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2011年5月 9日 (月)

ユッケ食中毒事件に伴う規制強化とコンプライアンス上の苦悩

先週、 「ユッケ食中毒事件-その事前規制と事後規制」のエントリーにおきまして、ユッケの流通、提供の規制強化が図られると更なるコンプライアンス上の課題がある、と書きました。新聞報道等によれば、今後食品衛生法の改正により、生食用牛肉の販売、流通、飲食店での提供等において衛生基準が改訂され、罰則が設けられる方針だそうであります。現在、牛肉は「生食用」として販売流通しているものは一切ない、とのことですが、規制強化により、今後はユッケ等の生食用牛肉も取扱業者による自主的な安全配慮措置だけでなく、法に基づく衛生基準を遵守しなければならないこととなります。

しかし問題は、食中毒事件が現実に発生しない状況で、牛肉販売卸しや焼き肉店等の業者が法令を遵守することをどうやって担保するか(事前規制の実効性の担保)という問題であります。いくら法が罰則を設けたとしても、法違反をきちんと取り締まる方策がないかぎり、おそらく誰も衛生基準を守ろうとしないのではないか、という懸念がございます。

現在の馬肉流通、提供に関する「衛生基準」(これは牛肉にもそのまま適合するものでありますが)を眺めてみますと、生食用食肉の取扱い方法に関する基準、生食用食肉であることの表示に関する基準が中心であります。しかし表示に関する基準はといいますと、表示すべし、とされているのは①生食用である旨、②解体された都道府県名、そして③加工した食肉処理場の所在場所だけであります。ということは、原産地を偽装するような「食品偽装」というよりも、公的な品質検査を虚偽の試験結果によって通してしまったような「性能偽装」に近い法令違反行為が横行する可能性が高いと思われます。そうであれば、商品を検査しただけで、一連の衛生基準に準拠した行為がなされたかどうかは全くわからないため、おそらく行政の抜き打ち検査によっては「法違反行為」を特定することは困難であります。これでは何ら実効性は担保されません。

また、刑事罰の新設により、規制を強化することも考えられます。しかし刑事罰といいましても、業務上過失致死傷罪の立件ように現実に食中毒事件が発生した場面ではありませんので、罰金による制裁が量刑の相場ではないでしょうか。たとえばフグのケースと比較してみますと、「東京都ふぐ取扱条例」には刑事罰が設けられております。このなかに、フグ調理師がフグ料理を客に提供する場合の、フグの取扱い方法が規定されており、これに反する取扱いによってフグ料理を提供した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます(同条例11条1項3号ないし8号、同23条)。たしかに懲役刑に関する処罰規定がありますが、これはフグの調理師は許可制が採用されており、いわゆる「免状」がなければふぐを調理することはできません。つまり身分犯として規定されたものでありまして、フグ調理師には高度な注意義務が課されているからこそ、これだけ厳しい刑事処分が設けられていることになります。ユッケの提供にあたって、このように許可制を採用することは現実的ではありませんので、身分犯として刑事罰が課されることはないため、懲役刑が新設されることはなく、せいぜい罰金による制裁となると思われます。

そうしますと、「みつかっても罰金で済むのだったら、みつかるまで違法行為を繰り返したほうがかしこい」つまり、やったもん勝ちの世界になってしまう可能性があります。これは事前規制によるコンプライアンス対応として、もっとも悩ましい問題であります。フグやカキなどとは異なり、危険性に関する国民の認知度が低く、かつ現実的にも食中毒事件に発展する確率が低い生食用牛肉の流通においては、このように「やったもん勝ち」になる可能性は十分に考えられます。また大手の焼き肉店等では、自社の責任を回避するために、取引先に安易に証明書を発行させることも横行するのではないでしょうか。これでは、消費者が安全安心な生食用牛肉を食することはできないことになってしまいます。今回のような痛ましい事故をなくすために、規制強化の実効性を確保しながら、なおかつ消費者が、これまでのように安全安心にユッケを口にすることができるためには、どのようにすべきでしょうか。

