闘うコンプライアンス(課徴金は払うけど・・・・・ビックカメラ社の巻)
8月30日(月)の日経朝刊「法務インサイド」では、有価証券報告書等の虚偽記載があったとして課徴金処分(約2億5000万円)を下されたビックカメラ社の対応が報じられておりました(本当にこの事件は話題が絶えませんね)。ビック社自身が株主代表訴訟に補助参加をして「決算訂正をして課徴金は払ったけれども、会計処理は適正だった」と主張しておられることが報じられております。(なお株主代表訴訟の被告は代表取締役ら9名の経営陣でありまして、ビック社が被告となっているわけではございません。ただ、会社法849条1項により、会社自身は被告である役員の方々に有利な主張を行うために「補助参加」することができます。)
つまりビック社は過年度の有価証券報告書につき、決算訂正を行い課徴金を払っているのですから、いったんは有報の重要な事項に「虚偽記載」であることを認めたのであります。しかしその後の株主代表訴訟では一転して「会計処理は適正であった」と主張されているようであります。この論理は普通に考えますと、「?」というものでありまして、ビック社のオフバランス処理(不動産流動化スキームの会計処理)はおかしいと自身で認めたからこそ過年度に遡って決算訂正したにもかかわらず、なにゆえオフバランス処理を選択した経営陣に任務懈怠がないと会社側が主張するのか不可解と思われます。このあたりの不可解さに原告株主が反発したために当ブログでもすでにご紹介したとおり、金融庁に対する文書提出命令の申立を行ったものと記憶しております。(文書提出命令が認容されるに至りました)
ビック社と豊島企画社との関係が親子か否かという点は、いろいろな方にご意見を聴きましたが、やはりビック社と元会長さんが「緊密者」という点で、ちょっとビック社の主張は苦しいのではないか・・・・という意見が強いように思います(訴訟係属中ですので、あくまでも噂程度ということで・・・)ので、不動産の売買取引というよりも、金融取引として処理すべき事案であったのかな・・・と。税務当局との見解の相違、という主張もありますが、税務行政と金融行政では法目的が異なる、という見解もありますし。
ともかく有価証券報告書に重要な虚偽記載ある場合に課徴金が課されるわけですから(金商法172条の4第1項)、ビック社はこれを認める答弁書を提出して課徴金を支払っており、「重要な事項に関する虚偽記載」を行ったことはいったん認めたものと評価されると思われます。ただし、たいへん苦しいのではありますが、ビック社の事例というよりも一般論として、課徴金を支払いつつも「実際には虚偽記載ではなかった」と主張することがまったく無理とまでは言えないように思われます。
後日過年度の決算訂正をしても、開示当時の状況からみれば法律上の「虚偽記載」にはあたらない場合もある、という説は著名な法律学者さんや実務家からも主張されておりますし(金融法務事情1900号95ページ以下参照)、会計における相対的真実性から私もこの理屈に同調するものであります。ということは、たとえば課徴金を支払う時点において、金融庁との見解の相違があるが、種々の混乱を回避するために、やむをえず課徴金は払うものである、といったリリースを出すことも考えられるのではないでしょうか。とりあえず経営陣らについては善管注意義務を尽くしたうえでの会計処理を前提としながらも、諸事情による課徴金支払いである旨を示す、というものであります。ところで、この点に関するビック社側の当時のリリースをみますと、
「当社は、平成14 年8 月23 日に当社池袋本店ビルおよび当社本部ビルの不動産流動化を実行いたしましたが、本件流動化の会計処理については、当社のリスク負担割合が5%以下であったことから、「特別目的会社を活用した不動産流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針(会計制度委員会報告第15 号)」に定める売却処理の条件を満たしているものとして、売却処理(オフバランス処理)をしておりました。また、株式会社豊島企画の株主は名義人である個人3名でありましたが、同社の実質株主は当社代表取締役社長(当時)であること、更に同社の資金調達に同人の担保提供があることから、当社としては財務諸表等規則第8条第4項第2号ニおよび第3号により同社を当社子会社と判定するべきと認識しました。」
