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2010年9月30日 (木)

法律家も気付いていない(と思う)監査法人の法的責任問題

ちょっと大げさなタイトルで、ひょっとしたら私だけが気付いていなかったのかもしれませんが、昨年の日本監査研究学会(西日本支部)で特別講演をさせていただいたときの反応や、今年6月の会計不正シンポで登壇させていただいたときのご質問等から、「なんでだろう?」と疑問に思っていたことが、どうやら少しばかり理解できてきました。いや、理解というのは言い過ぎで、少しばかり問題意識を共有できるようになったように思います。

いままで「粉飾決算の監査見逃し」に関する会計監査人の法的責任が問われる場面といいますと、会社側の偽装工作を現場の会計監査人が見抜くことができず、「一般的な監査人に要求される注意(相当な注意)をもって監査すれば見抜けた」か否かが争点となることがほとんどだったように思います。この「一般的な監査人であれば」というのは、監査調書や監査報告等から、現場の監査責任者の業務を注視して、そこに過失があったかどうかを判断するわけであります。「監査法人の過失」といいましても、それは手足となって法人の監査証明業務を執行する現場担当者の過失を認定する、というものであります。

しかし、昨年の監査研究学会での発表の際、時間がなくなって「チーム医療に関する平成20年以降の最高裁判決の紹介」を(ここはあんまり重要ではないから省略しよう、との思いから)飛ばして解説させていただいたところ、後で多くの会計士の方から「なぜ、一番聞きたかったところを解説しなかったのか?」「あのチーム医療の責任負担のところは、また別の機会に解説してほしい」等との感想を多数いただきました。また、今年の不正会計シンポでも司会の方が、しきりに「品質管理担当者は同じように法的責任は負わないのですか?」「信頼の原則というのは品質管理者にとって有利なのか不利なのか?」といったご質問を受けました。(学会での発表の時、私はおそらく監査役と会計監査人の連携・協調のなかでの責任分担を説明すべく、チーム医療に関する判例解説を用意していたものと記憶しております。)

監査における「品質管理」の重要性、というものは、おそらく法律家にはあまりなじみのないものでして、現場の会計監査上の過失と並列的に考える・・・というのはどこか違和感があります。どうして監査法人の方々は、こんなに「品質管理云々」と問題視するのだろうか・・・という点は(おそらく私だけではなく)法律家にとってはよく理解できていないところではないか、と思われます。2005年10月に「品質管理基準」が出来上がったようでありますが、これは監査法人に対して向けられたもので、どちらかといいますと組織体制や業務管理、ルール作りを志向しているように思われます。私などは、「品質管理」といいますと、現場の会計士の質の確保に向けられている・・・というイメージを持っておりますが※、それよりもむしろ監査法人自身が監査証明業務を行うわけですから、全体としての監査法人による「監査の質の確保」というのが本来の趣旨に近い理解ではないでしょうか。(「法律事務所全体としての質の確保」というイメージはあまり聞かないですし・・・・笑)

※・・・よく考えてみると、「現場の会計士の質の確保」というのは、どうやってその質を検証するのでしょうか?会計士さんの監査証明業務というのは、そもそも「事故なく100点満点」をとってあたりまえの世界ですし、業務の性質上「会計士人気ランキングベスト10!」のようなことも考えられませんし。。。やはり「監査法人全体としての監査証明業務の質を確保する」と考えたほうが自然なように思いますが。(「新版・公認会計士法」羽藤秀雄著55頁以下参照)

昨日、お昼のある会合で、某監査法人の某大先生とお話をしていて、ようやく少し理解できたような気がいたしました。民事上の問題はともかく、上場会社を監査する監査事務所の登録制度が充実して、きちんと現場の監査の品質を管理するスタッフも充実してきた、現場の会計士が監査対象会社のビジネスリスクまできちんと把握しているかどうかを法人内部で審査する制度も充実してきた、ということで、会計士協会や行政当局による「品質管理」に関する要求も高まってきたことが背景にある、ということではないでしょうか。少なくとも、行政上もしくは会計士協会上での処分対象としては、すでに実例もあり、かなり監査法人側も品質管理への意識が高くなっている、ということなのでしょうね。おそらく行政処分の厳格性から、民事責任への影響度について関心が高まっているのではないでしょうか

このあたりは監査の現場に立たれている会計士の先生方からすれば当然のことなのかもしれませんが、法律家サイドでは、果たして民事上も連帯責任を負担しなければならないほどの問題意識、あるいは現場では過失はなかったけれども、品質管理の面で監査法人には注意義務違反が認められる、という問題意識は未だ持ち合わせていないのではないでしょうか。とくに「ビジネスリスク」に着目する・・・という発想は、理解に乏しいところであり、現場実務というよりも、監査法人による品質管理実務にまで精通していなければ、民事賠償責任を追及する場面に反映させることはなかなか困難なように思います。「品質管理」と一口でいってみても、パートナーレビューのように比較的現場に近い審査業務もあれば、審査会による合議手続もあり、また内部統制システムの構築のような監査法人のマネジメントに近い業務も含むようですので、法的責任が問題になる場面というのも、品質管理のどの部分を指しているのか、細かく検討する必要がありそうです。ちなみに、公認会計士法施行規則の第26条は、監査法人の品質管理について以下のように定めております。

品質の管理)
第26条  法第三十四条の十三第三項に規定する内閣府令で定める業務の遂行に関する事項は、次に掲げる事項とする。
一  業務に関する職業倫理の遵守及び独立性の確保
二  業務に係る契約の締結及び更新
三  業務を担当する社員その他の者の採用、教育、訓練、評価及び選任
四  業務の実施及びその審査(次に掲げる事項を含む。)
イ 専門的な見解の問い合わせ(業務に関して専門的な知識及び経験等を有する者から専門的な事項に係る見解を得ることをいう。)
ロ 監査上の判断の相違(監査証明業務を実施する者の間又はこれらの者と監査証明業務に係る審査を行う者との間の判断の相違をいう。)の解決
ハ 監査証明業務に係る審査♪

ただ、「通常の監査人の水準」を基準として「過失」や「相当な注意義務」の中身が検討されることになりますので、「品質管理上の過失」という法的概念も、今後は監査法人さんの監査証明業務の在り方の変遷と同じ流れの中で形成されていくのかもしれません。また法律の趣旨が異なることから直接の関連性はありませんが、ナナボシ事件判決のように、先行した行政上の処分が、その後の民事賠償責任判断に事実上は影響する、ということもありますので、今後は品質管理における法的責任論が研究の課題になることも考えられます。「チーム医療における医療過誤の法的責任(集積されつつある最高裁判決の意味するところ)」になぜ多くの会計士の方々が関心をお寄せになったのか、すこしばかり合点がいきました。このあたりも法と会計の隙間の問題なのかもしれません。

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2010年9月29日 (水)

貴乃花親方名誉棄損事件控訴審判決と経営者個人の法的責任

新潮社、講談社を相手とした貴乃花親方名誉毀損事件判決は、何度もこのブログでお伝えしているところでありますが(たとえばこちら)、朝日新聞ニュースによりますと、講談社事件について本日控訴審判決(東京高裁)が出まして、講談社の社長さんは一審よりも賠償金額が増額された判決を受けてしまったそうであります。いわゆる内部統制構築義務違反について、講談社の社長さん個人に重過失があり、第三者に対して賠償責任が認められているわけですが、その金額は法人自身の賠償額と同額とのこと。私はてっきり第一審では法人の賠償責任だけが認められ、代表者個人の責任は否定されたのかと思っておりましたが、第一審でも注意義務違反は認められていたようであります。

つまり新潮社事件、講談社事件とも、大手出版社の社長さん個人が貴乃花親方に対して内部統制構築義務違反に関する「重過失」ありとして賠償責任が認められていることになります。出版社における編集権の独立、といった問題も残りますが、表現の自由の確保が特に求められる業界であるがゆえに(つまり外からの事前規制と相容れない業界であるがゆえに)、出版社にはとくに自律、つまり法令遵守のための内部統制システムが厳格に構築されなければならないものと思われます。そのあたりの出版社の特殊性を考慮してもなお、内部統制構築義務違反が社長個人の重過失と結び付くことを示す事例としてはきわめて重要な先例になりうるものと考えております。最高裁で消極的な判断が下された日本システム技術事件判決の例もありますので、今後最高裁における判断がさらに注目されるところです。

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2010年9月28日 (火)

改正不正競争防止法と内部告発の「正当な目的」

本日(9月27日)の日経新聞「法務インサイド」では、2009年改正不正競争防止法の施行(施行は今年7月1日)により、営業秘密侵害罪の適用範囲が格段に広くなったため、これまで泣き寝入りをしていた中小企業経営者にとっては(営業秘密侵害罪が)大きな武器になる、と解説されておりました。競業他社や従業員によって秘密が盗まれても、これまでは不正競争目的や(営業秘密の)使用・開示行為が要件とされていたために、なかなか刑事責任が問われる場面が狭かったのでありますが、今回の改正によって「取得行為」そのものが処罰の対象とされ、また「保有者に損害を加える目的」があれば足りる、とされました。これで中小企業経営者にとっても、営業秘密を勝手に取得されるリスクは乏しくなり、安心して事業活動に従事することができる、ということのようであります。

