企業不祥事発生時の「第三者委員会」はなぜ嫌われるのか?
(2月20日 第三者委員会制度に詳しい方から、一部訂正したほうがいいのではないか、とのご指摘を受け、誤解を招いたり、私自身に理解不足の点がございましたので、一部訂正させていただきました。赤字で訂正をしております。また、本日朝日「法と経済のジャーナル」にて、日弁連第三者委員会ガイドライン作成に携わった先生方の詳細なインタビュー記事が掲載されておりますので、そちらをご参考ください。)
1月31日の日経新聞法務インサイトにおきまして、上場会社を対象としたアンケート調査の結果が出ておりました。企業に不祥事が発生した(発覚した)際に、事実調査や原因究明、責任追及を目的とした、いわゆる第三者委員会によって調査してほしい不正行為のトップが「役員が関与している不正」(73%)ということだそうでして、これは事の性質上、当然のことかと思います。
ただ、たいへん興味深かったのが日弁連が昨年7月に公表(12月に改訂)いたしました「第三者委員会ガイドライン」に準拠して調査すべきか?という問いに対しまして、「ガイドラインに準拠すべきである」と回答された企業はわずか10%であり、「参考にはするが、完全に準拠する必要はない」との回答が圧倒的に多かった、ということであります。今回のアンケートは時価総額上位150社ということですから、そもそも社内調査のスキルをきちんとお持ちの企業さんが多かったことも影響しているのかもしれません。ただ、それでも「日弁連のガイドラインには必ずしも準拠しない」と明言されておられるわけですから、どこに問題があるのか少し考えてみる必要がありそうです。
ここのところ会計不正事件が発覚した上場会社の適時開示を閲覧いたしますと、社外調査委員会の設置とともに、当該委員会は日弁連ガイドラインに準拠して報告をいたします、といったことを明記することが増えておりますし、東証の上場会社向け危機管理マニュアルにおきましても、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会の設置を勧めておられます。したがいまして、日弁連ガイドラインに準拠した第三者委員会が歓迎される向きも多いのではないか、とも思われます。しかし、結果は上記のとおりであります。私は不祥事を起こした会社の信用再生委員に就任したり、内部通報窓口に新たに就任したり、またセミナーに招かれる機会などを通じて、第三者委員会の報告書が出された後の企業担当者の方とお話をすることがありますが、そこで担当役員や職員の方々が受けた「第三者委員会」の印象としましては、かなり批判的な意見が見受けられます。
「なぜ第三者委員会が嫌われるのか」というのは、少しタイトルが大げさではあります(関係者の方々に叱られそうです)が、私がコンプライアンス統括役員や担当社員の方々から見聞きしたところを、私見も交えて概括的にまとめますと、だいたい以下のようなところに不満の種があるように思います。なお、これは日弁連第三者委員会ガイドラインを批判しているわけではなく、今後(自分を含めて)委員に就任する場合に、委員と会社の役職員との認識のズレをすこしでも解消するための前向きな示唆、とお考えいただければ幸いであります。
1完全な独立性の確保
「第三者委員会」という名前のとおり、ガイドラインは委員の独立性を求めています。しかも、独立した委員のみで構成されることが望ましいとされています。たとえば不祥事を起こした会社の顧問弁護士や、社外役員でも、就任を控えるべきだ、とされております。また、事務局に協力する社員には厳しい情報管理が求められます。しかし、時間的制約のなかで事実を解明するにあたり、完全に独立した委員のみで構成される委員会が、どこまで真実にアクセスしうるか・・といいますと、これはかなり限界があるように思います。また、不祥事の原因究明のためには、過去の出来事などのヒアリングも必要となりますが、社内の事情に精通した人間がいなければ、なかなか効果的な調査が進められないようであります。これがまず、役職員の疑心暗鬼を生む要因になっているのではないか、と思われます。
(ご参考まで)
第2.第三者委員会の独立性、中立性についての指針
1.起案権の専属
調査報告書の起案権は第三者委員会に専属する。
2.調査報告書の記載内容
第三者委員会は、調査により判明した事実とその評価を、企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載する。
3.調査報告書の事前非開示
