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2011年2月28日 (月)

京大入試問題漏えい事件と「偽計業務妨害罪」

まぁ、18~19歳の未成年者がやったんだから・・・、などと最初は安易に考えておりましたが、(複数人関与の可能性も浮上し)意外に大きな問題に発展しておりますし、2月28日には大学側が京都府警に被害届を提出するようですので、本件に関して少しばかり感想を述べておきたいと思います(ほとんどビジネス法務とは関係ございませんが)。すでにご承知のとおり、京都大学の二次試験の最中、ある受験生がネット掲示板に試験問題を流出させて掲示板上で他者による回答を得ていた、という件です。facebookでは発信者情報開示(プロバイダー責任法)の機能不全こそ問題では?といったご意見が強いようですが、とりあえず世間的には偽計業務妨害罪との関係で話題になっておりますので、そっちのお話であります。

27日の各局ニュースによると、京大入試漏えい問題で大学側の記者会見が行われ、偽計業務妨害罪の疑いがあるため被害届を提出する、とのこと。(毎日新聞ニュースはこちらです)偽計業務妨害罪といいますのは、「人の業務の平穏」を保護法益とした刑法犯(233条)です。偽計を用いて人の業務を妨害した者は3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。「偽計を用いる」といいますのは、人の業務を妨害するために他人の不知又は錯誤を利用する意図をもって錯誤を生じさせる手段を施すことをいいます(大阪高裁昭和29年11月12日判決参照)。また、入試事務は受験生の自由を拘束するものではありませんので、京都大学という国立大学法人(みなし公務員)であっても「非権力的公務」に該当し、偽計業務妨害罪における「業務」に該当します(京都地裁昭和44年8月30日判決参照)。

ところで、本件が大きな話題となるのは、やはり「不正をやって受かるヤツがいたらけしからん、真面目に勉強してきた受験生がうかばれないじゃないか」という点ではないかと。これは京都大学関係者の記者会見内容からも窺われます。つまり入試の公正性、ということが問題となるのですが、そうしますと、「横の受験生の答案をカンニングする」とか「親のコネで裏口入学をする」ということとの区別はどうするのか、という疑問が生じます。また、一時期流行した「替え玉受験」もやはり偽計業務妨害罪となるのでしょうか?秋田大学医学部騒動(ニュースはこちら)のように、教授が合否情報を受験生に漏らす行為はどうなるのでしょうか?私の素朴な感覚では、少なくとも一般のカンニングは、たしかに入試制度の公正を害する行為ではありますが、偽計業務妨害罪という刑法犯に該当するようには思えないのであります。また入試制度の公正性、ということを強調しますと、それでは「公正な試験が侵害されたので、もう一回試験をやり直します」といった意見も出てきそうな気もいたします。

そこで、今回のように携帯とネット掲示板を活用して不正受験をしたケースと、一般のカンニングを区別でき、なおかつ「もう一回試験を行う」ことを回避するためには、単に公正な入試業務が害された、ということではなく、大学側の情報管理業務が侵害されたことを「法益侵害」と捉えるべきではないでしょうか。そもそも「いったい何が入学試験の公正性なのか」という点は、侵害された者による主観的判断に左右されるものであって極めて不明瞭であります。「入試の公正性」については、国家権力が介入するよりも、大学の自治に第一次判断権を委ねて、たとえばカンニングが発生した場合の処分や、裏口入学が発覚した場合の対応は大学側に任せる、とするのが適切かもしれません。しかし大学の情報管理業務の平穏は、試験終了までに不特定多数の者が試験問題を閲覧できる状況におかれることになりますので、試験制度が成り立たないほどの重大な事態を生じさせます。さらに入試業務を行う大学の信用にも関わることになります。そこで今回の例では、大学の情報管理業務に焦点をあてて、偽計業務妨害罪の適用の可否を検討することになるのではないか、との感想を持ちました。このような考え方ですと、たとえ流出させた受験生が落第していても、その犯罪の成否には影響しないことになります。「どうせ落ちたんだから、入試業務への影響は軽微だった」などという抗弁は成り立たないと思われます。結論としましては、大学側に知られないようにネット掲示板と携帯電話を利用して、試験終了前に試験問題を流出させるわけですから、やはり偽計業務妨害が成立しそうな気もしますが。

過去の替え玉受験問題でも、入試制度の公正性が侵害されたことには間違いないわけですが、有印私文書偽造、同行使罪が適用されており、「替え玉受験」特有の行動を捉えて犯罪行為を立件しています。これもやはり「ズルした奴は許せない」というのが世間の感覚であると思いますが、あえて「入試業務の公正」という点ではないところで社会的な要請に答えたのではないかと推測いたします。いずれにしましても、ネット掲示板を活用しての情報流出など、すぐにバレて騒ぎになることは予想できそうですから(笑)、やった本人は意外と単純な気持ちから行動に及んだのではないか・・・・・と思うのでありますが、いかがなもんでしょうか(^^;

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2011年2月27日 (日)

大手企業社員の破廉恥罪と企業の社会的信用への影響

コンプライアンスセミナーでは毎度申し上げているところでありますが、一般的に世の中に名前が知れ渡っている名門企業の社員の方が、痴漢・盗撮・児童買春などのいわゆる破廉恥罪を犯してしまったとき(身柄拘束されたとき、もしくは在宅でも起訴されてしまったとき)、その社員の方の名前とともに、会社名が付記されます。以前、某新聞社の社会部記者の方にお聞きしたところ、「公表したほうが、ニュースの公益性が高まると判断した場合には社名を付記します」とのことでありました。つまり、皆様方のお勤めになっていらっしゃる会社の方が刑法犯で逮捕された場合、そこに社名が付記されている場合には、かなりの名門企業と一般的には評価されている、ということになりそうです。なお、横領背任など、会社が被害者のケースでは、調査が先行しますので「D社元社員、40億円横領」という見出しになりますが、破廉恥罪のケースは、ほとんどが会社にとっては寝耳に水でありますので、現役社員の犯罪、つまり「M社部長逮捕」という見出しになってしまいます。

ただ、破廉恥罪で社員が逮捕された場合に、社名が冠として付いていなかったからといって安心はできません。とくに上場会社の場合にはヤフー掲示板がございます。「昨日、新聞で痴漢で逮捕された、と報じられていた○○という人は、たしかこの会社の総務部長さんだよね」というパターンがありますので要注意。また新聞報道でもヤフー掲示板でもそうですが、身柄拘束された後、結局起訴されなかった、という結末については誰も公表してくれません。つまり名誉挽回のチャンスはほとんどない、ということになります。以前、社員によるインサイダー取引が、情報管理のずさんさ、というフィルターを通じて企業自身の社会的信用を毀損することを取り上げましたが、個人的犯行である破廉恥罪についても、企業の信用を事実上毀損してしまうケース、というのもあるように感じております。

本日、東証一部の名門企業の法務部長さんが盗撮で逮捕されてしまいましたが、やはり大々的に社名入りで報じられてしまいました。某不祥事によって、2月に愛知県警から会社自体が告訴されていますので、法務部長という立場上、そういったことによるストレス等があったのでしょうか?会社の中もたいへんでしょうが、こういった事件が報じられますと、50代という年齢もあり、なんともやりきれない気持ちになりますね。。。

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2011年2月24日 (木)

イマドキのMBO事情への「独立役員」としての危惧感

東証の斉藤社長さんの定例会見(22日付け)でのご意見(MBOは株主を愚弄したものだ)は様々なところで反響を呼んでおりますが、ロイターのニュースが最も正確に会見の様子を伝えているように思いました(株主への説明回避が目的のMBO、投資家を愚弄)。斉藤社長さんも、決してMBOそのものが悪いと言っておられるわけではなく、MBO決議にいたるまでの投資家への説明や、手続き上に不正がないか、MBOのプライシングに不正がないかは、当然チェックしないといけないという点を強調しておられるのではないかと思います。