しかし(本記事では触れられておりませんが)従業員が内部告発を行う目的で、自社の営業秘密を持ち出すことについては、原則として改正後の営業秘密侵害罪は成立しないものと解されます。これは右サイドバーでもご紹介しております拙著「内部告発・内部通報-その光と影-」でも、代表的な判例である宮崎信用金庫事件判決の解説とともに詳しく述べております。公益通報者保護法によって従業員が保護される要件はかなり厳格であるため、その立証方法としては書証が重要な材料となるわけでして、そこでは内部告発の事実を立証するためにどうしても内部資料の持ち出しが不可欠となる場合もあります(ここが保障されなければ公益通報者保護制度は不当に委縮してしまうことになります)。したがいまして、会社の不正を糺すために公益通報を行う目的で従業員が営業秘密として管理されている文書や電子記録を社外に持ち出す行為は、正当な目的による持ち出し行為となり、犯罪を構成するものとはならないわけであります。このことは、本日の記事に登場されていらっしゃる改正法の立案担当者の方も、法律雑誌や国会での答弁で明確に述べておられます。できれば来年に控えております公益通報者保護法の改正のなかで、このあたりは明記していただきたいところであります。(ただし民事問題という点は別途考慮が必要かと思われます)

また、もう少し根本的なところで、そもそも中小企業が秘密として管理したい情報等が盗み出された場合、果たして告訴するだろうか?という疑問も湧きます(ちなみに営業秘密侵害罪は親告罪)。刑事事件となりますので、公開の法廷で審理されるわけですが、記録へのアクセスは制限されているとはいえ、わざわざ営業秘密が公開されるリスクを負ってまで、加害者の訴追を求めるのかどうかは極めて怪しいと思われます。本当に泣き寝入りをしてくないのであれば、そもそも情報管理の手法自体を見直さざるをえないのではないだろうか・・・と思うのでありますが。

さて、こういった不正競争防止法との関係等も含めて、内部告発・内部通報制度の最新情報や企業側からみた(リスク低減のための)対応についてお話させていただく出版記念講演を、10月6日大阪の谷町4丁目大江ビルにて開催いたします。(内部告発・内部通報、出版記念セミナーのお知らせはこちら)おかげさまで、多くの方にお申し込みをいただいたため、あらためて会場を拡張(会議室を増やしました)させていただきましたので、まだ若干の余裕がございます。月刊監査役10月号では、昨年の内部統制ラウンドテーブルでご一緒させていただいた大先輩の監査役の方から書評をいただきました。(ありがとうございます~(T△T))拙著をお読みいただいた方にも、重複にならないよう講演内容は工夫しておりますので、どうかお越しいただければ幸いです。参加費用は非常にお安くなっております、ハイ。。。(^^;;

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2010年9月27日 (月)

ISO26000(社会的責任規格)と日弁連CSRガイドライン2009

9月25日の日経新聞で第一生命さんのSRIファンド設立に関する記事が掲載されておりましたが、国内企業を選別対象とするSRIの発展余地はまだまだ大きいのでしょうか。

Isonichiben 日弁連のガイドラインといいますと、最近は7月15日に公表されました「企業不祥事発生時における第三者委員会ガイドライン」が話題となっておりますが、実は今年3月に「企業の社会的責任ガイドライン2009年度版」も公表されております。(こちらも関連委員会関係者ということで、私も少しだけ意見を述べさせていただきました)企業と社会の共存を目指して2007年版が策定されたのでありますが、この改訂版が2009年版ということであります。最近企業から公表されるCSR報告書のガイドラインとして活用されるよう配慮されているものでありますが、上表のようにISO26000(組織の社会的責任国際規格)で示された7つの中核課題と比較しますと、かなり近似したものでありますので、この11月に発効するISO26000も意識した内容になっているものと思われます。(なお、ISO26000ではこの7つの課題はすべて網羅しなければならない、とされているのですね)

欧州諸国のCSRの考え方に関する本を何冊が読みましたが、日本語で比較しても少し誤解を与えそうなところがあるように思いました。コンプライアンスという言葉を、そのまま法令遵守と訳してしまうと、ずいぶんとISOと異なるニュアンスになるのではないか、法令遵守はあまりにも「企業にとっては当然のこと」であり、そもそもCSRの概念には含まれないわけでして、もう少し幅のある概念として考えておいたほうがよいのではないか、と思います。また、人権や社会開発・地域貢献というあたりも、単に人権尊重、というだけでなく、ISOはもっと積極的な社会への働きかけや双方向のコミュニケーション活動まで含んだ概念ではないか、と感じました。とくに「社会貢献」というあたりの概念も、日本人が考えているものと欧州諸国の概念とはだいぶ異なっているように思います。あと、ISO26000が盛り上がるための条件としては、有力なNGO、NPO団体の存在が大きいのではないか・・・といった印象を持ちますが、果たして日本にはそのような団体が存在するのか?・・・このあたりに詳しい方のご意見なども拝聴してみたいものであります。

まだまだISO26000については勉強を始めたばかりで、その制定までの歴史を含めて理解不足ではあり、今後も研鑽をつみたいと思っております。この典型的なソフトローが日本の企業社会にどのような影響を及ぼすのか、たいへん興味深いところです。国家レベルでISO誓約企業とそうでない企業を差別しない、民間の貿易レベルでビジネスの妨げになるものではない、とされていますが、やはり(現実の社会では)取引条件のひとつにはなってくるでしょうし、冒頭のようなSRIの対象企業の選別においても考慮される要素のひとつになってくるのではないでしょうか。また「認証のないISO規格」とは言いつつも、すでに認証団体の活動は始まっているそうですし、今後CSR報告書の「第三者意見書」の性格も変わってくるそうであります。なお、日弁連CSRガイドラインでありますが、「雇用・労働」「人権」あたりは、かなり詳細な指針が盛り込まれており、イメージを持つだけでも一般の企業の方々には有益ではないかと思います。とりわけCSR調達に代表されるように、社会的責任規格は中小企業にとりましても、今後多くの面で影響が及ぶのでしょうね。

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2010年9月24日 (金)

社外取締役制度の強化について(大証金商法研究会)

9月16日に大阪証券取引所のHPにアップされておりました大証金融商品取引法研究会「公開会社法制の検討・社外取締役制度の強化について~日米における近年の動向を概観しつつ~」をじっくりと読ませていただきました。この大証さんの研究会は毎回、会社法、金融商品取引法に関連するテーマを東西の学者さん方がご議論されるのですが、「法の解釈の枠組み」がさすがにしっかりとしておりますのでたいへん勉強になり、とても楽しみにしております。また、こういった一流の商法学者の方々の議論にしては、ほとんど発言内容の修正なしで議事録が作成されておられるようでして、(テレビ会議も活用されておられるようですが)議論の場の空気まで伝わってくるようであります。

今回も神戸大学法科大学院のY教授(私と修習同期)が社外取締役制度の強化に関するテーマを中心にご発表されていらっしゃいます。私のブログでもすこし問題提起をして、常連の皆様方からご異論を多数頂戴した「証券取引所に届出のなされた独立役員の法的責任」問題・・・・・、これがまた著名な大先生方のご異論・ご批判の嵐のなかでY教授が孤軍奮闘されるわけで、これに対する諸先生方の反論がなかなかキビシイ・・・・・(涙)。社外取締役制度につきましては、いわゆる制度化の問題と社外要件の厳格化(独立性強化)の問題が一般的ではありますが、こういった問題についても「顔洗って出直してこい!!」的なご発言が多数を占めておられるようでして、法律家が「社外取締役」問題を人前で話すことが、これほどムズカシイものであることは、このご議論を拝読して本当に身にしみたような次第であります。(汗)ちなみにY教授の名誉のために申し上げますが、Y教授は個人的な意見とは別におそらく問題提起、という意味で社外取締役制度の強化論を展開されたのではないかと思います。しかし、そもそも諸先輩の先生方のご意見が法律家としての「正論」なのですから、「世の中の空気がこうなっています」的な発言では到底太刀打ちできないことを悟りました(笑)

やはり社外取締役制度を制度論だけで議論しても、なかなか建設的な議論には向かないようであります。アメリカでさえ過半数の社外取締役を導入してうまく機能していない、ということをどう解釈するのか、「うちはいらんねん。うまいこと社内の役員だけで回ってるねん」とおっしゃる経営者に、なぜ「よそ者」を平時から導入しなければいけないというのか、その根拠はどこにあるのか、「よそ者」なら社外監査役でもいいのに、なんでこれと別に社外取締役をいれないといけないのか、といったあたり、開示規制と区別された行為規制の問題として解説することは非常に困難が伴う問題ですね。決して社外取締役制度そのものが悪い、というわけではなく、入れたいところは入れたらええねん、入れたことを宣伝したらええねん、でも入れたくないところに入れんとあかん、というのはそもそも法制度を変えなければいけないような弊害もなければ、メリットもない、ふさわしい人間もそんなにおらんやろう・・・というあたり、やはりソフトローだとか、開示規制、(先日の)機関投資家による議決権行使結果開示などによって検討していかねばならないのでしょうねぇ。。。いままでいろんなガバナンスの本を読みましたが、今回の研究会議事録が一番勉強になったような気がいたします。。。

