HP(ヒューレット・パッカード)CEO辞任にみる米国企業統治の本気度
新聞やニュースでは大きくとりあげられておりますが、意外とブログでは採り上げられていないのが米国HP(ヒューレット・パッカード)社CEO(最高経営責任者)のセクハラ疑惑による辞任問題であります。私は最初、日本の新聞系のニュースを読んだ限りでは、セクハラ被害者とされる元契約社員の方が内部通報を行い、通報を受理した外部窓口の法律事務所が調査を行ったものと思っておりました。しかしブルームバーグ、ウォールストリートジャーナル、CNN、ロイターあたりのニュース(日本版)をきちんと読みますと、どうもそうではないみたいです。
実際は今年6月29日に、この元契約社員の女性が「セクハラ被害」に関する手紙をHP社の取締役会に提出し、問題を知った取締役会が、HP社の法律顧問に調査を依頼。外部の調査委員会が立ち上げられたそうで、その調査に基づく結論としては(これは当法律顧問の方の会見記事からですが)、申告のあったセクハラの事実は認められなかった、しかしCEOは約2年にわたって、この元契約社員と親密な関係を続けていた、今回の調査において、この親密な関係の内容についてCEOは証言を拒否し、また取締役会にも報告をしなかった、CEOは(日本円にして)約170万円の経費について、女性との関係を隠匿するために虚偽の経費請求を行った、HP社としては、不正請求した金額の大きさを問題としているのではなく、HP社CEOとしての清廉性、誠実性、信頼性に問題であると考え、取締役会としては全員一致でCEOの辞任勧告を決定した、とのことであります。
その後、取締役会とCEOは何度も協議を重ね、結局CEOは退職金10億円とHP社の相当額の株式をもらってHP社のCEOを辞任することが決まったとのこと。調査結果については、ご承知のとおりセクハラの事実は認められなかったものの、CEOには元契約社員との関係に絡む経費の不正請求が認められ、これはHP社のビジネス行動規範に違反するものだ、との公式な発表がなされております。なお、8月9日、この元契約社員の方が弁護士を通じて会見を開き「私は彼(CEO)を辞任に追い込むつもりなど、まったくなかった。とても残念。私と彼との間では、すでに問題は解決済み」とのコメントを述べておられます(この元契約社員の方も、けっこう著名な方だったんですね)。昨日のニュースを読んだとき、元契約社員の方は、今後HP社を相手に莫大な金額の損害賠償請求訴訟を提起するのではないか、と予想しておりましたが、この会見内容からしますと、HP社が訴訟に巻き込まれるリスクはほとんどないようです。
私はこの一連のニュースを読んで、やはり企業統治(コーポレート・ガバナンス)の本場アメリカは違うなぁと素直に実感をいたしました。(注)経営トップのセクハラ疑惑について、被害者本人からの書簡が取締役会に届き、直ちに社外に法律家を中心とした調査委員会を設置して調査を開始する、たとえセクハラの事実が認定できなくても、ビジネス行動規範違反の事実をつきとめて、たとえ社運を背負った有能なCEOに対してですら、辞任勧告を全員一致で決定してしまうということで、まず取締役会のCEOに対する姿勢に驚きます。独立社外取締役の使命は、経営に対するアドバイザーではなく、有事にクビにすることである・・・ということが、日本でも最近やっと真剣に言われるようになってきましたが、こういったことが米国ではあたりまえのように行われるということを見せつけるような事態であります。
注・・・なお、hp社は以前から取締役会がゴタゴタするので有名であるため、この事件をもって「米国の取締役会は」と一般化できるか疑問、との意見もあります。
また、もうひとつ驚いたのが、HP社の社風を守るためには、たとえ有能な経営者であろうとも、その解任はやむをえないということが取締役会の「あたりまえの常識」だということであります。元契約社員の方の記者会見の発言から、噂レベルではありますが「この取締役会の判断は断固たるものだったのか、それとも早計に過ぎた失策だったのか」議論になっているそうでありますが、これだけ有事の判断に「社風」が尊重される・・・ということは日本ではあまり考えられないところではないでしょうか。もちろん教科書的には、企業風土は守られるべきだと言えそうですが、これを地で行くのは本場アメリカの企業だからこそ、と思うのでありますが。
