法律家も気付いていない(と思う)監査法人の法的責任問題
ちょっと大げさなタイトルで、ひょっとしたら私だけが気付いていなかったのかもしれませんが、昨年の日本監査研究学会(西日本支部)で特別講演をさせていただいたときの反応や、今年6月の会計不正シンポで登壇させていただいたときのご質問等から、「なんでだろう?」と疑問に思っていたことが、どうやら少しばかり理解できてきました。いや、理解というのは言い過ぎで、少しばかり問題意識を共有できるようになったように思います。
いままで「粉飾決算の監査見逃し」に関する会計監査人の法的責任が問われる場面といいますと、会社側の偽装工作を現場の会計監査人が見抜くことができず、「一般的な監査人に要求される注意(相当な注意)をもって監査すれば見抜けた」か否かが争点となることがほとんどだったように思います。この「一般的な監査人であれば」というのは、監査調書や監査報告等から、現場の監査責任者の業務を注視して、そこに過失があったかどうかを判断するわけであります。「監査法人の過失」といいましても、それは手足となって法人の監査証明業務を執行する現場担当者の過失を認定する、というものであります。
しかし、昨年の監査研究学会での発表の際、時間がなくなって「チーム医療に関する平成20年以降の最高裁判決の紹介」を(ここはあんまり重要ではないから省略しよう、との思いから)飛ばして解説させていただいたところ、後で多くの会計士の方から「なぜ、一番聞きたかったところを解説しなかったのか?」「あのチーム医療の責任負担のところは、また別の機会に解説してほしい」等との感想を多数いただきました。また、今年の不正会計シンポでも司会の方が、しきりに「品質管理担当者は同じように法的責任は負わないのですか?」「信頼の原則というのは品質管理者にとって有利なのか不利なのか?」といったご質問を受けました。(学会での発表の時、私はおそらく監査役と会計監査人の連携・協調のなかでの責任分担を説明すべく、チーム医療に関する判例解説を用意していたものと記憶しております。)
監査における「品質管理」の重要性、というものは、おそらく法律家にはあまりなじみのないものでして、現場の会計監査上の過失と並列的に考える・・・というのはどこか違和感があります。どうして監査法人の方々は、こんなに「品質管理云々」と問題視するのだろうか・・・という点は(おそらく私だけではなく)法律家にとってはよく理解できていないところではないか、と思われます。2005年10月に「品質管理基準」が出来上がったようでありますが、これは監査法人に対して向けられたもので、どちらかといいますと組織体制や業務管理、ルール作りを志向しているように思われます。私などは、「品質管理」といいますと、現場の会計士の質の確保に向けられている・・・というイメージを持っておりますが※、それよりもむしろ監査法人自身が監査証明業務を行うわけですから、全体としての監査法人による「監査の質の確保」というのが本来の趣旨に近い理解ではないでしょうか。(「法律事務所全体としての質の確保」というイメージはあまり聞かないですし・・・・笑)
※・・・よく考えてみると、「現場の会計士の質の確保」というのは、どうやってその質を検証するのでしょうか?会計士さんの監査証明業務というのは、そもそも「事故なく100点満点」をとってあたりまえの世界ですし、業務の性質上「会計士人気ランキングベスト10!」のようなことも考えられませんし。。。やはり「監査法人全体としての監査証明業務の質を確保する」と考えたほうが自然なように思いますが。(「新版・公認会計士法」羽藤秀雄著55頁以下参照)
昨日、お昼のある会合で、某監査法人の某大先生とお話をしていて、ようやく少し理解できたような気がいたしました。民事上の問題はともかく、上場会社を監査する監査事務所の登録制度が充実して、きちんと現場の監査の品質を管理するスタッフも充実してきた、現場の会計士が監査対象会社のビジネスリスクまできちんと把握しているかどうかを法人内部で審査する制度も充実してきた、ということで、会計士協会や行政当局による「品質管理」に関する要求も高まってきたことが背景にある、ということではないでしょうか。少なくとも、行政上もしくは会計士協会上での処分対象としては、すでに実例もあり、かなり監査法人側も品質管理への意識が高くなっている、ということなのでしょうね。おそらく行政処分の厳格性から、民事責任への影響度について関心が高まっているのではないでしょうか。