大株主と仲が悪くなったうえに、米国系ファンドから同業他社が一気に10%の株を取得して業務提携を迫り、またその大株主と同業他社が今後の役員構成について協議する、といったパルコ社(東証1部)のような事例をみますと、株主を気にせずに長期的視野で経営をしたい、と考えるMBO趣向の企業の気持ちもなんとなく理解できそうな気がいたします。しかし忘れてはならないのは、あの粉飾決算で話題となりましたシニアコミュニケーション社の第三者委員会報告書の内容であります。シニア社は、粉飾決算を永久に閉じ込めるために、MBOを真剣に検討し、最終的には支援者が現れなかったために断念した、ということでありました。ちなみに、第三者委員会報告書の内容を復元すれば、

(7) MBO
平成21年1月ころ、リーマンショックに端を発した経済不況に伴い株式市場が低迷しており、特に、マザーズ市場を含む新興市場への影響は甚大で、当社(シニアコミュニケーション社)株価も大きく下落していた。M氏(同社財務担当取締役)は、このような環境下、多くの上場会社が、MBOやM&Aを検討しているということを多数の証券会社、M&Aサポート会社、経営コンサルティング会社などから聞くに及び、かつ、実際にいくつか具体的な提案を受けていた。M氏は、架空計上の隠蔽のための一つの手法としてMBOを実施すべきであると考え、Y氏(同社社長)に相談したところ、同氏もこれを了承した。そこで、M氏は、MBOを実行すべく、M&Aサポート会社と契約し、資金調達を試みたが、資金調達環境が厳しい折、MBOに必要なローンが組成できないということでその実行を断念せざるを得なかった。
(8) 長期営業債権
M氏は、ソフトウェアの架空計上による入金填補を進め、かつ、MBOの検討を進めていた。しかし・・・・・

ということでありました。私もけっしてMBO自体が悪いものばかりだとは申しませんが、ここのところ証券会社さんやVCさんがMBOを上場会社に勧めておられるケースもあり、また金融機関も投資ファンドに資金提供できる体制が整っていることから、こういったシニア社のように、企業の不正が発覚しないようにするため非上場化を図る、というケースもなかには存在するのではないか、と思います。「そんな会社に融資する金融機関なんて、あるわけがない」と考えてしまいそうですが、それは後出しジャンケン的発想であり、これまでの粉飾事案がそうであったように、事業の将来性判断には厳格な金融機関であっても、過去の粉飾発見については審査能力に乏しいわけですから、実際に経営者らが組織する組合へ融資をするところが出てきてもおかしくないと思います。

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ところで、MBOにおけるTOB価格のことで、以前から疑問に思っていることがございます。私は(何度も申し上げますが)M&Aにそれほど詳しくない法律家ですので、素人的発想かもしれませんが、MBOによって強制的に排除される一般株主は、なにゆえ一株あたり時価純資産価格よりも低いTOB価格を適正価格として、これに応じなければならないのか、ということであります。MBO手続により、当該会社の一般株主は強制的に排除されてしまうわけでありますが、その株主は、会社がその時点で清算してしまったら得られる経済的価値よりも低いTOB価格を合理的な価格とみて、これに応じなければならないのでしょうか?私のように独立役員の立場からいいますと、会社が(ファンドによって)時価純資産価格よりも低いTOB価格による買付提案を受けた場合に、どのような合理的な理由もしくは株主に説明のつく理由で、MBOを行うこと、および買付希望者の提案価格が適正であることについて賛同するのでしょうか?もちろん、一株あたり純資産額よりもTOB価格が高いものであれば、これまでのMBO事案同様に、価格の合理性判断の問題になるのでしょうが、最近のMBO事案のなかで、このように一株あたり時価純資産価格よりも低いTOB価格が出現したものですから、はたしてこれって裁判所において「公正な価格」とはみなされないのではないか、と疑問を抱いた次第であります。今の時点で「TOB価格は適正である」と主張する根拠が説明できなければ、後日、価格決定申立事件で、より高い金額が「公正価格」と判定された際に、TOB価格に賛同した役員の注意義務違反・忠実義務違反が指摘される可能性は極めて高いのではないでしょうか。

そもそも会社法では、残余財産分配請求権は、自益権の根幹をなすものであり、いわば普通株式の基本的要素であります。にもかかわらず、非支配株主から支配株主に、MBOを境にして富の変動が生じるような結果になるのは、いったいどういった理屈で適法だとされるのでしょうかね?たとえば幻冬舎さんに対するTKHDさんの公開買付届出書(添付書類-株価算定書サマリー)をみましても、純粋にDCF+プレミアムによって株価算定したことだけがサマリーとして記載されているだけでして、一株当たりの純資産価格(2月15日の日経クイックニュースや、会計士さん方のブログなどを読みますと、おそらくDCF算定価格+プレミアムよりも10万円以上高い)を考慮した節もないようであります。一般株主が「少数株主」であるがゆえに被る損害は、「このまま上場企業でいてほしいけれども、多数株主が非公開化することに合意、ということなので、その結果を甘んじて受ける」ということでありまして、富の変動まで甘んじて受けなければならないものではないと思います。また、株式買取請求権の行使の場面であれば、「残るか残らないかは自己責任」ともいえそうですが、MBOは全部取得条項付種類株式の取得によって強制的に一般株主が排除される場面ですから、株主としては「事業継続を前提とした計算」を問題とすることなく、純粋に清算価値との経済的価値の比較が許容される場面かと思われます。私が幻冬舎の独立役員だったら、このあたりをどのように一般株主に説明してよいのか、ちょっと未だに思案にくれているところであります。また、それ以前の問題として、社内の取締役からどのような説明を受ければ、独立役員として満足できるのでしょうか?

もしこのあたり、専門家的意見ではなく、一般の株主にも、また「公正価格」を判断する裁判官にも理解できるような説得的理由をご存知の方がいらっしゃいましたら、どうかご教示いただければ幸いです。

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2011年2月22日 (火)

内部通報(内部告発)は必ず連鎖反応が生じる

今朝(2月21日)の日経新聞法務インサイドでは、公益通報者保護法施行5年にあたり、予定されていた法改正の見通しが立たない模様であることが報じられておりました。すでに当ブログでもご紹介しましたとおり、公益通報者保護法の使い勝手が悪すぎるために、これを活用する従業員はほとんどいないのではないか、と思われますが、それ以前の問題として、そもそも公益通報者保護法自体を全く知らない方も多いのが現実であります。したがいまして、まずは公益通報者保護法の周知徹底を図り、なおかつその活用状況をもう少し検証することが必要、ということになりそうです。

上記記事でコメントを述べておられる弁護士の方々がおっしゃるとおり、匿名による内部告発がネット掲示板(動画も含めて)に流れる事態が今後増えることは間違いないところであります。では、なぜ「匿名による内部告発がネット掲示板に流出すること」が企業にとって好ましくないかと申しますと、もちろん企業の不正が社外に流出することによる企業の信用毀損ということもありますが、それと同時に「二次不祥事」を招来する点がもっとも恐ろしいからであります。

まず、匿名による告発で不正事実が不確かな情報として流出した場合、企業はこれを隠すもしくは否認する方向で動くケースがあります。しかしこれは内部告発者の気持ちを逆撫でするものでありまして、マスコミにさらに詳細な事実を(証拠をつけて)告発するケースへと発展いたします。これで企業の「不祥事体質」が明確に世間に公表されることになります。やはり何の前触れもなくいきなり不正事実が流出するとなりますと、企業側にも対応準備の時間がないため、一般社会の常識では考えられないような行動に出ることも致し方ない面もあるのかもしれません。

