動き出した「監査法人異動時における意見開示制度」とセカンド・オピニオン
ちょうど2年前の2008年6月24日のエントリー「監査法人(公認会計士)異動時の意見開示」におきまして、
今後は監査法人と被監査対象会社との意見が対立した場合、監査法人が投資家に対して適正意見が表明できない理由等を堂々と説明することが増えるのではないか
と書きました。しかしながら、やはり被監査対象会社が監査法人との対立を回避することが多かったり、たとえ対立する場面が生じたとしても、(監査法人の守秘義務の関係から)合意解約や辞任という形で監査法人が自ら監査を下りることが多いということから、「意見開示制度」が活用される場面はなかなか発生することはありませんでした。また皆様方のご意見も、そうした予測が多かったように記憶しております。
しかしながら、近時TLホールディングス社や日本風力開発社のように、監査意見が表明されない理由に関する会社側、監査法人側の意見が食い違うため、それぞれが意見を開示する、という事態が発生しております。(法的には監査役さん全員による意見と監査法人との意見が食い違っている、ということであります。)2年前の私の推測は、単なる杞憂にすぎなかった、というわけではなかったようであります。(臨時報告書と適時開示という差異はありますが、監査法人の守秘義務が解除される正当な理由、という点では同様に取り扱って良いかと思われます。)とりわけ日本風力開発社は週間の株価下落率62.3%(473,000円→61,300円)で監理ポスト入り、本日(6月20日)発売の日経ヴェリタス紙によりますと、日経電子版株価検索ランキング2位(週間あたり)ということでありますので、あらためて監査法人の意見表明が株価に及ぼす影響の大きさを痛感するところであります。
ただし留意すべきは、こういった監査法人さんの意見開示がなされても、いずれの会社も後任の監査法人さんの就任が予定されていることであります(上場会社である以上は当然といえば当然ですが)。監査法人側が「会社の会計処理が不適切である」とは表明せず「意見が表明できない」としているのではありますが、後任の監査法人さんとしては、会社側の会計処理を適正と表明する可能性は十分にあるわけでして、もし、解任された監査法人さんのご意見(説明)も、また後任の監査法人さんのご意見も、いずれも正しいものであるということが前提であれば、これは監査意見にはセカンド・オピニオンが存在することを認めることにはならないのでしょうか?監査法人さんが意見を表明するにあたっての心証形成の程度は一定レベルの水準が必要でありますので、その水準(レベル)に関する意見の相違もやはりオピニオンに該当するものだと思うのでありますが、いかがなものでしょうか?
当ブログにおける常連の皆様からも、またある著名な会計学者の先生からも、「会計の世界には『オピニオン・ショッピング』は存在しても、『セカンド・オピニオン』は存在しない」と教えていただきました。つまり制度監査の世界においては、資格を持つ公認会計士さんが一般的な職業上の注意義務を払ったうえで行う監査業務では、どの企業においても、その監査意見には二つ以上の正解はない、ということが前提とされているものと思われます。そうしますと、たとえば後任の監査法人さんが、もし適正意見を後日表明するような場合には、「前の監査法人さんは間違った監査をしていた」ということを表明することになるのでしょうか?それとも会計監査の世界にも「セカンド・オピニオン」は存在する、ということを認めることになるのでしょうか?会計士の先生方も、この時期、年度監査から解放されて、少しだけお時間ができる頃かとは思いますが、このあたり、ご教示いただけましたら幸いです。
それともう一点、こういった監査法人さんの意見開示が活用される風潮になれば、この「意見開示制度」は、不正や誤謬に基づく重要な虚偽記載リスクがある場合における監査法人さんの中立性や独立性を維持するための有力な武器になる、ということであります。監査法人さんが効率的な監査を行いつつも、ある一定レベルの心証形成を必要とした意見を述べなければならないとすれば、重要な虚偽記載リスクを低減させるために監査役を利用する(金商法193条の3)、被監査企業の協力を求める(たとえば深度ある監査のための監査報酬の追加を要求する)という方法とともに、こういった意見開示をもって注意喚起をする、ということも行動規範のひとつになりうる、ということであります。しかし、武器を持つ・・ということは、逆からみると、武器を使わない場合に「なぜ使わなかったのか」ということの説明を求められることになります。とりわけ会計監査人の監査見逃し責任が法的に問われるような場合におきまして、この「意見開示制度」の活用事例が増える風潮がどのように影響を及ぼすのか、今後検討を要する課題になるのではないかと考えております。(ちょっと長くなりましたので、最後の課題についてはまた別途エントリーにて。)