ちなみに独立役員の届出制度で「独立役員」に就任した社外役員につきましては、会社法で定めた義務以上の、なんらかの注意義務の加重、ということは理論的にありえない、との意見が学者先生のなかでは通説でございます。会社と取締役間における任用契約によって独立役員になるのではなく、あくまでも取引所からの要請によって独立役員が届出されるわけですから、「期待される役割」はあっても、「注意義務の水準が上がる」ということにはならない、もし何か問題が発生すれば、その具体的な問題ごとに善管注意義務違反の有無が判断されるだけであり、たまたま「独立役員」に就任していたことはとくに個別判断においては考慮すべき問題ではない、ということのようであります。なるほど、たしかに独立役員に就任したことによって取締役としての注意義務のレベルが上がることはないかもしれません。しかし、取締役の善管注意義務を議論するにあたっては、経営判断に関与するような作為義務の履行とは別に、取締役会を通じての監視義務のように不作為による義務違反、といった問題もあろうかと思われます。この不作為による善管注意義務違反を議論するにあたりましては、たとえば取締役が「財務担当」であったり、監査役間で業務分担したり、といった社内合意の結果が「違反の有無」、つまり各人の注意義務の程度に影響するようなことにはならないのでしょうか。もし影響するのであれば、たとえば社内の取締役や監査役の合意によって、たまたま「独立役員」就任に同意した場合、たとえその役員の注意義務のレベルが上がることはなくても、他の役員は信頼の原則によって監視義務違反や内部統制構築義務違反が免責されるのに、独立役員だけは免責されない、といった事態は考えられないのでしょうか。(「財務担当」や「監査業務の分担」ほど、内容が明確になっていないので、そもそも「独立役員」というだけで法的責任を異にする・・・というのもおかしいかもしれませんが。。。)私自身も独立役員ですので、あまり厳格な法的責任が問われない方向で考えたいですし、実際には責任限定契約がありますので、とくに大きな影響を及ぼすことはないとは思うのでありますが、理論的には、そのあたりがいまひとつ疑問の残るところであります。

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2010年9月21日 (火)

検察の捜査資料改ざん事件(特捜検事のコンプライアンス)

ビジネス法務とは関係ありませんが、法律家としてコメントしたほうがいいと思いますので一言だけ。

大阪地検特捜部における「捜査資料(証拠)改ざん」報道にはビックリしております。刑事裁判の場合、検察官は起訴すべきかどうかの判断権を独占しているわけですから、証拠から判断して立件できなければ起訴しない、という選択肢もあるわけです。したがって、そこで吟味される捜査資料(本件ではフロッピーディスク)が改ざんされる可能性があるなどとは、到底信じがたい(考えられない)ですし、どういった組織の力学によってそのような「おそろしい出来事」が発生するのか、まったく見当もつきません。合理的な疑いを入れない程度にまで犯罪事実の存在を立証すべき立場にある検察において、「証拠改ざんを疑わせる」ことはどんな事情があっても、あってはならない事態ですし、検察制度の根幹を揺るがす事態です。

郵便不正事件の無罪判決以上に驚くべきことであり、弁護士としては戦慄を覚えます。これからの裁判員制度の裁判において、もし私が弁護人だったら、まず今回の事件を枕詞として利用し、検察庁ではこういったことが行われているのです・・・これから始まる裁判でも、同様のことが行われているかもしれません・・・と、裁判員の方々に説明することになると思います。そういった事態にならないよう、最高検はしかるべき方針のもとで、国民へ説明責任を尽くしていただきたい、と思います。

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投資運用会社の議決権行使ガイドラインにみる独立役員への期待

(21日午後 訂正あります)

本年1月12日のエントリー「投資運用会社による議決権行使状況の開示義務付け」でも少しご紹介しましたが、今年5月、6月の上場会社定時株主総会において、投資運用会社と信託銀行などの機関投資家がどのように議決権を行使したのか、その結果がそろそろ開示されているようでして、上記機関投資家は会社提案議案の約15%について反対票を投じたことが報じられております。(日経新聞9月17日朝刊記事より。なお、当ブログでは上記1月のエントリー以外にも、こちらの関連エントリーがございます)

大手の投資運用会社や信託銀行さんのHPでも、個別に結果が開示されておりますし、投資信託協会では全体の傾向等が公表されております。昨年の状況は会社提案に対する反対票は約10%、とのことですから、数字の上ではずいぶんと反対票の比率が増えていることがわかります。「運用会社の受託者責任」としての議決権行使の意識が高まったことや、役員への退職慰労金支給議案について、業績や株価が低迷している企業への反対票の増加あたりが原因ではないかと思われます。個人的な感想で申し上げますと、取締役・監査役の選任議案に対する反対票の比率が高いことをどのように分析するのか、という点に興味がございます。(反対比率は15%~22%程度。ただし一部反対を含みます。)役員選任議案との関係だけで申し上げますと、法律や証券取引所ルールによって、上場会社に一律に社外取締役選任を義務付けることへの抵抗が強い現状では、投資家による投票行動が当該会社のガバナンス改正への動機付けとなることが期待されるのでありまして、果たして「動機付け」となりうるような投票行動がみられたのかどうか、という点に関心が寄せられるのではないかと。

どうしてこんなに役員選任議案について反対票が多いのだろうか・・・と、投資運用会社のHPで各会社の議決権行使ガイドラインを眺めてみますと、とくに詳細なガイドラインを定めている会社は少ないようです。ただ、私がみた限り、そのなかで三井住友アセットマネジメントさんと、大和住銀投信投資顧問さんのガイドラインは結構詳細に規定されているように感じられます。とくに大和住銀投信投資顧問さんはこの8月13日にガイドラインを最終改訂されたようで、これがなかなか議決権行使基準が明確になっていてオモシロイ。

まず(既に、もしくは同時に?)独立取締役が選任されていない場合には、(独立性のある社外監査役が選任されていないことを条件として)取締役選任議案に反対票を投じる、といった要件が規定されております。つまりオーナー一族がある程度の株式を保有しているような上場会社の場合とか、買収防衛策が既に導入されている場合、剰余金処分権限が取締役会に授権されている場合など、独立取締役による監督権限が不可欠と思われる上場会社の場合と、それ以外とで反対票を投じる要件が異なるものとされております。このあたりは議論もあろうかと思いますが、これからのソフトローによるガバナンス規制の在り方として参考になるのではないでしょうか。

また、たとえば社外取締役や社外監査役の選任候補者の「独立性」については、顧問弁護士だけでなく、顧問契約を締結している法律事務所の他の弁護士もダメ、以前当該事務所に所属していた弁護士もダメ、監査契約を締結している監査法人の関係者(以前関係者だった者も含む)ダメ、とかなり明確に判断基準を示しておられます。社外監査役の出席状況なども、3分の2以下の出席率の監査役の再任については原則として反対票が投じられるとのこと。また、「企業不祥事判断基準」というものがあって、監査役在任中に当該不祥事判断基準に該当するような場合には、原則として当該監査役の再任には反対票が投じられる、とのことであります。定款変更議案については、けっこう反対票が投じられる比率が高いことが上記記事でも報じられておりますが、なぜ反対されるのか、という点も、このガイドラインを読みますと「なるほど」と頷くところであります。会社と会計監査人がケンカして、新たな会計監査人が選任される場合の基準・・・などもあって、ホント興味深いですね。

この大和住銀投信投資顧問さんの議決権行使ガイドラインを拝見いたしますと、原則反対だけど、合理的な説明があればOKという基本スタンスに気付きます。買収防衛策にしても、ガバナンスの在り方にしても、社外監査役の取締役会出席率にしても、明確な基準を示したうえで、そこからの逸脱を会社側が(株主価値を高めるために)説明責任を尽くした場合にはこれに賛同する、というスタンスのようです。会社側としても、こういった明確な判断基準があれば、説明責任を尽くすうえでも有用ではないでしょうか。会社側の経営判断を尊重しつつも、株主総会開催日が集中していたり、プラットフォーム参加企業が伸び悩んだり、開示資料の定型化が進んでいない現状での分析能力の限界(ヒアリング時間の限界?)を考慮しての姿勢ではないかと思われます。いずれにしましても、単なる開示だけの問題ではなく、「株主との対話」に積極的でない企業はけっこうしんどいかもしれませんね。

社外取締役導入制度化の議論がなかなか進まない要因のひとつとして「社外取締役に期待される役割は何か」という点に関する意見の一致が見られない、という点が挙げられます。そういった意味では、先日ご紹介した東証さんの「独立役員セミナー」などは意見の合意を形成する契機になるでしょうし、またこういった投資運用会社による議決権行使ガイドライン等によって、社外役員に期待される役割が浮かび上がってくることは、これからの議論の進展にも大いに役立つのではないかと思う次第であります。

