企業不祥事の発覚経緯と「件外調査」の重要性
ここ最近の会計不正事件といえば子会社の不適切な取引の発覚・・・というパターンが多いようですが、今度はホンダ社の連結子会社で不適切な取引がみつかり、親会社は2011年3月期に、150億円ほどの損失を計上する予定、とのことであります。水産品事業に関連する収益の過大計上ということになりますと、昨年のメルシャンの事例を思い出しますが、共通するのは水産品事業という点よりも、おそらく「ノンコア事業」での会計不正事件、という点であります。報道によりますと、長年同じ社員がローテーションもなく業務に従事しており、取引先とも親密な関係にあったようで、商社金融取引、在庫隠しのための買戻し特約付きの売買契約など、長年のおつきあいがなければ成立しないような取引環境があったからこそ、これまで不正が発覚してこなかったようです。
さっそく、日経WEBニュースでは、企業として取り組むべき「企業集団の内部統制」に関する記事が掲載されておりますが、ホンダトレーディング社のWEBページを拝見したところ、連結ベースでわずか4.2パーセントの売上比率しかない「生活産業事業部」のなかでも、水産部はずいぶんと小さな部署のようですから、企業として、水産事業部の架空循環取引による粉飾リスクにあらかじめ注意しておくことはかなり困難だったのではないでしょうか(内部統制報告制度の評価基準などからみて)。いくら5800億円の売り上げを誇るホンダ子会社でも、この水産事業部は内部統制評価の範囲外ではないかと思われます。少し不謹慎な物言いで恐縮ですが、これだけの規模の企業集団において、こういったノンコア事業が存在する以上、一定頻度で不正が発生することも、やむをえないものなのかもしれません。
むしろこういった報道を読んで「おそろしい」と感じるのは、架空取引による不正のケースでは、架空取引が破たんする・・・という事件が起こるまで社内で不正を発見できない・・・・・ということであります。本件でも(まだ明確ではありませんが)昨年12月20日ころに経営トップが不正を知るところになるわけですが、そのきっかけは金融取引の取引先が「売戻し」に応じることができない(ホンダトレーディング社の債権回収が困難になった)ことがきっかけとなり、その報告がなされたことによるものであります。つまり自浄能力が発揮されて社内調査の結果、不正がみつかった、というものではありませんので、「件外調査」の必要性が高い、ということであります。
社外の第三者の素朴な印象としましては、組織のいろいろなところで、同様の架空取引が行われている可能性がある、ということです。「徹底的に他の部署も調べてみましたが、幸いほかの部署では同様の取引は認められませんでした」という結論を、合理的な仮説、合理的な調査方法、そして合理的な証拠を持って説明する必要がございます。(恥ずかしながら、私はこの件外調査で失敗した経験がございます)社内の内部監査で不正がみつかった、内部通報をきっかけに社内調査が先行した、という事例であれば、他の部署では存在しなかったという結論は比較的容易に信用してもらえるのでありますが、第三者の指摘や関連部署での事件発生によって不正が明るみに出た場合には、どうも「企業風土」として不正が蔓延しているのではないか、という社会的評価を受けかねませんので、慎重な調査活動に工夫が要求されます。
内部統制報告制度では、トップダウンのリスク・アプローチによって評価範囲も絞られていきますし、またこのたびの改正法では制度の簡素化が進みそうなので、今後はますます今回のようなノンコア事業における不正事例が増えそうであります。たしかに企業全体の業績からすれば、不正による損失はわずかかもしれません。しかし、不正を見抜けない企業風土・・・という評価はつきまとうわけでして、こういった社会的評価を断ち切る必要はあります。重要なのは、不正はどのようにして発見されたのか、また同様の事態は他部署では起こっていなかったのか、それはなぜか・・・・・というあたりをきちんと特定し分析することだろうと思われます。先日、ある上場会社の社長さんが「子会社のコンプライアンスの大切なことは、同じ目標に向かって頑張る意識を社員全体が持っているかどうか、ということにつきる」とおっしゃっていましたが、これは結構重要な指摘だと思います。まあ、あんまり目標を高く掲げすぎますと、2007年の加ト吉社のように「過度の業績至上主義による現場のプレッシャー」が不正の引き金になってしまいますので、このあたりの絶妙のバランスが要求されるのでありますが・・・・。
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コメント
Honda子会社HT社の事件は、Honda全体からそれほどでもないでしょうが、150億円の損失は売掛金に起因すると了解される。Hondaの発表には、「当該各取引先」とあり、1社ではなかったのでしょうが、不正取引が始まった2004年頃より売掛金は増加していくのが掴めたはず。少なくとも、HT社の内部では把握していないと話がおかしくなる。
HT社の中にも管理部門が存在したはずで、子会社の管理部門の育成というべきか、指導と言うべきか、組織やその会社に応じた管理組織を構築し維持することの重要性を感じます。
投稿: ある経営コンサルタント | 2011年1月25日 (火) 22時46分
HT社のホームページを見ると、食品事業部の属する生活産業事業本部の連結年商は250億円弱(単体でもそれほど変らないので、殆どが本体の取引と推測できます)。
生活産業事業本部は資材事業部・食品事業部で構成され、食品事業部は大豆課・水産課・ヘルス&ウェルネス課に分かれているので、水産課の年商はどんなに多く見積もっても30~60億円と見るのが妥当でしょう。すると年商の数倍の売掛債権・在庫を抱えていたということになります。内部監査部門がこれを把握していないということは考えにくい(資産の回転期間を計算するのは財務分析のABCです)のですが、あるいは内部統制システムの構築に問題があるのでしょうか?
投稿: skydog | 2011年1月26日 (水) 19時58分
ある経営コンサルタントさん、skydogさん、ご意見ありがとうございます。重要性という意味では無視できない程度のものであること、ご教示いただきましてありがとうございます。知り合いの会計士の方にお聞きしたところも、ほぼ同様のご意見でございました。
本件の後にも何件が子会社の不適切会計に関するリリースが出ていますね。私は内部統制の構築に問題があると考えています。ただ、こういった企業集団における内部統制が真剣に議論されるようになって、まだ日が浅いこともありますので、今後少しずつ実効性のある統制事例が増えてくるのではないか(私自身も、そのような取組みに関与しております)と思っております。
投稿: toshi | 2011年1月31日 (月) 01時43分
toshi先生、ありがとうございました。
メルシャンさんとの共通点は、①ノンコア事業,②担当者の固定化,③水産関連事業ですが、③水産関連だから「サバ読み」が付き物という冗談はさておき、①ノンコア事業のリスク管理にどれだけのコストを掛けるかは悩ましい問題だと思います。また②にしても担当者のシャッフルによる社内コストは決して小さくありません。内部監査・監査役監査も人的資源に限りがあるのですから、異常値に対してアラームが自動的に表示されるようなシステムがないかなぁと考えております。
3月2日の日本監査役協会の研修会は、私も申し込みました。楽しみにしております。
投稿: skydog | 2011年1月31日 (月) 20時00分