監査役の「監査見逃し責任」が認められた判決を発見(釧路市民生協事件判決)
大原町農協最高裁判決といいますと、農協の監事さんの責任が問われた判決として、当ブログでも一昨年11月のエントリー「監査役は辞任すれば免責されるのだろうか?」でご紹介し、また昨年2月には中央経済社の旬刊経理情報でも解説記事を書かせていただきました。その後は商法学者の方々が判例時報等で本格的に論文を著されるなど、株式会社の監査役の法的責任を検討するリーディングケースとして多くの方々の研究対象になっております。
ところで本日、某団体連合会の経理グループの方々とお話をしていたところ、実は過去にも監事(監査役)の監査見逃し責任が裁判所において認められた事例があったことを知りました。当該協同組合内ではすでに研究対象となっていたそうでありますが、あまり対外的に公表されておらず、いわゆる判例時報や判例タイムスなど公刊されている判例集にも未登載かと思われます(グーグルやヤフー検索をしましたが、まったくひっかからないので。もし私の勘違いでしたらお許しください)。
いちおう「釧路市民生協 組合債損害賠償事件」としておきますが、事件は1995年ころのお話であります。釧路市民生協では長年粉飾決算が続いていたところ、新たに組合債(組合員からの借金)を発行するにあたり、組合の財務諸表について、監事4名はそれぞれ適正意見を述べていたそうであります。そのうえで組合債が発行されたわけでありますが、その後組合の財務状況が悪化し、粉飾決算が表面化して一部デフォルトとなってしまいました(組合は結局解散することになります)。この事件について、組合員の一部から組合役員に対する損害賠償請求訴訟が提起された、という事案であります。ちなみに監事(4名とも非常勤監事)は、粉飾決算には加担していたわけではなく、典型的な「監査見逃し責任」を追及されております。
一審(札幌地方裁判所 1998年6月30日判決)は、粉飾を首謀してきた理事6名に対する損害賠償責任を認めたものの、監事4名に対しては当該生協の粉飾は非常に巧妙であり、常勤理事会に出席していなかった監事4名がこれを発見することは困難であったこと、監事らは会計専門家でもないので、これを発見して阻止することは期待できなかったことなどを理由として任務懈怠なし、としております。
上記判決を不服とした組合員らは控訴したのでありますが、二審(札幌高裁 1999年10月29日判決)は、一審とは逆に監事4名の粉飾見逃し責任を認めることとなりました。詳細は追ってまた説明したいと思いますが、たしかに会計監査という概念からすれば、監事4名は会計の専門家ではなく、分析的手法によって粉飾決算を発見することができなかったかもしれないが、監事らは「業務監査」を行うのが本分であり、業務監査のレベルにおいて例年つみあがっていく組合債の増加額を不審に思い、監事らは理事長らに対して説明を求めるなどの調査を行うことはできたはずである、そのような調査を行えば、常勤理事会で決定された決算が不自然あるいは不当であると指摘することが困難であったとは認められない、そのような調査をすることなく、単に決算書の金額が資料と一致するかどうかを確認するだけに終始した監事らは、適切な監査を怠っていたと言わざるを得ない、として監事4名の法的責任(損害賠償責任)を認めております。なお、監事らはこれを不服として最高裁へ上告受理申し立てを行っておりますが、2000年11月10日、最高裁は上告を受理しない旨の決定を下し、監事らの監査見逃し責任が確定しました。
1995年ころの協同組合監事の職責と、株式会社監査役の職責では多少異なるところもあるでしょうし、また常勤・非常勤の区別にも違いがあるかもしれません。しかし、比較的規模の大きな生協さんの場合には任意監査として会計監査人による監査も行われておりますし、上記判決内容からすると、ほぼ監査役監査にもあてはまる内容かと思われます。某団体の方々に、ぜひとも判決文を頂戴したいとお願いしたところ、ご快諾いただけましたので、先の大原町農協最高裁判決同様、監査役の監査見逃し責任の研究対象として勉強させていただきたいと思っております。また、内容等につきましてご紹介できれば・・・と思っております。
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コメント
山口先生
ご無沙汰いたしております。
以前先生もコメントされてましたが、春日電機の件、
刑事事件となりました。
何か、本件についてのコメントをいただければと
存じます。
小生、監査役を外れましたが、顧問として残って
おります。
投稿: ご苦労さん | 2011年1月13日 (木) 11時21分
ご無沙汰しております。ご活躍の程はかねがねお伺いしております。
今回のBlogにあります非常勤監事(監査役)の責任につきましては、私も非常に興味を持っております。法的な規定は無かったと思うのですが、実務ベースでは常勤と非常勤の立ち位置は違っても仕方ないと私は思っております。
そもそも法は、非常勤の監事又は監査にどの程度の実効性を求めているのか、会社側や組合側も報酬面も含めてどのように考えれば良いのか、検討する必要が多分にあるような気がします。
投稿: v6spirit | 2011年1月13日 (木) 12時48分
ご苦労さん様、v6spiritさん、こんにちは。コメントありがとうごあいます。
春日電機事件、元社長逮捕でずいぶんと報道されていますね。私もコメントしたいことがございますので、また改めてエントリーを書かせていただきます。
ありがたいお話で、釧路市民生協事件の地裁判決、高裁判決、最高裁決定いずれもある方のご厚意で入手することができました。ブログで書くだけではもったいないので、何か活字ベースで発表しようかなと考えているところです。また、ガバナンスにご関心の高い商法学者の先生方にも、ご希望があればマスキングのうえ、研究対象として配布させていただこうかとも考えております。単なる実務家の判例解説だけではもったいないと思います。
投稿: toshi | 2011年1月14日 (金) 14時48分
山口先生
お忙しい中、春日電機のコメントの件ありがとうございました。
論文の活字発表お待ち申し上げます。
投稿: ご苦労さん | 2011年1月17日 (月) 08時56分
御礼が遅れまして申し訳ありません。
どうも有り難うございました。
エントリー楽しみにしております。
投稿: v6spirit | 2011年1月18日 (火) 09時50分