中部電力役員の英断と一般株主の素朴な疑問
(5月10日午前:追記あり)
法治行政の在り方を考えた場合、総理大臣の浜岡原発停止要請に対する中部電力社の応諾につきましては、いろいろと申し上げたいことがございます。ただ、前回のエントリーでも書き留めておりますとおり、中部電力社の役員の方々は熟考を重ねた上での判断だと思いますし、とくに株主代表訴訟において任務懈怠(善管注意義務違反)が認められる可能性はかなり乏しいものと(少なくとも私は)思っております。
ところで、役員に皆様につきまして、会社に対して法的責任を負うかどうか、という問題と、一般株主にきちんと説明責任を尽くせるかどうかは別だと思いますので、私を含め、原子力発電に詳しくない一般株主の立場から素朴な疑問を述べてみたいと思います。いわば今回の停止要請に応諾したことを前提とした想定質問ということで。
まず、今回の原発停止については、東海大地震が30年以内に発生する確率が80%を越えるとのことで、中部電力としては安全最優先とのことで、今回の要請応諾となったと社長が会見で答えておられました。しかし政府は長年にわたり、この東海地震発生の確率が高いがゆえに東海地震のために多くの税金を投入して地震予知体制を備えてきたはずです。今回の中部電力の判断にあたって、この地震予知体制はまったく機能しないものと考えたのでしょうか。地震予知機能が適切なものであれば、有事に安全に原子炉を停止できるのではないでしょうか。
つぎに、「株主代表訴訟に耐えられるのか」との記者からの質問に対して、社長さんは、長い目でみれば、安全を優先して利害関係者の皆様からの信頼を得ることが、企業の利益となると回答されています。しかし、長い目でみて利益になるのであれば、なにも原発を停止しなくても、いままでの計画どおりに安全対策を講じていけば達成できるのではないでしょうか。今回は2年をめどに運転を再開する予定とのことなので、なぜ2年だけ運転を停止することが、「長い目でみて」利益になるのか、逆にいえば、2年間運転を継続しながら安全対策を講じることが、なぜ長い目でみて不利益となるのでしょうか(追記:5月10日朝の読売ニュースでも、静岡県知事は「現在稼働中の4,5号機については急に停止しなくても、それほど支障はないとの感想をもった」と報じられています)。原発を稼働させずに事業を継続できる点が証明されるとしても、それは利害関係者の短期的利益の喪失という犠牲のもとでのことだと思われますが。
最後に、会社法および会社法施行規則によると、中部電力社の取締役は、内部統制システムを構築しなければならないはずであり、そのなかには「損失の危険の管理に関する規定その他の体制整備」に関する方針が決められていますが、そのリスク管理体制の整備運用に関する方針と今回の要請応諾に至った判断の間に矛盾はなかったのでしょうか。
今回の臨時取締役会における経営判断の詳細について、私は専門家でもありませんので知る由もありませんが、素人の一般株主であれば、(前提事実のどこかに重大な誤りがあるかもしれませんが)当然に疑問に思うのが上記のような点であり、役員の方々にぜひとも質問させていただきたいところではないか、と。要請応諾に関する取締役の方々のご意見は全員一致だったとのことなので、おそらく明快な説明がなされるものと思われますが。
(5月10日午前:追記)「行政指導」に焦点をあてた新聞記事がようやく出てきました。
弁護士資格を有する枝野氏が法令を調査したけれども、やはり規制根拠となる条文がなかったので行政指導による要請を行ったというもの。ここがはっきりしたことで、次に「違法な行政指導」と「適法な行政指導」の議論が進むものと思います。
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コメント
現状では、地震予知は「まったく機能しない」/「適切に機能する」という形で明快な二元論的に議論できるほど科学的に洗練されたものではありません。
政府による地震予知は「ある特定のシナリオに則った東海(~南海)地震なら可能」という立場を取っており、以下のようなリスクがあります。
・議論の前提となっているシナリオとは異なる形で東海~南海地震が起きる
・発生自体は特定のシナリオに則ったとしても、シナリオの進展があまりに急速で判定会議の開催等が間に合わない
前回の「政府が認める東海地震」は江戸時代であり、言うまでもなく現代的な観測手段によるシナリオ検証は不可能です。
以上のことから、地震予知が「機能しない可能性は十分にある」と考えることが妥当でしょう。
#それでも、東海~南海地震で見込まれる甚大な被害(単独発生でおよそ30兆円、東海~南海連動でおよそ80兆円)を考えると、政府がほんのわずかな減災に希望をかけて地震予知へ投資していることは必ずしも不適切とは言い切れません。
投稿: あかみ | 2011年5月10日 (火) 06時52分
いままでも同様の要請が株主から個別にあったのではないでしょうか。福島原発事故をみて、あらたにリスク評価を検討した、ということでしょうかね。当然、損失の危険の管理については方針変更をせざるをえないと思いますが。
投稿: とーりすがり | 2011年5月10日 (火) 10時06分
震災前と後では、経済合理性と防災の関係の考え方を変えざるを得なかったという見方はできないでしょうか?つまり、震災前では、1000年に1度の災害に耐えうる構造をつくることについて経済合理性が感じらず、震災後では、10000年に1度の災害であろうが、経済合理性を度外視しても、原発事故を起こすわけにはいかないというものです。「想定外」という言葉が出ていますが、次は、この言葉は絶対に使えないのではないかと。(決して「想定外」であろうとなんであろうと原発事故を容認しているわけではありません。)
地震予知での確率が何を示しているのかは、ど素人なのでわかりませんけれども、絶対に地震・津波は起きる、規模も凄まじいものという前提に置き換えたほうがいいと思いますし。
とんちんかんかもしれませんが、いかがでしょうか?