私も未だ十分に考えているわけではありませんが、たとえば刑事罰と行政措置の両面において取締規制を検討すべきではないでしょうか。これまでは食中毒事件が発生して営業停止措置がとられるところを、たとえば衛生基準に反した業者に対して、それだけで公益目的の見地から営業停止処分を発するということも考えられるのではないでしょうか。またこういった行政措置を新設したうえで、内部告発に対する奨励金制度を設けたり、自社や取引先の不正行為を告発した業者に対しての行政措置の減免(リーニエンシー)を導入するなど、内部から不正を通報することを促進する制度を設置することも検討されるべきだと思います(さらに行政措置ということであれば、公表制度も実効性があるかもしれません)。刑事罰を併設しておけば、公益通報者保護法の対象事実にもなり得ますので、内部通報や内部告発を促進することにもなります。性能偽装事件の発覚と同様、不正が内部から申告されなければなかなか法令違反行為が発覚しにくいのではないかと思われますので、「抜き打ち検査」や「罰則強化」ということだけでなく、実際に法令違反を取り締まるための対応策についても十分に検討しておく必要があると思います。

事前規制を強化する手法については、ほかにも衛生基準の改定等を含め、いくらでも思いつきますが、加工基準や保存基準等、これを強化すればほとんどユッケは庶民の口に入らない高価なものになってしまうのではないでしょうか。生食牛肉による事故防止のためにはそれもやむをえない、といった意見もあるかもしれません。しかし、ここまで日本の食文化に浸透しているユッケを「高価品」としてしまうことは、なんとなく国民感情に合わない道理のような気がいたします。これまで真面目にやってきた業者の方々も、おそらく取り扱わなくなってしまうのではないかと。ただ、飲食店側が販売業者に対して衛生基準に準拠した履行を確認したり、証明書を受領する際の確認事項を定めるなど、流通全体において生食用食肉の安全性に関する情報を共有するシステムを構築する程度であれば、なんとか実効性のある事前規制の手法が考えられるかもしれません。このあたり深入りしますと、上場会社の内部統制のお話になってしまって、今回のお話としてふさわしくなくなってしまいそうなので、これ以上は触れないことにいたします。

5月 9, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい |

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コメント

規制の在り方、選択肢としてとても納得できました。しかし、対象が、今まで長きにわたり安全に食されてきたユッケということもあり、ほんとにここまでしないといけないものなのか正直引っ掛かかります。
事件となったこのチェーン及び卸業者のコンビですらこの約2年間集団食中毒は発生しなかったことからも、ユッケという食べ物は報道から受ける印象ほど危険なものではない可能性があります。このチェーンで今回なぜ事件が起こったかの解明はもちろんですが、今まで(他店を含め)なぜ起きなかったかを解明する事無しに、今後の規制の在り方を具体的に想起するのは難しいと考えます。
想像するに、今回の事件のカギは、と殺~パッキングまでのプロセスに有りそうです。安い店を含め無数に焼肉店がある中で、また、加熱用の牛肉しか流通しない中で、これまで同種の事件は起きなかったわけですから、特殊な事態が原因だったとしたら、そこをコントロールすればよいだけです。調理法の周知徹底と、認証制度などの緩やかな仕組みを上手く組み合わせれば、伝統ある食文化を殊更危険物扱いしなくて済むのではないかと希望的に思っています。しかし、既に広まってしまった風評との兼ね合いで、強力な規制がないと安心して食べることができない代物になった可能性はありますね。

今まではなぜ起きなかったのか? この疑問とともに事件の真相が早く解明されることを祈ります。

投稿: JFK | 2011年5月 9日 (月) 03時26分

JFKさん、ほとんどのコメントが浜岡原発に流れているなか、むずかしいエントリーにコメントいただき感謝いたします。
私の本業的には、原発よりもこちらの話題のほうが書きやすいのですが、たしかにおっしゃるとおり、「ここまでやるの?」という感は否めません。私自身がコンプライアンス的な施策作りに携わっていたりしますので、「もし規制を厳格にすれば」という条件でのお話として受け取っていただければと。また韓国では「抜き打ち検査」が奏功しているようですので、エントリーで心配するよりも実効性はあるのかもしれません。強力な規制をすればするほど、「大きな政府」が必要になってしまうようで、なんともむずかしいところです。

投稿: toshi | 2011年5月10日 (火) 18時50分

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