PS

関係者の方より、ご指摘を受けまして、一部訂正をしております(赤字部分)。たいへん失礼いたしました。

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2010年9月19日 (日)

失敗しないリコール対応(東京・企業研究会セミナーのお知らせ)

三連休、いかがお過ごしでしょうか。休日モードということで、またお知らせが続きますが、今秋は東京でも何度かセミナーを開催させていただく機会に恵まれまして、企業研究会さんの主催にて10月19日に表記のとおりの「失敗しないリコール対応」に関する講師をさせていただきます。

Recall001

失敗しないリコール対応とリコールマニュアルの見直し(企業研究会公開セミナー)

中央経済社さんの雑誌「ビジネス法務」に掲載させていただいた論稿の内容を中心に、とくにリコール対応に伴うリーガルリスクについて考察する、というものであります。企業さんに100%満足していただいたかどうかはわかりませんが、これまでの私の経験などに基づく成功例、失敗例などもご紹介したいと思います。

なお今回は、東京海上日動リスクコンサルティングさんとのコラボ、ということで、後半ではリコールマニュアルの重要性について、日々リコール実務に対応されていらっしゃる実務家の方のご講演となります。

実際にリコール対応実務を経験して、それまではクライシス・マネジメント(危機管理)だと思っていたものが、実は危機管理だけでなく、長いスパンで検討しなければならない企業価値向上のための施策であることが理解できるようになりました。また、最近よく耳にする「第三者委員会報告書」との関連性なども、重要だったりします。ブログ同様、問題提起型で、一緒に考えていただくような双方向型の講演とさせていただくつもりです。2010年10月19日午後1時から、アルカディア市ヶ谷で開催されますので、ぜひご参加くださいませ。

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2010年9月18日 (土)

企業集団に係る内部統制と不正(ACFEカンファレンス)

前のエントリーのリンコー・コーポレーション社や電子アーム社など、連結子会社による不正事件によって親会社の経営に大きな影響を及ぼす事例が報じられております。2010年4月より審議が開始された会社法制部会でも、企業統治のあり方とともに、「親子会社の規律」が中心論点のひとつとされております。今年はこういった「企業集団における法律問題」が大きなテーマとなりつつあるようですが、このたびACFE JAPANでは、日本で初めてのACFEカンファレンスを開催することになりました。主たるテーマは「企業集団に係る内部統制と不正~CFEが果たすべき役割とは~」、10月13日、開催場所は品川の東京カンファレンスセンターであります。

こちらがご案内となります(ACFE JAPAN カンファレンス)

私が代表世話人をさせていただいております関西CFE研究会も、今年で第3期を迎え、研究会会員も34名(2010年9月17日現在)となりました。ここのところCFE(公認不正検査士)の資格を取得された関西在住の方も飛躍的に増え、金融機関やメーカー等の内部監査実務に携わっておられる方以外にも、(企業不祥事発生時における)第三者委員会の委員の経験をもつ弁護士や会計士の方にもご参加いただくようになりました。当研究会におきましても、あらためて企業不正の未然防止、不正疑惑の早期発見、疑惑調査による事実解明のため、CFEがいかに機能すべきか、その役割について検証することが必要と痛感しております。また、CFEにご関心のある方にも、広く役割を知っていただくことも必要かと。

日本初のカンファレンス、ということで、本年はACFE理事長でいらっしゃるジョナサン・ターナー氏が基調講演をされ、また会計不正事件等におけるCFEの活動への期待をこめて、金融庁の佐々木総務課長さんの特別講演も予定されております。そして統一論題のとおりのパネルディスカッションが行われます。(こちらのほうに、私も登壇させていただきます)午前中は、東京、関西、不正早期発見それぞれの研究会の活動報告が行われますので、これからCFEの資格を取得してみたい、とお考えの方は是非聴講いただければと思います。

たとえば会計不正事件の調査に携わってみても、「自由心証」で事実を認定する、という意味が会計士の方には理解困難なようですし、また決算訂正を必要とするような「虚偽記載」に該当するのかどうか、という点については、それまでの当該企業の会計処理を理解しなければ判断が困難でありまして、そこでは会計士の方の理解に弁護士が追いつけない、というのが現実であります。時間の限られたなかで一定の調査結果を出すうえでは、そういった現実の課題を克服しなければならず、一定レベルのスキルが要求されることになります。金融庁マターだけでなく、総務省、国交省、厚労省など、他の行政当局が監督権限を有する企業の不正問題にも、不正調査のスキルが必要であり、今後益々CFEの役割への期待は増すものと思われます。

今回のカンファレンスには、日本公認会計士協会、日本内部監査協会、日本取締役協会、日本監査役協会はじめ、多くの団体よりご後援いただいております。すでにCFEの方はたくさんのCPE(継続研修義務履行ポイント)が取得できますし、またこれからCFEの資格を取得したいとお考えの方も、「いったい公認不正検査士とはどういった資格なのだろう」との疑問にわかりやすくお答えできる良い機会となりますので、なにとぞ当カンファレンスにお申込みのうえ、ご参加くださいますよう、お願い申し上げます。なお、参加申込費用につきまして「早期割引キャンペーン」は9月21日(火曜日)までとなっておりますので、お早めにお申し込みいただければ幸いです。

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2010年9月15日 (水)

リンコーコーポレーション社の企業集団内部統制

連結子会社(貿易商社)が、取引先に交付していた前渡金につきまして、適切な貸倒引当金を積んでいなかったとして、親会社であるリンコーコーポレーションさん(東証2部)が過年度決算の訂正をされております。連結子会社の売上の10%程度に該当する大口取引先への前渡金(輸出業者への商社金融)につきまして回収困難な債権となっていることを、子会社ぐるみで隠ぺいし、親会社に報告されていなかった、ということであります。事実関係の調査結果が、9月10日付けでリリースされておりますが、この第三者委員会報告書は、今年7月15日に日弁連からリリースされた第三者委員会ガイドラインに準拠して作成したものであることが明記されております。(第三者委員会は弁護士+公認会計士の組み合わせ)

「当該連結子会社における不適切な経理処理に関する調査結果等について」

キリン・メルシャン、パロマ・パロマ工業など、最近は不祥事を発端として企業再編が行われるケースも出てきておりますが、このリンコーコーポレーションさんの件も、子会社トップの不正が問題となった事例であり、親会社にとりましては、もっとも発見が困難な事例のひとつであります。本件も親会社による子会社不正の「発見力」の有無に関心が寄せられそうであり、また私自身も某研究会で、この「発見力」について発表させていただく予定にしております。ただ当ブログでは一点だけ、気になった点を備忘録として留めておきたいと思います。上記外部調査報告書によりますと、親会社であるリンコーコーポレーションさんの監査役(4名)は、平成19年から同21年ころにかけて、社内における監査報告書では、連結子会社に対する内部統制の不十分さが繰り返し指摘されていた、とあります。しかし監査役さん方の指摘にもかかわらず、親会社経営陣は真摯な取り組みを進めていなかったそうであります。(そのあたりの要因となる事実は、いくつか上記報告書でも記載されております)

ところで、平成19年3月期~同21年3月期の監査役監査報告書(総会報告用)をEDNETで閲覧したところ、とくに子会社の内部統制に問題あり、といった記述は一切ありませんでした。つまり子会社に対する内部統制に不十分な点はあるものの、企業集団としての内部統制の構築にあたり、親会社経営陣には善管注意義務違反があるとまでは言えず、いわば内部統制構築に関する取締役の職務執行において「重大な欠陥」(重要な欠陥ではございません)があるとまではいえない、との判断であったものと推測いたします。

しかし内部統制、とりわけ財務報告内部統制に対する監査役監査は、その運用を検証することが重要だと思われます。たとえば、社内的に作成される監査報告書のなかで、子会社の内部統制をある程度は構築しておかねばならない、と記述したにもかかわらず、経営者がこれを全く放置していたような場合には、そもそもこういった経営陣の対応自体が「善管注意義務違反のおそれあり」として、監査役監査報告書(株主総会用)において問題とされるべきではないでしょうか。具体的には、連結子会社の内部統制構築の状況を精査した立場として、なんらかの意見を株主総会用の監査報告書のなかにも盛り込んでおくべきではなかったか、とも思えるのであります。本件も、いろいろと興味のある論点が含まれておりますので、また某研究会での発表終了後、再度自分の関心のある点について検討してみたいと思います。

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2010年9月13日 (月)

会社役員育成機構(BDTI)からのお知らせ→法制審議会への意見提出

代表のニコラス・ベネシュさんと麻布台でお会いしたのは、もう3カ月ほど前だったかと記憶しておりますが、ニコラスさんの設立趣旨に賛同して、わたしも「フォーラム参加者」となりましたのがBDTI(一般社団法人会社役員育成機構)であります。機構さんから当ブログへコメントも寄せられておりますので、もうそろそろご紹介してもいいのではないかと。また、そろそろフォーラムのほうにもガバナンスに関する私見を掲載させていただきたいと思っております。

BDTIは、日本のコーポレートガバナンスを考え、また名前のとおり、ガバナンスの担い手であります会社役員の意識を啓蒙しよう、という趣旨で設立された団体でして、メインページをご覧いただくとおわかりのとおり、理事会メンバーの方にも、アドバイザーの方にも、よく存じ上げている方のお名前があります。

この育成機構さんよりお知らせがございまして、来る9月29日の法制審議会会社法制部会において審議の対象となる論点につきまして、ご意見がある方はぜひ当機構へお寄せいただきたいとのことであります。風の噂では来年8月ころに改正会社法の試案が取りまとめられる予定であるが、それまでに3クールほどに分けて個別論点の議論が繰り返され、方針が固まっていく・・・とか。(いや、ホントに風の噂ですが)そうでないと、9月29日に、これだけの論点が一気に解決するわけないと思いますし。ただ、全体の議論が固まる前に、ぜひご意見は早めに提出したほうがよろしいのではないかと思います。ハンドルネームの匿名でも結構だそうです。また、これを機会に、BDTIの趣旨にご賛同いただけます方は、ぜひ会員登録をしていただけますと幸いです。

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2010年9月11日 (土)

新司法試験の「三振制度」はどこまで意味があるのだろうか?

