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2010年9月24日 (金)

社外取締役制度の強化について(大証金商法研究会)

9月16日に大阪証券取引所のHPにアップされておりました大証金融商品取引法研究会「公開会社法制の検討・社外取締役制度の強化について~日米における近年の動向を概観しつつ~」をじっくりと読ませていただきました。この大証さんの研究会は毎回、会社法、金融商品取引法に関連するテーマを東西の学者さん方がご議論されるのですが、「法の解釈の枠組み」がさすがにしっかりとしておりますのでたいへん勉強になり、とても楽しみにしております。また、こういった一流の商法学者の方々の議論にしては、ほとんど発言内容の修正なしで議事録が作成されておられるようでして、(テレビ会議も活用されておられるようですが)議論の場の空気まで伝わってくるようであります。

今回も神戸大学法科大学院のY教授(私と修習同期)が社外取締役制度の強化に関するテーマを中心にご発表されていらっしゃいます。私のブログでもすこし問題提起をして、常連の皆様方からご異論を多数頂戴した「証券取引所に届出のなされた独立役員の法的責任」問題・・・・・、これがまた著名な大先生方のご異論・ご批判の嵐のなかでY教授が孤軍奮闘されるわけで、これに対する諸先生方の反論がなかなかキビシイ・・・・・(涙)。社外取締役制度につきましては、いわゆる制度化の問題と社外要件の厳格化(独立性強化)の問題が一般的ではありますが、こういった問題についても「顔洗って出直してこい!!」的なご発言が多数を占めておられるようでして、法律家が「社外取締役」問題を人前で話すことが、これほどムズカシイものであることは、このご議論を拝読して本当に身にしみたような次第であります。(汗)ちなみにY教授の名誉のために申し上げますが、Y教授は個人的な意見とは別におそらく問題提起、という意味で社外取締役制度の強化論を展開されたのではないかと思います。しかし、そもそも諸先輩の先生方のご意見が法律家としての「正論」なのですから、「世の中の空気がこうなっています」的な発言では到底太刀打ちできないことを悟りました(笑)

やはり社外取締役制度を制度論だけで議論しても、なかなか建設的な議論には向かないようであります。アメリカでさえ過半数の社外取締役を導入してうまく機能していない、ということをどう解釈するのか、「うちはいらんねん。うまいこと社内の役員だけで回ってるねん」とおっしゃる経営者に、なぜ「よそ者」を平時から導入しなければいけないというのか、その根拠はどこにあるのか、「よそ者」なら社外監査役でもいいのに、なんでこれと別に社外取締役をいれないといけないのか、といったあたり、開示規制と区別された行為規制の問題として解説することは非常に困難が伴う問題ですね。決して社外取締役制度そのものが悪い、というわけではなく、入れたいところは入れたらええねん、入れたことを宣伝したらええねん、でも入れたくないところに入れんとあかん、というのはそもそも法制度を変えなければいけないような弊害もなければ、メリットもない、ふさわしい人間もそんなにおらんやろう・・・というあたり、やはりソフトローだとか、開示規制、(先日の)機関投資家による議決権行使結果開示などによって検討していかねばならないのでしょうねぇ。。。いままでいろんなガバナンスの本を読みましたが、今回の研究会議事録が一番勉強になったような気がいたします。。。

ちなみに独立役員の届出制度で「独立役員」に就任した社外役員につきましては、会社法で定めた義務以上の、なんらかの注意義務の加重、ということは理論的にありえない、との意見が学者先生のなかでは通説でございます。会社と取締役間における任用契約によって独立役員になるのではなく、あくまでも取引所からの要請によって独立役員が届出されるわけですから、「期待される役割」はあっても、「注意義務の水準が上がる」ということにはならない、もし何か問題が発生すれば、その具体的な問題ごとに善管注意義務違反の有無が判断されるだけであり、たまたま「独立役員」に就任していたことはとくに個別判断においては考慮すべき問題ではない、ということのようであります。なるほど、たしかに独立役員に就任したことによって取締役としての注意義務のレベルが上がることはないかもしれません。しかし、取締役の善管注意義務を議論するにあたっては、経営判断に関与するような作為義務の履行とは別に、取締役会を通じての監視義務のように不作為による義務違反、といった問題もあろうかと思われます。この不作為による善管注意義務違反を議論するにあたりましては、たとえば取締役が「財務担当」であったり、監査役間で業務分担したり、といった社内合意の結果が「違反の有無」、つまり各人の注意義務の程度に影響するようなことにはならないのでしょうか。もし影響するのであれば、たとえば社内の取締役や監査役の合意によって、たまたま「独立役員」就任に同意した場合、たとえその役員の注意義務のレベルが上がることはなくても、他の役員は信頼の原則によって監視義務違反や内部統制構築義務違反が免責されるのに、独立役員だけは免責されない、といった事態は考えられないのでしょうか。(「財務担当」や「監査業務の分担」ほど、内容が明確になっていないので、そもそも「独立役員」というだけで法的責任を異にする・・・というのもおかしいかもしれませんが。。。)私自身も独立役員ですので、あまり厳格な法的責任が問われない方向で考えたいですし、実際には責任限定契約がありますので、とくに大きな影響を及ぼすことはないとは思うのでありますが、理論的には、そのあたりがいまひとつ疑問の残るところであります。

