法務担当者からみた「リスクが最も高いのは規制法の順守」
10月9日の日経朝刊の記事に、デロイトトーマツFASさんの調査結果(集計数170社の法務担当者に聞きました:あなたが最もリスクが高いと考えてい項目は?という質問に対する回答)が掲載されております。高い順から「規制法の順守」(5.3)→「証券市場の開示規定の順守」(4.1)、最も低かったのが「訴訟への対応」(2.9)だそうであります。トーマツFASさんの分析では「不正の厳罰化に向けた相次ぐ法改正に伴う、公正取引委員会や証券取引等監視委員会などの活発な動きを反映した結果」とのこと。
たしかに不正の厳罰化、当局の活発な動き・・・というあたりも問題なのかもしれませんが、むしろ私は「規制法の順守」が法務リスクとして最重要視されるのは当然のことであり、とくに時節的な変動なく法務担当者にとっては文句なしの関心項目だと認識しております。憲法で保障されている営業の自由は公共の福祉によって制約されるわけでして、とりわけ「行政裁量」によって至るところで企業の活動は制限されております。業法違反は「営業停止」や「商品の販売停止」につながることになるわけで、いわば「企業の死活問題」であります。担当者や顧問弁護士に任せておけばよい「訴訟の対応」どころの話ではございません。私が最近、本業で経験したところだけでも、リコールの基本方針が行政当局に納得してもらえず、商品の販売が長期間再開できなかったとか、食中毒の原因分析が甘く、事件発生場所の営業停止だけでなく、全店営業停止という事態に至ったなど、もはやコンプライアンスなどという言葉では済まない状況に立ち至るケースがございます。
また「法務担当者」が活躍できる場面も「規制法」の分野ではないかと思います。つい先日、大阪弁護士会がある会員向けサービスを開始しようとしたところ、郵便法との関係で若干の問題があることがわかりました。郵便事業者のみに認められている「信書の送達」(郵便法第4条2項)における「信書」の解釈が問題となり、こちらのスキームを説明したうえで、サービスが郵便法に違反していないかどうか問い合わせたところ、近畿総合通信局はオッケーであったにもかかわらず総務省はノー(郵便法に抵触するおそれあり)との回答。こちらは、総務省の判断理由から、どうすれば総務省が責任を負わないようにスキームを説明すればよいか、信書送達の運用状況と比較して、今回の総務省の回答結果に解釈の矛盾はないか、といったことを精査のうえ、再度回答を申し入れたところ、最終的には「そのスキームならオッケー」との回答を得ました。「グレーゾーン」は保守的にみれば「黒」と解釈できますが、それをいかにして「限りなく白に近いグレー」とするか、たとえ結果的に黒であったとしても、「白に見せたのはあなたですよ」といった申し開きの余地を行政当局に残してあげるか、といったあたりを考え抜くのも法務担当者の力ではないか、と思います。(一見して『弱腰』に思えるかもしれませんが、このあたりが現実問題として法務リスクを回避して事業の継続を図るための知恵ではないか、と思います。)
コンプライアンス経営を重視する企業であれば、行政との事前交渉の重要性は十分認識されておられると思いますが、事業をスタートさせることができるかどうか、事業を継続させることができるかどうかの瀬戸際で法務スタッフはその力量が問われるのでありまして、所詮行政処分は「いかにして行政目的を達成することができるか」「行政に責任が転嫁されないようためにはどう判断するか」といったことの積み重ねによって裁量権が行使されるのが現実だと思われます。ルールベースからプリンシプルベースへと規制手法が進む傾向にある現在、ますます各社法務部の実力の差が企業価値に影響するのではないでしょうか。また、過去に何度も申し上げているとおり、裁判はしないけれども、行政当局との交渉を専門とするような「行政法専門弁護士」が待望される所以であります。企業のエースを法務部に配属すべき・・・という持論は、まさにこの点にあるのでして(度胸と緻密な思考と相手への思いやり)、「規制法」の分野は人間の総合力が試される場ではないか、と。
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コメント
