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2011年1月27日 (木)

田辺三菱未試験薬販売事件にみる「内部告発」の脅威(その1)

前橋市が内部通報報奨制度を施行するそうであります。内部通報をした職員に対して現金や図書カード(1万から2万円相当)などの報奨を付与する、というものであり、内部通報(内部告発)に対価を付与するという制度はおそらく日本では初めてではないでしょうか。内部通報を促進することが主たる目的というよりも、報奨制度が存在することの「威嚇的効果」(不正の予防的効果)を狙ったものなのかもしれませんね。報奨金には税金が使われますので、費用対効果が市民に理解できるような説明が必要だと思われます。ただ、前にもご紹介しましたとおり、昨年11月に我が国はISO26000(組織の社会的責任に関する国際規格)を承認しておりまして、そのなかでは内部通報制度の整備と運用が重要な評価基準のひとつとされております。したがいまして、報奨制度が実際に良質の内部通報の増加につながるかどうかは別としまして、今後民間団体、公共団体にかかわらず内部通報制度の実効性を高める施策を(対外的なアピールとして)公表するところが増えるのは当然のことと思われます。現に海外ではCSRの一環として内部通報報奨制度が導入される例も増えておりますので、特に珍しくないように思います。

さて、昨年6月、試験データ改ざん事件(メドウェイ事件)の再発防止策として「内部通報制度を充実させます」と宣言されておられた田辺三菱製薬社におきまして、グループ子会社でふたたび未試験の注射薬が販売されていたことが発覚し、朝日新聞の第一報をはじめ、すでに多くの報道がなされております。発覚の経緯を詳細にみていきますと、①常勤監査役が業務監査において未試験販売の疑いを発見、同時に子会社従業員が子会社および親会社に内部通報→②親会社において社内調査開始→③社内調査の結果、未試験販売の事実なし、と認定そして報告→④子会社従業員 報道機関に内部告発→⑤報道機関、親会社に不正事実に関する問い合わせ→⑥親会社、社外調査委員会設置→⑦社外調査委員会、未試験販売の事実を認定→⑧親会社、厚労省へ社外調査委員会の報告内容を届出→⑨朝日新聞が不正事実を報道、といったところのようであります。(これを受けて、厚労省では薬事法違反の事実の有無につき、すでに工場等の立ち入り検査を開始した、とのこと)

記者会見の内容によりますと、子会社工場では、出荷前の最終試験を担当官が8年以上、ひとりで行っていたようでして、(朝日新聞朝刊記事からですが)工場内ではすでに長年噂になっており、「告発はしないように」「会社がなくなったら困るもんね」「外に出たらまずい」といった話も出ていたそうであります。本件の事件内容はまた有識者の方々による検証委員会の報告で詳細になると思われますが、企業コンプライアンスの視点からは、いろいろな問題点が浮かび上がる事件であります。とりわけ内部通報に対する社内の対応に不都合がある場合、すぐさま通報者はマスコミへの内部告発に向かうわけでして、もはやこれは典型的な内部告発の脅威として受け止めなければならないと思います。このたびは、上記事実関係の流れからみますと、新聞記者からの質問内容からみて、もはや隠ぺいすることは困難と判断したため、(おそらく法律顧問等の意見も聴取したうえで)社外の第三者委員会設置に踏み切ったものと推測いたします。

各論的にみていきますと、まず関心を抱きますのが未試験販売という不正の発見に関する筋道であります。いかにして社内で不正が発見されるか?というのは企業コンプライアンスの永遠の課題でありますが、このたびは典型的なパターンのようです。つまり、①通常ならば試験で使われているはずの道具や装置などを、当該試験担当者が使っていない、②たとえ道具や装置などが使われていたとしても、試験結果の数と、道具や装置の仕入れの数とが合わない、といったところに社内で不審に思った社員がおり、これらの事実をもとに社内の噂などを総合して内部通報に至ったもののようであります。ロイターさんの記事によりますと、この従業員は昨年の8月以降、問題の試験担当者の後任の方が疑念を抱いた方のようでありますので、やはり技術者でなければ不正が見抜けないものであったこと(いわゆる「技術者倫理」の問題)、職場のローテーションが不正を予防する実効性が高いことが窺われます。(なお、子会社の常勤監査役さんが昨年9月ころに業務監査において疑念を抱いた、との報道がありますが、これは監査役さんに当初内部通報が届いたのか、それとも監査役自ら発見したのかは定かではございません。私自身はおそらく前者ではないかと推測いたします)このような根拠による内部通報に対して、はたして社内調査委員会ではどのような理由で「試験は実際に行われていた」という結論に至ったのでしょうか?朝日新聞の26日朝刊記事では、試験を実施していたことをうかがわせるデータが偽造されており、調査委員会はこの記録をみて「実施されていた」という結論に至ったようでありますが、それであればあまりにも社内調査がお粗末なように思えます。調査を担当していた者には、「事なかれ主義」の気持ちが入り込み、かなりバイアスがかかっていたことはやむをえないとしましても、「内部通報制度を充実させる」と宣言されていた企業として、通報制度をどのように運用しておられたのか、このあたりの詳細なご説明があれば、と思います。

たしかメドウェイ事件が発覚したときの報道だと記憶しておりますが、あの事件も平成22年4月15日の読売新聞、同月16日の朝日新聞の記事によりますと、試験データ改ざんの件が内部通報によって上層部に上がってきたのであります。そして上層部はこの通報に対して「また、社内の派閥争いによるガセネタだ。適当に処理しておこう」といった認識を持ち、このような共通認識が社内に蔓延し、結局のところ通報内容の真偽につき十分な調査が行われなかった、とのことでした。しかし、同様の状況はどこの企業にも起こりうる問題点でありまして、会社に重大な影響を及ぼすおそれのある通報が届いた瞬間から、社内の方々がみなさん、自分が「こうあってほしい」という方向での正当化理由を探し、そこで安心してしまうのであります。おそらく、今回の件における社内調査委員会の調査担当者の方々にも、同様のバイアスが働いていたのではないか?と推測いたします。(長くなりましたので、続きはその2とさせていただきます。)

1月 27, 2011 内部通報制度 |

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コメント

 田辺三菱社には、ミドリ十字時代を含めて過去をたどれば、更に沢山の不都合な事実があったと推測します。試験を省略することはルール上良くないことは分かっているが、それまでの経験から、省略しても品質上問題ないと判断されることもあったと思います。類似の薬を何十年も作っている会社に対しても、経験が無く、初めての分野の製品を作る会社にも同等の試験を課しているからです。
 田辺三菱社としては、今後はルール通りやると決断したのでしょうが、過去に遡って、問題を洗い出したくないというのが本音でしょう。試験を省略して、架空のデータで認可されたり、今回のように試験を省略して出荷し、結果論として、問題ない製品を出荷した過去の事実に対して時効という考え方はあるのでしょか。

投稿: yoshi | 2011年1月30日 (日) 11時24分

yoshiさん、有益な示唆ありがとうございます。こういった事例は製薬以外の世界でもありそうですね。試験制度よりも、自社の安全基準のほうが信頼が高いのだから、そちらでクリアすればいいではないか・・・というのがいわゆる「正当化根拠」になったりするのかもしれません。
試験のほうは「チャンピョン品」(隠語)で間に合わせて、とりあえず取引先に迷惑をかけないように出荷する、というのが結構ありそうです。これはコンプライアンスの本質を突くような問題かもしれませんね。

投稿: toshi | 2011年2月 2日 (水) 01時29分

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