なぜM&Aにおいてインサイダー取引は要注意なのか?
新潮社の編集担当の方より「たぶん先生がお好きな本かな・・・と思いまして」ということで贈っていただきました(どうも、ありがとうございます)。なるほど、おっしゃるとおりでオモシロイです。土曜日、日曜日で一気に読ませていただきました。M&Aは「好き、嫌い」に関係なく、どこの企業様でも突然遭遇する可能性がありますし(分社化やTOB、不祥事に伴う完全子会社化なども含めますと)、その舞台裏を、舞台裏で活躍しておられる方によって解説される、というのはなかなか興味深いものであります。また、新書版ですので当然のことながら一般の企業人の方々がお読みになって、わかりやすいのが本書の一番の特色であります。
新潮新書「企業買収の裏側-M&A入門-」(淵邊善彦著 新潮社720円税別)
ここ数年のM&A関連の事件などを紹介されたり、クロージングに至るまでの関係者の行動など、非常にわかりやすく書かれております(クロージングは関与するプロフェッショナルの方々にとっては区切りかもしれませんが、企業にとっては「はじまり」であることはナットク!)。東京のTMI法律事務所でM&A、国際企業取引をご専門に扱っておられる淵邊先生の御著書であり、こういった一般向けにむずかしい企業再編の世界をわかりやすく解説できる、というのは、本当にこの世界に精通しておられるからだ・・・という印象を持ちました。私のような小さな法律事務所でも、税理士さん、司法書士さんと一緒にM&A関連の仕事をさせていただきますが、近所のおっちゃん、おばちゃんが代表者・・・というレベルの会社の事業承継に絡むようなものですので、エライ違い(笑)。いつまでたっても、文句や苦情相談を受けなければならず、どこがクロージングなのか判明しなかったり(笑)。
ただ私も年に1回くらいは、上場会社のM&Aに関与する機会もございますし、3年ほど前には私自身が役員としてM&Aの渦中に巻き込まれた経験もございますので、この本にも「インサイダー取引には要注意!」と書かれているように、M&A、とりわけ基本合意書締結の前後における情報管理の難しさは痛いほど身にしみております。
最近もTOBに絡む関係者のインサイダーリスクを金融庁さんが多くの法律・会計雑誌等で解説されたり、会計士や税理士さん、社外取締役さんなどのインサイダー事件(疑惑?)が報じられたりしておりますので、M&A時におけるインサイダーリスクは関係当事者間における重要課題と言っても過言ではないと思われます。
みなさま、社内に犯罪者を出さないように、M&Aの際には情報管理に留意して、インサイダー取引を防止できる体制をとりましょう・・・と、一言で注意を述べるのは簡単であります。教科書的にみれば、そもそもM&Aに絡む重要事実は、おそらく素人の方にとっても、その情報が公表されることによって株価が上がるのか、下がるのか、予想がつきやすい、ということがあろうかと思います。だから関係者の方々は、情報をできるだけ遮断してください、ということになろうかと。しかし、どうも私の経験上、なかなかM&A時におけるインサイダーを防止することは困難だと思っております。なぜ困難かと申しますと、M&A情報に遭遇した関係者にとって「公表前の株取引」は誘惑的である・・・ということだけではなく、もっと深いところにあるように感じております。インサイダー取引自体は「お金の誘惑」が引き金になることはありましても、インサイダー情報が飛び交うこと自体は、けっしてお金の誘惑だけに起因するものではない、と常々考えております。
つまりM&Aが敵対的であるにせよ、友好的であるにせよ、社内における意思統一が図られることはほぼ100%不可能、ということであります。たとえば社長さんが諸事情によって合併や子会社化を決定したとしても、その情報は役員間抗争、労働組合の反対、大株主の反対、従業員の不満などが一気に爆発する契機となるわけでして、その爆発が①誰かに聞いてもらう(話してスッキリする)、②反対行動(造反)を画策する、③自分で株式を売却(買付)してしまう、という行動を誘発するわけであります。合併、子会社化等の決定について、社内で一枚岩になれる・・・という幻想を持っておられるのは、社長さんとその取り巻きの方々くらいでして、失望感や焦燥感等、大いに不満を抱いている反対分子が企業の中にはたくさんいらっしゃるのが現実であります。このような方々に「インサイダー情報だから管理は徹底的に」と指導されたとしても、その行動を規律することはほとんど無理なわけでして、インサイダー取引をする、しないに関わらず、インサイダー情報はたちどころに広まってしまうわけであります。
この「インサイダー情報が飛び交う」状態こそ、M&A時におけるインサイダー取引リスクのもっとも大きな要因であり、M&Aは相手方企業との交渉スキルだけでなく、自社内に大きなコンプライアンスリスクも抱えていることを認識したほうがよろしいかと。企業買収の裏側で活躍する弁護士さんも知らない「裏側の、もうひとつ裏側で」暗躍している弁護士さんもいらっしゃる場合もあるわけでして(笑)。こんな状況からしますと、企業における体制整備にも限界がありますので、「一般予防効果」を狙って、何年も前のインサイダー事案をしつこくSESCさんが摘発していくことが極めて重要なのではないか・・・と考えたりしております。
また本書には、M&Aで活躍するアドバイザーや専門家の報酬のお話なども具体的に記述されておりまして、これがまた(ブログ的には)オモシロイのでありますが、これはまた別の機会にお話したいと思います。
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