つぎに、私が企業側で経験するもっとも多い二次不祥事は、ひとつの不祥事についての内部告発が行われ、これが世間的に話題になりますと、通報窓口にも、またマスコミにも次から次へと同様の、もしくは全く別事件の不祥事に関する内部通報や内部告発が届けられる、という事態であります。たとえば会計不正事件が発覚して、第三者委員会が設置されると、そこへ別の性能偽装事件に関する不正の通報が届き、1年後に別の不正に関するリリースが公表される(これはある東証1部の会社で実際に最近発生した事例であります)、という事態や、NOVA事件の際、行政当局が調査に動いたことが新聞で報じれると、直ちに不正を裏付ける証拠となる通報が相次いで行政当局に届く、といった事例などであります。

先週金曜日(2月18日)、リスクマネジメント・コンサルタント会社であるデイー・クエストさん主催のセミナーで講演させていただきましたが、終了後の懇親会で、企業の内部通報窓口担当の方10名ほどに、各社の状況をお聞きいたしました。最近、不祥事で大きく報道された某会社のコンプライアンス統括室の方も来られておりましたが、非常に興味深かったのは、不祥事が大きく報じられた会社さんの場合、内部通報が一気に増えた会社さんが多いという事実であります。なかには、半年間で70件以上の内部通報が届いた、という企業もあり、それは不祥事が大きく報じられて、これをきっかけに多数の不正事実に関して通報が届けられたようであります。つまり内部通報や内部告発も、平時の企業にとっては身に降りかかる不利益が気になるのか通報が少ないわけですが、いざ企業が有事となりますと、おそらく従業員の方々にも不利益制裁を受けるリスクが低減することから、一気に勤務上における不正事実が、内外に持ち出されるのではないか、と考えます。

内部通報制度を拡充すること(上手に運用すること)で、社外に情報がいきなり流出するリスクを低減できることは間違いありませんが、こういった内部通報・内部告発の連鎖反応を抑止するためにも、きわめて実効性が高い制度、と言えそうであります。

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2011年2月21日 (月)

本日(21日月曜)、毎日新聞夕刊「かんさい元気人」に登場します。

拙ブログをご贔屓にしていただいている関西の皆様に、少し早めのお知らせでございます。

私事で恐縮ですが、本日(2月21日)の毎日新聞(関西版)夕刊の「かんさい元気人」は、不肖私が登場いたします。(^^;; 内部通報・内部告発が企業に及ぼす影響や、「闘うコンプライアンス」につきまして、私の思うところを新聞読者の皆様に向けてインタビュー形式でお答えしております(聞き手は毎日新聞経済部の田畑編集委員さんです)。

紙面半分程度(写真入り 1400字程度)、ということでして、ちょっと恥ずかしいのですが、企業コンプライアンスや内部告発の現状を一般の方々にも知っていただく良い機会かと思いましたので、インタビューをお受けすることになりました。記事の内容はチェックさせていただきましたが、女性カメラマンさんの写真選択には全く関与しておりませんので、かなり不安がございます。関西地区の方だけではございますが、またよろしければご覧ください。<m(__)m>

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2011年2月20日 (日)

レックスHD損害賠償請求事件の東京地裁判決(速報)

今年に入ってMBOを行う企業が多いことがよく報じられておりますが、2月18日金曜日に東京地裁第15民事部にて、レックスホールディングス元株主損害賠償請求訴訟の第一審判決が出たようであります(過去のエントリーはこちらでございます。ご参考までに。まだ新聞等では報じられていないようですね)。元取締役、元監査役の方々は、とりあえずホッと胸をなでおろしておられるのではないか、と。つまり、原告(元株主)らの請求が棄却されております。

しかし、2008年ころの価格決定申立事件では、地裁決定と高裁決定では大きな価格の違いが出ました(23万円→33万円でしたっけ?)し、元役員の善管注意義務、忠実義務違反の有無を争う本件も、また高裁で違った内容の判決が出る可能性が十分ありそうな(ツッコミどころが多い)判決内容と理解をいたしました(なお、これはあくまでも外野の弁護士の主観的な意見でございます。あしからず。具体的にどこ、というのはちょっとエチケット違反になりそうなので差し控えさせていただきます。判決文の重要なポイントだけしか未だ読んでおりませんし・・・・・)。日本の取締役にレブロン義務が課されるのか?という点も諸説あるようで。。。たぶん、原告の皆様も控訴される方が多いと予想しております。

とりあえず速報版ということで失礼いたします。

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2011年2月18日 (金)

企業不祥事発生時の「第三者委員会」はなぜ嫌われるのか?

(2月20日 第三者委員会制度に詳しい方から、一部訂正したほうがいいのではないか、とのご指摘を受け、誤解を招いたり、私自身に理解不足の点がございましたので、一部訂正させていただきました。赤字で訂正をしております。また、本日朝日「法と経済のジャーナル」にて、日弁連第三者委員会ガイドライン作成に携わった先生方の詳細なインタビュー記事が掲載されておりますので、そちらをご参考ください。)

1月31日の日経新聞法務インサイトにおきまして、上場会社を対象としたアンケート調査の結果が出ておりました。企業に不祥事が発生した(発覚した)際に、事実調査や原因究明、責任追及を目的とした、いわゆる第三者委員会によって調査してほしい不正行為のトップが「役員が関与している不正」(73%)ということだそうでして、これは事の性質上、当然のことかと思います。

ただ、たいへん興味深かったのが日弁連が昨年7月に公表(12月に改訂)いたしました「第三者委員会ガイドライン」に準拠して調査すべきか?という問いに対しまして、「ガイドラインに準拠すべきである」と回答された企業はわずか10%であり、「参考にはするが、完全に準拠する必要はない」との回答が圧倒的に多かった、ということであります。今回のアンケートは時価総額上位150社ということですから、そもそも社内調査のスキルをきちんとお持ちの企業さんが多かったことも影響しているのかもしれません。ただ、それでも「日弁連のガイドラインには必ずしも準拠しない」と明言されておられるわけですから、どこに問題があるのか少し考えてみる必要がありそうです。

ここのところ会計不正事件が発覚した上場会社の適時開示を閲覧いたしますと、社外調査委員会の設置とともに、当該委員会は日弁連ガイドラインに準拠して報告をいたします、といったことを明記することが増えておりますし、東証の上場会社向け危機管理マニュアルにおきましても、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会の設置を勧めておられます。したがいまして、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会が歓迎される向きも多いのではないか、とも思われます。しかし、結果は上記のとおりであります。私は不祥事を起こした会社の信用再生委員に就任したり、内部通報窓口に新たに就任したり、またセミナーに招かれる機会などを通じて、第三者委員会の報告書が出された後の企業担当者の方とお話をすることがありますが、そこで担当役員や職員の方々が受けた「第三者委員会」の印象としましては、かなり批判的な意見が見受けられます。

「なぜ第三者委員会が嫌われるのか」というのは、少しタイトルが大げさではあります(関係者の方々に叱られそうです)が、私がコンプライアンス統括役員や担当社員の方々から見聞きしたところを、私見も交えて概括的にまとめますと、だいたい以下のようなところに不満の種があるように思います。なお、これは日弁連第三者委員会ガイドラインを批判しているわけではなく、今後(自分を含めて)委員に就任する場合に、委員と会社の役職員との認識のズレをすこしでも解消するための前向きな示唆、とお考えいただければ幸いであります。

1完全な独立性の確保

「第三者委員会」という名前のとおり、ガイドラインは委員の独立性を求めています。しかも、独立した委員のみで構成されることが望ましいとされています。たとえば不祥事を起こした会社の顧問弁護士や、社外役員でも、就任を控えるべきだ、とされております。また、事務局に協力する社員には厳しい情報管理が求められます。しかし、時間的制約のなかで事実を解明するにあたり、完全に独立した委員のみで構成される委員会が、どこまで真実にアクセスしうるか・・といいますと、これはかなり限界があるように思います。また、不祥事の原因究明のためには、過去の出来事などのヒアリングも必要となりますが、社内の事情に精通した人間がいなければ、なかなか効果的な調査が進められないようであります。これがまず、役職員の疑心暗鬼を生む要因になっているのではないか、と思われます。

