日本ハム社の不祥事「件外調査」と自浄能力の高さ
日本ハムさんが、中元ギフト商品について、(商品に在庫切れが発生した際)注文とは異なる商品を詰め合わせて発送していたことを自社で公表しております。(贈答品に関する社内調査結果のご報告-10月29日付け)「注文品と異なる商品を差し替えてギフトセットに入れていた」というのは、たしかに不正のトライアングルがそろっておりますので、不正リスクの高いもののひとつといえそうであります。
動機→「品切れ」によって商品の発送が遅れるとお客様に迷惑がかかるので、予定どおりに発送することを最優先と考えた、機会→注文した商品の内容は注文者しかわからず、ギフトを受け取る者にはわからない、正当化根拠→差し替え商品が、たとえ注文品とは異なっても、値段が同等ならかまわないだろう
といったところが、不正の温床となった要因ではないかと思われます。
しかし今回の日本ハムさんの対応をみておりますと、企業不祥事に対するリスク管理の手法としては「自浄能力」があるところを十分に示すものとなっており、かなりハイレベルではないかと考えております。こちらの読売新聞ニュースを読みますと、もともと不正が社内で発覚したのは下請会社従業員からの通報によるもののようであります。関連会社社員による通報が、マスコミやネット掲示板に向かうのではなく、きちんと本社に届くところが第一のポイントであります。おそらくこれは日本ハムさんが設置している内部通報窓口(関連会社向け)か、もしくは投書箱のようなものに通報がなされたものと思われます。日本ハムさんの内部通報制度は、日本でも有数の進化系であり、年間200件以上もの通報を受理しているようでありますので、おそらく関連会社も含めて、その存在や機能については十分に浸透していることによるのではないでしょうか。
そして上記リリースを読み、もっとも印象に残ったところが「件外調査」であります。不正調査の特徴のひとつとして、「本件調査」とともに「本件外調査」を行うことが挙げられます。企業不祥事の発生が疑われるところに対して行われるのが本件調査でありますが、その結果として不正が判明した場合、「ひょっとして他の部署でも同じことがあるのではないか?」「別の商品についても同じような不正が行われているのではないか?」との仮説を立てて行うのが「件外調査(本件外調査)」であります。第三者委員会による調査などでも、件外調査を行うことは鉄則でありますが、ほとんど「不正は見受けられなかった」という結論で終わっております。正直、どこまで本気で調査がなされているのか、疑わしいケースも見受けられます。
しかし日本ハムさんの社内調査では、中元商品の別商品差し替えの事実が判明した段階で、さらに昨年の歳暮商品でも同様のことが行われていないかどうかを証拠に基づく調査が可能なものについてはすべて行い、実際に歳暮商品でも別商品差し替えの事実をつきとめ、これを公表しております。この対応は「不正は絶対に許さない」といった会社の意思が感じられ、極めて高い自浄能力のレベルを消費者に印象付けるものとして、高く評価されるべきではないでしょうか。たしかにBtoCの企業として、消費者の信頼を裏切るような不正は絶対に起こしてはならないものでありますが、これは理念であり「品質管理」の問題であります。競争する会社として、不正はどこの会社でも必ず起こるのでありまして、企業の信用を維持するための不正リスクへの対応は、「経営管理」の一環としてかならず必要であります。
さらに今回の社内調査で重要なポイントは「早期発見、早期公表」であります。「発見力」の重要性は常々申し上げるところでありますが、①たとえ調査を熱心に遂行していたとしても、マスコミやネット掲示板で先に騒ぎになってしまっては結局のところ「隠ぺい」を疑われること、②不正が大きくなってからでは、かならず社内のモニタリングの機能不全が指摘されるため、どうしても「公表しないこと」へのインセンティブが働き「二次不祥事」を発生させてしまうことになるからであります。不祥事に関する社内調査は情報管理を徹底して行う必要があるのは、こういったところからであります。
こういったポイントをすべてきちんと心得て、なおかつ再発防止策もきちんと確定したうえで今回の日本ハムさんは謝罪広報をされたものと推測されます。このようにかなりハイレベルな対応が可能となったのは、おそらく2002年の牛肉産地偽装事件によって、40億円もの商品を廃棄せざるをえなくなり、大きく企業の信用を喪失した経験によるものと思われます。8年ほど前のことですから、「明日のわが社はどうなるのか」といったつらい経験をされた方が今も社員として残っておられ、まさに「全社的な取組としてコンプライアンス体制構築」に励んでおられる方がいらっしゃるからではないかと。