このあたりは監査の現場に立たれている会計士の先生方からすれば当然のことなのかもしれませんが、法律家サイドでは、果たして民事上も連帯責任を負担しなければならないほどの問題意識、あるいは現場では過失はなかったけれども、品質管理の面で監査法人には注意義務違反が認められる、という問題意識は未だ持ち合わせていないのではないでしょうか。とくに「ビジネスリスク」に着目する・・・という発想は、理解に乏しいところであり、現場実務というよりも、監査法人による品質管理実務にまで精通していなければ、民事賠償責任を追及する場面に反映させることはなかなか困難なように思います。「品質管理」と一口でいってみても、パートナーレビューのように比較的現場に近い審査業務もあれば、審査会による合議手続もあり、また内部統制システムの構築のような監査法人のマネジメントに近い業務も含むようですので、法的責任が問題になる場面というのも、品質管理のどの部分を指しているのか、細かく検討する必要がありそうです。ちなみに、公認会計士法施行規則の第26条は、監査法人の品質管理について以下のように定めております。
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ただ、「通常の監査人の水準」を基準として「過失」や「相当な注意義務」の中身が検討されることになりますので、「品質管理上の過失」という法的概念も、今後は監査法人さんの監査証明業務の在り方の変遷と同じ流れの中で形成されていくのかもしれません。また法律の趣旨が異なることから直接の関連性はありませんが、ナナボシ事件判決のように、先行した行政上の処分が、その後の民事賠償責任判断に事実上は影響する、ということもありますので、今後は品質管理における法的責任論が研究の課題になることも考えられます。「チーム医療における医療過誤の法的責任(集積されつつある最高裁判決の意味するところ)」になぜ多くの会計士の方々が関心をお寄せになったのか、すこしばかり合点がいきました。このあたりも法と会計の隙間の問題なのかもしれません。
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コメント
ご無沙汰しております。完全に私の意識から抜け落ちていた問題につきご教示いただき、感謝です。
監査法人が会社に対して(契約責任)、または第三者に対して(民709、会429)責任を負うか否かが問題となるとき、代表社員個人の故意・過失の有無と、組織としての「何か」、の両方が問題になると思います。監査法人の品質管理は後者の「何か」(≒内部統制)に関連していて、「ここまでやればOK」というラインが近年高まりつつあるのだろうと推測します。
他方、行為規範(やるべきこと)と評価規範(やらないと民事責任・刑事責任が発生すること)とは同じではないと思います。行政処分(≒将来を見据えた特別予防)は前者に関連するのではないかと愚考いたします。行政処分事由に該当しても、ただちに損害賠償責任ありとはいえないように思いますが、この辺りの事実に即した分析が学者の弱いところで(私だけかもしれませんが)、チーム医療に関する裁判例について勉強せねばと自戒した次第です。
投稿: おおすぎ | 2010年9月30日 (木) 07時53分
監査法人の責任とあわせて、もし監査法人の過失(特に重大な過失)があった事案で、そのような監査の方法と結果が相当だという意見を表明した監査役についても、その責任がどうなるか、具体的に検討しておかなければならないはずですよね。監査法人と監査役・監査委員会の連携は当然重要ですが、理論はともかく、実務でどの程度それが実現されているのでしょうか。
監査のねじれの解消は、本当は喫緊の課題ですが、監査法人の報酬だけにとどまらず、きちんと監査役が財務監査のプロセスを監視(経営陣の対応をという意味で)ができるような体制づくりが不可欠だと思うのですが、そういう議論はないのでしょうかね。
投稿: 龍のお年ご | 2010年9月30日 (木) 10時40分
おおすぎ先生、おはようございます。