さて、もし日本の会社で同じようなことが発生した場合はどうでしょうか。たとえば経営トップが女性秘書と親密な関係となり、その後不仲となって、この経営トップが未練たらしく追いかけまわし、最後にセクハラ騒動となる。そして秘書からは監査役のところへ内部通報が届くようなケースであります。監査役はこれを真正面から受け止めて、有能な経営トップを糾弾することができるでしょうか(日本の場合、取締役会構成員の過半数が独立社外取締役・・・というところはほとんどありませんので、いちおう監査役さんの有事として考えます)。ここで監査役さんが動かなければ、女性秘書の方はマスコミなど社外に対して内部告発を行う可能性や、会社に対してセクハラ損害賠償請求訴訟を提起する可能性がありますので、いちおう調査を開始することはあるでしょうけれど、社長の辞任勧告・・・というところまではいかないのではないでしょうか。それは、そもそも監査役と経営トップとの関係が、米国の独立社外取締役とCEOのような関係にはないことと、やはりそこまでして「社風」を維持しようとする役員が日本にはあまりいないのではないか、と思えるからであります(もちろん、そういった社風を一番に考える企業もあろうかとは思いますが、それでもそういった企業はごく一部だと思います)。あっそうそう、当ブログを長年ご覧の方はご記憶されていらっしゃるかもしれませんが、2006年に東証一部のT誘電さんの経営トップが「温泉コンパニオン宴会」の費用100万円(ただし、8回の合計額)を社外監査役2名から役員会で追及され、辞任されたことはありましたので、まったく皆無とは申しませんが・・・・・・。
経営トップを交代させる社外取締役の力、経営トップでさえ辞任に追い込むほどの社風の力・・・、本場アメリカのコーポレート・ガバナンスの「本気度」をまざまざと見せつけられるような事件であります。本当に続報が気になるところであります。
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コメント
toshi先生
アメリカが進んでいるとのご感想ですね。1つ実話を。以前(その後改善し、toshi先生のご指摘のとおりになっかたどうか分かりませんが)日本の大手電機メーカーのUS法人社長が、アメリカのある会社の社外取締りに就任しました。その会社の社長が友人だったそうで、その依頼でした。ところで、その会社で問題が発生した折り、友人であるということで大変指摘しにくかったとのことでした。(多分大きな問題であれば抗議の辞任などに発展したのかもしれません。)社外取締役の地位の難しさを実感したものでした。
投稿: ohigo | 2010年8月10日 (火) 05時48分
問題が解決済なら、なぜ手紙を出したのでしょうか?
ちょっとよくわからないところですが、
ともあれ、私の勤務する会社ではこのようなことにはならないでしょう。
いいところ、社長から会長に退いてうやむやで終わらせる・・・
そんなところではないでしょうか。
仮に取締役会に来た手紙なら、まず社長に見せるような気がします(笑い)
投稿: 元システム監査人 | 2010年8月10日 (火) 09時31分
ヒューレットパッカードと言う会社は以前から取締役会がゴタゴタする会社で有名で、HPだから米国は と結論付けるのはやや無理があるようにも思います。
法律的に確たる疎明が出来るわけでもありませんが、創業家が経営者にいやな思いをさせる例は過去にもあったりしました。
「私はこうして受付からCEOになった」カーリー・フィオリーナ、ダイヤモンド社 にも、それをにおわせる内容が書かれています。
(外部からCEOを招聘し会社を拡大すると、昔の古き良き社風や株の持ち分が減るとかそんな感じ。創業家的に面白くないらしいです。今回のセクハラCEOも外部の人)
むしろ、ツイッターで駐米日本人金融関係者の感じでは、「またHPか~」 という印象が強いように思います。
ただ、フィオリーナさんがCEOに指名されるまでの決定プロセスはどっかの日本のパソコンメーカーさんに見習ってほしいものがあります。今回もこの本の様なプロセスでCEOが決まるといいのですが(外部者だと引き受けてがあるのかなあ?)