(ご参考まで)

第2.第三者委員会の独立性、中立性についての指針
1.起案権の専属
調査報告書の起案権は第三者委員会に専属する。
2.調査報告書の記載内容
第三者委員会は、調査により判明した事実とその評価を、企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載する。
3.調査報告書の事前非開示
第三者委員会は、調査報告書提出前に、その全部又は一部を企業等に開示しない。

顧問弁護士は、「利害関係を有する者」に該当する。企業等の業務を受任したことがある弁護士や社外役員については、直ちに「利害関係を有する者」に該当するものではなく、ケース・バイ・ケースで判断されることになろう。なお、調査報告書には、委員の企業等との関係性を記載して、ステークホルダーによる評価の対象とすべきであろう。

2自由心証主義・灰色認定・疫学的証明の許容

これもまた、多くの会社で不満要因として聞かれるところであります。不正調査にあたり、認定すべき事実の証明程度は「灰色」にならざるをえない場合があります。また「統計的にみて、こういった傾向が強い」という経験則を活用してもよい、ということになっております。たとえば(ちょっと極端な例で恐縮ですが)、携帯電話のメールの復元によって八百長相撲の事実が発覚した、という報道がなされた後に、疑惑の力士が「形態を壊してしまった」とか「紛失してしまった」という理由で、携帯電話の調査を拒否した場合、八百長相撲をやっていたと認定する、というタイプの事実認定をやってもかまわない、ということであります(ここは修正:「灰色認定」とは、グレーと判断される事情を示してグレーと結論づけるものであります。また、「疫学的認定」とは、調査の過程や結果から得られる統計数字に基づいて組織の問題を浮き彫りにする手法であります。失礼いたしました。)もちろん「灰色という条件付きで」ということを報告書に明記するわけですが、報告書を読むほうからすれば、第三者委員会が認定したのだから間違いないだろう、といった印象を持たれるわけであります。調査を受ける(受ける可能性のある)社員にしてみれば、たとえ灰色でも「あなたは不正を犯した」ということを、不十分な証拠によって断定されるのではないか?という不安にかられるわけでして、これがとても恐怖を感じることになるのであります。

(以下、ご参考)

(2)事実認定に関する指針
①第三者委員会は、各種証拠を十分に吟味して、自由心証により事実認定を行う。
②第三者委員会は、不祥事の実態を明らかにするために、法律上の証明による厳格な事実認定に止まらず、疑いの程度を明示した灰色認定や疫学的認定を行うことができる。

3原因究明・再発防止策重視の調査

相撲協会の特別調査委員会が、全力士へのアンケート調査を行った、という報道に対して、マスコミ各社が「アンケート調査で八百長をやりました、なんて回答するバカな力士がいるわけないだろう」と批判しておられましたが、あのアンケート調査は回答者に不正行為を告白(もしくは告発)してもらうためだけではありません。要はアンケートを通じて、当該組織の持つ企業風土や構造的な欠陥の有無を調査することが主たる目的だと思われます。CSRの発想に基づき、不祥事の発覚によってステークホルダーに現実化した被害を取り除くことが第三者委員会調査の主たる目的である以上、不正事実の調査以上に、不祥事が発生した真の原因はどこにあったのか、同じ不祥事が繰り返されないためにはどのような再発防止策が効果的なのかを徹底的に検討することが要求されるわけでして、いわば再発防止策の検討が重視されることになります。そうしますと、当然のことながら企業風土について踏み込んだ意見を述べたり、先代社長の経営方針の問題点などにも意見を述べることになります。しかし会社の役職員からすれば「昨日今日、この会社にやってきたアンタに、この会社の何がわかるんや」という気持ちになるのは、これまた当然のことでありまして、そこに第三者委員と役職員との信頼関係が失われる要因がございます。

ほかにも、公表するまで報告書の全文を役職員に公開しない、報告書の全文公開を求める(要旨ではなく全文開示が原則)といったことへの不満なども聞かれるところでありますが、おおむね以上の3つの内容に集約されるのではなかろうか、と。

先日、ある証券取引所の審査担当の方とお話ししておりましたら、いまの第三者委員会の調査スピードが遅すぎる、せめて遅いのであれば中間報告くらいはしてほしい、といった要望を語っておられました。委員の側からしますと、迅速性を求められれば求められるほどに、事実認定の証明度が弱くなってしまうわけで、また独立性にも妥協しなければならないものとなります。このあたりの問題に悩みながら調査活動に従事しているのが現実でありますので、明確な正解はないと思いますが、委員と企業の役職員との間で、それぞれ相手の事情をくみ取りながら、その信頼関係を破壊せずに調査を進められることが、最良の結果を残すために必要なのではないかと思います。

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2011年2月16日 (水)

ホンダ子会社の不適切取引発覚と監査役全員辞任の後始末

金融庁の内部統制報告制度(意見書案)改訂版の公表、日本取締役協会「法律専門家による内部統制報告制度への提言」の公表、幻冬舎のMBO成立(立花証券の欠席)、講談社の日本相撲協会および元理事長への通告問題等々、当ブログとしましては、脊髄反射的にどうしてもコメントをしたい話題がメジロ押しでありますが、時間がほとんどございませんので、ホンダ子会社の不適切取引の件について一言だけ(といっても、少し長くなってしまいましたが・・・・)。

当ブログでもすでに「企業不祥事の発覚経緯と件外調査の重要性」でお伝えしておりましたが、ホンダ(登記名 本田技研工業)の100%子会社でありますホンダトレーディング社(以下HT社)の不適切取引に関しまして、本日、親会社による調査の結果と関係当事者の処分結果が公表されております(当社子会社における不適切な取引の調査報告及び再発防止策について-ホンダ社HPより)。預かり在庫取引、および架空循環取引の内容が図式化して解説されておりますので、担当者の不正行為がとても理解しやすくなっております。

10年間の代金水増し仕入れ等による損失額は144億円ということで、決して少ない金額ではありませんが、前にも申し上げました通り、年5800億の売上を計上する企業の、本当に小さな事業部門で発生した不正取引であります。おそらく連結子会社のノンコア事業部門ですから、内部統制の評価範囲外であろうかと思われますし、なかなか目が届かなかったところであったものと推測されます。だからこそ、10年もの間、担当者のローテーションもなく、一人の部下を道連れに不正を繰り返すことが可能だったようです。

しかし本件では、かなり監督責任が厳しく問われているように思われます。不正行為者、その部下は解雇処分が正当だとしても、上司(報告書によりますと、不正に関与していたわけではありません)も解雇処分、経理部長は降格、そして社長以下3名の取締役と、2名の監査役が引責辞任ということのようです。当社代表取締役は、2007年に親会社の執行役員から当社の社長に就任されたようですが、2001年から始まっていたノンコア事業部門の不正見逃しにより引責辞任となるのは、かなり厳しい対応だなァと(私には)うつりました。また、2名の常勤監査役さん方が、今回の責任をとって辞任というのも、この報告書だけを読むかぎりでは「厳しい世界だなァ」というのがホンネであります。

たしかに2007年に、経営陣が「水産事業部の在庫、ちょっと多すぎるのではないか。早急に削減せよ」といった指示を出していたにもかかわらず、その後2010年10月の問題発覚まで在庫削減問題を放置していたようにも思われますので、そのあたりが厳しい社内批判となったのでしょうか?また社内の役職員が、水産事業の知識が乏しかったことから、水産事業部は人事ローテーション制度の枠外においていたことへの非難が強いのかもしれません。また、預かり在庫取引は、一種の与信取引ですから、きちんと与信枠を社内規則で決めておけば、定例監査から非定例監査に移行するタイミングが図れたにもかかわらず、このあたりの整備を怠っていたことについて、監査役が辞任しなければならないほどの反省点があったのかもしれません(以前ご紹介した「三井物産 化学機能品本部における不適切取引の例」などは、まさに内規違反を管理部門が察知して、そこから非定例監査に移行し、不正を発見した好例であります)。