闘うコンプライアンスの立場からすれば、このようなリリースよりも、むしろ日経の記事にあるように、四半期報告書におけるレビューが得られず、株主に多大な迷惑をかけることを回避するため、金融庁との見解の相違はあるものの課徴金を支払うことにいたしました、とリリースすることが考えられないでしょうか(もちろん、ここは異論のあるところだとは思いますので、あえて個人的な見解でありますが)。
先日のトヨタリコール問題におきまして、トヨタ社は米国運輸省道路交通安全局による民事制裁金支払命令に対し「民事制裁金は支払うが、不具合があったことは否定する」とリリースしたうえで、当局と支払合意に至りました。民事制裁金は「不具合があることを知りながら報告をしなかったこと」に対して課されるものでありますので、そのまま制裁金を払ってしまいますと「不具合があること」まで認めたように受け取られます。そこで、「不具合はなかった」という留保つきで制裁金支払いに応じるのであり、闘うコンプライアンスのあり方を示したものと理解しております。またインサイダー事案ではありますが、2007年5月に大塚家具さんが「うっかりインサイダー」事案によって、3000万円程度の課徴金処分を受けたときにも、たしか「この状況における自社株取得がインサイダーに該当するか否か、当局と見解の相違があるが、無用の紛争長期化を避けるために当局の判断に従うものである」といったIRを出しておられましたように記憶しております(たとえばこちらの記事ご参照)。このような事案からみましても、課徴金は払うけれども、それは課徴金対象事実を全面的に認めるわけではなく、不正は一切なかった、と主張を展開することも、これからのコンプライアンス経営のなかでは予想される選択肢ではないでしょうか。そもそも課徴金制度は行政目的を達成するためのものであり(たとえば不当な利得のはく奪)、そこには制裁的な性質はないということですから、そういった課徴金制度の趣旨からも検討されるべき課題ではないかと。世間から非難の嵐が吹き及んでも、謝罪すべきは素直に謝罪し、間違っていないと思えば、断固企業としての主張を貫くというのが正しいコンプライアンス経営の姿ではないかと思います。
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コメント
はじめまして。いつも感心させて頂きながら、ブログを拝見しております。
私は公認会計士で、不動産のオフバランスのセミナー講師をした際に、開示されていた本件の調査報告書を題材にしたので、興味深いです。
先生のご指摘は、まったく正論だと思います。
ただ、現実として、開示前にSESCが原稿を確認するとすると、「そのような開示はまかりならん」ということになりませんかね?
「子会社と判定するべきと認識しました」というのは、本心ではなく、当局に従順な文面だったものの、日経の取材には正直な心境が出たというところかもしれませんね。
しかし、経営陣の株主代表訴訟を考えれば、きちんと、先生のご指摘のように開示するのが、経営陣自身を守ることにもなったのでしょう。
投稿: 通りすがりの会計士 | 2010年9月 2日 (木) 19時22分
通りすがりの会計士さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
なるほど、たしかに正式なリリースとなりますと「まかりならぬ」といった結末が待っているわけですね。そうだとしますと、正式なリリースとは別に何らかの形で「こういった理由で」ということを情報提供しておくことを検討しなければならないと思いますね。あくまでも経緯について「証拠を残しておく」という意味で、ということですが。後日「矛盾しているのでは」と論難されるよりも、同時期において正式リリースはこうだが、という点を残しておくほうが無難なような気がいたします。
しかし、ちょっと素朴な疑問なのですが「まかりならぬ」という当局の規制根拠はどこにあるのでしょうか?「まかりならぬ」に反してそのまま開示した場合、どのようなペナルティがあるのでしょうか?事後規制ならわかるのですが、事前規制の根拠については不勉強なもので・・・ノーアクションレターですかね?
投稿: toshi | 2010年9月 4日 (土) 01時43分
先生のおっしゃること、全てその通りだと思っています。
当局の規制根拠は、おそらくどこにもないように思われます。
自分の少ない経験から、調査報告の段階では、当局があくまでも会社に自発的に認めさせるほうに誘導していたように思いましたので、当局が反発するかも、という私の想像にすぎません。
失礼しました。
投稿: 通りすがりの会計士 | 2010年9月 6日 (月) 09時20分