闘うコンプライアンス-中部電力VS経産省(菅首相?)
(5月8日 午後:追記あります)
(5月8日 夜:追記あります)
(5月9日 午前:追記あります)
5月6日午後7時に、経済産業省から中部電力に対して「浜岡原発の全ての発電基について停止してほしい」旨の要請があったそうで、本日(5月7日)中部電力は臨時取締役会を開催し、これに応じるかどうかを慎重に審議した、とのこと(出席者は取締役14名、監査役5名の合計19名)。本日現在では結論は出なかったため、8日以降に継続審議とされたそうであります。中部電力の役員の方々からすれば、株主代表訴訟のリスクを考えれば要請を拒絶したいが、これを拒絶してしまうと社会的な批判の的になってしまったり、電力不足の事態となってさらに多くの訴訟リスクをかかえてしまう可能性もありそうです。
まず、確認しておかねばならないのは、福島原発事故が発生した状況での要請ということで、あたかも「有事体制」かのように錯覚してしまいますが、中部電力管内における浜岡原発に関する要請ということなので、平時の法治行政としての要請があった、ということであります。どうしても世論の流れが「原発停止はやむなし」との判断に向かいがちになりますが、本件は平時の法治行政の原則が妥当する場面であり、首相の有事判断が優先することはないものと思われます。ここはきちんと最初に確認しておく必要があります。
そのうえで、菅首相(経済産業省)による中部電力への要請は、行政手続法2条6号の「行政指導」に該当するかどうか、ということがまず問題かと思います。同法に定める行政指導とは
行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を達成するために特定者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう
とされています。そもそも「行政指導」について行政手続法のなかで規定しているのは、行政指導の弊害を除去することが目的なので、本件のように要請への応諾に事実上の強制力を伴うような事実行為についてはほぼ間違いなく「行政指導」に該当するものと思われます。この行政指導は口頭によってなされるものでも足りるのですが、中部電力からの要請があれば、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明記した文書を交付しなければならないため(同法35条1項)、このような中部電力の営業の自由を制限する重大な指導については、おそらく当初から同法35条の趣旨に則った文書で交付されたか、もしくは中部電力側は、文書交付の要請を行ったものと推測されます。
行政指導は、菅首相の記者会見のとおり、法に基づくものではありません。行政手続法32条から36条に規定されているとおり、任意の要請であり、これを中部電力が拒絶したとしても、なんら不利益を受けるものではありません(同法32条2項)。したがって、中部電力の役員の方々は、自主的な経営判断として、この要請に応じるか否かを検討しなければ、今後会社に損害が発生した場合、株主代表訴訟によって法的責任を問われる可能性があります。とりわけ、規制的行政指導(あらかじめ規制する法的根拠があるにもかかわらず、より柔軟な対応を求めるために行政指導の形で要請をするケース)の場合であれば、役員の方々も結論を出しやすい(要請に応じる、という結論を出しやすい)のでありますが、原子力基本法にも原子力災害対策特別法にも、こういった原発停止命令のようなものが規定されていないため、非常に困難な判断を強いられることになります。
まがりなりにも、国(行政)から中部電力の具体的なリスク管理体制に関する提案が出ているわけですから、これを採用するか否かは、経営判断原則(会社法上?もしくは判例上?)に従って必要事項はすべて資料に基づいて判断せざるをえず、したがって「継続審議」となることは役員の方々の法的責任を考えた場合当然のことだと思います。また、適法な行政指導に従い、価格統制を行った者に対する独禁法違反が問われた事例におきまして、最高裁は
「価格に関する事業者間の合意は、形式的には独禁法に違反するようにみえる場合であっても、適法な行政指導に従いこれに協力して行われるものであるときは、その違法性を阻却される」
としています(最高裁判決昭和59年2月24日 判決文は最高裁HPにて閲覧できます)。これも石油業法において法的根拠がない場合の行政指導に関するものでありますが、今回のケースにおきましても、行政指導が適法であり、かつこれに協力するにあたり、提案されているリスク管理体制を採用することに合理的な根拠があれば、中部電力の役員の方々に善管注意義務違反の責任が問われる可能性はかなり乏しいのではないでしょうか。まちがっても「首相の要請は断れなかった」「首相の要請を応諾することを前提として、事業に支障が出ないかどうかを考えた」という理屈は通らない、と思います。
会社法上、取締役は「社会的責任を果たす」といっても、やはり一般株主の利益を第一に考えて行動する必要があるわけでして、たいへん重い決断をしなければなりません。ただ、注意すべきは上記最高裁判決も「適法な行政指導」という言葉を用いているとおり、行政指導が法の根拠に基づかずに行われるものであったとしても、適法な行政指導と違法な行政指導はありうるわけです。行政指導には行政法上の比例原則(最低限度の規制か否か)、平等原則(他の電力会社への要請は不要なのか)も当然に妥当します。そこで中部電力の方々は、今回の経産省大臣による原発停止要請は、適法な行政指導に当たるかどうか、法律判断を必要とすることに留意する必要がありそうです。
(5月8日午後 追記)