ただ、実際の経営の現場では、HT社の業績の内訳をみれば、ほとんど別事業のほうへ社長以下の関心が向いていたと思われますし、だとすれば、こういったノンコア事業のリスクを監査計画のなかで評価しきれなかったことが最大の反省点だったのではないでしょうか。監査役の方々にとりましては、本件のホンダ社の対応、かなりシビアではないか、との感想をお持ちの方もいらっしゃるのでは・・・。

残念なのは、部下の方が解雇処分とされていることであります。本文にもありますが、HT社では内部通報制度がほとんど機能していなかった、とのこと。もし当該部下の方が通報制度を活用していれば、おそらく早期に不適切取引を経営陣が認知し、早期に手を打つことができたものと思われます(監査役が辞任しなければならない、という事態にもならなかったのでは?)。こういった不適切取引が発覚するといつも思うのでありますが、部下としては、逮捕されたり、懲戒解雇処分になったりするまえに、ぜひ勇気をもって内部通報を活用していただければ・・・・・と思いますね。

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2011年2月15日 (火)

IFRS(国際財務報告基準)と監査役監査基準について考える

東京は大雪だそうでありますが、皆様、無事出社されたのでしょうか?ここのところ、うまい具合に新幹線が正常運転できる日程で出張しておりましたが、今回も大雪と重ならずにほっとしております。本日(2月14日)は私が監査役を務めております会社において、会計監査人と監査役との監査報告会でありました。当社の会計監査人は新日本有限責任監査法人さんです。これまで何度も監査報告会をやってきましたが、今日は一番ホンネのお話ができ、監査業務を行う上でたいへん参考になりました。内容は、また一般化した形で(守秘義務に反するおそれがない形で)、別の機会にブログネタとして書きたいと思います。

さて、監査役と会計監査人との連携・協調といえば、最近読了いたしました「監査役制度の形成と展望」(佐藤敏昭著 成文堂)のなかに米国監査委員会報告の歴史と実状に関する解説がございます(205頁以下)。米国の監査委員会報告の中身は、2002年の米国SOX法規制以降、本格的に整備されていくわけですが、監査委員会報告書の実例を読みますと、なかなかオモシロイですね。日本の監査役監査報告と、分量でいえばそれほど変わらないのでありますが、会計監査人との交渉に関する記述や、会計監査人が本当に信用に値する組織を有しているのかどうかを調べた過程、そして会計監査人の監査の方法と結果の相当性を判断した過程等が淡々と記載されております。日本監査役協会の「ひな型」をそのまま使用している日本の監査役監査報告とはだいぶ様子が違うようであります。

著者の佐藤先生が解説しておられる中で最も興味を惹かれるのが「米国の監査委員会では、少なくとも3年に1度は、自社で作成している監査委員会監査基準を『委任状説明書』によって株主に開示している」という点であります。監査委員は出来あいのものを利用するのではなく、自社にふさわしい(最適な)監査基準を作成して、これを株主に公開してしまう、ということのようであります(ビックリ!)。日本でも各企業の監査役会が自前の監査基準を作成して、これを株主総会参考書類に添付する、ということもやってみたらオモシロイかもしれません。とりわけ財務報告の信頼性を監査役が補完する役割がはっきりしますし、また監査役の職務も一般に認知されることになりそうであります。もちろん日本の監査役と米国の監査委員とは、その機関としての位置づけも異なりますが、モニタリング部門も企業の情報開示の一端を担う必要性は、最近のガバナンス改革の流れの中で高まっているのではないでしょうか。

監査基準と会計基準の違いはありますが、今朝の日経ITproの連載記事におきまして、ビジネスブレイン太田昭和の方が「企業財務会計士が日本で活躍できる環境とは」というテーマで米国の経理部門の実態を解説しておられます。そのなかで、経理部門の重要な部署として「経理企画部門」があり、そこはグループ企業の会計基準の策定や企業にとって有利となる会計基準の適用判断を担当する中核組織だそうであります。この部署では「原則に基づいて、しっかりとしたルールを作成するために必要な包括的かつ体系的な会計知識が必要」となり、そのような部署に会計プロフェッションが在籍している、とのこと(米国公認会計士の資格者の数も非常に多いそうですが)。日本の企業にも、そういった組織があれば「企業財務会計士」が生きる道があるのですが、おそらく日本にはそういった会計リテラシーが必要となる経理部門は今後もなかなかできてこないのではないか、といった論調であります。

先の米国監査委員会報告の例といい、また経理企画部門の例といい、やはり日本とはずいぶんとマネージメントとしての会計・監査の意識が異なるように感じます。原則主義といいながら、本当に日本人は自社で包括的・体系的な会計知識を駆使して、自社に適用される(適法な範囲において最も有利な)会計基準を作成もしくは選択できるのでしょうか?ひょっとすると後から「あれは、まちがってました」ということで、虚偽記載のリスクが増えることにならないのでしょうか?米国もIFRSの直接適用について、対応がいまだ混沌としているようですが、そもそも内部統制や新たな会計基準を迎え入れても動じないだけの会計リテラシーを身につけている企業が多いようですので、ずいぶんと日本の事情とは異なるように思います。

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2011年2月14日 (月)

監査役監査とコンプライアンスの接点について考える

ときどきお仕事や研究会などでお世話になっておりますKPMGさんが「日本企業の不正に関する実態調査2010」を公表されたそうで、要旨を興味深く拝見させていただきました。不正の発覚経路につきましては、やはり「内部通報による不正発見」が一番多かったそうであります。また「業務処理統制」や「管理者によるモニタリング」で不正が発見される傾向もここ数年強くなったようですので、やはり内部統制報告制度の実施によって不正の早期発見および不正抑止の効果は、各企業とも、そこそこ出ているのではないでしょうか?

いっぽう監査役監査で不正が発覚する割合というのは極めて低いようです。監査役は本当に監査をしているのか?と言われそうですが、重要なのは、誰かが不正を見つけて、きちんと監査役のところへ報告されるかどうか・・・・・ということですので、まァ現実的な数字ではないかと思います。

さて、監査役監査とコンプライアンスの関係について、少し考える機会がございました。普段、コンプライアンスのお話は経営者向けのものが多いので、これまではあまり監査役さん向けにお話をしたことがありませんでした。どうしても「違法性監査」という監査役監査の本質が頭から抜けないものでして、「法に照らして取締役の職務執行を監視検証する」というところから出発しますと、「社会からの要請への対応」という最近のコンプライアンスの考え方が監査役監査とはあまりマッチングしないのではないか・・・と思っていたからであります。

しかし会社法382条は監査役の取締役会に対する報告義務について規定しており、そこには取締役の法令定款違反の事実と並んで「不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき」「著しく不当な事実があるとき」も監査役は(取締役会設置会社の場合)取締役会に報告義務があることが明記されています。ここで法令定款違反の事実とは別個に不正の行為やその「おそれ」が報告義務の対象になっていることがミソでありまして、たとえば新基本法コンメンタール2 235頁によりますと、「この不正の行為という概念は必ずしも明確ではないが、法令定款違反には該当しないが、社会的に不当な行為も含む概念として解釈するならば、監査役の報告義務の範囲は拡充されたものと理解できる」と解説されております(中央大学法科大学院の野村修也先生のご解説)。また「著しく不当な事実」というのも、法令定款違反ではないが、それを決定すること・行うことが妥当でない場合を指すと解されているおうであります(こちらは会社法コンメンタール8 402頁 砂田先生のご解説)。

