最高裁は「社外取締役制度」をどう考えているのか?
ちょうど1年前の7月9日、上場会社役員の法的責任に重要な影響を及ぼす最高裁逆転判決(日本システム技術事件判決)が出ましたが、昨日(7月15日)ふたたび同じ最高裁第一小法廷より、取締役の法的責任を否定する逆転判決が出されました。事案の概要につきましては、2008年のエントリー(アパマンショップHD事件高裁判決関連)をご覧ください。また下級審判決の正確なところは、金融・商事判例1304号(2008年12月1日号)28頁以下をご参照ください。ひとことでいえば、発行済の株式総数の3分の2以上を有する会社を、完全子会社にするために、当該会社の株式を被支配株主から買い取るにあたり、その適正価格の5倍の価格で親会社が買い取ったことが、当該親会社の取締役の任務懈怠にあたるか否か、という点が争われた株主代表訴訟であります。
東京高裁は、取締役らの任務懈怠を認め、総額1億3000万円ほどの損害賠償義務を命じましたが、昨日の最高裁判決はこれを否定し、取締役らには任務懈怠(善管注意義務違反)はないと示しております。たとえ適正価格の5倍で買い取ったとしても、これは事業再編を円滑に進める目的であったことや、経営陣は経営会議で議論を尽くし、また弁護士にも意見を聴取して決めたことであるから「不合理な点は認められない」とのこと。結論として、事業再編計画の策定は、経営上の専門的な判断であって、決定過程や内容に著しく不合理な点がないかぎりは経営陣に幅広い裁量があることを認めるものとなっております。なお、第一審で認定された事実によりますと、「経営会議」は取締役会に上程する議案を実質的に審理する場であり、必要により監査役や担当部長なども出席していた重要会議、とされておりますので、取締役だけの私的協議の場ではなかったようであります。
私の周りでは、(依頼があれば)社外取締役や社外監査役に就任してもよいという弁護士と、絶対に就任したくないという弁護士がちょうど半々くらいであります。就任したくない、とおっしゃる弁護士さんには、とくに企業法務専門の先生方が多いようでして、事務所とのコンフリ(利益相反)を理由とされる方よりも、むしろ「山口先生、よく監査役なんかやってますね。こわくないですか?いくら責任限定や保険がかかってても、訴訟リスクを考えたら、ちょっと私は勘弁ねがいたいですなぁ」というのが大きな理由のようであります。ちょうど、アパマンショップHD高裁判決が出たころも、「こんなんで責任を負わされるんやったら、やっぱりこわくて社外役員なんかできへんで」といった意見が出ておりました。(私はどっちかといいますと、高裁判断を歓迎していたほうでありましたが・・・)
本件の専門的な解説はまた、法律雑誌等で勉強させていただくこととして、こうやって日本システム技術事件判決、そしてアパマンショップHD事件判決と並べてみますと、規範的にみれば取締役の善管注意義務違反が問題となるケースであることは明らかなのでありますが、法令定款違反、株主総会決議違反のような経営判断がなされていないかぎりは、かなり経営者の裁量を広く認め、法的責任はよほどのことがないかぎりは認めない傾向がはっきりしてきたのではないでしょうか。(ただし金融機関等については、また別個に検討する必要がありますので、ここでは一般的な事業会社の場合ということです)これはかならずしも株主の利益を軽視しているものではなくて、最高裁は「とりあえず、上場会社に社外役員が就任できる土台を築くことを優先しよう」との考え方を示しているように思われます。法律や会計の専門家ではなくても、ある程度企業経営に精通しておられる方々が、社外取締役候補となり、上場会社に広く就任していただくためには、あまりガチガチな法的責任論を裁判所が認定してしまうのは得策ではない、との意向があるように思われます。株主によるガバナンスのあり方としては、法的コントロール(責任追及)と市場圧力によるコントロールとがありますが、まずは社外取締役を入れるか入れないか、適正な職務を執行しているかしていないか、という問題は法的コントロールではなく、市場圧力によるコントロールを重視し、ある程度社外取締役が増えてくれば、法的コントロールによる事後規制を行う、という方向性が考えられるのであります。
もちろん、株式買取価格決定やコンプライアンス違反事件など、単純に経営判断原則が適用されない場面も予想されますので一概にはいえませんが、すくなくとも最高裁は社外取締役制度が(まずは)浸透することについては好意的ではないかと思うのでありますが、いかがなものでしょうかね。(ところで、本件アパマンショップ事件で、意見を求められた弁護士が反対の意見を述べた場合に、それでも適正価格の5倍による買取を敢行した場合には、結論は変わっていたのでしょうか?)
