法定監査を受けていない大会社と会社法上の内部統制
以前のエントリー(例外的取扱いが招く企業不祥事の教訓)でも触れておりますが、バイオテクノロジー企業である林原社の不正会計問題で、同社が会計監査人の法定監査(会社法監査)を受けていないことをメインバンクさんが確認していなかったことが話題になっておりました。おそらくこの件を契機として、日本公認会計士協会さんが調査されたようですが、同協会は、会社法で監査が義務付けられている大会社のうち、約500社が法定監査を受けていない可能性がある、との調査結果を公表されたようであります(産経ニュースはこちら)。ご承知のとおり、会社法では資本金5億円以上または負債200億円以上の会社(いわゆる大会社)については、たとえ非公開会社であっても会計監査人(監査法人や公認会計士)の監査を受けなければならない、とされております(会社法328条)。上記の調査は国税庁の資料と協会の内部資料を突き合わせて算出されたものでありますから、負債200億円以上、という点についてはきちんと判明はされていないものと思います。したがいまして、9日の朝日新聞で報じられていたように、1000社程度は法定監査を受けていない大会社があるかもしれません。
会社法は(大会社の場合)会計監査人を設置しなければならない、と規定しているので、選任せずにそのまま放置すれば法令違反となり100万円以下の過料という罰則が適用されます(会計監査人の選任懈怠-会社法976条22号)。たしかに「制裁が科されるとしても過料100万円以下なんだから、いろいろと指摘されるまで監査人は置かないでおこう」と考えておられる会社もあると思います。しかし会社法上の大会社は、会計監査人の設置義務だけではなく、内部統制の基本方針を決定する義務があります(たとえば取締役会設置会社の場合、会社法362条5項)。これは事業報告へ記載しなければならない事項ですから、会計監査人を置かずに放置している大会社の場合、事業報告への「基本方針」の不記載もしくは虚偽記載も問題となるのではないかと(会社法976条7号)。また代表者および業務担当取締役には、おそらく計算関係書類の適正性を確保するための内部統制構築義務も存在しているものと思われます。会計監査人による監査を受ける体制を具備していない、というのは、この計算関係書類の適正性を確保するための基本的な体制整備に不備があるものと考えられますので、これは各取締役、監査役の任務懈怠になる可能性も高いのではないかと考えます。とりわけ子会社たる大会社にこのような問題が残っているとすれば、親会社の役員についても内部統制構築義務違反が問われるケースも出てくると思いますので要注意であります。
日本公認会計士協会さんがこういった調査結果を公表する背景には、法定監査の要請が広がることで、会計士の職域が拡大し、ひいては業務対策になることが挙げられるものかと思います。しかしこれまで会社法監査を行ってこなかった企業の監査は、ちょっとコワイ気もいたします。なかには、銀行の財務制限条項にひっかからないために、もしくは官公庁の指名からはずされないために、相当に無理して計算書類を作成している会社もあるのではないかと。確信犯的に会計監査人を置かなかった企業や、そもそもコンプライアンス意識が乏しくて、会計監査が必要だとは思っていなかった、という企業もあろうかと。そう考えますと、これまで会社法監査が必要であるにもかかわらず、これを長い間放置していた大会社の会計監査を行うことはずいぶん勇気がいるのではないでしょうか。実際、会社法監査ではありませんが、法定監査において会計監査人の監査見逃し責任が認められた裁判例も過去にありますし(たとえば日本コッパーズ事件第一審、東北文化学園大学事件地裁、高裁判決等)、監査人の法的責任は否定されたものの、キムラヤ粉飾事件判決なども監査人の注意義務違反の有無が大きな争点となりましたので、会計士としての職業的懐疑心をもって臨まなければ監査リスクが高いと思いますね。大会社といいましても、先日の林原社のように、「会計監査人が登記事項だとは知らなかった」というのが現実であるならば、金融機関の決算書に対する審査体制にも疑問が出てきますし、会計士さんたちもあまりこれに依拠できないように思います。
ところで、キムラヤ事件では銀行から派遣された会計士とキムラヤ経営陣とのバトルがありましたが、有価証券報告書提出会社以外の大会社において、会計監査が義務付けられているとしても、会計士さんはどういった切り札をもって被監査対象会社に対する優越的地位を確保するのでしょうかね?上場会社の場合には意見を表明できない、とすれば監理対象になってしまいますし、財務報告が義務化されている会社であれば有価証券報告書を提出できない、という事態にも陥ってしまうことになります。しかし会社法上の大会社については、そのような「脅し」が効かないのでしょうか?監査役が会計監査人を解任する、といった事案が昨年2件ほどありましたので、ちょっと気になりましたがよくわかりません。(すいません、勉強不足でこのあたりはあまり自信がないもので。。。しかしそう考えますと、なおさら会計監査は結構きつい作業になるのではないかと思うのでありますが)
会計士協会さんは、こういった問題は不正経理などにもつながる可能性があるため、対策について関係省庁と協議する予定とのことであります。こういった事例を通じて、金商法上の内部統制報告制度だけでなく、会社法上の財務報告内部統制(上場会社ではないので、計算書類等内部統制といったほうが適切か?)についても関心が高まればいいですね。
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コメント
会社法のみの監査であれば、サクッと意見不表明か不適正意見で終了という気がします。金商法よりも抵抗感は少ないのではないのでしょうか?
投稿: 極楽特急 | 2011年3月11日 (金) 01時49分
さっそくのご意見ありがとうございます。
やっぱり、そんなもんなんでしょうかね(^^;
財務諸表監査ではなく、会社法監査のみおやりになっていらっしゃる会計士さんの実務的感覚というのを少し知りたかったもので。。。
投稿: toshi | 2011年3月11日 (金) 01時58分
こんにちは。
>会計士さんはどういった切り札をもって被監査対象会社に対する優越的地位を確保するのでしょうかね?