第三者委員会は、調査報告書提出前に、その全部又は一部を企業等に開示しない。顧問弁護士は、「利害関係を有する者」に該当する。企業等の業務を受任したことがある弁護士や社外役員については、直ちに「利害関係を有する者」に該当するものではなく、ケース・バイ・ケースで判断されることになろう。なお、調査報告書には、委員の企業等との関係性を記載して、ステークホルダーによる評価の対象とすべきであろう。
2自由心証主義・灰色認定・疫学的証明の許容
これもまた、多くの会社で不満要因として聞かれるところであります。不正調査にあたり、認定すべき事実の証明程度は「灰色」にならざるをえない場合があります。また「統計的にみて、こういった傾向が強い」という経験則を活用してもよい、ということになっております。たとえば(ちょっと極端な例で恐縮ですが)、携帯電話のメールの復元によって八百長相撲の事実が発覚した、という報道がなされた後に、疑惑の力士が「形態を壊してしまった」とか「紛失してしまった」という理由で、携帯電話の調査を拒否した場合、八百長相撲をやっていたと認定する、というタイプの事実認定をやってもかまわない、ということであります(ここは修正:「灰色認定」とは、グレーと判断される事情を示してグレーと結論づけるものであります。また、「疫学的認定」とは、調査の過程や結果から得られる統計数字に基づいて組織の問題を浮き彫りにする手法であります。失礼いたしました。)もちろん「灰色という条件付きで」ということを報告書に明記するわけですが、報告書を読むほうからすれば、第三者委員会が認定したのだから間違いないだろう、といった印象を持たれるわけであります。調査を受ける(受ける可能性のある)社員にしてみれば、たとえ灰色でも「あなたは不正を犯した」ということを、不十分な証拠によって断定されるのではないか?という不安にかられるわけでして、これがとても恐怖を感じることになるのであります。
(以下、ご参考)
(2)事実認定に関する指針
①第三者委員会は、各種証拠を十分に吟味して、自由心証により事実認定を行う。
②第三者委員会は、不祥事の実態を明らかにするために、法律上の証明による厳格な事実認定に止まらず、疑いの程度を明示した灰色認定や疫学的認定を行うことができる。
3原因究明・再発防止策重視の調査
相撲協会の特別調査委員会が、全力士へのアンケート調査を行った、という報道に対して、マスコミ各社が「アンケート調査で八百長をやりました、なんて回答するバカな力士がいるわけないだろう」と批判しておられましたが、あのアンケート調査は回答者に不正行為を告白(もしくは告発)してもらうためだけではありません。要はアンケートを通じて、当該組織の持つ企業風土や構造的な欠陥の有無を調査することが主たる目的だと思われます。CSRの発想に基づき、不祥事の発覚によってステークホルダーに現実化した被害を取り除くことが第三者委員会調査の主たる目的である以上、不正事実の調査以上に、不祥事が発生した真の原因はどこにあったのか、同じ不祥事が繰り返されないためにはどのような再発防止策が効果的なのかを徹底的に検討することが要求されるわけでして、いわば再発防止策の検討が重視されることになります。そうしますと、当然のことながら企業風土について踏み込んだ意見を述べたり、先代社長の経営方針の問題点などにも意見を述べることになります。しかし会社の役職員からすれば「昨日今日、この会社にやってきたアンタに、この会社の何がわかるんや」という気持ちになるのは、これまた当然のことでありまして、そこに第三者委員と役職員との信頼関係が失われる要因がございます。
ほかにも、公表するまで報告書の全文を役職員に公開しない、報告書の全文公開を求める(要旨ではなく全文開示が原則)といったことへの不満なども聞かれるところでありますが、おおむね以上の3つの内容に集約されるのではなかろうか、と。
先日、ある証券取引所の審査担当の方とお話ししておりましたら、いまの第三者委員会の調査スピードが遅すぎる、せめて遅いのであれば中間報告くらいはしてほしい、といった要望を語っておられました。委員の側からしますと、迅速性を求められれば求められるほどに、事実認定の証明度が弱くなってしまうわけで、また独立性にも妥協しなければならないものとなります。このあたりの問題に悩みながら調査活動に従事しているのが現実でありますので、明確な正解はないと思いますが、委員と企業の役職員との間で、それぞれ相手の事情をくみ取りながら、その信頼関係を破壊せずに調査を進められることが、最良の結果を残すために必要なのではないかと思います。
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