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2010年10月28日 (木)

JR西日本・脱線現場でのATS作動に関する公表の要否

2005年4月に発生したJR西日本福知山線の脱線事故現場において、ATS(自動停止装置)設置以降、はじめて(運転手の速度超過によって)停止装置が作動したそうでして、このことをマスコミが取材するまでJR西さんが公表しなかったことが問題になっているようであります。(ATSが作動して電車が停止したのは10月14日のことだそうです。多くのマスコミで報じられておりますが、たとえば毎日新聞ニュースはこちら

これに対するJR西日本さん側のコメントが「事故につながる問題でもなく、また公表するとなると運転手に制裁的なものとして萎縮的効果を与えてしまい、自主的な報告を妨げてしまうおそれがあるため」とのこと。つまり、JR西日本さんは、今後も同様の停止事態が発生したとしても公表はしない、という意見表明だと思われます。停止させてしまったことは謝罪するが、公表しないことには何ら問題はない、というもの。

JR各社において、ATSによって電車が停止することは日常茶飯事であり、それをいちいち公表することまでは必要ではない、事故につながる可能性のあったヒヤリハット事件でもないかぎり今後も公表はしない、という対応は、冷静に考えてみるとその通りでありまして、少しマスコミが騒ぎ過ぎではないか・・・といった見解も出てくるものと思います。

しかし、当ブログでは過去に何度も引用したとおり(たとえば2007年12月11日のこちらのエントリー)、悲惨な事故を起こしたエキスポランドは、市民の応援もあり、なんとか営業を再開したのでありますが、再開直後および再開1カ月後に故障事故を起こし、これをマスコミが知った後に、会社側は「とくに大阪府へ報告しなければいけないほどの事故だとは思っていなかった」と述べました。いままで応援してくれていた市民は、この報道内容に怒り、多くの方のひんしゅくをかってしまいました。たしかに事故が発生していなければ報告するほどの事故ではなかったかもしれませんが、あの痛ましい事故が発生した直後の故障だからこそ、市民はどんな事故にも敏感になっていたのであります。結局、これが引き金となってエキスポランドへ足を運ぶ人も少なくなり、閉園へと追い込まれてしまったわけでして、今回のJRの対応にも通じるところがあると思います。

コンプライアンスは「相手の行動に従って適切に対応する」という意味を含んでおります。つまりATSが作動する事態が発生した場合すべてに公表する必要がなくても、福知山線脱線事故発生の現場で作動したからこそ報告・公表の必要性がある、と考えるべきではないでしょうか。そう考えるならば「ATS作動の事態が、運転手の自主的な報告を委縮させるおそれがある」というのはまったく的外れなコメントになろうかと思われます。事件の重大性を認識しているからこそ、他の場所での作動については公表すべき問題ではなくても、遺族や被害者の気持ちを考えるならば、作動原因まで含めて報告または公表することが、社会の要請への適切な対応に該当するものだと私は考えます。またエキスポランドのように「不祥事によって事業が閉鎖となる」ようなものではない鉄道事業であるからこそ、国民の信頼を得るための細心の対応が不可欠になるのではないかと。

今回のJR西日本のATS作動問題でもう一つの重要なポイントは、先日の日清ラ王CM騒動と同様、隠そうと思っても、今の世の中、なかなか不都合な事実は隠ぺいしきれるものではない、という点であります。今回の件につきまして、運転手から報告を受けた問題につきまして、私は絶対にJR西日本の幹部の方々は「まずいことやっちゃたなあ」という意識は持っておられたと推測いたします。ただ、「適切にATSが作動した、ということは事故につながる問題ではないし、この程度でいちいち公表していたら運転手もかわいそうだから」といった「社内の常識」で不公表を判断されたものと思われます。