という疑問に関しては、現場の監査人も肌で感じているところだと思います。
銀行借入に関して、コベナンツが付いておりそこで「会計監査人の監査証明付きの決算書の提出を行うこと」と記載されている場合があり、その場合会計監査は当然のものとして企業側に受け入れやすく、会計監査も上場会社で行う感じに近いと思います。
また、親会社又は主要株主に上場会社等があり、当然会社法監査は無視できないという会社も特に問題はないと思います。
しかし、これらのような主要債権者又は主要株主の要請がない場合、経営者が特段法令遵守に対する高い意識がなければ、会計監査は十分には機能しにくいと思います。そのため、経営者の意識が比較的高く、会社法を守るために会計監査を入れていたとしても、会計士は会社法監査の趣旨と自らの責任を考えつつも、経営者の会計監査に関する認識を考慮しながら監査を実施することになると思います。
この場合、会計士を支える「優越的地位を確保」に関する意識は、その人の有する職業的専門家としての信念であったり、比較的大きな事務所であればその事務所のブランド意識であったりするのではないでしょうか。
投稿: critical-accounting | 2011年3月11日 (金) 10時34分
critical-accountingさん、ごぶさたしております。ご意見ありがとうございます。
そうですか、やはり現場感覚でも、最終的には自身のプロとしての意識(倫理観?)に依拠せざるをえないケースがある、ということなんですね。また、たしかにコベナンツで条件が付与されているようなケースであれば、それなりにしっかりした対応が可能であることもわかりました。
会計士協会は関係官庁と協議をする、とのことですが、そもそもこういったケースでは銀行監督のなかで、(リスク管理態勢の向上のため)融資先の会社法違反の有無を確認するよう指導することが先決のような気もするのですが。
投稿: toshi | 2011年3月11日 (金) 11時11分
会社法で監査が義務付けられている大会社のうち、約500社が法定監査を受けていない可能性があるとして、そのなかには林原のように銀行から借入がある会社もやはり存在する。
金融庁からの銀行に対する指摘、指導、課徴金の類は、やはりこれからあるのだろうと思うのです。それと、その場合には、金融庁から銀行の名前まで、公表される(特に課徴金にまでなった時は)と私は思うのです。銀行にとってのイメージダウンとなるのか、あまりに多すぎて、「皆で渡れば怖くない。」になるのか、どうなるのかなと思います。
投稿: ある経営コンサルタント | 2011年3月11日 (金) 16時25分
>金融機関の決算書に対する審査体制にも疑問が出てきます
邦銀の中でバブル経済にまみれず、日本一の格付けを有していたS銀行のS頭取(当時)は「企業の審査は、原材料・仕掛品・商品や製造工程・流通経路といった具体的な『現物』から入るべきであって、決算書のように抽象的な『数字』から入ってはならない」と仰っていたそうです。
投稿: skydog | 2011年3月11日 (金) 19時34分
私も銀行監督の際に今後チェック項目として入れていくかどうかでこの問題の改善が進むかどうかが決まってくるのではないかと思っています。
ただし、そもそも銀行が会計監査を受けていない会社の決算書を見ることに慣れすぎて、結果、決算書をあまり信用せず別の視点で融資をずっと行ってきたということがこの問題の背景にあるのではないかと思っています。つまり、いまさら正しい決算書を見るようにしたところで、どれだけの銀行担当者が決算書をしっかりと見れるのかな?というところに深い問題があるのではないかと思っています。
投稿: critical-accountin | 2011年3月11日 (金) 22時04分
融資にあたっては、相手先の経営状況と財務状態が、最も重要である。しかし、銀行(あるいは銀行員)の都合が、借入先の与信評価より重きを置くことになることもあり得るのではないか。本来の融資・与信が行われないと、担保の方が優先される。
2月28日に金融庁は、「主要行等向けの総合的な監督指針」及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)を公表しました。「経営者以外の第三者の個人連帯保証を求めないことを原則とする方針を定めること」があるように、特に経営者以外の取引先や友人が、借入人に泣きつかれて、保証をしてしまって・・・が、不幸な結果になっていることが現実に存在します。
このようなことが頭にあって、銀行が監査報告書を見逃すのは、私にとっては驚きでした。
投稿: ある経営コンサルタント | 2011年3月12日 (土) 11時30分
skydogです。このたびの東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
(PCの相性が悪いらしく、午前中のコメントがアップできませんでした。少し修正して再掲します)
<以下は、かつて与信判断を業としていた私の見解です>
与信判断者にとって、決算書は重要な判断材料ではありますが、判断材料の1つに過ぎません。
なぜならば、「決算書の50%は思い込みでできている」こともさることながら、数字という「極めて抽象的なもの」は、それだけでは外部者にはその指し示す具体的事象をなかなか語ってくれないからです。
また、与信は回収の可能性(安全性)だけで可否を判断している訣でもありません。収益性も大きな要素ですし、免許業である銀行であれば、公共性も無視できない要素となるでしょう。
それに、与信判断はscienceではなくartですから、まともな与信判断者は多かれ少なかれ「職人」です。ですから決算書に監査証明書が付いていても「ふ~ん、それで?」位の感覚しかないような気がします。
とは言え、critical-accountingさんと同様、私も「どれだけの銀行担当者が決算書をしっかりと見れるのかな?」という点については懸念を抱いております。
投稿: skydog | 2011年3月12日 (土) 14時57分