企業不正の「おかしな兆候」を発見するための思考過程(典型例)
7月26日の朝日新聞ニュースに「事故米の不正転売」を見破った農水省職員の方に関する記事が掲載されておりました。(ニュースはこちら)具体的には、農水省地方農政事務所の方が酒造業者への定例監査を行っていたところ、そこで不正の疑いを抱かせるような「おかしな兆候」を発見し、この疑惑を専門チームに申告した、というものであります。もちろん、不正転売の事実を現実に見破ったのは、この専門チームの方々でありますが、最初の農水省職員の方の「もしや?」がなければ今回の不正転売は発見できなかったわけでして、この「もしや」こそ、不正発見のためのスキルとして重要なところであります。ニュースの事例は外部者による発見事例でありますが、社内調査でも同様の発見的手法は不可欠ではないかと。
社内における不正の早期発見は、不正リスク管理のキモであり、重要ではあるものの、もっとも実行が困難な場面であります。ただ、私としては内部統制(予防的手法)や危機管理(事後的手法)と異なり、不正リスクを低減させるためには費用がもっとも低廉で済むものでして、社内でスキルアップをはかるには効果的なポイントではないかと考えております。また、社内にコンプライアンス遵守の風土を育成しつつも、いっぽうであまりに厳格な社内ルールで職場のヤル気を喪失させることも回避する、というバランスを確保するためにも、こういった発見的手法の向上は今後の企業コンプライアンスの課題になってくるのではないでしょうか。
考えてみると、実はそれほどむずかしい思考過程ではないと思います。
定例監査→酒造業者の伝票チェック→伝票に「米穀業者から米国産MA米仕入れ」と表示→「おかしい!普通なら米国産MA米はお酒には使わない」→「たしかに例外はあるが、その場合は酒造組合を通して使われる(つまり直接仕入れはありえない)」→「もしかして??」
ここで定例監査が「おかしな兆候」発見に至るには3つの前提が必要です。つまり①米国産MA米は酒造には通常使用されない、②たとえ使用されるとしても、その場合には酒造組合を通じて酒造業者には流通する、③米国産MA米は不正転売事件に使用された過去がある、という知識を持っていることであります。①と②が不正の早期発見のスキルであり、③は平時における全社的リスク評価の問題であります。この前提事実を職員が認識していたからこそ、合理的な疑いを抱くに至るわけでして、認識がなければ「おかしな兆候」発見には至らないと思われます。よく不正チェックマニュアルには「Aという事実を認識→Bのおそれあり」というパターンが使われておりますが、この思考過程で不正が発見できるほど甘くはないのが現実でありまして、たとえば本件のように「Aならば、普通はB。だけど結果はC」「かりに結果Cが正しいとしても、それはDという結果も引き起こしているのが通常だが、ひきおこしていない」といった知識や経験に裏付けされた前提事実があって、はじめて「合理的な疑い」を抱くものであります。
毎度講演等で同じことを申し上げておりますが、こういった早期発見の「勘」をもっておられる社員がひとりでもいらっしゃれば、企業はずいぶんと救われます。しかしこれはある意味で「運」のようなものですから、実力を具備するためには、額に汗して「Aならば通常Cとなる」という社内事情を体得する以外には方法はないものと思います。もちろん「おかしな兆候」を発見しても、これを農水省職員の方が専門チームに申告する「勇気」も必要ですし(実際、上の朝日新聞ニュースでは、不正転売米がまだ流通していたことを『調査のずさんであったことが明らかとなった』と批判的に報じております)、また専門チーム自体が存在しなければ不正発見という結果をもたらすことはできないわけであります。しかしいったん「合理的な疑い」が浮上すれば、監査役や会計監査人、あるいは外部のCFE(公認不正検査士)による非定例調査が可能となるわけですから、企業不正を早期に発見できる可能性は格段に高まることは間違いないと思われます。なかなか申告する勇気がなければ、内部通報制度などを活用することも考えられます。この「発見力」向上のスキルなどお持ちの方がいらっしゃいましたら、また具体的なお話などお聴きしてみたいものであります。
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