ナナボシ事件の大阪地裁判決は、おおすぎ先生のおっしゃるとおり、行為規範と評価規範は違う・・・とはっきり判決文で明記しており、先行する行政処分の内容が民事における過失の有無には影響しないとされています。ただ「本当に裁判官の心証に影響しないのか?会計士の業務に精通したPCAAOBの審査官達の判断は尊重されないのか?」といったあたり、今年6月の会計不正シンポでも話題になりました。(まぁ、この問題の立て方自体に、若干法律家としては異議を唱えたいところがあるのですが・・・取締法規が目指す行政目的と民事賠償も目的は違うわけですから)いちおうエントリの中では「事実上」と書きましたが、分析となると・・うーーん、やはりムズカシイ問題ですね。
龍のお年ごさん、おはようございます。
「監査役と会計監査人の関係」と、「監査役と監査証明業務を行う公認会計士・監査法人の関係」をほぼ同様に考えて、ということを前提としますが、ご指摘のとおり私は監査役の会計監査の在り方に大きな影響を及ぼすものと考えて良い時代になってきたと思っています。有報や四半期報告の適正な開示手続への監査役の関与も必要ですし、財務報告に係る内部統制への関与を通じて、現実には会社法上の会計監査の方法および結果の相当性判断を行っている・・・と言えるからです。そう考えますと、会計監査人が不法行為責任を負担するようなケースにおいて、監査役監査にも影響が及ぶものと思います。
たしか大和銀行株主代表訴訟において、ニューヨークに往査に行かれた社外監査役の方だけが任務懈怠あり(ただし損害との間に因果関係なし)とされましたが、あのときの任務懈怠の根拠は、一緒に往査に行った会計監査人の監査の方法が妥当でないことを指摘しなかったことに依拠していたように記憶しています。
投稿: toshi | 2010年9月30日 (木) 11時13分
会計士の質の確保ではなく、法人としての監査証明業務の品質確保のために「品質管理」があるとすれば、なぜ監査法人だけに向けられているのでしょうか?共同事務所や個人事務所でも同様に体制整備の面から監査証明業務の品質管理をする必要性があるのではないでしょうか?
投稿: とおりすがり | 2010年9月30日 (木) 11時36分
監査法人の品質管理のレベルが高いにもかかわらず、それが粉飾の発見・防止にあまり有効とはいえない といったあたりが課題ではないでしょうか。
先日の内部統制研究学会における岡崎先生の報告では、架空循環取引が発覚した企業の担当監査法人は、『監査法人の国際化や規模を問わない』とされています。一般的には、大手監査法人は中小の監査法人に比べて、品質管理は充実しているはずですが、粉飾(架空循環取引)の発生はそれとは無関係というのが実例の示すところではないでしょうか。
一方、日興コーディアル証券の連結外しのような粉飾で、監査判断にかかわる類型では、監査法人の品質管理が粉飾の防止に有効ではないかと考えられます。
同じ粉飾の見落としであっても、その類型により監査法人の品質管理体制との相当因果関係も濃淡があるのではないでしょうか。
投稿: 迷える会計士 | 2010年10月 2日 (土) 20時44分
とおりすがりさんと同じ疑問が、弥永先生からも出されているようです。(エントリーで引用した「公認会計士法」の注書きに記載されておりました。原典にはあたっておりあせん・・・)
「体制整備」という点に力点があるとすれば、監査法人だけに向ければ足りる、というあたりではないでしょうか?スイマセン、私もあまり詳しくは存じ上げません
投稿: toshi | 2010年10月 2日 (土) 20時57分
迷える会計士さん、投稿時間がかぶってしまったようです。
コメントありがとうございました。この品質管理というのも、やはり不正会計への対応ということで導入された経緯があると思うのですが、典型的な「架空循環取引」には有効ではないとなりますと、すこし意外な気がいたします。
なお、相当因果関係に濃淡がある、というのは民事上の「過失」を問題とした場合にはありえる話だと思います。本格的に品質管理問題と法的責任が議論される場合には、権利侵害と品質管理との関連性は極めて厳格に検討されるはずでありまして(そこは行政処分とは異なるところ)、どのような会計不正が行われたのか、という点も因果関係を明確にするためには重要なメルクマールになるものと思います。
投稿: toshi | 2010年10月 2日 (土) 21時04分