闘うコンプライアンス(しまむらVS加茂市)その4・政策法務はむずかしい
toryuさんから教えていただきましたが、売り場面積拡張でもめていたファストファッションのしまむら社と加茂市でありますが、このたび刑事告発問題は決着がついたようであります。4月1日の毎日新聞ニュース(新潟版)によりますと、県警から書類送検されていたしまむら社の60代男性役員について、地検は「構成要件該当性なし」として不起訴処分とした、と報じられております。お上にたてつくと、「江戸の敵を長崎で討つ」状況になってしまわないか、と萎縮してしまう企業が多い中、法令遵守の気持ちを強く持ち、行政と是々非々で向き合う「闘うコンプライアンス」の姿勢が実を結んだ好例であると思います。
当ブログでも過去3回にわたり、「闘うコンプライアンス」シリーズとして取り上げましたが、この事例は非常に興味深いものであり、また私自身もたいへん勉強になりました。本日はあまり時間もありませんので、多くの感想を抱いた中で、一点だけ疑問に感じているところを指摘しておきたいと思います。
今回、県警および地検は、加茂市の当該条例制定について、しまむら社を狙い撃ちした「後だしジャンケン的」な条例であることに注目したわけではないようです。注目していたのは、当該条例が建築基準法による規制を前提としているにもかかわらず、建築基準法が想定していない「売り場面積」(正確には売り場の床面積)という概念を新たに持ち出している点でありました。そして、地検は「建物自体を増築したわけではなく、もともとあった建物の一部を売り場として拡張して使用したのであるから、これは建築基準法の趣旨からすると売り場面積の拡張にはあたらず、構成要件該当性がない」と判断したようであります。
本事例を「線として捉える」、つまり条例制定前後の事実関係を詳細に認定して不起訴処分とするならば、後日の検察審査会への異議申立ての可能性が高まったり、当事者間における民事賠償問題の根拠事実として利用されたりする可能性があるので、「点として捉える」、つまり法と条例との関係という、きわめて法律的な解釈問題を持ち出して処理しようとする地検の対応は、なるほどと納得するところであります。
しかし、私の手元にあります政策法務に携わる公務員向けのハンドブック「自治体法務サポート 行政手法ガイドブック」(鈴木・山本著 第一法規 平成20年3月初版)によりますと、刑罰を伴う条例を制定する場合には、条例案が完成した後、議会にかける前に「検察審議」が行われることになっております(同書 146頁)。この検察審議といいますのは、法律で義務化されているわけではないのですが、罰則のある条例を制定したり、改廃したりする場合に、事前に地検と通例的に協議する機会のことであります。条例の実効性を確保するためには、自治体と検察庁との円滑な連携を図る必要性が高いために審議の場が設けられるそうであります(同書 75頁)。
もしこのたび、加茂市が検察協議を経て条例を制定しているとなると、上記の地検の判断はおかしいのではないでしょうか?条例には「売り場の床面積」という用語が出ており、これは建築基準法には出てこない用語であります。「点として捉える」のであれば、そもそも検察協議のなかで、今回の判断は地検が指摘していたはずであります(たとえば「売り場の床面積の拡張」というのは、既存の建物のうち、売り場でなかったところを拡張するようなことは含まないのかどうか曖昧である、など)。それとも、加茂市が事前に検察協議をしていなかったということなのでしょうか?(おそらくこれはないと思いますが・・・・)県警の判断と地検の判断とでは微妙なニュアンスの違いもありそうで(たとえば県警は「条例自体がおかしい」という見解で、地検は「条例は有効だが本件へのあてはめがおかしい」という見解ではないか等)、どうもよくわからないところもあります。
いずれにしましても、企業が「法令遵守」のために行政と闘うケースにおきましては、まず「点として捉える」手法を活用することの有効性が認識できたと思われます(たとえば本件でいえば「上乗せ規制」「横出し規制」「法律と条例の優先適用関係」等)。ほかにも、今回の不起訴に至る顛末を知ると、いろいろと疑問が出てくるのでありますが、とりあえずまた続き・・・ということで。
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コメント
山口利昭 様
京都市職員の岡田博史と申します。
いつも興味深く拝読しております。
加茂市の条例の規定を確認できないので断定的なことは申し上げられませんが、条例制定に当たって検察審議をしていないというのが事実である可能性の方が高いと思いました。
投稿: 岡田博史(京都市役所) | 2011年4月 7日 (木) 18時09分