企業広報リスクと「記者会見の仕切り方」
企業不祥事に関する危機管理(クライシス・マネジメント)の典型的な課題として、社長の謝罪会見、事故報告会見の乗り切り方を考える・・・というものがございます。リスク・コンサルタントの方々や、コンプライアンスに詳しい法律事務所などが主催して、いろいろなセミナーが開催されております。しかしよく考えてみますと、キビシイ質問を投げかける記者さん側からみた「正しい記者会見の在り方」というものは、これまであまり聞いたことがなかったような気がいたします。
この三連休、迷わず購入し、一気に読了してしまったのが、この一冊であります。「記者会見にいちばん大切なことを記者が教えます」(エフシージー総合研究所 産経新聞出版 1,600円 税別)エフシージー総合研究所はフジテレビさん、産経新聞社さんの関連企業で、20年ほど前から企業等の広報担当者の方々の指導をされていらっしゃる会社だそうです。この本では産経新聞社の編集長さんが解説をされたり、マスコミの取材責任者の方々がシミュレーション(メディアトレーニング)の講師をされているそうです。9つほどの想定事件(製品リコールや個人情報漏洩問題など)について、大手企業の社長さんや広報担当者が模擬会見を行うのでありますが、さすが新聞記者さんの監修・講義のもとで質問がされるので、臨場感があり、社長や工場長、広報担当取締役がどこでつまづくのかが、たいへんよくわかります。おそらく記者さん方と経営陣との会見の様子を読まれたら、あまりの恐ろしさにゾッとするのではないかと。。。9つのシミュレーションのなかには、監修者からみて、散々の出来のものや、かなり評価が高いものもあり、それぞれどこが良かったのか、悪かったのか、かなり詳細に解説が施されております。解説も、抽象的なことではなく、かなり具体的な指摘や提言が書かれてありますので、どこの企業でも活用できる内容になっております。なかには、私が以前会見指導を経験して大失敗した事例に酷似したものもあり、「忘れようとしていた記憶がよみがえって」しまいました。
また、取材する記者がどうして誘導尋問のように厳しいものとなるのか、なぜ記者がツッコミをいれたくなるのか、記者会見のどの場面で企業は新たな「二次不祥事」を犯してしまうのか、ということがとてもよく理解できます(ちなみに船場吉兆事件のあの「囁き」は2時間の記者会見のうちの最後の5分のところでしたね・・・)。本書はおそらく大手企業の広報担当者向けに書かれたものだと思いますが、ぜひ企業の経営者の方にお読みいただきたいですし、企業コンプライアンス問題に接する機会の多い法曹の方々にもたいへん参考になろうかと思います。といいますのは、本書は記者会見の乗りきり方・・・という、きわめて表面的で技術的なレベルの知識を教えるようなものではなく、題名のとおり、企業が不祥事を起こしてしまったときの「真正面から向き合う姿」にこそ焦点をあてているからであります。つまりは有事に記者会見を乗り切ることができる経営陣というのは、結局のところ平時からリスク管理のPDCAがしっかり理解され、実践されている、ということに尽きるのではないかと思います。有事になって高額でコンサルタントの指導を受けたとしても、平時からリスク管理がなされていなければ、結局記者の餌食になってしまう確率は高い(企業の信用を毀損する二次不祥事を発生させてしまう)、ということが理解できるところであります。時間に追われて取材をする記者さん方が、決して挑発や困惑を目的として「意地悪な質問」をしているのではなく、背景に国民が控えているために「誤報は許されない」「特オチは許されない」という緊張状態のなかで、あのような質問となることもよく理解できました。
普段「しょーもない」と思っている軽微なコンプライアンス問題が、そのまま放置されていたことで、有事に「ヒューマンエラー」の原因として結び付けられてしまう・・・というオソロシサも実感できる本であります。(この本は、たぶん売れるだろうなぁ・・・・と。)
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コメント
私の居る会社には縁のない本ですが、面白そうですね。
くらコーポレーション本社の方々に一番読んでほしいです。
投稿: JFK | 2010年10月12日 (火) 23時38分
こんばんは。
さっそく購入しました。
私、先日このような体験をしましたが、シミュレーションはまだ甘いように思います。現実には、社会部のほかに写真部の人たちがもっとコワイです。あの人たちの怒号でシナリオがふっとんでしまいますので、ご注意ください
投稿: こばやし | 2010年10月12日 (火) 23時56分
最近流行のメディアトレーニングをベースに記者会見のポイントを書籍化したというのは発想としては面白いですね。
でも、企業の姿勢を追及する前にこの取材する記者や写真部の方々のマナーはどうにかならないですかね(以前、ある記者がツイッターか何かで糾弾されたことがあると記憶していますが)。被害者感情、国民感情を楯にすればどんな失礼な追及も許されるわけではないでしょうに。企業不祥事は確かに社会的に追及されるべきですし、再発防止を徹底すべきですが、世の中、100%の安全はありえないわけで、結果だけでものをみるなら何とでもいえますからね。
このような研修を通じて本番さながらの経験をし、危機事態におけるメディア対応の訓練をすることは危機管理上は極めて重要だと思いますし、記者会見のやり方一つで企業のイメージが大きく違ってくることは確かだと思いますが、この本のシミュレーションにもあるように個人情報をいたずらに聞き出して取材を続けようとする記者の姿勢などは、それこそ被害者感情の逆なででしかないことをマスコミ側も知るべきでしょう。過去にも相当数の事件報道被害者の方々も存在している事実を忘れるべきではありません。