しかし、こうやって現実には社内にも「これって、やっぱりそのままじゃマズイのではないか。本当にあの事故で反省している、ということが言えないのではないか」といった別の常識を持った人たちがいて、その方々による外部への事実連絡があったから発覚したのではないかと思います。また、ひょっとすると実際に停止していた車両に乗り合わせていた方がいて、大きな問題だと認識したうえでマスコミへ通報されたのかもしれません。いずれにしましても、社内の判断の前提には「公表しなければ、とくに問題となることはないだろう」といった非常に甘い考えがあったと思われます。もしくは、「たとえマスコミが知るところになったとしても、ATSが適切に作動して停止した・・・ということくらいで報道する価値はないよね」といったバイアスのかかった認識がまん延していたのではないかと思われます。

私は「不祥事はかならずバレる!」などといった教訓めいたことを申し上げるつもりはありませんし、実際には不都合な事実はバレずに済むケースも多いと思っております。しかし、「バレる可能性」は格段に高くなっていることは確実だと思いますし、こういった問題はもはや企業において管理すべき不正リスクのひとつであることは間違いないものと考えております。コンプライアンス経営にとって「一次不祥事」は回避できない場合があるとしても、必ず「二次不祥事」だけは回避しなければならない、というのが鉄則であります。今回の件につきまして、世間一般にはマスコミの騒ぎ過ぎ・・・といった意見も出てくるかもしれませんが、ご遺族、被害者の方々の気持ちを再燃させてしまう・・・という意味においては、会社経営上においてもマズイ対応ではなかったかと思います。

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コメント

初めてコメントさせていただきます。ガス会社でコンプライアンスを担当しております者です。
いつも興味深く読ませていただいておりますが、本日の「不祥事によって事業が閉鎖となるようなものではない鉄道事業であるからこそ、国民の信頼を得るための細心の対応が不可欠になる」という部分、とくに身に沁みました。
ガス事業も鉄道同様、市民生活・経済活動に不可欠な公益事業であり(もちろん鉄道事業において私鉄との競争関係があるのと同様、エネルギー分野においても電力などとの競争関係はありますが)、そう簡単に市場退出を迫られることは考えにくいだけに、社会の期待をしっかり読み取って対応する責任があると考えております。(加えて商売のネタは「ガス」という「危険物」ですから)
実は本日、在京の某弁護士を講師に「コンプライアンス講演会」を開催するのですが、事前の打ち合わせで講師から「JR西日本を見ても、あれだけの不祥事を起こしてもしっかり利益を上げている。ガスも同様ではないか(企業不祥事に対してどれだけの危機感をもっているのか)」とのご指摘をいただいたところでして。
今後もいろいろ勉強させていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

投稿: ガス屋 | 2010年10月28日 (木) 10時34分

ガス屋さん、はじめまして。コメント、ありがとうございます。

ちょっと忙しかったため、本文の推敲に十分な時間をあてることができず読みにくかったことをお詫び申し上げます。m(__)m
鉄道会社やガス事業会社につきましては、おっしゃるとおり、コンプライアンス違反に関するインセンティブが働きにくいことは間違いないところだと思います。
たとえば弁護士会には、非常に厳しい懲戒処分がありますが、これはご承知のとおり、単位弁護士会、日弁連ともに公表されることになります。懲戒を受けることよりも公表されることのほうが制裁的な意味合いは強いのではないかと思います。一番軽い「戒告」でも公表です。
せめて、社内でなにか問題があれば、この「公表」ということに敏感であることが、私は社会の信頼を得るために必要なのではないか・・・と思いますが、いかがなものでしょうか。

投稿: toshi | 2010年10月28日 (木) 18時18分

レスありがとうございます。
もちろん私どもでもコンプライアンス推進のための活動には力を入れておりますし、社員のコンプライアンス違反に対するインセンティブもけっして低くはないと自負しております。「公表」に関しても、とくに「保安」に関する部分については「そんなことまでプレスリリースするのかよ」と感じるぐらいであろうと思っております。
ただ、「多少ドジを踏んでも簡単には傾かない会社」であると世間から見られている(そのことの当不当は別として)ことは忘れてはならないと考えております。

投稿: ガス屋 | 2010年10月29日 (金) 09時48分

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