« 産地偽装事件における「お詫びリコール」のあり方を考える | トップページ | 企業不正の「おかしな兆候」を発見するための思考過程(典型例) »

2010年7月26日 (月)

社内コンプライアンス規定違反行為に対する解雇処分は有効か?

法律雑誌「判例時報」の最新号(2010年7月21日号)におきまして、社内のコンプライアンス規定に違反した元社員がその解雇処分の有効性を争った仮処分事件(地位保全等仮処分命令申立て事件)が紹介されております。東京地裁は社内倫理規定違反行為を根拠に会社(フィリップ・モリス・ジャパン株式会社)が従業員を解雇処分(正確には「諭旨退職」勧告)としたことを正当なものと認め、元従業員からの仮処分命令申立てを却下したそうであります(平成22年2月26日東京地裁決定→抗告あり)。ちなみに、元社員の行動で最も問題とされたのは、自社で禁止されているタバコの営業方法を部下に指示したこと(自らの営業成績を伸ばすため)と、自らの問題行動への社内調査が行われることを妨害した行為であります。

本決定に関する解説(同号158頁以下)でも指摘されておりますが、これまで会社の倫理規定(コンプライアンス規定)違反を認めて解雇処分としたことの有効性が争われた事例としましては、セクハラに対する解雇処分の有効性が争点となった東京地裁平成21年4月24日判決(「労働判例」987号48頁以下)程度しか見当たらないようであります。ちなみに、この東京地裁平成21年判決の解説と、今後のセクハラ事件への社内調査の在り方への提言につきましては、私の新刊「内部告発・内部通報-その光と影-」のなかでも詳しく論じているところでありますが、同セクハラ事件における会社の解雇処分は無効とされ、このたびの社内倫理規定違反行為は有効、と裁判所の判断は分かれております。従業員の身分をはく奪する社内処分でありますので、倫理規定違反の程度や事実認定の厳格性が当然に問題となるわけですが、両事件とも、解雇処分の根拠となる事実は犯罪事実には該当せず、あくまでも社内倫理規定違反であります。また、対象事実が「解雇相当事実」として明記されているわけではなく、概括的な規定(たとえば「著しい社内規定違反が認められた場合」等)に基づいて解雇処分が選択されているわけでありまして、「他の従業員に対する懲戒処分の公平性」との関係でも、今後十分に検討すべき判決ではないかと思われます。

ほんの出来心でやってしまった行為(元社員はこれを「交通事故のようなもの」と表現しておりますが)であり、他の社員もやっているのだから解雇処分は厳しすぎる、と元社員側は主張しておりますが、裁判所は「コンプライアンスやインテグリティ(高潔さ、廉直さ)を重視する債務者(会社)において、債権者(元社員)が・・・・・という行為を行うのは、債務者の方針に合わない無責任な態度といわざるをえない」と判示しており、会社のコンプライアンス体制整備に向けての姿勢が考慮されております(実際にも、フィリップモリス社の普段からのコンプライアンス研修や倫理規定周知対策などが認定されています)。また、内部通報に基づく調査活動を妨害した行動も斟酌されております。最近はどこの企業も「企業倫理行動規範」が示され、社内規則の一環として「懲罰規定」とリンクされていることが一般ではないかと思いますが、「これまで他の社員に対しても、まぁ大目にみてきたことだから・・・」といった気持で「軽めの処分」で済ませてきた企業も多いでしょうし、だからこそ「処分の平等原則違反」を問われなかったのかもしれません。しかしながら、コンプライアンス違反に対する世間の目が厳しくなっている現状と、事前の社内での倫理規範違反への厳格な社内対応の周知徹底によって、「一発レッドカード」の適法性は高まってきているように思われます。

先に掲げた東京地裁平成21年判決もそうですが、ここでも通報を受理した会社側の調査のあり方が争点のひとつとされており、たとえば解雇処分を決定するにあたって、どの程度の証拠をそろえておけばよいか、その証拠をそろえるために、関係社員へのヒアリングを含め、どのような手段を用いるのが効果的か、といった問題にもヒントを与えてくれる事案であります。内部通報に基づく社内調査の進め方を検討するにあたっては有益な示唆を含むものでありまして、コンプライアンス経営に関心をお持ちの方で、「判例時報」が入手できる方でしたら、ご一読をお勧めいたします。

|

« 産地偽装事件における「お詫びリコール」のあり方を考える | トップページ | 企業不正の「おかしな兆候」を発見するための思考過程(典型例) »

コメント

いつも勉強させて頂いております。
今回の件も非常に有益なコメントですね。ところで、私が某外資で責任者をしていたおり、セクハラをした奴、それを見逃した奴は即座に首だぞ!などと言ったことがありました。もし首にしていたら、私は訴えられて賠償責任を負うのでしょうね。且つ私の方が首になった?などと考えました。
法律で争う時に、高度な規定の整備、証拠集め、首にする過程など要件をそろえる必要性は充分に理解できますが、中小企業では少し負担が重い気がします。そこで別の理由をつけて首にする?のが現実的な解になるのでしょうか。(少し言いすぎでしたか?本ブログをお読みの方は相当レベルの高い方だと理解していますので、コメントになっていないかも...と自覚しています)

投稿: ohigo | 2010年7月26日 (月) 07時42分

ohigoさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

たしかに中小企業で同様のレベルのものを要求するのはちょっと酷ですね。別の理由で・・・というところは現実にはあるのかもしれませんが、それはまた労働法上別途問題になるかもしれませんのでご留意ください(笑)といいますか、中小企業の場合、もっと信頼関係といいますか、義理人情の世界といいますか、法律以外の要因で処理されるところも多いのではないか・・・というのが法律家の経験からの実感です。

投稿: toshi | 2010年7月27日 (火) 02時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 社内コンプライアンス規定違反行為に対する解雇処分は有効か?:

« 産地偽装事件における「お詫びリコール」のあり方を考える | トップページ | 企業不正の「おかしな兆候」を発見するための思考過程(典型例) »