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2011年2月 2日 (水)

東京ドームシティ舞姫事件にみる「経営トップのジレンマ」

1月30日、東京都心部の遊園地でたいへん痛ましい事故が発生し、経営母体である東京ドーム社(東証1部)の経営トップの方による記者会見も行われたようであります(記者会見の様子は東洋経済ニュースが詳しいようです)。事実関係を報じる記事が各紙より毎日続報としてリリースされておりますので、現段階でモノが言えることには限りがございます。ただ、本件(東京ドーム舞姫事件)につきましては、問題をふたつに整理して論じることが適切だと思います。

1経営トップの刑事責任問題

ひとつは経営者の刑事責任に関する問題であります。ご承知のとおり、4年前の大阪エキスポランドでの痛ましい事故につきまして、平成21年9月28日に、取締役2名に対して禁固2年、執行猶予4年の(建築基準法違反および業務上過失致死傷罪による)有罪判決が出されました(この判決全文は最高裁HPから閲覧できます)。この大阪地裁の判断は、現場責任者ではない経営陣に対して、「条理上の義務」として刑事責任の根拠となる注意義務を認定しております。つまり、部下をして遊戯機器の安全性を確認させる、ということが「条理上の義務」として経営者に課されていることが判決で示されております。また、昨年5月に本ブログでもご紹介しましたとおり、パロマ工業社元社長刑事事件判決でも、経営トップに業務上過失致死罪の有罪判決が出ております。この東京地裁の判断は、たとえ製品に不具合がなくても、湯沸かし器という極めて安全確保が要請される製品を世に出している企業であれば、その使われ方にまで細心の注意をしなければならないことが示されていました。さらにJR福知山線事故において、歴代社長らが強制起訴の対象となっていることもご承知のとおりであります。もちろん憲法31条(罪刑法定主義)の関係上、過失犯といえども、刑事裁判において注意義務の認定はそれなりに厳格にされていることは間違いないのでありますが、「世の中に危険なものを送り出して収益を上げている企業は、予算に関係なく安全措置を第一に考えて経営判断をしなければならない」といった考え方が最近の裁判に流れていることは間違いないと思われます。

また、昨年暮れのJAL管制官刑事事件最高裁判決にも象徴されるように、日本では原則として法人の刑事処罰という概念が存在しないために、組織のなかで危機管理ミスが発生した場合には、組織の構造上の欠陥に光を当てることなく、かならず誰かの刑事責任を問うことで「一件落着」させる傾向があります。このたびの舞姫事件においても、「誰かが」刑事責任を問われる可能性は高いわけでして、その可能性は、現場のパート社員や契約社員よりも、事故の予測可能性、および結果回避可能性を持つ経営トップに向けられることも当然に考えられるところであります。

たとえ提供する商品に不具合がなくても、その商品の使われ方に危険性が認められる場合、これを取り除くところまでの法的責任がある・・・というのが昨今の経営者の刑事責任に関するリスクでありまして、そうであるならば昨日の東京ドームの経営トップの方が、被疑者となる可能性を見据えて、ほとんど「捜査中なのでお答えできない」と話しておられたのは、まことに正当な姿ではないか、と思うところであります。また、本来ならば直ちに事故原因調査のために「社外調査委員会」を立ち上げるべき典型的な事例でありますが、経営トップを中心とする社内調査委員会によって調査を行う・・・と表明しているのも、刑事問題がからむために、無理からぬところではないかとも思われます。

2企業コンプライアンスの視点

しかしもうひとつの問題は、企業コンプライアンスの視点であります。エキスポランドは2009年に破産手続が開始されましたが、あの痛ましい事故後、いったんは周辺住民の要望等もあり、遊園地は再開されました。しかしながら、再開後、数回にわたる停止事故、人身事故が発生し、その事故報告を大阪府に行っていないことが後から発覚いたしました(大阪府からも「危機意識のなさ」を指摘されておりました)。たしかにあの重大事故がなければ、「いつもなら報告していなかった程度の事故」(当時のエキスポランドの広報担当者の言)だったかもしれません。しかし、重大事故後の遊園地だからこそ、些細な事故でもきちんと報告をしなければ、従業員は「この会社は変わっていない」と判断し、内部告発が生じることになります。また、マスコミの記事で周辺住民は恐怖を感じ、結局再開したものの遊園地に家族連れは戻ってこなくなり、民事再生は破産手続きに移行されてしまった、というものであります。