読み物としては非常に面白いですが、あえて苦言を言わせていただくと、記者会見で不祥事云々言うなら、そもそも捏造報道や歪曲報道を控えるべきですし、報道機関の不祥事のときに、是非その「模範」を見せて欲しいものですが、テレビ局にしろ、新聞社にしろ、雑誌社にしろ、社員の不祥事や誤報で記者会見を開くケースは殆どなく、明らかに身内に甘いですよね。誤報で人の名誉を傷つけ、その人の人生をめちゃくちゃにしながらも、頭すら下げないことが多い報道機関において、執筆等された産経新聞及び関係会社のフジサンケイグループの方々には、ぜひ、リアルの場で、正しい謝罪会見のやり方を見せて欲しいものです(あるある大辞典の捏造のときの会見はありましたが・・・)。
本書の解説の内容もそうですが、シミュレーションにおける回答の講評などを見ても、実際に自分達が殆ど記者会見にさらされることが少ない(不祥事は少なくないのに、会見をやらないだけ(これは本書にある「逃げ」では?)かもしれませんが)ためか、回答する企業側の厳しさ、辛さを理解できていないところが、また面白いところかもしれません。業界の常識は記者会見ではタブーだそうですが、マスコミ視点でのこうあるべき論での解説などは、完全にマスコミ業界の常識論(世間の非常識?)で書かれているあたりも、反面教師として思うところがありました。
個人的には、マスコミの方々が書かれた書籍だけに上から目線が鼻に付き、読んでいてあまりいい気分ではありません。
実際の例を見ても、本来当事者間での誠実かつ真摯な謝罪で済むべき話を、いたずらに記者会見でさらしもののように糾弾しているとしか見えないケースもあり、このようなメディアトレーニングが広報関係コンサルタント等のパフォーマンスとして大々的に宣伝されるのもいかがなものでしょうか。
ちなみに、彼らが回答側なら、このような指摘に何と答えるのでしょうか。
投稿: コンプロ | 2010年10月13日 (水) 02時27分
コメント、ありがとうございます。
くらコーポの事例はJFKさんのコメントを読んで初めて知りました。
あまり新聞等には掲載されていないような・・・
コンプロさん、なかなかキビシイご意見ありがとうございます。まぁ、レベルの高い方からすると、いろいろとご指摘もあろうかと思いますが、素直に勉強にはなるでしょう・・・と。(笑)
ちなみに写真部の件は、記者会見の部屋の大きさなども影響するのではないか、というのが私の体験談からであります。
投稿: toshi | 2010年10月13日 (水) 03時13分
先生、確かに敵を知るとか、記者の視点を知るという点で非常に参考になります。記者が質問を通じて、企業として何をどのように説明すべきなのかを教えてくれていますので、そのあたりはきちんと整理していきたいと思います。
ただ、「説明すべきは記者の裏にいる国民に対して」というニュアンスのことを解説で書いておきながら(実際、メディア出身の方は、このようなニュアンスのことをよく言いますが)、記者が「時間がないのでペーパーは読まなくてよい」とか、「質問にだけ答えて」など、企業側の説明・回答を遮るやり取りがシミュレーションの中でなされています。本当に国民に説明しろというならペーパーに書かれていない事項や質問では引き出せない情報が企業側から口頭で補足されるかもしれないわけですし、国民がペーパーを直接見ているわけではないので、きちんと一から企業側に説明させるべきであり、記者が説明や回答を遮るべきではないのです。勝手に遮っておきながら、後で新事実がでると隠蔽だとか言い出す記者も現実にいるわけです。
結局彼らが「時間がない」といっているのは、単に新聞の締め切り時間に間に合わないというだけの記者の論理でしかない。テレビメディアもあるし、インターネットメディアも発展している昨今では、そのような媒体を通じてニュースとして配信できるわけですから、国民にきちんと説明せよというなら、彼らこそ「時間がない」というべきではありません。このあたりは、完全に文屋の論理であり、マスコミお得意の詭弁でしかないと思います。
また、シミュレーションのやり取りをみても分かりますが、今正に事態の鎮火、鎮静化を優先すべきときに不確実な原因や社長の責任論を彼らの推論・断定で、ぐだぐだ追及しています。特に2次被害が考えられる事例などは、「もっと早く公表すべきで、公表が遅れた理由は何か」とか追及している暇があるなら、マスメディアの側がとっとと会見を打ち切ってでも、社会に2次被害への注意喚起を行うべきですよね。このような状況では、公表が遅くなった理由などは、国民の関心からしても後回しでよいわけで、国民の代弁者といいながら、国民の関心事項すら理解できていないというケースも少なくないわけです(いくつかのシミュレーションでこのことがいえますよね)。
危機管理云々といいながら、社会に注意を喚起すべき危機事態におけるマスメディアとしての社会的役割を忘れて、ひたすら国民の代弁者的な発想で責任追及に終始している事例が本書の場合は多いのです。目的の定まらない記者会見は失敗すると書かれていますが、記者も正に自分達が今何をすべきかという本質を見失っていることが記者の方々のやり取りから読み取れるのです。
世間の論調をみてもマスコミ対応(記者会見)=危機管理みたいなイメージで論述されるケースが少なくありませんが、企業の危機管理というなら、企業側もこのような受身の記者会見訓練だけではなく、堂々とマスコミに対して、今すべきことは何なのかを示唆し、企業として取るべきアクションに協力させるように会見を仕切っていくべきだと思います。
ちなみに、本書とは関係ありませんが、なぜ政府が重要な記者会見をやるときは生放送が多いのか、この視点から考えると合点がいくのではないでしょうか。もっとも、生放送を通じて国民に直接メッセージを伝えることで、マスメディアによる意図的歪曲・編集を防止するという意味も大きいと思いますが。
長くなってすみません。
投稿: コンプロ | 2010年10月14日 (木) 02時15分