米国における財務諸表不正の減少とSOX法の影響
昨日のエントリーにて、「ラウンド・テーブルに行けなかった」と書きましたところ、数名の心温かい参加者の方々より、メールにてご報告を頂戴いたしました。なんとなく、雰囲気は理解できたように思います(どうもありがとうございましたm(__)m)また本日は金融庁企業会計審議会内部統制部会が開催されたそうで、すでに資料等が金融庁のHPにアップされております。
先日お会いした某上場会社の社長さんが、
「よく世間で『ガバナンスを改革したら、業績が向上するという実証例はない』などと言っておられるそうだが、そんなもの当たり前ですよ。業績が向上するためには良いタネ(ビジネスモデル)があって、そこに良いガバナンスがあるから育つ(業績が上がる)のですよ。でも、どんなに良いタネがあっても、ガバナンスが悪ければ業績は上がるわけないのです。つまりガバナンス改革とは、良いタネが育つための土壌作りなんですよ。だから時間がかかるのは当たり前だし、タネの検証もしないでガバナンスだけで業績が上がるわけないじゃないですか。」
とおっしゃっておられました。思うに、内部統制もガバナンス改革と同様、それだけで有効性や効率性が向上するわけではなく、内部統制を活用する人間も向上しなければ影響は出てこないのではないか、と思います。今回の内部統制報告制度の「運用見直し案」をみておりますと、すでに私の周囲でこれまで一生懸命J-SOXに取り組んでおられる企業担当者の方々は、(見直し案がなくても)すでに担当監査法人と見直しに関する協議済みのものも多いように感じております。つまり内部統制の簡素化・明確化の趣旨を十分に理解できる人間も、次第に増えてきたと思いますし、また現場にも浸透している中小上場会社もあるのではないでしょうか。たぶん、中小の上場会社の場合、内部統制も不祥事の早期発見力と同様に「人」に依存するところが大きいと思われます。
また最近、米国のACFE(公認不正検査士協会)から、非常に興味深い報告書(職業上の不正と濫用に関する報告書2010年版)が出ておりまして(日本のCFE資格保有者の方はHPで日本語版も閲覧できます)、そこでは、米国における2008年と2010年の財務諸表不正に関する件数や被害金額に関する統計、分析結果が出ております。この比較図表によりますと、2006年1月から2007年12月までの財務諸表不正の件数に比較して、2008年1月から2009年12月までの件数は約4割にとどまっております。調査規模はほとんど同じですから、ここ数年で米国では財務諸表不正の件数がかなり減少していることがわかります。また、財務諸表不正に限らず、汚職、資金横領のいずれにおいても、今回の調査は2年前の調査時と比較して、企業の平均損失額が大きく減少していることが報告されております。(調査結果は米国企業のみに限る)
たとえば財務諸表不正を例にとりますと、不正発覚の時点は、発覚の2~3年前頃の犯行についてのものと思われますので、米国SOX法導入時期から数年は(SOX法の施行が)あまり不正発生件数に影響はなかったもののようでありますが、2006年、つまりSOX施行から3年ほどが経過して、いまの日本と同じように緩和策がとられたころから、企業に浸透し、その結果が今回のACFEの報告結果に至ったのではないかと。本気で会計不正事件防止のための対策を講じたこと、そして数年を経て「緩和策」を検討するなかで、SOX対応が企業に浸透してきたことが、結局のところ大きな不正抑止の効果につながったのではないでしょうか。ちなみに、このACFEの報告書によれば、標準的な組織(企業および官公庁)の場合、毎年職業上の不正によって収益の約5%は毀損している、と述べております。
要は知恵と汗を出して、監査法人さんと徹底的に協議を重ねる・・・、そんな企業の担当者の方々は、すでに改正案にあるような簡素化・明確化は進んでやっておられるように感じておりますし、現場にもプロセスが浸透しているように思えるのであります。だからこそ、不正のトライアングルのひとつである不正の「機会」が減少し、効果的な不正抑止が図られるようになるのではないか、と考えております。
| 固定リンク
コメント
先日の「ラウンドテーブル」を傍聴しました。多様な意見が出されてなかなか面白い内容でした。「形式化が目立つ現状制度の実効性」や「会社法内部統制との統合と監査役の役割」等々注目すべき論点は多々ありますが、ここでは会場を沸かせた(凍らせた?)二つの一見「トンデモ発言」を紹介します。