投稿: cpa-music | 2011年5月10日 (火) 13時09分
何が事実なのか釈然としない中の停止要請で、津波用の堤防を築いた後に、地震があって(津波ではない理由で)原発がダメになったら誰の責任になるのでしょうかね。
設計者自身が、設計ミスでデータは偽造だだと自白している以上、停止することに意義はあるような気がしますが、治癒の方策は堤防が正しいのか否かわからずじまい。
取締役・監査役とかは、こういった人の意見を真摯に耳を傾けなかった場合、その責めで株主代表訴訟のそしりは間逃れない、というシナリオはないでしょうか?
http://www.mynewsjapan.com/reports/249
「浜岡原発2号は東海地震に耐えられない」
投稿: katsu | 2011年5月10日 (火) 17時36分
この論点は、
1.国から根拠がないらしい状態で依頼を受けたので止めるかどうか
2.リスク管理の一貫として、取締役自ら安全確認をする
ということを理由として原発を止めるという意思決定が善管注意義務を尽くしていると言えるか、という問題があるかと思います。
個人的には、地震が来る確率とそれに伴う原発の損傷、その結果中電が負わなければならない賠償額や損害額について、再度見積もりをきちんと取らなければならないのではないでしょうか。また、耐震設計などを今一度確認し(手間と費用がかかりますが、事故発生時の賠償額と比べれば安いでしょう。)、どの程度の地震であればどの程度損傷し、どの程度の損害となるかを合理的に見積もることをしなければならないと思います。
その中で、各種告発等(katsuさんのご指摘もこれに入るかと。)を真剣に取り上げる義務があると思います。この辺の告発を取り上げる義務があるかどうかは、山口先生もご専門かと。
個人的には、原発が事故を起こした場合の引当金の額(製品事故の賠償のための引当金に近いでしょうか?)は、おそらく今までは大甘に見られていたでしょうから、電力会社の決算に影響する可能性があったりしてと、1人で考えています。
投稿: Kazu | 2011年5月10日 (火) 18時18分
以前に東京電力の関連でJFKさんからコメントのあった求償に関してです。中部電力は求償を検討するのでしょうか。東電も中電も、会社の負担する損害を最小限にとどめるためには、求償をできる限り行うことが大切です。一般株主であったら、保険屋としては、求償の努力はしましたか、との質問をしたいところです。設計瑕疵はどのような取り扱いになるのでしょうか。また電力会社さん自身の物的被害なども、求償してしかるべきだと思っています。
投稿: 保険屋さん | 2011年5月10日 (火) 22時45分
皆さん、「供給責任」というものはお考えにならないのでしょうか。
万が一の事故が起こった時のことを考えるのも大切ですが、電力が供給できなくなることによる「被害」には思いが至らないのでしょうか?
電力が無いとか食糧が無いとか飢餓や貧困で死ぬとか、そういう経験をしたことがいないと、何が一番のリスクなのか想像できなくなるものなんですねえ…
(だからといって、浜岡原発が安全だと(或いは危険だとも)云ってるわけではもちろんありません)
.