以前、三井物産さんの、九州支社における事例やインドネシアにおける「化学機能品本部による架空取引」を社内調査で発見した事例についてご紹介し、企業の不正リスクへの対応としては模範的なものではないかと申し上げましたが、その後三井物産の法務部の方から「こういった対応は、2005年の東京都の排ガスデータ改ざん事件のつらい経験があったからですよ」と説明をいただきました。企業の信用がガタ落ちになるような企業不祥事を経験しなければ、なかなか全社的な取組の機運も高まることがないのでしょうか。「うちにかぎって・・・」という意識がなかなか除去できないところが、やはりコンプライアンス経営のむずかしさなのかもしれません。
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コメント
こんなのは不祥事ではないでしょう。大袈裟すぎるというか、解決のベクトルが間違っているように思います。
そもそも、詰め合わせを選んでいる時点で、特定の物を贈るという気持ちは喪失しているわけで、いってみれば贈り主も「適当に済ませて」いるのです。ですから、セットを構成する個々の商品に欠品があったからといっていちいち連絡されたら迷惑です。時期が命でもありますし、同等の代替品で適当に済ませてくれと思います。まさかハムの代わりにチーズは入れないでしょうから。
ちなみに、金額同等以上の商品への代替が圧倒的に多くなっていますよね。その差額をあえて明示しなかったのは、印象を意識した作戦でしょうか。
思うに、これは善玉のサービスとして定義できるもので、どこかに一言書いておけばよいだけのことです。
だから、厳正に対処するというアホな対応ではなく、サービスとして銘記する方向で合理的に解決してほしい。非効率な運営の代償は結局消費者が支払うことになります。
公表や調査についての在り方はtoshi先生の書かれているとおりかと思いますが、この程度のことまで「不正」「不祥事」というレッテルを貼って処理するのはいかがなものでしょうか。
もっとも、あえて下手に出た、というのが会社側の真意でしょうが。
投稿: JFK | 2010年11月 3日 (水) 14時16分
こういうことの延長線上に、不正が出現する恐れが大いにあります。
顧客から云われたからではなく、自浄作用が働いたことは評価に
値しますが、「不祥事」ではないなんて、とんでもないことです。
「バレないから、この辺で誤魔化しとけ」という勝手な判断こそ、
いちばん怖ろしいことです。
詰め合わせが心がこもってないなんて断言されるなんて、
きっと贈答品選びで苦労されたことのないかたでしょうね(笑)。
投稿: 機野 | 2010年11月 4日 (木) 00時24分
極論が過ぎましたね(反省)
しかし、心がこもってるかどうかは言っておりません。詰め合わせの場合、大体この程度のもの、を、時機にあわせて贈ることが主な関心事であって、組み合わせの一つ一つにこだわっている方はそんなに多くないと思いますけどね。
まあ贈答品で困ったことが無いわたしの戯言にすぎませんのでお許しを。
投稿: JFK | 2010年11月 4日 (木) 01時49分
JFKさんの仰るような贈答品選定が一般的なのでしょうが、時には個別の内容物に強いこだわりをもって詰め合わせを選定する人もいます。金額で損をしなければ良いというものでもないでしょう。対消費者との関係は、「大多数は」とか「普通は」で片付けると大きな反感を呼ぶ場合があることが重要な点だと思います。一方、「何から何まで厳密に」では動きが取れないことも事実で、どの程度の柔軟さを持つのが適当か、バランス感覚の問題だと思います。ところがバランス感覚には共通の尺度が無いから難しい。私からみると失礼ながらJFKさんの議論は、私の尺度でのバランス感覚からはやや外れるかと。
まさに不祥事や事故の公表は共通の尺度の無いバランス感覚の問題だけに難しく、過剰な程度のリスク感覚を以てした方が安全だという議論になるのだろうと思います。
投稿: O.S. | 2010年11月 4日 (木) 16時24分
本件は、金額が小さく、また一言お客様に断ればすんだ(もっとも、安い代替品はまずいでしょうが。安い代替品では厳密に言えば詐欺?)ことでしょうから、不正、不祥事としては小さいかもしれませんが、こうした小さなことを放置するといずれおおきな不祥事につながる、ということ(循環取引や売上架空計上も、最初は小さな金額からでしょうし。)ではないでしょうか。こうしたことから考えると、内部通報制度が機能していると評価していいと思いますが、いかがでしょうか。
投稿: Kazu | 2010年11月 5日 (金) 10時59分
