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2010年8月14日 (土)

メルシャンの架空循環取引と財務報告内部統制の重要性

メルシャン社(東証・大証1部)から不適切な会計処理に係る社内調査報告書および社外第三者委員会中間報告書がリリースされましたので、相当な分量ではありますが、昼から夕方ころまでずっと読んでおりました。「不正調査」という本業に関連することでもありますが、人間模様が描かれている報告書には素直に興味をそそられます。

まだ第三者報告書の最終版が出ておりませんし(8月下旬ころに出るそうです)、ひょっとすると当事者の方々の経営責任や法的責任が問われる場面も出てくるかもしれませんので、報告書を読み終えた段階での素朴な疑問は差し控えさせていただき、素朴な感想だけを述べたいと思います。今回は社内調査委員会報告書が読みごたえがあります。

まず印象的なのは社内調査委員会報告書の迫力であります。弁護士、会計士、デジタルフォレンジックの専門家など社外専門家を含め、総勢80名(うち、社員40名)による社内調査体制というのは、かつてない調査体制ではないでしょうか(たぶん)。しかも、この社内調査の目的は決算訂正の正確性を期すための事実確定だけであり、役員クラスの責任の有無を基礎付ける事実調査および原因究明、原因分析については追って8月下旬の社外第三者委員会報告書で明らかにする、というものであります。まさに今後予想される金融庁の課徴金処分審理にそのまま活用できそうな事実調査内容であり、日弁連第三者委員会ガイドラインの指針を意識した内容になっているように思われます。

ただ、調査手法や調査項目に関する説明が冒頭にありますが、なぜこのような手法を採用したのか、なぜこの点にスコープしたのか、ということは、事案の全体が把握できないとわかりにくいように思いました。登場人物の説明や、取引説明図、事件の概要などを先に読んだほうが報告書全体を理解しやすいです。また内部監査の責任者を調査スタッフからはずしております。なぜか?という点は、この報告書を読むと「なるほど」と納得されるところであります。

つぎに印象的な点は、やはり架空循環取引というものは、「不正のトライアングル」に支配されている、という点であります。(不正のトライアングル→不正を犯すには動機、機会、正当化根拠が揃っている必要がある)たとえば「なぜ架空取引に手を染めたのか」という「動機」という点では(一例ではありますが)キリンHD社と事業提携後、メルシャンのなかでも主力事業とはいえない水産飼料事業部の存続への不安(売上を伸ばすこと、売掛金回収で事故を起こさないことへの焦り)、「機会」としては本部から距離的に離れたところでの取引の完結、関係者に対する形がい化したローテーション、そして「正当化根拠」としては、不正な手段で一時的に取引先を支援していれば、いつかは取引先も黒字化してその利益で架空在庫も解消できるではないか(つまり、今は悪いことをしているけれども、一時的なことであって、後でみんな笑って話せるときが来る)、という甘い見通しであります。このあたりは(会社ぐるみであれ、従業員マターであれ)どの架空循環取引の事例をみても、ほぼ同じであります。

(追記)架空取引発覚前の会社四季報によると、メルシャンとしては水産飼料事業部門の赤字幅は今後改善の方向に向かう見込み、とIRされておりますし、そのために原材料等の見直しによって原価削減を急ぐ、とあります。現場では相当のプレッシャーがあったのかもしれません。