もちろん、社内における監査役の活動として、取締役の職務執行の妥当性にまで意見を述べることについて法が規制しているわけではなく、むしろ監査役に期待される役割(ベストプラクティス)と考えることはできるわけですが、「報告義務」となりますと、むしろ監査役に課せられた法的責任、という意味合いが強くなります。そこに、不正もしくは不正行為のおそれがあると認められるときにも法的に報告義務があるとなりますと、やはり監査役さんはコンプライアンス的な発想を要求されるのかもしれないなァ・・・・・と、ぼんやりと考えるようになりました。つまり「違法」とまでは言えないかもしれないが、取締役の職務執行が社会的な評価を毀損してしまうおそれがあれば、それに監査役は気づく必要があります。また、取締役の違法行為だけでなく、コンプライアンス上疑義のある職務執行があれば、これを自ら調査することも法的義務として考えられるのかもしれません。

報告の対象が「法令定款違反の事実」ということになりますと、さきほどのKPMGさんの報告書ではございませんが、管理者のモニタリング結果がきちんと監査役さんに伝達される体制の整備が必要となってくるものと思います。(会社法施行規則100条3項3号等)。しかし不正の「おそれ」が報告義務の対象に含まれるとなりますと、今度は監査役さんのコンプライアンス的発想に基づく「気づき」が大切になってくるわけでありまして、今回の私の監査役協会でのセミナー主題であります「監査役さんの有事における気づき」というものも、ベストプラクティスを越えて、法的責任にも関連するテーマになってくるのではないか・・・と考えたりしています。

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2011年2月12日 (土)

大相撲八百長疑惑の調査にリーニエンシーは通用するか?

大相撲八百長疑惑事件につきまして、調査委員会の調査もいわゆる「全件調査」(疑惑のある力士だけでなく、疑惑のない力士も含めてすべての十両以上の力士を調査する)の段階に入りましたが、力士たちの協力を得ることが困難で、調査は難航している、といったニュースが報じられております(産経新聞ニュースはこちら)。相撲協会や相撲部屋の組織としての構造的な問題を指摘するのではなく、実際に八百長相撲を過去に行った力士への処分を前提としての調査でありますから、力士たちが調査に非協力的なのは当然のことでありまして、むしろ

「過去の何名かの力士の不正を暴いて処分すれば、構造問題に突っ込まれることも回避できて、それで相撲協会の自浄能力も示すことができるから一件落着」

ということを幹部の方々が目論んでおられるのであれば、結局「正直者が馬鹿をみる世界」ということになりそうであります。調査委員会に強制捜査権限がない以上、いまのままでは調査が難航するのは当然だと思われます。いままでも「八百長ってあるよね」といった雰囲気が漂っていた相撲界において、メールが出てきた力士だけが処分の対象となる、という不公平感のなかでの全件調査はうまくいかないでしょう。力士の方々も、自身や家族の生活がかかっているのでありまして、正直に申告して処分されるくらいなら隠すほうに賭けるのは当然でしょうし、自身の行為を正当化する根拠がありますので「誠実性という名の倫理」が通用する話ではないと思います。

私はむしろ八百長疑惑問題につきまして、だれがやったのか、つまり処分を目的とした調査ではなく、原因究明と再発防止策の提言を目的とした調査を行うべきではないかと思います。相撲協会が存続することがおおむね前提のお話だと思いますので、今後は八百長疑惑が発生しないような組織に生まれ変わるためにはどうすべきなのか、組織や部屋制度の在り方にまでさかのぼって改善策を実行することが、もっともファンの信頼を回復する早道になるのではないかと。何名かの力士を処分することは、それなりに一般予防的な効果はあるでしょうけれど、結局何も組織は変わることはないわけでして、再び八百長相撲が適宜行われることは確実だと思われます。(絶対に八百長はなくなりませんよね)むしろ、八百長相撲は必ず起きることを前提として、①その発生頻度を下げるためにはどうすべきか(予防機能)、②八百長の発生を早期に発見するためにはどうすべきか(発見機能)、③発見した際の文科省への報告・届出や国民への公表に関する判断含め、これに協会としてどう対応すべきか(危機管理)に分けて検討すべきでして、そのための判断資料として、今回の調査結果を活用すべきではないかと考えます。つまり、

「大相撲で八百長は起こしてはいけない」(大相撲の品質管理)から

「大相撲で八百長は許さない」(相撲協会の経営管理)へ

発想を転換する必要があると思います。前者の場合、八百長相撲が再び発生すれば、組織上げて隠ぺいに走るでしょうが、このデジタルフォレンジックが発達した時代、到底隠しきれるわけがないので、今度こそ組織の廃止に関わることになってしまうでしょう。相撲協会は経営管理の一環として「八百長を許さない大相撲」をめざし、だからこそ今後の八百長相撲については、力士たちに厳しい処分を課すことができるのだと思います。

八百長疑惑に関する調査手法については、以下は私の提言です。無責任に思われるものもあるかもしれませんが、「手詰まり状態にある」のであれば、一度検討してみることも有益かもしれません。不謹慎な点がございましたら、どうかご海容ください。

1相撲協会として、過去の八百長事件については、力士の処分をしないことを前提として、調査委員会からの指示に対しては全面的に協力するよう指導する、あるいは(相撲協会と力士の間に労使関係にあるならば)調査への協力義務を課す。そのうえで、調査委員としては、力士が誠実に協力しないことについては処分対象として検討するか、もしくは協力しない力士の対応自身をとらえて「灰色認定」をする(つまり、調査に協力的でないことを力士に不利に援用して、限りなく八百長相撲を行った可能性が高いことを報告する)

2十両以上の力士全員を対象として、リーニエンシー(自主申告による処分減免制度)を適用する。たとえば、相撲協会に対して八百長を行ったことを申告した力士については、先着10名までは処分をしないことにする。もちろんこれは相撲協会が「八百長は絶対に許さない」というコミットメントを発することを条件とするものですが、八百長相撲には相手があるものですから、「ひょっとしてあいつが先にしゃべっちゃったら、自分は処分されるかも・・・」といった不安が該当力士の心の中に芽生えてくると思います。したがって、これは結構有効性のある調査手続きになるのではないか、と思われますがいかがなものでしょうか。

3調査委員会に「内部通報窓口」を設置する。もちろん、匿名性を確保したうえで過去の八百長疑惑に関する通報を受け付ける、というものであります。あまり昔までさかのぼることができないと思いますので、たとえば過去3年分の取組みについて・・・という限定をつけるのが現実的かな、と。(ひょっとしたらすでにこの手法は採用されているかもしれませんね)とりわけ現在は現役力士を対象とした調査が行われているそうでありますが、こういった内部通報窓口へは、すでに廃業した元力士の方々の意見などを受け付けたほうが実効性が高まるように思えます。また通報窓口にかかわらず、廃業された方々に対して、過去にどのような八百長疑惑があったのか、詳細にヒアリングしてみるほうが調査の実効性が上がるかもしれません。

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2011年2月 9日 (水)

例外的取扱いが招く企業不祥事の教訓的事例

話題の林原社が会社法上の「大会社」に該当するにも関わらず、会社法で設置義務のある会計監査人を置いていなかった、と報じられております(私はてっきり公認会計士さんが粉飾を見逃している事例だとばかり思っておりましたが、会計監査人がそもそも設置されていなかった、ということのようであります)。会社法上の大会社でありながら、公認会計士(監査法人)さんの法定監査を受けていない非上場会社というのは、あまりめずらしくもないように思いますが(もちろん法令違反ですからいけませんよ~笑)、ただメインバンクであります中国銀行さんが、林原社の計算関係書類に関する会計監査報告書を確認せず、また会計監査人が「誰か」ということの確認も(登記をもって)調査していなかった、というのは少し驚きであります(会計監査人の氏名は登記事項)。