バランス感覚を欠くというご指摘は正しいかと。基本対応は基本対応で当たり前のことですから、私みたいな者が書いてもしかたありませんので。また、花王のときもそうでしたが、不正、不祥事というワードでひと括りにするのは反対だという心情吐露がメインですから。
表現が拙いもので上手く伝えられませんが、空気を読んで下手に出た会社の対応は時流に適した上手な対応だと思っていますよ。
架空取引などは、小さくともそれ自体悪です。そんなものと本件を同じ文脈で「不正」「不祥事」とくくるのは本来おかしい。本来というのは、このご時世を抜きにした私の感覚でという意味です。私だけの、と言ったほうが当所では正確なようですが…。報告書を読む限り、本件の代替処理は質的には「善」なのだろうと感じています。価格だけしか直接の材料がないので価格を切り口に述べましたが、多くはより高い品物に代替されています。また、下回ったものについても、あくまで希望小売価格ベースでと注記されていますので、モノとしては遜色ない物がきちんと選ばれていた可能性もあります。下等品に誘導していたという意味には直ちにはなりません。悪性と捉えている方々のほうがむしろ価格基準で判断しているかもしれませんよ。ほとんどの現場では、特選なら特選、セットの贈り主の意を推し量って、推定的承諾の範囲を念のため少し超える程度の代替品選びがなされていたんじゃないかとわたしはイメージしました。ただ仮にそうだとしても、問題はすべての客がそれを望んでいるとは限らないこと。だからこそ、「納期重視、同等以上の代替サービス」をメニューとして事前に銘記しておけばよかったと言ったのですが、そういうサービス自体一般受けしない感じですかね。
対策部門や経営層としては、空気を読む必要があるから、現場の善意を感じつつも不正処理に準じて処理せざるを得ない。それはそれとして、厳正に処分されてしまう方々がもしいらっしゃるとしたら、その方々の気持ちやいかに、と思ってしまいます。
日本や一部の先進国は、こうした問題について先を行っているのかもしれませんが、先に行き過ぎるという可能性にも少しは留意すべきだと思います。小悪であっても大悪に変わるおそれがあるから大悪である、というならまだしも、善であっても悪に変わるおそれがあるから悪である、という考え方が常に正しいとは思いません。
1億人の真理が13億人+12億人+n億人の真理より正しいといえる時代はいつまでか?と強力に実感させられた直近の個人的な体験からくる一時的心情かもしれませんが、非生産的なことをやっているなあ(やるしかないとはいえ)と思ったのも確かです。
投稿: JFK | 2010年11月 6日 (土) 02時02分
JFKさまの仰せになりたいことは分かります。
ただ、こういうこともありえます。
贈答物の貰い手側に食物アレルギーを持ったひとがいて、
送り手側がそれを知った上で問題のないものを選択して送った。
ところが、在庫切れによるものであれ手違いであれ、贈答物の中身が
勝手に変更され、問題がある物が相手側の手に渡り、
その結果そのひとはアレルギー症状を発症して亡くなってしまった…
JFKさまの仰せになりたいことは分かるつもりですが、
やはり今回は喩えが悪い(笑)。
そのことと「杓子定規な対応でいいのか。現場の善意を信じよ」という
こととは、やっぱり別です。
「現場の善意を前提としない」というところから、不祥事防止対策は
始まっているわけですから。ひとりの人間としては哀しい話ですが。
投稿: 機野 | 2010年11月 8日 (月) 01時49分
できの悪い議論に付き合っていただきありがとうございます。
アレルギーのことは一瞬考えたつもりですが、ハムにはハムを代替していたんだと思うんですね。いや、ハムはハムでも特定の調味料や成分にアレルギーがあるかも…しかしそんなことを言い出したら何も贈れませんし、そんな場合は詰め合わせを選ぶこと自体が危険です。また、贈り物を受け取る方の好みの品を選んでいたかも、ということも考えましたが、やはり上級ハムは上級ハムですし、できるだけ嗜好にヒットしたいがために詰め合わせを選ぶんだと思います。実際に意向(勝手に推定するのはまずかったが)に反したケースが果たしてどれだけあったのでしょうか。
不祥事防止対策でいう性善説否定と現場の善意の尊重は両立すると思っています。私の言う「善なるサービス」を対顧客のメニューとして定義していなかったからこそ、皆さまの言う「不祥事」に成り下がってしまったわけです。現場が勝手に詰め替えていたことが判明しました、というような解決の仕方だけではなく、社内を立てて経営者・幹部が責任を取るという解決法はできないものでしょうか。
筋の悪い私見はこれくらいにしておきます。
投稿: JFK | 2010年11月11日 (木) 00時54分