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コメント
楽しく読ませていただいております。
「著名な会計学者...セカンド・オピニオンは存在しない」と教えられたとありますが、過去会計学を専攻した者から言わせると存在すると思います。(例えば神奈川大学田中弘教授の著書を参照下さい)
但し、ここで抽象的な議論(存在するとかしないとか)をしても先に進みません。会計処理の何が問題かとして議論しては如何でしょう?その際は是非議論に加わりたいですね。
投稿: ohigo | 2010年6月22日 (火) 06時10分
いつも勉強させて頂いております。
僭越ながら,少々のコメントを。
現行の監査制度枠組上,最終的な「監査意見」としてのセカンド・オピニオンは規定が存在しません。
一方,「特定の取引等」における会計又は監査等の基準若しくは原則の適用についてセカンド・オピニオンを提供することは認められております(公認会計士協会・倫理規則第9条)。
従いまして,例えば繰延税金資産の回収可能性や連結範囲の判定等の個別問題について,セカンド・オピニオンを提供することは可能となっています。
当該セカンド・オピニオンの提供次第では最終的な監査意見が変更されることも十分考えられると思います。
無論,会計上セカンド・オピニオンは存在しないということも可能でしょう。しかし,監査上はどうかと申しますと,監査人(セカンド・オピニオンの場合には特定の取引等なので「監査人」ではありませんが)が収集する証拠というものは,一言で言えば「心証」です。収集される情報が全て客観的な情報であればその心証が監査人によって変わることは想定し難いですが,主観的判断が伴う会計処理において監査人が収集する情報は当然ながら主観的な情報が含まれます。主観的な情報に対する会計士すべての判断を画一的にすることが可能かと言えば,これはおそらく不可能に近いのではないでしょうか。監査上の判断が主観(心証)ですから。
これに関しては,いわゆる監査の限界(絶対的な水準で保証できない)と言われる話に繋がります。あってはいいのかと言えば,ない方が望ましいのでしょうけれども,ここに監査実務・理論の発展の余地が認められるところでもあります。
厳密には,会計の世界と監査の世界は切り離して考えられることが一般的です。会計上は○か×かの世界ですが,監査上は,その○×をどの程度の水準(確度,精度)で保証できるかという側面が加わりますので,会計士によって保証できるorできないという可能性は,理論的には十二分に想定されます。
稚拙な文章にて申し訳ありませんが,なかなか語り尽くせない(御推察のこととは思いますが,政治的な話も絡みますので)ところではあります。
ご容赦下さい。
193条の3につきましては,規定自体が新設されたばかりですから,当初より積極的にというのは難しいかも分かりません。活用事例がどれほど出るかは正直,未知数だと思います。
投稿: CHAGE | 2010年6月22日 (火) 23時00分
ohigoさん、CHAGEさん、私の知識の足らぬところを、ご丁寧に補完、解説いただきまして恐縮です。m(__)m
セカンド・オピニオンなる概念を少々抽象的かつ乱暴に使用してしまったみたいです。とくにCHAGEさんの整理を参考に、もう少し詳しく自力で勉強してみたいと思います。(ただ、監査上における心証の問題については、なんとなく自分で考えておりましたことと一致していたように思います)IFRSの原則主義のもとでも、こういった会計と監査の整理は妥当するのでしょうか?会計上は○か×か、というあたり、基本的には今後も妥当するのでしょうか?いろいろと素人なりの疑問は尽きませんが、また関連エントリーをアップしてみたいと思います。今後ともご教示よろしくお願いいたします。
投稿: toshi | 2010年6月24日 (木) 02時00分
公認会計士のセカンドオピニオンについては、日興コーディアル事件で問題となったそうです(三宅伸吾「市場と法 いま何が起きているのか」日経BP社72頁)。当時は、セカンドオピニオンの慣行がなく、2006年12月に倫理規則が改正され、二次意見につき明記されたそうです。
ビックカメラ事件について、公認会計士の意見書はどう扱われたのでしょうか、二次意見ではないですが、気になります。
投稿: Kazu | 2010年6月28日 (月) 21時01分