もちろんガバナンスはあちらの方が比較感で優れていることはおっしゃる通りだと思います。
投稿: katsu | 2010年8月10日 (火) 11時24分
皆様こんにちは。(コメントありがとうございます)
今日のエントリーは「事実羅列型」になってしまったので、管理人としては不本意なものなのですが(いわゆる一次ソースが少ない)、アクセス解析ではかなり多くの方に閲覧いただいているようで、ちょっと意外です。
katsuさんのご指摘(HP社のケースは一般化できない)、ごもっともかもしれません。ちょっと後で付記しておきますね。「つぶやき」まではフォローしておりませんでした。
しかし関西の経営者の方がみたら怒るだろうなぁ・・・今日のエントリーは(笑)極力客観的な視点から書いたつもりですが。。。
投稿: toshi | 2010年8月10日 (火) 11時42分
そういえば、某大手企業トップの路チュー報道とかありましたが、それ自体は個人の性癖の問題としても、もしアメリカなら社用車の使用とかは問題になりうるんでしょうね。接待費の不適切使用とかちゃんと調べたんだろうか。
投稿: 風来坊 | 2010年8月10日 (火) 11時58分
「路チュートップ」で検索したら、すぐに事件が出てきちゃいますね。
たしかに、この件は日本企業を象徴しているかもしれません。かじ取りとして有能な経営者だから不問に付す、という考え方、これからも続きますかね?これはイマドキ、いろんな考え方があるでしょうし、難問ですね。
今回のHP社も辞任報道で一時10%も株価が下落したそうですが。
投稿: toshi | 2010年8月10日 (火) 12時42分
WSJによると、後任者選びは難航しているようです。
このような突発的事態では当然ですが。。
http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_90127
ただ、私は、そもそも不正をただすために、間違いを犯した人を辞めさせることは常に必要なのか、という根本的な疑問があります。減給などでけじめをつけさせる方法もあるのでは。
投稿: Naonori | 2010年8月10日 (火) 14時16分
なあなあで済ますのではなく、しっかりけじめを示すか、それとも「どうせ。。。」とか「現実的に。。」とかいろいろ理由をつけて、適当にお茶を濁すか、彼我大きな差があるように思われますね。やらない理由は、いくらでも考え出すことができ、それでも居座ることができる企業風土は、トップにまで上り詰めた勝ち組にとって「楽」でしょうが、果たしてそういう風土のままでいいのか、根本的な問題があるのではないでしょうか。
彼の国も、もちろんすべていいわけではないですが、この国は世論もメディアも、比較的容易にコントロールできてしまうようにも思われますが、どうでしょうか。いつまでたっても、経営者天国かもしれません。(政治家に関しても、いろいろ言いたいところはありますね)
一度けじめをつけてから、次を考えるというあり方も、参考にすべき点はあるでしょう。今のような日本の在り方では、斜に構える風潮ばかり助長されることが多く、問題も先送りばかりで未解決国家ニッポンの汚名ばかりになりそうです。
投稿: 龍のお年ご | 2010年8月11日 (水) 00時03分
naonoriさん、龍のお年ごさん、ご意見ありがとうございます。すこし特殊事例ではあったかもしれませんが、日米の比較をするには好例ではあったように思います。ただ最近のトヨタリコール問題に対するアメリカの対応をみておりますと、消費者の視点・・・なるものも、絶対的正義とはいえないもののように感じますし、コンプライアンスの考え方に関する日米比較あたりから本当は検討していかねばならないのかな、と思っております。平取締役ではなく、やはりCEOという立場であるがゆえに、こういった対応がなされたとも思いますね。
投稿: toshi | 2010年8月13日 (金) 02時15分
遅レスで恐縮ですが、マークハード氏はかなり従業員に不人気だったらしく、取締役会は解任の口実が欲しかったのではという観測が出ています。
http://www.gizmodo.jp/2010/08/mark-hurds-employees-really-didnt-like-him.html
会社の業績は上がっているし、従業員に好かれる経営者が良い経営者ではありませんが、このパーセンテージではさもありなんと思います。
投稿: naonori | 2010年8月15日 (日) 12時48分
naonoriさん、こんばんは。
この件、今度は取締役会の対応がまずいということで、代表訴訟が提起されるような雰囲気ですね。取締役会だけでなく、今後は株主パワーのようなものも登場してきて、話がずいぶんとややこしくなりそうな感じです。事案の特殊性もありそうですが、やはりガバナンスを議論する土壌の違いを痛感しますね。
投稿: toshi | 2010年8月17日 (火) 01時22分
現在、HPは3Parという会社に対し$30ドルで買収オファーを出しています。ざっくり20億ドルの総額。元々1株$10だったのをデルコンピューターが$18で買収提案をして、そのカウンター提案です。3倍のプレミアム!争奪戦になっています。
さらに、自社株買いを数十億ドル行うと発表。
CEO不在(暫定CEO)でこのような大胆な意思決定が出来る、というのは、個人的にかえって不気味に感じます。
次に招聘されるCEOの意思もないでしょうし…。
やっぱりHPが特殊事例だと思います。
投稿: katsu | 2010年8月31日 (火) 10時23分
katsuさん、こんにちは。
情報ありがとうございます。いま私がよんでいる「金融危機が変えたコーポレートガバナンス」(商事法務)の61ページ以下に、全米取締役協会の2008年の声明が出ていまして、そこでも米国のガバナンスは各社の歴史や文化によって全く異なることが冒頭出てきます。つまりガバナンス原則はあくまでもベストプラクティスである、と。そもそもアメリカでは、ということも個別企業の事例をもとに論じるのはむずかしいのでしょうね。ただそれでもHPはもっと特別、ということなのでしょうかね?