元フジテレビアナウンサーの菊間千乃さんが新司法試験に合格された、とのことであります。菊間さんを指導したことのある大宮法科大学院の実務家教員(修習生時代、私と同じクラスの同期で、現在刑事専門弁護士)の話によれば、菊間さんはクラスでの質問も、発言もたいへんセンスがよく「おそらく彼女は合格するだろう」と思っていたとのこと。元々早稲田の法学部ご出身だそうですし、一日16時間ほど試験勉強されていた、と報じられておりますので、「他業種から法曹へ」といいましても、既修者に近い立場であったように思います。ただそれにしても2回目のチャレンジで合格されるとは、やはりたいしたものです。(私はどうも転落事故とジャニーズ飲酒事件のことしか思い浮かばず、本当の菊間さんのイメージというものを存じ上げないのですが。。。)

Photo 私は同志社大学の法科大学院で3年間実務家教員としてロースクール生と接してきただけでありまして、とくに法曹養成に詳しい実務家でもなければ、司法試験制度改革に強い思いを持っている者でもございません。昔、司法試験に運よく合格できた、ただの「一地方弁護士」であります。しかし昨日(9月9日)の新司法試験合格発表の資料を法務省HPで眺めながら、これはちょっと法曹界にとってマズイことになってきたのではないか・・・・と思い、門外漢ではありますが、ひとことだけ感想を記しておきます。

左表は本年度の新司法試験の未修者コース(法学部出身ではない人のコース:3年制)の方々の法科大学院別合格率ランキングです。過去2年間に修了した未修コース出身の受験者数を母数として計算しております。(私が勝手に作成しておりますので、どっか間違いがございましたらご指摘ください。)未修者の受験控えや、「隠れ既修者」など、見方によってはいろいろな感想がありそうですが、印象的なのは既修者(法学部→法科大学院の方)の合格率ランキング第1位の京都大学が未修者では15位までにも入っていないことであります。また、一橋、東大、中央あたりも、既修者合格率との差は大きいことがわかります。報じられているところによれば、全国平均でも、既修者の合格率は37%、未修者は17%程度ということのようで、つまり「長いこと勉強していれば、受かる確率は高くなる」ということのようであります。たしかこの新司法試験制度が作られるときには、菊間さんのように他の分野で活躍している人たちが法曹となり、多くの価値観をもった人たちが司法に携わることを理想としていたのではないでしょうか。したがって既修者も未修者もコースを修了した時点では、ほぼ60%の割合で司法試験に合格できる、という構想で制度が開始されたものだと認識をしておりました。ですから、「センスのない人は何回受験しても落ちる」「合格のために何回も受験する、という人を増やすのは社会的損失である」という、なんとなく納得できそうな感覚で「三振制度」(法科大学院を修了し、5年間のうちに3回受験できるが、3回目に合格できなければ受験資格を失う)も受け容れたのではないかと思います。つまり、この理屈は「法科大学院のきちんとしたカリキュラムを理解していれば合格する、その程度の合格レベルなのに3回も不合格となるのはセンスがないから仕方がない」ということでありまして、たぶん法科大学院にはどこも一定程度のレベル感があって、既修者も未修者も概ね6割から7割は合格することが前提のお話ではないか、と思います。したがいまして、三振制度を正当化する前提が欠けている現状のもとでは、もはや正当化する理屈は存在しなくなってしまった気がいたします。

さらに、単純な比較で恐縮ですが、大学時代から6年間(法科大学院で2年)法律を学んだ方と、法科大学院の未修コースで3年間学んだ方とでは、上記のとおり圧倒的な合格率の差が出ているのが現実であります。この差はどう考えても、センスの問題だけで説明できるものではなく、やはり受験までの勉強時間の差だと認識せざるをえないのではないでしょうか。もしそうだとしますと、未修者の方々は、これからまだ法曹としての基礎的な能力が伸びる可能性があるにもかかわらず、「三振制度」によって受験機会を失うという甚だ不合理な状況を甘受せねばならないように思われます。もちろん、5年経過後にまた新たに受験のチャンスは制度上は残されているわけですが、極めて高額な授業料を払ってまで受験するにはリスクが高すぎますし、ましてやこの合格率の差からして、なんとも割り切れないように思うのは私だけでしょうか。法曹界が本当に欲しいはずの「正常なリスク管理能力」を持った方々が、この不合理な合格率を眺めて、現職を捨ててまで法曹の道を目指すことになるのでしょうか。「法科大学院修了者枠」なる一般企業の就職採用枠があって、企業内弁護士に近い立場での就職口が多い、といった「受け皿」が整備されているのならばまだしも、そのような状況はまったく聞かれない現実では、それこそチャレンジして失敗された方々による社会的損失は大きなものがあるように思います。

どこの世界にも「とびぬけた能力」をお持ちの方はいらっしゃいます。たとえば2000名の司法試験合格者の上位100名程度は、「とんでもない頭脳やセンスの持ち主」であり、それは既修、未修の区別なく上位合格されているものと推察いたします。問題は、すれすれの1500位くらいから3000位くらいまでの順位にギュッと詰まっている平均的合格者レベルであり、そのあたりでの点数の差というものには、おそらく他業種で活躍されてきた知識や経験はほどんど関係なく、いわば法律的な知識や問題解決スキルの差で決まるのではないかと思います。(そもそも採点する側の能力の問題もあると思いますが)つまり、平均的合格者のレベルにおいては、悲しいかな長いこと法律の本を読み、試験に出そうな論点を暗記し、ダブルスクールで長いこと培った答案練習の成果がモノを言うのでありまして、そのあたりが既修者・未修者の合格率の大きな差となって表れているのではないでしょうか。

私は「制度を大きく変えろ」などと言えるような立場でもありませんので、あくまでも現実を目の当たりにしての個人的意見程度しか申し上げられませんが、せめて「三振制度」だけはなんとか撤廃したほうがよろしいのではないでしょうか?弁護士は職業として「人のお金を扱う」ものですので、弁護士になったとたん、700万も800万も借金を背負った状況で仕事を始めることは大反対であります。法科大学院でどのように立派な社会人教育を行っても、借金を背負ったとたんに犯罪に手を染めたり、目の前に現金500万円を置かれて、非弁提携に走る弁護士が出てくるのは、コンプライアンス業務を行っている者からすれば火を見るより明らかであります。とりわけ弁護士の場合は不正のトライアングルが十分に成り立つのでありまして(収入に見合わない借金←動機、人のお金を預かる、上司がいない←機会、所得が不定期ゆえ後日の報酬で返済の余地あり←正当化根拠)弁護士による不祥事の増加は、最後には国民に跳ね返ってくるわけであります。

働きながら、自身のペースで合格のための能力を養う・・・という選択肢もあるわけでして、借金をせずに、自身の人生設計の中で合格を目指す道もあろうかと思います。法科大学院の現状を肯定したうえで、かつ本当に法曹界に必要な人材に司法試験を受験してもらうためには、せめて「三振制度」だけはなくしてほしい、と思うのでありますが、いかがなものでしょうか。三振制度が成り立つ基礎は、①法科大学院の均質性、②高い合格率、③既修・未修の合格率に差がないことにあると思いますが、残念ながらいずれの基礎も崩壊している、というのが持論であります。

ちなみに平成23年5月15日より、司法試験予備試験制度が開始されます。この予備試験に最終合格となりますと、翌年の新司法試験には、法科大学院修了者と同様の資格で受験できる、というものであります。もし私に近い人で、これから法曹の道を歩みたいと真剣に考えている人がいれば、私は最初から法科大学院にはいかずに、この「予備試験」の道を勧めるかもしれません。法曹としての人間教育は、OJTによってその職業についてから始める方が適切だと考えるからであります。ただし、受験仲間は絶対に合格のためには必要ですから、「予備試験受験グループ」によるコミュニケーション教育のなかで「合格だけに特化した」受験体制を敷くのもひとつの選択肢ではないかと思います。法科大学院に変わる受験専門集団を作ることも、これからの受験産業(予備校)の役割になってくるのかもしれません。「司法試験合格は、自分のやりたいことの、あくまでも手段であって目的ではない」という感覚は、私がみるかぎり他の業界で頑張ってこられた方のほうが強い傾向があります。そういった方々が、今回の新司法試験の結果をご覧になって、はたして法科大学院で頑張って勉強しよう、という意欲が湧くのかどうか、他にもっと早く合格できる道、もしくは人生設計に狂いが生じるほどに借金を背負わずに済む道があれば、そちらを選択するのではないか、といったことを真剣に考えてしまいました。

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2010年9月10日 (金)

監査役スタッフ全国会議で講演させていただきました!(感謝!)