そして本事件でもっとも強く印象に残ったことは、内部統制をまじめに構築しようとしないことがオソロシイ結果を生む、ということであります。この社内調査報告書の最後にも、関係者が内部統制を無効化したことが指摘されております。しかしこれは、メルシャンがいちおう整備した内部統制が運用面において有効に機能しなかったことに関する指摘であり、その意味においては頷けるところです。しかし、水産飼料事業部が置かれていた状況は、そもそも人間関係がドロドロとしていて、水産飼料事業特有の取引慣行がいたるところで構造化していたのであります。よく内部統制の整備というと現場をギチギチの統制でしばりつける、現場での対応を硬直化してしまう、といわれるところでありますが、そうではなく、どこにでもある当たり前の状況を構築する(つまり例外を作らない)ことが内部統制の要諦と考えております。以前、当ブログにて三井物産社の九州支社で架空循環取引が発覚した事例をとりあげましたが、なぜ架空取引が発覚したかといいますと、J-SOX導入に合わせて現場特有の慣行を見直し、取引承認手続きを再構築しようとしたところ、現場の循環取引関与者から(たまらず)不正に関する自主申告がなされたからであります。ただ、この三井物産社の場合、本部から現場へ「再構築する取引手続を要求することで、取引先が去っていってもかまわないからやれ」と確固たる本部の意思が伝えられたそうであります。ここまでの意思を本件で伝えられるかどうかはわかりません。しかし本件の詳しい事件経過を読んで、内部統制とりわけ財務報告の信頼性確保のための内部統制作りに、当社がもう少しがんばって取り組んでいれば、架空循環取引に手を染めなければならなくなる発端の事件が発生しなかったように思われます。またかりに原因となる問題が生じたとしても、早期に内部監査で発見できたのではないだろうか、との印象を強く持ちました。

しかし架空循環取引事例というのは、本当にどれも共通の土壌がありますね。ソフト開発会社の在庫商品(CD-ROM)も、水産飼料事業の在庫商品(袋に入った原料)も、監査法人さんにとっては確認が至難の業です。本件のように手の込んだ棚卸資産隠しが行われたら、実在性のチェックも限界があるように感じます。「異常な兆候」が出始めたころにはもう手遅れ・・・という点も難題であります。今回の事例でも、架空取引を指示される苦悩社員がいらっしゃったようですが、そういった方が内部通報できるような体制って、なかなかムズカシイのでしょうか?(それが最も早期発見に有用だと思いますが・・・)上記報告書を読ませていただき、本当は「素朴な疑問」がたくさんございますので、そちらをたくさん書きたかったのでありますが、また別の機会に、ということで。

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コメント

そもそもメルシャン社に「水産飼料事業部」が存在し,水産飼料の製造・販売だけではなく,養殖魚の販売も手がけていたというのが,株主ではない外部の人間としては驚きの事件です。社内調査報告書では,当事業部において繰り返されていた取引慣行について詳細な調査が行われていたことがうかがえますが,内部監査や会計監査で,こうした取引慣行は把握できなかったのかなと思います。
もっとも大きな疑問は,養殖会社への飼料の直接販売を禁止する措置が取られていたという記述があるのですが,なぜ,そうした措置が取られなければならなかったか,詳細が書かれていない点にあります。「売掛金保全の観点」と説明されていますが,どうして卸売会社を帳合で販売することが保全に資するのか,よくわかりませんでした。債権管理部門で何らかのリスクを察知してこうした措置が取られたのではないかと,深読みしてしまいますが,どうなのでしょうか。
第三者委員会の最終報告書を読ませていただかなければ,確たることは言えませんが,養殖会社への直接販売を禁止した2007年12月段階で,不適切な取引の全容を把握できれば,損失が雪だるま式に膨らむこともなかったのではないかというのが,感想です。

投稿: Tenpoint | 2010年8月16日 (月) 16時02分

tenpointさん、ご意見ありがとうございます。

ご指摘の点、私も「素朴な疑問」のひとつだと考えております。ただ、本文でも記載しましたとおり、この事例はまだ最終報告書も出ておりませんので、あまり深堀りは控えておこうかと考えております。

登場する卸売会社の規模について、もうすこし情報がほしいかなぁと思ったりもしています。

投稿: toshi | 2010年8月16日 (月) 16時10分

ブログの趣旨からは少し離れますが、この後キリンと株式交換しました。
ただ、株主の9割がスクイズアウトされる取引であり、事実上のキャッシュアウトに近い事例です。単元株の見直しをした方が無難ではないでしょうか。
価格が明確に安いと言い切れないのが難点(?)なのですが。
また、役員を送り込める立場にあったキリンがガバナンスを口実に安値で全株式を取得することにも少し違和感があります。
http://blog.livedoor.jp/advantagehigai/archives/65474990.html

投稿: 山口三尊 | 2010年8月30日 (月) 00時42分

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