もう一度書きます。
電力が供給できなくなって工場が停止したり鉄道が止まったりすることによる「被害」の可能性も、同時に計算してください。
損得というものは、いつも裏腹なのです。
あと、完璧な対策などというものはこの世に存在しません。
投稿: 機野 | 2011年5月10日 (火) 23時49分
供給責任ですね、これは以下のとおりではと考えております。
1.事故発生リスクとの利益衡量
ここは、中部電力が持っている情報が全て公表されている訳ではないので、確実なことは言えませんが、いくら供給責任があるといっても(これは、電気供給契約に基づく責任ですよね。)、事故発生のリスクと比較し、後者が重い場合には供給義務は免責されると思います。公共交通機関には運行責任があるでしょうが、地震後に公共交通機関が安全性が確認できるまで運行を停止したことと平衡して考えられないでしょうか。
2.代替手段の確保
事故によるリスクが低い火力発電等の代替手段が確保できれば(新聞等によれば、中部電力はそれを検討していたようですが。)停止も問題ないでしょうし、実際、停止中や建設中の火力発電所が稼働した場合、消費電力のピークを発電能力が上回っていればよいのではないでしょうか。ここが確認できれば、供給義務が履行でき、「電力が供給できなくなって工場が停止したり鉄道が止まったりすること」の計算は不要になる、ということになるかと。
なお、原子力発電所の代替手段の必要性については、新潟地震により柏崎刈羽が停止したときに東京電力の電力不足が懸念されたという事例があった以上、中電の役員がこれを検討していなければ善管注意義務違反でしょうし、実際は検討していたのではないかと思います。
中部電力は、トヨタ、新日鐵をはじめとする中京工業地帯を抱え、また、名古屋経済圏を抱えるため、電気供給は重要と考えているでしょう。とはいえ、浜岡に事故が起こると日本経済(日本?)が壊滅しかねないという状況もあるでしょうから、中部電力としては難しい立場なのでしょうね。もしかすると、上記の告発記事にあるような耐震偽装があったりして。ないことを祈りますが。
投稿: Kazu | 2011年5月11日 (水) 17時32分
免責されるとかされないとか、そういう法的な責任なんか、どうでもいいのです。
安定供給される電力がなければ、産業も医療も何もかも崩壊してしまいます。
そういうリスクと、いつ来るか分からない地震や津波によって放射能漏れが発生することによるリスクについて、影響の大きさと発生可能性とを勘案して、冷静に判断されるべきでしょう。政府、というか菅首相が云ってる東海地震ハチジュウなんたらパーセントというのは実は単なる参考値に過ぎないわけで。活断層についてだって、本当は全国どこにでもあるものであって、今騒いでるのはたまたま発見されたものに過ぎないのかもしれません。
但し、(「安全」ではなく)「安心」という抽象的にして厄介な感情からすると、「浜岡ぐらいはとりあえず止めておこうよ」というのはそうなのかなとも思います。決して科学的な対応ではないから、「なんで浜岡だけ止めるんや。他は止めんでもええんか!」という疑問には応えられませんがね…
原発を止めても全国的に電力が足りている(足りないというのは政府の陰謀だ)という俗説が流れてますが、政府も信じませんが、そういうのを信じるほど馬鹿ではありません(笑)。
冷静な原子力発電停止・廃止論議は(同意できるかできないかはさておき)重要であり必要だと思いますが、「反原発」教という宗教には全くもって閉口しております。
安全で安定的で廉価なエネルギーを長期的にいかに確保していくか、という議論が行われるべきであって、より安全な原子力発電というものが可能であれば頭ごなしに否定されるようなことがあっては絶対にいけません。(もちろん、許容されうるレベルの安全性が担保されることが必要ですが)
太陽光発電も風力発電も量産効果や研究によりコストダウンは可能でしょうが、研究が行われているのは原子力発電だって同じであり、国際的なコスト競争で勝てるかどうかは難しいかもしれませんね…
例によって、話が脱線してしまい、申し訳ありませんでした。
投稿: 機野 | 2011年5月11日 (水) 23時43分
私もKAZUさんのおっしゃる通り、中部電力が柏崎の事例を見て代替手段を検討していなければ、リスク管理が甘かったと言われる可能性があるのでは、と感じました。実際検討しているようですし、トヨタでも昨日、浜岡は業績に関係ないとCFOである副社長が明言していました。
現時点では、太陽光とか風力などの再生可能エネルギーは原子力の代替にはなりえない不安定な手段で長期的な議論でしょう。
法律とは全く関係のない素朴な疑問なのですが、リーマンショック以来、エコ家電運動が盛んでしたが、例えば、エアコンとか従来のエアコンより電気代がOO%お得といううたい文句があったのですが、こういうエコ家電が家庭に備わっていれば、節電ももっと少なく済むはずではないのかなあ。だとすれば、もう一回エコ家電運動をやればいいのに。
投稿: katsu | 2011年5月12日 (木) 09時04分