前から監査役スタッフ(会社法上は「監査役補助使用人」←会社法施行規則100条3項1号)の方々とお会いする機会がもてれば・・・と思っておりましたところ、やっと念願かなって第32回監査役スタッフ全国会議(日本監査役協会主催)で講演をさせていただきました。(場所は神戸ポートピアホテルの大ホール)

タイトルは「監査役スタッフのベストプラクティスとは?」というものでして、監査役監査の実効性を向上させるための監査役補助者のあるべき姿について考える・・・というものであります。全国から1泊2日でお越しになった約600名ほどの監査役スタッフさんの前でお話いたしましたが、最初の5分ほどは「はりきりすぎて」レジメと話している内容とがうまくかみ合いませんでした。正直、スベリました(^^;; その後は、なんとか持ち直しまして、とりあえず監査役スタッフの方々にお話したいことの8割くらいは伝えることができたかなぁと思っております。最近はIR書類に示されている「コーポレートガバナンス概要図」のなかに「監査役室」なるロゴが挿入されている大手上場会社さんもあり、監査役スタッフの重要性を認識しておられる企業も増えていることに嬉しくなりました。

懇親会では、当ブログで「不祥事企業」として登場する企業の方ほど、ご挨拶に来られるのが早かった(^^;; 「先生、ブログに掲載された日は社内でたいへんでしたよ!」「あのリリースに登場するMは不肖、私です(笑)」などなど、ここでは書けないような内容のお話もたくさんお聞きして盛り上がりました。

先日の長浜合宿での新任監査役さんに続き、またまた「核心に迫る質問をさせていただきたく」今回も懇親会の最後まで、多くの監査役スタッフの方とお話させていただきました。私が監査役スタッフの方にどうしてもお聞きしたかったことは「監査役スタッフとキャリアパス」の問題であります。法の理想からいえば、監査役スタッフさんは(とくに専任スタッフの場合)、監査役(監査役会)が人選を行い、その人事評価も監査役が行うというものであります。監査役は執行部を監視監督するために、独立した地位にあるわけですから、これを補助する監査役スタッフの方々の職務の独立性を確保するためには監査役さんがスタッフを選び、その人事評価も行うことが不可欠のように思えます。

しかし実際のところ、監査役スタッフに選任される方々は、長い社内の人事昇級制度のなかで、「たまたま監査役スタッフになっちゃった」方がほとんどであります。もし監査役さんが人選して、その評価も監査役さんが行う、ということになりますと、「あれ?俺って、もうエリートコースからはずれてしまったんじゃないの?」「人事から評価されない立場って、もうこれからの私のキャリアプランはどうなっちゃうの?」といった不安を抱くのが当然ではないでしょうか。「法の理想と現実とのギャップ」が一番噴出してしまう場面ではないかと想像いたします。そこで、そもそも会社において「監査役スタッフ」というものがキャリアプランのなかで確立しているのかどうか、確立していないとしたら、いったい監査役スタッフは執行部へ戻ったとしても、それほど社内昇格において不利に働かないのか・・・・・というあたりを、ぜひとも知りたいと思った次第であります。

結論としましては、監査役がスタッフの人選を行うということはほとんどなく、人事評価につきましては、人事部が行う、というところが多かったものの、いちおう形式的にせよ監査役が行う(もしくは監査役が評価手続きに関与する)、というところもございました。また、キャリアパスにつきましては、ある傾向がみられるものの(この傾向につきましては、別途お話させていただきます)、企業規模や専任スタッフの数の多少、配属時の年齢等によって様々でありまして、とくに監査役スタッフなる職歴がキャリアパスとして不利な立場にあるわけではない、ということが理解できました。実際、人事部、経営企画室、総務、財務、経理、法務など、いろいろな部署から監査役スタッフに配属されているわけで、なかには技術部門からお越しの方もおられます。要は経営陣が、監査役自身に不足しているところを補えるよう、監査の充実に配慮して人選しているケースが多いようでして、会社側としてはまじめに経営の向上に向けて尽力していることがうかがわれました。また監査役を補佐することで、社内の全社リスクを概観し、管理能力を向上させる、という会社の意思をけっこう明確にされている企業もあるようです。(でもなんで俺が??といった不満を漏らしておられた方もいらっしゃいましたが・・・)

お昼は監査役協会の会長さんとご一緒させていただき、法制審議会会社法制部会や経産省企業統治研究会の雰囲気についてお聞かせいただきました。当ブログを初期からお読みいただいている愛知県の某自動車関連会社の監査役室の方ともひさしぶりにお会いできました。ひとつだけ悔いが残ったのは、女性の監査役スタッフの方が多数お見えになっていたにもかかわらず、企画責任者の方を除き、ほとんど名刺交換できなかったこと。。。泣  監査役スタッフの皆様、こちらもたいへん勉強になりました。(ありがとうございます。m(__)m)明日は法制審委員の著名な学者の方の講演で締めくくりですね。私もいちおうレジメだけもらって帰りました。どうかあと1日、頑張ってください。

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2010年9月 8日 (水)

ISO26000と組織の内部通報制度

(9月8日午後 追記あります)

少し前になりますが、9月3日(金)の日経夕刊1面で「企業の責任 国際規格に」として、ISO26000(組織の社会的責任に関する国際規格)の最終規格案が全加盟国に通知されたことが報じられておりました。9月12日までに全加盟国の賛否が問われ、予定では11月に当該国際規格が発効する、とのこと。企業の倫理的行動のなかには、「違反事例を組織的に内部通報する制度の確立」も示されているそうであります。

おそらく内部通報制度は7つの原則のうちの「組織の倫理的行動」に、そして7つの主要課題のうちの「公正な事業執行」に関連するテーマかと思われます。公正な事業執行の具体的課題は①汚職防止、②責任ある政治的関与、③公正な競争、④影響力の範囲における社会的責任の推進、⑤財産権の尊重とされておりますが、このうち内部通報制度が最も関連するものは①の汚職防止(このなかには基本的に金商法違反等も含まれます)でありますが、ほかの4項目についてもかなり深く関連性を有するテーマと解されているようです。

私はこのISO26000最終規格案(仮訳)のごく一部しかまだ閲覧しておりませんが、内部通報制度の確立というのはおそらく

「組織は、次のとおり、倫理的な行動を積極的に推進すべきである・・・・一、報復を恐れることなく、倫理的な行動の違反を報告できるメカニズムを確立する。」

というあたりではないかと思われます。つまり内部通報制度の確立とは、単にヘルプラインを設置するだけでなく、通報者が事実上の不利益を受けない仕組みと運用の保障までを含む概念であることがわかります。また公益通報者保護法を遵守することも、当然に含まれているものと思われます。ちなみに、この規格案には企業コンプライアンスを推進するガイダンスが多数含まれており、ひょっとすると「企業統治」において、監査役制度を対外的に紹介するためにも有効ではないか、と思われます。いずれにしましても、このISO26000とソフトローの関係は、今後の研究対象になるのでしょうね。

先の新聞報道では、ISO26000は社会的責任投資の評価基準に採用される可能性が高い、とされておりますが、当ブログでも、「認証制度」のないISOが企業にどのように規格の実効性をもたらすのか、「横並び好き」な日本の組織にどのように反映されるのか、今後関心を持っておきたいと思っております。(認証制度がないことを奇貨として、私的な認証制度が商売になったりして。。。)

(9月8日午後:追記)

「報復を恐れることなく、倫理的な行動の違反を報告できるメカニズム」・・・などと書いておりましたら、著名な内部告発事件の告発者ご本人よりコメントをいただきました。私の「内部告発・内部通報その光と影」におきましても、大きくとりあげた事例に登場する方です。事件に関するご著書を発売されるそうで・・・・・(売れるだろうなぁ・・・・・コメントありがとうございました。)

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2010年9月 6日 (月)

タカチホ社の違法配当と内部統制

本日(9月6日)は第3回の日本内部統制研究学会が開催されますので、私も市ヶ谷の近くに来ております。(今回は池永朝昭弁護士が基調講演をされる、とのことで期待しております。)内部統制報告制度も3年目を迎えまして、私自身はいままで以上に内部統制報告制度の費用対効果の検証について関心を持っております。ところで内部統制報告制度の運用と(たぶん)関連性が深いと思われる適時開示情報が先週金曜日(9月3日)に出ておりました。