9月 24, 2010 商事系 |

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コメント

先生質問させてください。

社外取締役を入れたメリットとして、銀行から融資を受け入れやすくなったり、取引先の信用は増すのでしょうか。それとも、会社経営陣のみの信用で足りるのでしょうか。後者であるとすると、社外取締役を入れるだけ経費の無駄のような気がします。
しかし、取引先にとって会社の経営陣に信用が置けないとすると、社外取締役を入れている会社の方が信用できるような気がします。
また、責任負担を前提として社外取締役を入れる会社はないと思いますが、取引先としては、取締役が責任を負担する(429条)場面において、社外取締役が入っていると、その分、責任追及する際に責任財産の範囲が増える、その結果、消極的ではありますが取引をしてもよいかなと思わせる契機になるかもしれません。

今回の記事の
>>「うちはいらんねん。うまいこと社内の役員だけで回ってるねん」とおっしゃる経営者に、なぜ「よそ者」を平時から導入しなければいけないというのか、その根拠はどこにあるのか、

という時に、社外取締役を入れた方が長期的に利益を得ることができるということを主張しても世間の会社には通用しないのでしょうか?
社会のことをまったく知らない質問ですみません。

投稿: 法学部生 | 2010年9月24日 (金) 09時21分

議論としてはいろいろな視点があっていいのですが、やや暴論と思われる議論もあって、個人的には玉石混交だな、という印象があります(苦笑)。各論的に述べるのは差し控えますが(誰か特定されてしまうため)、こういう書き込みも少しは読んでいただければ、ありがたいです。学者だからすべて正しいわけでは当然ないですし、信頼できる説得的な論理展開をされる学者も、「まあその程度」という学者もおられますので、それはもう少し冷静にやり取りを読ませてもらうくらいがいいのでしょう。(あまり批判にさらされることがないのでしょうかね、そういう暴論系の学者さんは)。それにしても、実務家としては最近学者の議論にやや失望することが多くなっています(昔の学者の論説はもっと迫力があったように思いますが)。やはり実態が分かっていない人が多いのかな、重箱のスミをつつくことばかりしているのかもしれない、と穿った見方をしています。きちんと見通しておられる数少ない学者先生の論説はもちろん本当に貴重で、その見極めをする目をもつことがわれわれにも必要なのでしょうね。

ただ、法制審議会も、ちょっと理論に傾いているような感じもします。危機意識が欠けている方が多いのかもしれません(そういう傍聴者から声をちょっと耳にします)。部会長には大いに期待しているのですが。

投稿: 龍のお年ご | 2010年9月25日 (土) 06時00分

法学部生さん、龍のお年ごさん、コメントありがとうございます。

立法事実や海外事例の検証を持ち出すのは、いわば「要件事実論」に似ているように思います。検証結果を出さなければいけない方が、よほどきっちりとした検証を出さないと法制化には結びつかないのではないかと。しかも判断権を持つ第三者が存在しないところがやっかいですし。
この議論は突き詰めると
会社法とは何ぞや?というところに行きついてしまうような気もします。

>龍のお年ごさん
このエントリは「頭出し」です(笑)
第二弾、第三弾がありますので、ご期待ください(笑)
私もスタディグループの議論に関するこれまでのエントリをご覧いただければおわかりのとおり、部会長殿にはおおいに期待している一人です。

投稿: toshi | 2010年9月25日 (土) 11時40分

この手の議論はやっぱりシンプルかつ原則的なセンターラインをしっかり定着させてから行うべきだ、と思います(もっとも先生にそのような運動を促すものではありません。私論は単にあるべき論かもしれません)。

「会社はだれのものか」に行きつくと思います。これを妥協的に、「結局みんなのものだ」という曖昧なコンセンサスで放置しておくことがいけないのではないでしょうか。

国際会計基準導入や、今また持ち合い解消売りなどが出ていること、日本の長期デフレ・少子高齢化問題等、腰の据わった投資家が日本を敬遠する理由が多く、一方「歓迎されざる」投資家が投機しやすい環境が日本株式市場に根付きつつあります。

結局ガバナンスを強化することが、「みんなのもの」を守る最善の策のような気がいたします。

そういった「(株主以外は)うまく行ってんねん」とのたまう危機感のない経営者さんには釈迦に説法かもしれません。

投稿: katsu | 2010年9月25日 (土) 12時06分

重い責任を負わせるというのなら、それだけの権限(職権)があるべきですし、またそれに応じた報酬というものも必要となりますよね。

しかし、そういうことを法律で定められますか???

社外取締役がいる会社のほうがガバナンスのレベルが高い、という科学的な証拠でもあるのならいざ知らず、相変わらず「制度をいじれば、よくわかんねえけど、何かよくなるんじゃないの?」という話はもういい加減止めろよ、と云わざるを得ません。

まず学者さんは大学に戻って講義と研究だけしてて欲しいですし、官僚は余計な気を回さないで決められた仕事を迅速にしててね、と。

投稿: 機野 | 2010年9月26日 (日) 02時46分

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