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コメント
法学的にはイロハのイなのでしょうけど、私はごく最近知ったことですが
(というか、ずっと疑問だったことなのですが)
民事裁判では裁判所側は持ち込まれた事案に関しては、基本的に必ず白黒をつけないといけないのですね。
社会秩序を護るためには当然のことのようにも思いますが、他方それって無茶、無理ではありませんか?(笑)
刑事事件なら有罪の心証が得られない場合は「無罪」なわけですよね?(残念ながら、そうしてこなかった悪例が『BOX 袴田事件』でも描かれた事象なのでしょうが)。
ところが民事裁判の場合はそうはいかない。AさんとBさんが遺産争いをしてるような場合はどちらかに肩入れした判決を出さざるを得ないわけですよね。でも、それって一般常識から云って「正しい」ことなのでしょうか?
裁判官が判断に苦しむような場合は、「もう一度、関係者の間で揉んで来い!」と差し戻すことがあってもいいし、法律そのものに穴があるゆえ混乱が起こっているような事例では、立法府に対して法改正を命じるようなことがあるべきではないかと思うのです(法改正がなされるまでは衆議院の解散を封じるぐらいなことをしないといけないかもしれません)。
「最高裁は社外取締役制度をどう考えているのか?」
…そもそも「考えていい」のでしょうか?制度そのものに(他の法律との間に)矛盾、瑕疵があるのなら、それを指摘して、国会に是正させる、ということはあるべきかもしれませんが、そういうことがないのなら、粛々と従うべきであり、政治的な影響を働かせようなどいうのは僭越極まりないことです。確かに、有権者は形式上彼らの任免を審査する機会がありますが、全く実効性がない状態です。
投稿: 機野 | 2010年7月18日 (日) 00時15分
裁判所が法の解釈・適用以外の意図を含んで判断することは避けてほしいところです。今回の裁判所がそのような意図を含んでいたかはさておき、下級審レベルで言われていた日本版ビジネスジャッジメントルールが最上級審でほぼ追認されたという意義は非常に大きいように思います。社外役員制度の普及との関係では、この事案で責任が否定されたという個別の事象よりも、取締役の責任を認定する際の判断枠組みが明確になったことが重要で、普及のプラス要素だ考えます。
とはいえ、弁護士が統制の仕組みが未だ不十分な中堅~大企業の取締役に就くにはまだまだリスクが超過する現状ではないかと思います。取締役会はもちろん、経営会議等の幹部会に上がってくる段階では、後戻りできない事案が多いのが現状です。意思決定の仕組みに手を突っ込まない限りこのような事情は改善しませんので、社外取締役という地位では限界があるとも思います。私はむしろ、役員としてではなく組織内部で仕組みを構築する人材として弁護士が(ときに弁護士活動としてではなく使用人として)活動することのほうが意義のあることだと思っています。
投稿: JFK | 2010年7月18日 (日) 17時14分
機野さん、Jfkさん、こんばんは。
いつもご意見ありがとうございます。
機野さんがご疑問を抱いておられる点(たとえば遺産相続の件)、ごもっともだと思います。いくら社会秩序維持のためとはいえ、「裁判官が肩入れ」するというのはたしかにいただけません。自由心証主義が原則ですが、それでも肩入れする余地はあります。
民事の場合には、立証責任というのがあって、どっちかはっきりしない場合には、立証責任がある方が負け・・・というルールがありますが、これは条文から導かれるルールです。法文から解釈される要件事実論によって、かろうじて「肩入れ」しているわけではない・・・という理由が出てくるのかもしれませんね。
jfkさんの「社外取締役論」は一貫していますね。組織内部で弁護士が活躍できるシステム、私も考えてみたいと思います。実現するには、また日弁連や政治における段取りの時間がかなり必要となりますが(笑)いろんな組織(たとえば経済団体)からの反対論が予想されますが、私はJFKさんの意見に賛成する立場です。
投稿: toshi | 2010年7月22日 (木) 01時28分