一般小売・商社の株式会社タカチホさん(JDQ 8225)が、株主総会決議(剰余金配当の件)に基づいて2010年6月30日に違法配当をしてしまった(会社法上の分配可能額を超えて配当してしまった)そうであります。この事実が8月になって自社内で発見された、とのこと(つまり故意に違法配当をやった、というわけではございません)。違法配当に気づき、慌てたタカチホさんは社内調査を進めるとともに、なぜ違法配当をしてしまったのか、今後の違法配当を防止するための対策はどうすべきか、関与した役員の責任はどうすべきか、といったあたりに関する外部委員会の調査を求め、その報告書が9月3日にリリースされております。(分配可能額を超えた前期末の配当金に関する一連の経緯及び再発防止策について

分配可能額を計算するための計算書が社内で作成されておらず、取締役会、監査役会でのチェック機能が効いていなかった、決算業務担当部署において配当金算出方法について理解していなかったことなどが原因のようであります。具体的には配当効力発生日の自己株式帳簿価額を計算の上で控除していなかったことや、期末日の「その他有価証券」評価換算差額損を控除していなかったことについて、誰も気がつかないで議案を上程していたとのこと(つまり控除すべき金額の評価自体が問題となっていたのではなく、単純に評価項目自体が計算式から抜けていた、ということだと思われます)。

違法配当議案については配当に関する総会決議が無効となりますので、再度臨時株主総会で配当議案の承認決議を求めることは当然だとしましても(前提として資本準備金を取り崩して「その他資本剰余金」に振り分けるそうですが)、違法配当議案を上程した取締役、実際に配当処分に関与した業務執行取締役、配当議案に賛成した他の取締役、そして議案については適法と監査報告を提出した監査役の法的責任はどうなるのでしょうか。また、このような違法配当を行ってしまった企業の内部統制は有効といえるのでしょうか(タカチホさんは経営責任としての報酬減額の処分を公表しておられますが、当然のことながら法的責任とは無関係かと思います)。

この外部調査委員会報告書を読む限り、外部委員の弁護士の方々は、タカチホから独立した立場ではありますが、違法配当に関与した役員の民事上の法的責任については触れられておりません。触れられているのは会社として責任追及するまでもない、ということであり、違法配当について役員に任務懈怠があるのか(過失もしくは注意義務違反があるのか)ないのかは明らかにされていないのであります。この点は読まれた方に誤解を生じさせるのではないでしょうか?たとえ役員の方々に任務懈怠があるとしても、諸々の事情によって責任を追及すべきではない、という判断も十分にあるわけですから、このあたりは整理しておくべきではないかと思われます。ちなみに、違法配当が行われた場合の取締役の配当金填補責任および、違法配当を見逃した監査役の監査報告責任については、(誰が役員を訴えるかにより)立証責任が転換される場面もあるわけですから、取締役、監査役の過失は極めて認めらやすい場面ではないかと思われます。したがいまして取締役・監査役の過失は認められないとする判断の場合には、これを第三者が説得的に論証することは非常にむずかしいものだと思われます。

「単に計算方法を誤って分配可能額を算定したことは悪質とはいえない」と判断されておられますが、ここは大いに異論がございます。上場会社として内部統制が適切に構築されていることを前提とすれば、分配可能額の算定方法のミスは極めて例外的なものあり、悪質とは言えないまでも重大なミスであります。刑事責任を問えないという理由からすれば悪質とはいえないかもしれませんが、役員の民事責任を論じるにあたっては、(証明責任は基本的に役員の側にあるわけですから)極めて説得的な理由が必要ではないかと思われます。この調査報告書をご覧の方が、「違法配当を行った役員の任務懈怠とはこんなものか」といった認識を持たれるとすれば、法律家の立場として争いがない、というものではなく、調査委員の方のご意見もひとつの意見ではございますが、まったく逆の意見もありうることを申し述べておきたいと思います。私はむしろ、役員の違法配当に関する法的責任を論じるのであれば、決算や配当に関する業務執行取締役、議案提出取締役、取締役会での賛同取締役、書類監査に携わり監査意見を述べた常勤監査役、社外監査役に分けて、本件への任務懈怠の在り方を個別に詳細に論じるのが当然かと思います。会社が「注意義務を尽くしていない」とされる役員に対する責任を追及すべきか否かは、その次の問題であります。(株主や会社債権者などのステークホルダーのために独立の委員による調査報告書が提出される以上は、そのあたりは当然に整理して記載されるべきではないかと思うのでありますが)

次なる疑問は内部統制報告書の訂正報告書に関する点であります。タカチホさんの場合、22年3月期末時点における内部統制は有効とされております。しかし、今回のように有価証券報告書ではなく、会社法上の計算書類に関するものであったとしても、違法配当に関する決算財務プロセス(全社的内部統制ともいえそうですが)に重大な問題が発生していた場合、財務報告に係る内部統制には重要な欠陥があり、「有効」と評価した内部統制報告書の訂正は必要ないのでしょうか?

とくにタカチホさんの場合、昨年7月17日「当社元従業員による業務上横領についてのお知らせ」と題するリリースを公表され、過年度決算を訂正しておられます。その際、21年3月期の内部統制報告書を訂正すべきか否か、検討されたようですが、不正が発覚した部署が業務プロセスの評価範囲外(売上ベースで2%程度)だったため、結論としては訂正の必要性なしとされたそうであります。この結論は金融庁Q&Aに従ったものと思われますし、とくに問題はなさそうでありますが、本年度の内部統制の有効性評価にあたっては、(当該事件をきっかけとして)全社的内部統制を含めて慎重な検討がなされたのではないかと思われます。それにもかかわらず、今回のような違法配当が行われたということは、やはり直接的に金商法開示に関わる過程とは言えなくても、金商法上の財務報告の信頼性にも大きな影響を及ぼすところに問題を抱えている、と言えるのではないでしょうか。

もしこういった問題が発生してもなお、財務報告に係る内部統制は有効、とする経営者評価に誤りがないのであれば、すくなくともその理由について開示する必要があると思われます。こういった開示をひとつひとつ検討することで、社内でも内部統制構築の重要性が認識され、開示情報の有用性が維持されるのではないかと考えます。そのまま問題が放置され、また開示情報を利用する第三者の側が「こんなものか」と、なんら問題とすることがなければ、それこそ費用対効果の検証は進まないように思えるところであります。

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2010年9月 3日 (金)

むむ!独立役員の研修(東証)!?♯なんぞある??

すいません、今日のタイトルは某ブロガーの方のパクリです(笑)←ディスクロージャーの読み方をいつも勉強させていただいております<m(__)m>

9月1日の日経新聞によりますと、東証は9月末に上場会社の独立役員を対象とした研修を実施するとのことであります。(東証さんのリリースはこちら)ということは、そのうち私も研修を受講しなければならないのかな?(大証ですが・・・)企業の役員、しかも大半は社外取締役または社外監査役の方々が受講対象となりますので、ずいぶんと思い切った研修制度ですよね。これまで届出のあった独立役員総勢約3600人のうち、予想では約1500名が対象とのことで、「物言う社外役員」さんが多いでしょうから、まじめに研修を受ければいろんな感想が聞かれるかもしれません。講演する側(独立役員制度の導入に携わった方々だそうですが)も結構たいへんかも(^^;

制度をよく理解されていない企業もしくは独立役員の方もいらっしゃるので、独立役員に期待される役割(一言でいえば、経営陣から独立した立場の役員が一人以上加わることで、一般株主の利益にも配慮した意思決定が行われているということを外観的にも担保する・・・)というものが受講内容になるものと思われます。ちなみに(大きなお世話と言われそうですが)今年3月31日付けで東証の上場制度整備懇談会さんより「独立役員に期待される役割」と題するA4で9頁ほどのガイドラインが公表されておりますので、受講されるにあたってはこちらを事前にお読みいただくのがよろしいかと。しかしこのようなペーパーが出されているにもかかわらず、さらに特別研修を施行する・・・というのも、なにか取引所サイドでの特別な意味がこめられているのでしょうか?

