を濁して」いても、監査制度がそれなりにワークしているなら問題なし、という割り切りであり、そんな制度の割り切りは山ほどあるのではないでしょうか?従って今後の訴訟の展開で、重要性に関する「お茶の濁し方」が正に大問題だ!という事態が多発すれば、その時に改めて我らが業界は「もっとマシなお茶の濁し方」を編み出すという対応になるんだろうなと考える次第です。
投稿: 質問した会計士 | 2010年6月30日 (水) 01時16分
日風開からリリースが新しく出ていますね。山口先生のブログを間違いなく読んでおられるみたいですね(笑)ちなみに佐藤食品さんの場合は財務局からの要望があったのでしょうかね?
それにしても、先生の感度はすごいですね。
投稿: unknown | 2010年6月30日 (水) 20時16分
ターナーさん、ご出席いただいた会計士の皆様、コメントありがとうございました。以前は「特損」で落とすことも多かったのかもしれませんね。最近、このあたりは厳しくなってきたのでは?「どこまでさかのぼって訂正するか?」といったあたりもかなり政策的な見地からではないかと思いますが。
「重要性の原則」に関するご意見、参考にさせていただきます。また、不正調査の報告につきましては、認識はしておりましたが、どちらかといいますと、あの企画は会計士協会さん主導でしたので(笑)
投稿: toshi | 2010年7月 1日 (木) 01時32分