企業不正の早期発見(全体把握と現場認識)
東電事故に関する「原子力損害賠償紛争審査会」会長の方が、避難・屋内退避を余儀なくされた住民の方々の精神的苦痛(いわゆる慰謝料)についても補償の範囲内として、仮払いの対象とする方針を示したそうであります。事業者損害や風評損害なども基本的には含まれるようですが、これまでの慣例では精神的損害は賠償の範囲外だったので、この報道にはビックリいたしました。実際に交通事故などでは、慰謝料金額算定のガイドラインが活用されておりますので、こういった仮払いのガイドラインも策定することは可能ではないかと思われます。すでに被災地の事業者の方が、東電を相手方とする仮払い仮処分命令の申立てを裁判所に提起しておられるようですから、司法救済と行政上の救済との混乱が懸念されましたが、こういった方針が明確になれば、当面の混乱は回避されるのではないでしょうか(もちろん、損害は個々の市民・事業者によって異なりますので、最終的な損害確定は司法の役割ではありますが)。また、こういった巨大賠償責任追及によって弁護士の仕事が増える、という事態も回避され、これはよい傾向ではないかと(少なくとも私は)思っております(電力供給契約違反の責任追及という巨大賠償責任追及の可能性はあるかもしれません)。
さて本題でありますが、4月10日のTBS「情熱大陸」は郵便不正事件における厚労省元局長や、強制起訴事件における小沢氏の弁護人を務める弘中惇一郎氏が出演されておりました。弘中氏の仕事ぶりが紹介されるなかで、感銘を受けましたことが2点ありました。
ひとつは弘中弁護士の「全体把握力」。元局長が身柄確保され、弘中氏は数日後に面会に行くのでありますが、事件の全体像を認識した段階で「これは冤罪だと確信した」とのこと。なぜ確信したかといいますと、検察の描いたストーリーは厚労省の組織ぐるみで「ニセの障害者団体証明書」を発行した(虚偽有印公文書作成・行使)、というものでありますが、本当に組織ぐるみだったら、「虚偽」ではなくて「本物」の証明書くらいすぐ作成できるだろう・・・というものでした。
なるほど、たしかにそう言われてみればそのとおりです。厚労省が組織ぐるみで政治家に便宜を図るのであれば、目的はどうであれ本物の障害者団体証明書を作ることができるわけでして、なにもわざわざ「虚偽の」証明書を作る必要はない、というわけであります。マスコミや検察からの事件公表によって、「ニセの証明書を作った」という点をほとんどの国民は疑わなかったのでありますが、この冤罪確信が弘中弁護士を「無罪弁護」へ駆り立てた大きな要因だったそうであります。番組の中では、こういった弘中氏の指摘がマスコミで早期に取り上げられなかったことが疑問視されていました。
そしてもうひとつは「現場認識力」。これは我々、ごく普通の弁護士も先輩からよく指導されておりましたが、どんなに争いのない事実であったとしても、かならず事件が発生した現場や、共謀があったとされる現場などを自分の目で確かめる、とのこと。弁護士にとって一番必要なのは「想像力」と番組の中で弘中弁護士が述べておられましたが、現場をみることで想像力を発揮することができる。マスコミの報道から受けていたイメージとは全く異なる現場の様子が認識され、また現場に立つと、事件の本筋がイメージとして湧いてくるそうであります。これによってマスコミ報道や権威者の解説にまどわされずに真実を発見することが可能と述べておられました。
最近、不正の早期発見スキームについて検討することが多くなりましたが、不正の前触れとなります「異常な兆候」は、なかなか定例の監査等で発見できるものではなく、非定例の深度ある監査(調査)によって初めて発見されるものであります。しかし、この深度ある監査(調査)というものは、非常に手間暇がかかる作業でありまして、これを継続するためにはそれなりのモチベーションが必要になってきます。このモチベーションを維持するために必要なのが全体把握力であり、また現場認識力ではないかと。また、こういったものを第三者に説明し、納得してもらえなければ不正発見のための調査に協力してもらえないのが現実であります。
こういった「全体把握力」や「現場認識力」は一朝一夕に身に着くものでもないでしょうし、弘中弁護士がインタビューで答えておられたように「僕はすぐに依頼者のことを好きになってしまうんですよ」といった個人の性格に依拠するものなのかもしれません。ただ企業不正の発見に関して言えば、社内の常識にとらわれてしまっては、これを疑う心を持ちえないために、「全体把握」は困難ではないかと思います。社外の目を取り入れることで、はじめて異常な兆候が見えてくる、ということもあるのではないでしょうか。
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