当ブログにおきましても、過去数回にわたり取引所ルールにおける「独立役員」についてとりあげましたが、常連の皆様によれば「とくに独立役員に就任したからといって、特別に法的な責任が重くなるわけではない」との意見が大半を占めておりましたし、また東証さんも同様の見解を示しておられるようですので※、独立役員への就任が、取締役や監査役の職務執行にあたって、高度な注意義務が課されるとか、善管注意義務の内容が別異に解釈される、という可能性は乏しいものと思われます(ちなみに、私はこのような法的解釈は最終的には裁判所が判断することでありますから、それほど安閑とはしていられないのでは・・・という少数説でありますが)。

※・・・最新・東証の場所制度整備の解説(商事法務)94頁Q12参照。なお、ここでは独立役員に選任されても、その職責は会社法の範囲内を超えるものではない、と書かれております。したがってとくに法的責任云々とまで突っ込んで書かれているものではございません。ちなみに、私は(以前、当ブログでも記載しましたが)会社法の立案担当者の方から、「先生、たいへんですね。弁護士でありながら監査役によく就任されましたね。こわくないですか?」と言われたショックがまだ尾を引いております。。。これも会社法の範囲内でのお話であります。

しかし、ここで素朴な疑問でありますが、独立役員に就任しても、それほど通常の社外役員としての善管注意義務(忠実義務)に影響がないのであれば、この研修を受講しなければ・・・といった社外役員の方々のインセンティブはどこから生まれてくるのでしょうか?取引所さんの思い描く独立役員の姿というのは、ほぼ上記3月末に公表されたガイドラインに記載されているものだと思いますし、もうすこし具体的な場面を想定しての独立役員としての行動規範のようなものが紹介されるのでしょうか?しかし、ここであまり具体的な行動規範を示すとなりますと、現在法務省で審議しております会社法制部会での独立社外取締役の概念だとか、監査役の権限強化、実効性確保のための施策あたりとの整合性なども問題となってくるでしょうし、経済団体のご意向とも関連するように思います。もし、内容が「おとなしい」ものであるならば、やはり「忙しい社外役員を研修に引っ張り出す」インセンティブにはなりえないように感じます。東証も大証も「企業行動規範」で定められた制度ではありますが、ここで示す「行動規範」とは各上場会社において独立役員を一人以上選任して、これを取引所に届け出ることを意味するものでありますから、「独立役員は、このように振舞いなさい」ということを行動規範として示すものではありません。

このあたりの素朴な疑問から、私はこの研修内容がどのようなものになるのか、とても興味を抱いてしまいます。そこで私の勝手なインセンティブプランでありますが、たとえば昨年末にせっかく5年ぶりに「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」が改訂されたのですから、独立役員に選任された方は、このガバナンス原則でモデルとされているガバナンスと自社のガバナンスとの乖離している点を指摘して、なおかつ乖離していても、それが自社の一般株主にとって最良のガバナンスであることを説明する、というルールを策定してはいかがでしょうか。総会の招集通知に記載するだけでなく、総会でも質問があれば回答する、というご準備が必要となれば、独立役員の方々にすこしは緊張感も出てくるように思います。また、このような説明は各社固有のものでしょうから、説明内容は「監査報告書」のように一律なものではなく、株主の皆様も、当該独立役員の仕事ぶりを評価して、議決権行使結果の開示にも反映される、ということになるかもしれません。

こうやって文章にしますと誤解されるかもしれませんが、私はこの独立役員制度に期待をしております。ソフトロー先行型の典型的なガバナンス規制のひとつとして、この制度の実効性が十分に確保されることを願っております。そのための知恵がございましたら、当ブログのコメントでも結構ですし、メールでも結構ですのでどうかご教示くださいませ。また実際に参加された方のご感想などもございましたら、またお知らせいただけますと幸いです。

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2010年9月 1日 (水)

闘うコンプライアンス(課徴金は払うけど・・・・・ビックカメラ社の巻)

8月30日(月)の日経朝刊「法務インサイド」では、有価証券報告書等の虚偽記載があったとして課徴金処分(約2億5000万円)を下されたビックカメラ社の対応が報じられておりました(本当にこの事件は話題が絶えませんね)。ビック社自身が株主代表訴訟に補助参加をして「決算訂正をして課徴金は払ったけれども、会計処理は適正だった」と主張しておられることが報じられております。(なお株主代表訴訟の被告は代表取締役ら9名の経営陣でありまして、ビック社が被告となっているわけではございません。ただ、会社法849条1項により、会社自身は被告である役員の方々に有利な主張を行うために「補助参加」することができます。)

つまりビック社は過年度の有価証券報告書につき、決算訂正を行い課徴金を払っているのですから、いったんは有報の重要な事項に「虚偽記載」であることを認めたのであります。しかしその後の株主代表訴訟では一転して「会計処理は適正であった」と主張されているようであります。この論理は普通に考えますと、「?」というものでありまして、ビック社のオフバランス処理(不動産流動化スキームの会計処理)はおかしいと自身で認めたからこそ過年度に遡って決算訂正したにもかかわらず、なにゆえオフバランス処理を選択した経営陣に任務懈怠がないと会社側が主張するのか不可解と思われます。このあたりの不可解さに原告株主が反発したために当ブログでもすでにご紹介したとおり、金融庁に対する文書提出命令の申立を行ったものと記憶しております。(文書提出命令が認容されるに至りました)

ビック社と豊島企画社との関係が親子か否かという点は、いろいろな方にご意見を聴きましたが、やはりビック社と元会長さんが「緊密者」という点で、ちょっとビック社の主張は苦しいのではないか・・・・という意見が強いように思います(訴訟係属中ですので、あくまでも噂程度ということで・・・)ので、不動産の売買取引というよりも、金融取引として処理すべき事案であったのかな・・・と。税務当局との見解の相違、という主張もありますが、税務行政と金融行政では法目的が異なる、という見解もありますし。

ともかく有価証券報告書に重要な虚偽記載ある場合に課徴金が課されるわけですから(金商法172条の4第1項)、ビック社はこれを認める答弁書を提出して課徴金を支払っており、「重要な事項に関する虚偽記載」を行ったことはいったん認めたものと評価されると思われます。ただし、たいへん苦しいのではありますが、ビック社の事例というよりも一般論として、課徴金を支払いつつも「実際には虚偽記載ではなかった」と主張することがまったく無理とまでは言えないように思われます

後日過年度の決算訂正をしても、開示当時の状況からみれば法律上の「虚偽記載」にはあたらない場合もある、という説は著名な法律学者さんや実務家からも主張されておりますし(金融法務事情1900号95ページ以下参照)、会計における相対的真実性から私もこの理屈に同調するものであります。ということは、たとえば課徴金を支払う時点において、金融庁との見解の相違があるが、種々の混乱を回避するために、やむをえず課徴金は払うものである、といったリリースを出すことも考えられるのではないでしょうか。とりあえず経営陣らについては善管注意義務を尽くしたうえでの会計処理を前提としながらも、諸事情による課徴金支払いである旨を示す、というものであります。ところで、この点に関するビック社側の当時のリリースをみますと、

「当社は、平成14 年8 月23 日に当社池袋本店ビルおよび当社本部ビルの不動産流動化を実行いたしましたが、本件流動化の会計処理については、当社のリスク負担割合が5%以下であったことから、「特別目的会社を活用した不動産流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針(会計制度委員会報告第15 号)」に定める売却処理の条件を満たしているものとして、売却処理(オフバランス処理)をしておりました。また、株式会社豊島企画の株主は名義人である個人3名でありましたが、同社の実質株主は当社代表取締役社長(当時)であること、更に同社の資金調達に同人の担保提供があることから、当社としては財務諸表等規則第8条第4項第2号ニおよび第3号により同社を当社子会社と判定するべきと認識しました。」

闘うコンプライアンスの立場からすれば、このようなリリースよりも、むしろ日経の記事にあるように、四半期報告書におけるレビューが得られず、株主に多大な迷惑をかけることを回避するため、金融庁との見解の相違はあるものの課徴金を支払うことにいたしました、とリリースすることが考えられないでしょうか(もちろん、ここは異論のあるところだとは思いますので、あえて個人的な見解でありますが)。

先日のトヨタリコール問題におきまして、トヨタ社は米国運輸省道路交通安全局による民事制裁金支払命令に対し「民事制裁金は支払うが、不具合があったことは否定する」とリリースしたうえで、当局と支払合意に至りました。民事制裁金は「不具合があることを知りながら報告をしなかったこと」に対して課されるものでありますので、そのまま制裁金を払ってしまいますと「不具合があること」まで認めたように受け取られます。そこで、「不具合はなかった」という留保つきで制裁金支払いに応じるのであり、闘うコンプライアンスのあり方を示したものと理解しております。またインサイダー事案ではありますが、2007年5月に大塚家具さんが「うっかりインサイダー」事案によって、3000万円程度の課徴金処分を受けたときにも、たしか「この状況における自社株取得がインサイダーに該当するか否か、当局と見解の相違があるが、無用の紛争長期化を避けるために当局の判断に従うものである」といったIRを出しておられましたように記憶しております(たとえばこちらの記事ご参照)。このような事案からみましても、課徴金は払うけれども、それは課徴金対象事実を全面的に認めるわけではなく、不正は一切なかった、と主張を展開することも、これからのコンプライアンス経営のなかでは予想される選択肢ではないでしょうか。そもそも課徴金制度は行政目的を達成するためのものであり(たとえば不当な利得のはく奪)、そこには制裁的な性質はないということですから、そういった課徴金制度の趣旨からも検討されるべき課題ではないかと。世間から非難の嵐が吹き及んでも、謝罪すべきは素直に謝罪し、間違っていないと思えば、断固企業としての主張を貫くというのが正しいコンプライアンス経営の姿ではないかと思います。

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