投稿: toshi | 2010年9月 1日 (水) 15時05分
またまたスゴイことになっていますね。元CEOが今度はオラクル社の共同経営者に就任しようとしたところ、HPが就任差止の仮処分を打ってきた、とのこと(守秘義務違反)
katsuさんがおっしゃるように、相当にややこしい関係がありそうですね。この会社は。。。
投稿: toshi | 2010年9月 9日 (木) 01時31分
よくわからない理由でCEOを解任。
株価は解任劇以来10%以上下落。
CEO不在時に巨額プレミアムでTOB(M&Aで発生した のれん が減損となればだれが責任取るのだろう?)
元CEOはライバル会社へヘッドハント。
取締役会は株主に大きな損害を与えてしまいましたね。
確かこのCEOが就任してからHPの業績は非常に改善したとか言われていましたので、余計に謎です。
投稿: katsu | 2010年9月10日 (金) 09時15分
あれから1年。またHPのCEOはクビになってしまいましたね。
株価はPER5倍水準まで下がっています。
前CEOを選んだ取締役会の責任とか、アメリカでも結果よりもプロセスで揉めています。
米国のCEO選びの事例はIBM、GE、J&Jなどの方が無難かもしれません。
CEOの直下に副会長とかポストを設けて、2~3人の候補者を1から2年担当業務でガラス張りの競争をさせて、指名委員会で議論して適任者を決めるというのが良くあるパターンです。
新たにCEOに選ばれたものが日本の新人社長の様に「青天の霹靂」なんてアホなセリフを吐くことはあり得ません。CEOの座は勝ち取るものです。
会社がうまくいっている時は内部昇格、業績不振の場合は外部招へい、というのが印象です(あくまで印象ですが)。
ちなみにセクハラではクリントン元大統領の右に出るものはいないはずで、あのときは性癖より業務能力や業績そのものがが優先された様に思います。人徳とかもあるのでしょうか?
関係ありませんがガバナンス系ですと、最近大きくなりすぎた会社が、スピンアウト(人的分割の様な感じ)で小さくなるのが流行りの兆しがあります。コングロマリットディスカウントを投資家が指摘するケースが目立ってきました。
(クラフトフーズやコノコフィリップスなど。最近タイコインターナショナルなども分割を発表、HPも世界シェア1位のPC事業の分社化を検討しています。株主の圧力ではモトローラも)
マクセル他を取り込んだ日立や電工を取り込んだパナソニックは逆行している印象持ってしまいます。
投稿: katsu | 2011年9月26日 (月) 19時24分
ご意見、ご教示ありがとうございました。 このての情報は関心があるものの手薄なもので非常に助かります。さくねんkatsuさんから、ここの会社は特別ではないか、とのご指摘をいただいたことを思い出しました。サッカーの監督更迭みたいな雰囲気があるのでしょうか
投稿: toshi | 2011年9月30日 (金) 10時57分
あくまで推測の域を出ませんが、フィオリーナさんがその著書(よってバイアスがあるかもしれません)で、2002年ごろ解任された様子を書いていますが、旧創業家一族が経営に口を挟んだり、古き良きモノ作り的な社風を何となく良しとする感じがあるようです。
要するに劇的な変化を嫌うイメージがあります(何となくよく聞く日本の会社のイメージが残っています)。
IBMのようにソフトウエア路線への転換(利益効率が非常に高い)を迫られていますが、変わりたくないという風に見えます。
過去3名は事業構造を大胆に変えようとするとクビになっています。
投稿: katsu | 2011年10月 3日 (月) 09時00分