中国銀行さんはきちんとした金融機関であり、事務リスクへの対処も厳格にチェックされていると思われますので、「会計監査人が登記事項とはだれも知らなかった」ことはないと思いますし、会計監査報告書の徴求についても、会社側からの口頭説明だけで「つい信用してしまった」という事態もちょっと想定できるものではございません。私は、むしろ中国銀行さんはきっちりとしたマニュアルをお持ちのはずで、ただ林原社が中国銀行の筆頭株主(10パーセント)であり、銀行さんと特殊な関係にあったがために、マニュアルの例外的取扱いが全社的に黙認されていた結果ではないか・・・と思いますが、いかがなものでしょうか(もちろん、私の推測でありますが)。昨年末になって、中国銀行さんがあわてて林原社の資産に担保を設定した・・・という報道にも、両社の特殊な関係が窺われているものと思われます。

産経新聞ニュースでも触れておられるように、「もし会計監査人の有無について、もっと早く銀行側が確認していれば、粉飾決算も早期に発見されていた可能性が高い」というのは(もちろん本当に発見できたかどうかは不明でありますが)、中国銀行さんにとっては重い不祥事として捉えるべき内容でありますが、こういった「内部統制の例外的取扱い」が不祥事を招くことは世間でも結構多いような気がいたします。大株主であり、また地元の名門企業と言われていた取引先であるがゆえに、社内で誰も疑問に思うところなく、例外的な取扱いが長年の慣行であったというのが真相ではないでしょうか。社長案件や専務案件、昔からの先代さんのお付き合いのあるお客さんなど、一般の新規案件であれば当然確認されるような信用情報についても、持ち込みが特殊なケースではノーマークで融資がなされるところだと思われます。このニュース、ドキっとされた銀行さんもあるんじゃないでしょうか?一笑に付すことができるような不祥事だとはちょっと思えないですね。

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2011年2月 7日 (月)

ロイヤルHD社の代表取締役解任劇と「社外取締役」

新日鉄さんと住金さんの統合交渉に関する見出しが各紙一面を賑わせた2月4日、日経新聞に、「ロイヤルHD、役員刷新提案の代表取締役会長を解職」という小さな囲み記事が出ておりました。現会長を含む13名のロイヤルHD社株主が、連名で(3月の定時株主総会に)会社側が上程した役員選任議案とは異なる選任議案を提出したそうであります。取締役らは現会長に翻意を促したところ、意思は固かったため、やむなく代表取締役の地位を解職し、さらに定時総会では選任議案を出さない(つまり取締役の地位を失わしめる)ことを決定された、とのこと(こちらの読売新聞ニュースが詳しいようです)。ちなみにロイヤルHDさんとは、ファミレスの「ロイヤルホスト」でおなじみの大手外食産業の会社です。

会長側(提案株主側)の提案書によりますと、ロイヤル社で唯一の社外取締役の方(同社の大株主である、日本を代表する大手飲料メーカーの代表者)が、実質的に当社を支配しており、私利私欲のままに短期的利益をとりにいっており、従業員の処遇および顧客へのサービスが低下している、とのこと。なお日経記事によると、共同提案者のなかには、元取締役や子会社取締役も含まれている、とのことで、このあたりが、ロイヤル社側としては最も気になるところではないかと思います。

会社側議案を決議する取締役会において、賛成の意向を(おそらく)示した会長さんが、業務執行の段階で反対の意向を表明することが、たとえ株主としての地位で行ったものだとしても法律上問題とならないのか(会社側は、会長の解職理由として、このあたりを問題にしているのかもしれません)、創業家一族のおひとりである常勤監査役さんが、記者会見で経営陣と一緒に登場して「私は会社側を支持します」と表明する行動が、(創業家大株主の代表としての表明だとしましても)一般株主の利益保護のために、取締役の業務執行の適法性を監視検証する監査役の立場と矛盾しないのかどうか等、法律上の疑問もいくつか湧いてくるのでありますが、そのような問題への関心よりも、同じ外食産業(上場会社としての規模はだいぶ違いますが)の役員としましては、この騒動とてもよく理解できるところであります。

四季報で調べましたところ、同社はリーマンショック以降、2期連続の赤字決算、今期は売上高こそ落ち込むものの、なんとか利益を出すことか可能なようでして、不採算店舗の閉鎖はまだ続いているようであります。固定資産の減損処理も厳しいのではないか、と(これはあくまでも私の推測であります)。売上が低下しているにもかかわらず、利益をねん出していることは、店舗閉鎖もあるでしょうが、やはり人件費の削減が寄与している度合いが強いのではないでしょうか。外食産業の経費削減は、目に見えて従業員の処遇、サービスの低下につながるわけでして、おそらく「短期的利益をとりにいく」というのは、このあたりを指しているのかと思います。しかしながら、上場会社である以上、GC(継続企業の前提)に関する注記については、相当なプレッシャーとなりますし、「短期的利益を目指さないため」のMBOを意識したくても、金融機関の支援を得ることが困難になってしまうのではないかと思われます(そういえば、MBOを行ったすかいらーく社の件でも、ファンドと創業家元社長さんの間でゴタゴタがありましたね)。

EDNETで確認したところ、この社外取締役の方は、非常に低い報酬で業務に従事しておられるようですが、大手の飲料品メーカーさん主導で経営が回っている、というのも事実なのかもしれません。このあたり、同社の元幹部の方が現会長さん側の支援をしていることや、長年苦楽を共にしてきた名誉会長さんが会長と同時に取締役を退任することが、事の重大さを物語っているように思えます。野次馬的な立場の私からしますと、社外取締役の実質的支配という内容は、どうもよくわからず、むしろこういった急場をしのぐためには、短期的利益を取りに行くことも「やむをえない」ものと思われるのであります。ロイヤルホストのケータリングの良き伝統が、目に見えて低下していくことを見るに堪えない、というのが真相なのでしょうか?(ちなみに、委任状競争にまで発展する可能性はないようです)大きな会社の合併やMBOによる新たな船出など、事業再編への期待にばかり話題が集まるところでありますが、今の世の中、全社挙げて同じ方向を向くインセンティブがないために、いろんなところでロイヤルHDさんと同様の事態が勃発する火種があることは間違いないと確信しております。

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2011年2月 3日 (木)

内部通報者への解雇を無効とする判決(松江地裁)

(2月3日 追記)

共済組合内部における不正を厚労省に通報した際、内部情報をパソコンから持ち出したとして解雇処分とされた共済組合職員につきまして、本日、松江地裁は「内部通報による不正告発は共済組合の利益のために行われたものだから、情報の不正取得を理由とする解雇は無効」とする判決を出したそうであります。(産経新聞ニュースはこちら

通報事実の真実性を担保する資料を通報者が確保することは、組織の不正調査の実効性を高めるために不可欠でありますし、また通報者が公益通報者保護法上の外部通報の要件該当性を立証するためにも必要であります。また、情報の不正取得が組織の秘密との関係で問題となるのであれば、民事問題として処理すれば足りるはずであります。したがいまして、私自身はこの裁判所の判断は適切であろうかと思います。

ただ今回の事例は解雇権濫用事例でありますが、内部通報により事実上の不利益制裁を受けるようなケースが非常に問題かと思います。また、企業の内部情報が明らかに不正事実の根拠となりうるケースであれば良いでしょうが、資料を持ち出すまで不正の立証に不可欠なものかどうかわからないこともあるでしょう。そういった場合の情報持ち出し行為をどうみるのか、といったことも課題として残るところです。

(追記)2月3日の朝日新聞「法と経済のジャーナル」で詳細な事件経過についての記事が出ておりますね。私は朝刊社会面で読みましたが、大阪版しか掲載されていなかったようです。

内部告発の資料入手方法の正当性につきましては、すでに有名な宮崎信金事件(福岡高裁宮崎支部判決 平成14年7月2日 労判833号48頁以下)がありまして、そこでは企業の内部情報を許可なく取得し内部告発を行う行為については形式的には窃盗罪に該当し、また当該行為が会社の就業規則上の懲戒対象事由に該当するとしても、行為の目的や手段に正当性があり、また相当な手段による場合には、その違法性が否定されることが示されております。(拙著では、不正競争防止法平成21年改正との関連性も含めて、このあたりについて解説しておりますので、ご関心のある方はそちらをご参考ください)本判決も、この宮崎信金事件の基準に沿った形での判断であったと思われます。