行政規制への対応が難しいのは、そもそも規制があるのかどうかが判らないからです。これまでこのコメント欄におじゃまして繰り返し述べてきましたが、無数の行政規制が新規事業の企画を妨げ、ひいては日本の国力を削いできているのが実態だと思います。
コンプライアンス専門取締役という役割が普及しないのも、この問題に起因すると思われます。ある程度の規模の企業であれば、各種ビジネスを遂行する中で、日々何らかの行政規制への抵触行為をしている(意図せずして)のが実態です。当局自身すらよく知らないルールがあるわけですから、当然と言えば当然のことです。
同じ理由で、規制絡みの新規案件に関しては、企業の法務部員は難しい立場におかれます。
法務部に来る案件は、ワンポイント(規制Aに触れるか否か?)ではなく、何か問題はないか?という包括的なものがほとんどです。しかも、事後的にクリアできたのではダメで、行政との揉め事を発生させること自体NGです。そうすると、ある新規事業スキームを措定して規制を調査した場合、規制の大小にかかわらず全てをピックアップせざるを得ません。ある意味プロジェクトのブレーキ役、つぶし屋になってしまうこともあります。とくに、グレーな部分については、行政に問い合わせてもなかなか責任ある回答は帰ってきませんし、外部弁護士も「あとは御社のご判断」というマジックワードによって一定の距離を置くのが普通です。行政や弁護士が責任ある回答をしない結果、無数の行政規制の調査・対応という非生産的な活動を自己責任で実施せざるを得ないのです。プロジェクトを前に進めるためにはグレーな部分をシロとみなす覚悟が必要で、最終的に事業部門担当の取締役にリスクテイクさせるのがよくあるパターンかと。
本文でも示唆されているとおり、企業の関心事は「事後処理」ではなく「リスクの事前排除」にあります。
仮に「行政法専門弁護士」が居たとして、その方は事前照会に対し責任ある(予防線を張らない)回答ができるのでしょうか。よほどリスク感覚が欠如していない限り、できないのではないですか?結局事業部門につけを回すのであれば、一般の法務部員と変わりません。
だらだら書きましたが、行政当局が無数の規制をいったん整理すべきではないかという主張につなげたいだけです。整理というのは規制の体系と規制の数の両方です。社内規程も同じですが、ルールというのは作るのは簡単でも適正に管理するのは難しい。当局としては、ルールは作ったものの過去何年も適用事例がなく、それへの違反は特段問題視していないというような規制も把握しているはずです(これも社内規程と同じ)。だったら、形骸化したルールで業務効率=国内活力を削がないよう、規制当局が規制の整理を行うべきです。
先生のお書きになっている理想論は、縦割りの解消と規制の整理がなされた後に妥当することだと思います。行政規制の分野は、皆が「逃げ」に走って誰かが尻拭いする世界です。不発弾のはず、と誰もが思って何年もそばを歩いていたらある日突然爆発する、なんてことも・・・
投稿: JFK | 2010年10月10日 (日) 22時31分
JFK様のコメントに、思わず膝を打ちました。そのグレーな部分を、クリアに橋渡ししてくれるので(くれるのではないかと期待してしまうので)、○下りは無くならないのでしょうね。コポガバは、企業努力だけでは限界があります。
投稿: NT | 2010年10月11日 (月) 23時48分
わたくしもJFKさんのコメントにまったく同感です。
また、最近は、当局自身も意図していなかった効果を持つ規制が増えてきているように感じています。
投稿: まったく同感 | 2010年10月15日 (金) 00時05分
皆様、ご意見ありがとうございます。
たいへん勉強になりました。
ちょうど今、リコール対応の仕事をしておりますが、行政当局との交渉はたいへんです。JFKさんが御指摘のとおり、有事になってみないとわかりませんし、当局の意向も途中で変化することもあります。そう簡単には交通整理ができないわけですね。
ただ弁護士の仕事としては非常に興味深いです。行政、民事、刑事、商事の、いずれの分野とも関連しますので、まさに「交通整理」をすることのおもしろさがあります。なにをもって100点満点の仕事なのか、誰もわからないかもしれませんが、とりあえず業績回復に向けて支援を行いたいと思います。もちろんそれなりのリスクはありますが。。。
投稿: toshi | 2010年10月18日 (月) 23時46分