私は小さい時に、父に連れられて「後楽園ゆうえんち」に来たことはありますが、東京ドームシティには遊びに行ったことはございませんので、その経営状況に関する知見がございません。しかし四季報によれば、東京ドーム社はこのドームシティに経営資源を集中させ、とりわけパラシュートゾーンには30億円を投下して再開発を予定している、とのことであります。いわば上場企業の命運を握っているのがこのドームシティということになろうかと。だとすれば、経営トップとして、東京ドームの企業価値を毀損するような対応だけは会社のためにも避けなければならず、それは紛れもなく同会社に自浄能力のあるところを社会に開示することではないでしょうか。会社や自身への強制捜査の可能性はあるとしましても、HPにも宣言されておられるとおり、まずはコンプライアンス委員会を立ち上げて、自ら原因究明に乗り出し、とくに事実認定については社外の第三者による調査委員会を立ち上げ、公正中立な調査が進行していることをアピールすべきだと思われます(私が担当した事件でも、過去に2件ほど、刑事捜査と第三者委員会調査が同時並行で進行していたものがございます)。

エキスポランドの事例の教訓は、企業が生半可な対応に終始していれば、一般市民には「また事故が発生する遊園地」という印象が残り、また従業員からは「何も変わらない企業体質」という印象から、些細な形式的法令違反事実についてまでも内部告発が多発する、というものであります。経営者の刑事責任が認められやすくなっている現代社会において、正当な個人的権利を守ろうとする経営者の姿が、一般社会からは「会社の社会的信用を毀損する行為」と受け止められてしまう・・・そういったジレンマが本事件には想起されます。ましてや、エキスポランドのような非上場会社とは異なり、東京ドーム社は立派な上場会社です。経営者の一挙手一投足をステークホルダーは注視しているわけであり、経営トップのクライシスマネジメントには多大な関心が寄せられているわけであります。

3経営者のジレンマ

具体的な安全手引書が現場では交付されていなかった、とのことでありますが、現場を契約社員やパート社員で賄うのであれば、なおさらマニュアルが必要ではなかったのか、どうして他の遊園地の類似機器のように、安全バーのほかに安全ベルトが存在しなかったのか、など個人的な疑問もございます。しかし、これらの疑問は別としましても、このような二つの重要課題のなかで、東京ドームの経営者の方はどういった判断を下すのでしょうか。自分を救いながら会社を救う、ということが極めて難しい局面において、どのようなバランス感覚をもって乗り切ろうとされるのか、経営者の方々をサポートする専門家にも難題がつきつけられているように感じる次第であります。

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コメント

DMORIです。ひさしぶりにお邪魔します。
経営側および企業コンプライアンスの問題は、そのとおりと思いますが、私はもうひとつの観点で、遊戯機の製造メーカーの問題もあげたいと思います。
全席の安全バーが閉まらない限り、運行スイッチを入れても動かない仕組みになっていれば、アルバイトの女子学生が目視確認だけでスイッチを入れても、動かなかったはずです。
この場合、1人の大柄な客のために安全バーが閉まらず、運行が始まらないと、多くの客が文句を言い始めるでしょう。「長らく待ったのに、どういうことだ」、「太った客は降りろよ」、「バーをしっかりつかんで乗れば、問題ないだろう」など。
こうした想定されるケースに、アルバイトで対応させることは、基本的に会社側の間違いがあるでしょう。トラブルがなければ、アルバイトで充分に務まるものは多いものですが、定型外の状況は、必ず一定の確率で発生するものであり、そのために正社員は必要です。
コストだけを考える企業の姿勢は、しっかり暴かれなければなりません。

投稿: DMORI | 2011年2月 2日 (水) 20時35分

>DMORIさんご指摘の「安全バー」と「運行ロック」について。

DMORIさんのご指摘に賛成するのですが、一点、気にかかることがあります。

「運行ロック」については、東京ドーム社/ドームシティー社は、どうなのだろうか?管理運営者として、管理する設備の安全対策には、万全をつくすべきである。この事故が発生したコースターを設置した際に、「安全バー」の構造や、その安全装置、保安装置、保護装置、ロック等について社内で検討されねばならない。メーカーの責任より、管理運営者の責任の方が重いし、また安全装置は実際に運営する者が、最も注意を払わねばならない。

コースターを設置する場合は、発注者・運行者とメーカーとの間で、何度も打ち合わせがなされているはず。その打ち合わせ項目に、安全装置が含まれていたはず。どのようなやりとりがなされていたか、調査されるべきと考えます。もし、打ち合わせ項目に含まれていなかったら、更により大きな問題と思います。

投稿: ある経営コンサルタント | 2011年2月 3日 (木) 14時24分

dmoriさん、経営コンサルタントさん、ご意見ありがとうございます。DMORIさんがご指摘のメーカーの問題ですが、一般の遊園地の場合、現地の管理人(アルバイトの場合もあります)はメーカーさんが雇用しているケースが多いと思います。つまり遊園地は場所を貸しているだけ、というケースもありますが、今回の東京ドームの場合はどうだったのでしょうか?今後の報道で、現場の運行管理に関する契約関係について明らかになればいいと思いますが。

投稿: toshi | 2011年2月 7日 (月) 02時07分

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