なお、朝日「法と経済のジャーナル」の記事では、当該職員は情報取得に及ぶ以前から、何度も社内で是正を求めていたようですので、そのあたりも裁判所は手段の正当性判断のうえで考慮しているのではないだろうか・・・と推測いたします。

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2011年2月 2日 (水)

東京ドームシティ舞姫事件にみる「経営トップのジレンマ」

1月30日、東京都心部の遊園地でたいへん痛ましい事故が発生し、経営母体である東京ドーム社(東証1部)の経営トップの方による記者会見も行われたようであります(記者会見の様子は東洋経済ニュースが詳しいようです)。事実関係を報じる記事が各紙より毎日続報としてリリースされておりますので、現段階でモノが言えることには限りがございます。ただ、本件(東京ドーム舞姫事件)につきましては、問題をふたつに整理して論じることが適切だと思います。

1経営トップの刑事責任問題

ひとつは経営者の刑事責任に関する問題であります。ご承知のとおり、4年前の大阪エキスポランドでの痛ましい事故につきまして、平成21年9月28日に、取締役2名に対して禁固2年、執行猶予4年の(建築基準法違反および業務上過失致死傷罪による)有罪判決が出されました(この判決全文は最高裁HPから閲覧できます)。この大阪地裁の判断は、現場責任者ではない経営陣に対して、「条理上の義務」として刑事責任の根拠となる注意義務を認定しております。つまり、部下をして遊戯機器の安全性を確認させる、ということが「条理上の義務」として経営者に課されていることが判決で示されております。また、昨年5月に本ブログでもご紹介しましたとおり、パロマ工業社元社長刑事事件判決でも、経営トップに業務上過失致死罪の有罪判決が出ております。この東京地裁の判断は、たとえ製品に不具合がなくても、湯沸かし器という極めて安全確保が要請される製品を世に出している企業であれば、その使われ方にまで細心の注意をしなければならないことが示されていました。さらにJR福知山線事故において、歴代社長らが強制起訴の対象となっていることもご承知のとおりであります。もちろん憲法31条(罪刑法定主義)の関係上、過失犯といえども、刑事裁判において注意義務の認定はそれなりに厳格にされていることは間違いないのでありますが、「世の中に危険なものを送り出して収益を上げている企業は、予算に関係なく安全措置を第一に考えて経営判断をしなければならない」といった考え方が最近の裁判に流れていることは間違いないと思われます。

また、昨年暮れのJAL管制官刑事事件最高裁判決にも象徴されるように、日本では原則として法人の刑事処罰という概念が存在しないために、組織のなかで危機管理ミスが発生した場合には、組織の構造上の欠陥に光を当てることなく、かならず誰かの刑事責任を問うことで「一件落着」させる傾向があります。このたびの舞姫事件においても、「誰かが」刑事責任を問われる可能性は高いわけでして、その可能性は、現場のパート社員や契約社員よりも、事故の予測可能性、および結果回避可能性を持つ経営トップに向けられることも当然に考えられるところであります。

たとえ提供する商品に不具合がなくても、その商品の使われ方に危険性が認められる場合、これを取り除くところまでの法的責任がある・・・というのが昨今の経営者の刑事責任に関するリスクでありまして、そうであるならば昨日の東京ドームの経営トップの方が、被疑者となる可能性を見据えて、ほとんど「捜査中なのでお答えできない」と話しておられたのは、まことに正当な姿ではないか、と思うところであります。また、本来ならば直ちに事故原因調査のために「社外調査委員会」を立ち上げるべき典型的な事例でありますが、経営トップを中心とする社内調査委員会によって調査を行う・・・と表明しているのも、刑事問題がからむために、無理からぬところではないかとも思われます。

2企業コンプライアンスの視点

しかしもうひとつの問題は、企業コンプライアンスの視点であります。エキスポランドは2009年に破産手続が開始されましたが、あの痛ましい事故後、いったんは周辺住民の要望等もあり、遊園地は再開されました。しかしながら、再開後、数回にわたる停止事故、人身事故が発生し、その事故報告を大阪府に行っていないことが後から発覚いたしました(大阪府からも「危機意識のなさ」を指摘されておりました)。たしかにあの重大事故がなければ、「いつもなら報告していなかった程度の事故」(当時のエキスポランドの広報担当者の言)だったかもしれません。しかし、重大事故後の遊園地だからこそ、些細な事故でもきちんと報告をしなければ、従業員は「この会社は変わっていない」と判断し、内部告発が生じることになります。また、マスコミの記事で周辺住民は恐怖を感じ、結局再開したものの遊園地に家族連れは戻ってこなくなり、民事再生は破産手続きに移行されてしまった、というものであります。

私は小さい時に、父に連れられて「後楽園ゆうえんち」に来たことはありますが、東京ドームシティには遊びに行ったことはございませんので、その経営状況に関する知見がございません。しかし四季報によれば、東京ドーム社はこのドームシティに経営資源を集中させ、とりわけパラシュートゾーンには30億円を投下して再開発を予定している、とのことであります。いわば上場企業の命運を握っているのがこのドームシティということになろうかと。だとすれば、経営トップとして、東京ドームの企業価値を毀損するような対応だけは会社のためにも避けなければならず、それは紛れもなく同会社に自浄能力のあるところを社会に開示することではないでしょうか。会社や自身への強制捜査の可能性はあるとしましても、HPにも宣言されておられるとおり、まずはコンプライアンス委員会を立ち上げて、自ら原因究明に乗り出し、とくに事実認定については社外の第三者による調査委員会を立ち上げ、公正中立な調査が進行していることをアピールすべきだと思われます(私が担当した事件でも、過去に2件ほど、刑事捜査と第三者委員会調査が同時並行で進行していたものがございます)。

エキスポランドの事例の教訓は、企業が生半可な対応に終始していれば、一般市民には「また事故が発生する遊園地」という印象が残り、また従業員からは「何も変わらない企業体質」という印象から、些細な形式的法令違反事実についてまでも内部告発が多発する、というものであります。経営者の刑事責任が認められやすくなっている現代社会において、正当な個人的権利を守ろうとする経営者の姿が、一般社会からは「会社の社会的信用を毀損する行為」と受け止められてしまう・・・そういったジレンマが本事件には想起されます。ましてや、エキスポランドのような非上場会社とは異なり、東京ドーム社は立派な上場会社です。経営者の一挙手一投足をステークホルダーは注視しているわけであり、経営トップのクライシスマネジメントには多大な関心が寄せられているわけであります。

3経営者のジレンマ

具体的な安全手引書が現場では交付されていなかった、とのことでありますが、現場を契約社員やパート社員で賄うのであれば、なおさらマニュアルが必要ではなかったのか、どうして他の遊園地の類似機器のように、安全バーのほかに安全ベルトが存在しなかったのか、など個人的な疑問もございます。しかし、これらの疑問は別としましても、このような二つの重要課題のなかで、東京ドームの経営者の方はどういった判断を下すのでしょうか。自分を救いながら会社を救う、ということが極めて難しい局面において、どのようなバランス感覚をもって乗り切ろうとされるのか、経営者の方々をサポートする専門家にも難題がつきつけられているように感じる次第であります。

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2011年2月 1日 (火)

総務省の製品リコールに関する勧告(速報版)

本日(2月1日)、企業側の対応にとって極めて重要と思われる総務省の勧告が出ておりますので、自身の備忘録のためにも掲載しておきます。

総務省 製品の安全対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告

執務中につき、まだ中身を十分検討しておりませんが、トヨタ・リコール問題やパロマ工業事件など、企業業績に重大な影響を与える「リコールと法律問題」に関連する資料ですので、また追って検討してみたいと思います。

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