一つ目はITコンサル会社社長でかつ公認会計士でもある方の「一気に簡素化したりすれば管理部門並びにCPAに多くの失業者が出るので現在の景気状況では現状維持がよい」という意見。ここにコンサルタントの失業も加えた方がいいかも知れませんが、あまりに直截的な「それを言っちゃおしまいよ的発言」にのけぞってしまいました。しかし本質の一面は間違いなく衝いているだけに、思わず頭を抱えた関係者もおられたかも知れません。
二つ目は大監査法人幹部の方の「重要な欠陥の定義を財務報告において実際に重要な影響を及ぼした内部統制の不備としたらどうか」という提案。背景には今まで開示された重要な欠陥の大部分が財務報告数字の誤りや不正が判明した事後に検出した「顕在化した欠陥」であったという極めて示唆的な事実があります。それなら逆に実態に定義を合わせてしまおうという開き直りともいうべき提案で、これに対してはプロセスを評価してワーニングを出すという当制度の本来の趣旨からは本末転倒という批判は当然出ます。しかしそれで一笑に付すだけでは済まない本質的問題が孕まれていると感じました。背後には内部統制という多様で非定型なプロセスを、本来的に馴染まない監査手続きによってマルバツ的に評価・監査することの困難性(だから後付にならざるを得ない)とそこから生じる現場の負担感と徒労感があるからです。少なくともその実態を理解した苦肉の提案と受け止めました。
いずれにしても、簡素化・明確化の観点からの内部統制部会見直し案は、既に大方の関係者のコンセンサスとなっているようです。その多くは初年度対応で我々会社側が監査法人に対して強く主張しながら認められなかったものです。既に先進的な現場では実行されつつあるとはいえ、又あくまで現行制度の枠内の運用見直しという限界はあるものの、大きな前進と高く評価したいと思います。そして会社法も含めた、実効性を持ちかつ効率的な内部統制制度の実現に向けた前向きな議論を期待します。
投稿: いたさん | 2010年11月27日 (土) 19時52分
内部統制報告制度が新聞に載る機会は、めっきり減りましたね。内部統制の重要性は変わらないものの、内部統制報告制度の重要性は、地盤沈下しているように感じます。小さく産んで、大きく育てた方が良かったのではないでしょうか。
投稿: AC | 2010年11月28日 (日) 14時07分
いたさん、ACさん、コメントありがとうございました。いたさんのご報告、楽しく読ませていただきました。「小さく産んで大きく育てる」とはうまいこと言ったものですね(笑)ふたつめの例は、J-SOXの核心をついていますよね。
私などは、これから本当のJ-SOXが研究の対象になるのかな・・・と思ったりしております。いろいろ裁判で活用できますよ、これは(笑)今後、民事事件で内部統制報告制度がどのように活用されるのか、楽しみにしています。
投稿: toshi | 2010年11月28日 (日) 23時43分
このブログのコメントではお久しぶりです。
中堅企業(中小?)の内部統制担当者のtonchanです。
さて、今回のお話ですが、一言で言うと「何を今さら」ですね。
いつもお話しさせていただいていますが、プリンシプルの意味をもう一度
考え直す時期に来ているのだと思います。
所詮、内部統制制度は企業の発展のために経営者が構築しているものです。
そこで目的の一番目に「業務の効率性、有効性」が掲げられていると理解
しています。J-SOX対応だからと言ってこの「業務の有効性、効率性」
をはずした内部統制など有るはずがありません。
私にとってJ-SOXの内部統制とは企業の経営方針に従って内部統制の
3つの目的(あえて資産の保全ははずします)のバランスを取って構築する
ものです。その中でより効率的で有効な対応手順を考えるということが
私のミッションです。
とりとめのない話になってしまいましたが、自分を信じて監査法人と経営者
に向き合うことが重要だと思います。
投稿: tonchan | 2010年11月29日 (月) 17時19分
tonchanさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。
内部統制報告制度の構築や運用実務にどっぷりつかりまして、私も同様の考え方を持っています。会計や監査を知る機会が乏しかった私にとって、このたびの内部統制実務は、ずいぶんと企業さんによって差があるように感じています。ひいては社長さんの「経理」に関する期待度や関心度の違いによるところが大きいような。
それが、ここ2年の実務で相当の差が出たように思います。
これはIFRS準備においても同様ではないでしょうかね?
投稿: toshi | 2010年11月30日 (火) 12時09分