資料保管庫管理人さんのブログからTBをいただきました(どうもありがとうございます)。中部電力社のガバナンスの状況が把握でき、参考になります。個人的な印象ですが、なかなかガバナンスがしっかりしているように思えますね。どういった協議結果となるのか、注目してみたいです。
(5月8日夜 追記)
unknown1さんから、電気事業法を根拠法規とする規制についてのご指摘を受けましたが、こちらの専門紙の記事によりますと、やはり電気事業法や原子炉等規制法によっても法的根拠の見当たらない要請と報じられています。やはり、規制的行政指導にはあたらないように思われます。
(5月9日午前 追記)
中部電力における経営判断として、損失補てんに関する行政契約を条件とするのはどうだろうか、これが前提であれば株主に対して説明できるのでは・・・・・といった意見を持っていましたが、(行政契約の手法まではいかないようですが)どうも火力発電所の稼働に要する天然ガス供給についての国の支援をとりつける方向で協議がまとまるとの報道がなされています。これは経産大臣の要請受諾の方向性を決定づけるものになりそうな気がします。
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コメント
電気事業法
(技術基準適合命令)
第四十条 経済産業大臣は、事業用電気工作物が前条第一項の経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができる。
行政指導は不要。首相は正論で規制すべき。
投稿: unknown1 | 2011年5月 8日 (日) 16時12分
unknown1さんのようなコメントを期待しておりました(ありがとうございます)。
ところで、ご指摘の電気事業法40条というのは、今回のようなすでに稼働している原発について停止命令を行う根拠法令として使えるのでしょうか?そうであれば、規制的行政指導がなされたことになりそうでして、エントリーの一部を訂正しなければなりません。
どなたか詳しい方、ご教示いただければ幸いです。
それと、「正論で規制」するということは行政行為を発動する、という趣旨だと思うのですが、そうなりますと電気の利用者や利害関係人による取消訴訟を誘発することにはならないでしょうか。行政訴訟法9条2項で、訴えの利益が広く認められるようになりましたので、おそらく抗告訴訟が提起される可能性があるのではないでしょうかね。
投稿: toshi | 2011年5月 8日 (日) 17時16分
電気事業法40条の技術基準適合命令は、稼働している事業用電気工作物(原発など電力設備全般)に対するものです。
しかし、省令で定める技術基準には適合している設備であるため、停止命令は出せません。
以下の「供給計画」変更勧告が行政上、適切な措置と考えます。
(供給計画)
第二十九条 電気事業者は、経済産業省令で定めるところにより、毎年度、当該年度以降経済産業省令で定める期間における電気の供給並びに電気工作物の設置及び運用についての計画(以下「供給計画」という。)を作成し、当該年度の開始前に、経済産業大臣に届け出なければならない.
<略>
経済産業大臣は、供給計画が広域的運営による電気事業の総合的かつ合理的な発達を図るため適切でないと認めるときは、電気事業者に対し、その供給計画を変更すべきことを勧告することができる。
投稿: unknown2 | 2011年5月 8日 (日) 21時24分
unknown2さん、ご教示ありがとうございます。なるほど、電気事業法29条に法制度上の行政指導に関する規定があるのですね。ただ、この「変更勧告」というのは、そもそも今回の経産省の要請と関連するものなのでしょうか。いずれにせよ、行政行為によって規制する法的な根拠というものは、やはり見当たらないということなんですね。このあたり、不案内な点が多いもので、私ももう少し勉強してみたいと思います。
投稿: toshi | 2011年5月 8日 (日) 23時12分
浜岡原発の隣町で生まれ育ち、現在は富士山の溶岩台地の上に住む私にとって、「地震⇒原発事故」は恐怖そのもので、中部電力さんが浜岡原発の当面の停止を応諾したのは喜ばしいのですが、商売柄(監査役稼業)、その決定過程において同社の監査役(会)が「経営判断の原則」に鑑みて、取締役の善管注意義務をどう監査したのかということについては極めて関心があります。要請後、数日で結論を出せたのですから、超人的としか思えません。
また、東京電力さんの場合では、「従来、国会において全電源の喪失の可能性が指摘されていたにもかかわらず、その対策を講じていなかったために今回の原発事故が起き、東電の株価は大きく下落した。これは取締役・監査役の善管注意義務違反だ」という株主代表訴訟を提起されても、国の安全指針が長期間の電源喪失を想定していないのですから、それ以上の対策を求めるのは取締役の善管注意義務を超えるのではないのかなと考えております。
「世論」「市民感情」からは離れるかもしれませんが、東京電力の取締役・監査役さんには筋の通った対応を期待しております。
とはいえ、ここからは余計なお世話ですが、東京電力さんが「法律の範囲内」のことだけやっていれば良いかといえば、それではパロマ社の二の舞になってしまう可能性が大だと思います。〔パロマ社は一酸化炭素中毒死事件がクローズアップされた時点で、民法や製造物責任法上の「瑕疵」「欠陥」はなく、第三者が不法改造したからといって、その責任もなく、また当時(2006年7月)は重大事故情報の公表を義務付ける法律もなかったと記憶します〕。
東京電力の常勤監査役さんは私が所属する日本監査役協会の会長さんでもあります。この問題は日本の監査役制度が機能しているか否かの試金石になるような気がしてなりません。
投稿: skydog | 2011年5月 9日 (月) 18時57分
再開後はじめてのコメントです。いつも長いタイトルのトラックバック申し訳ございませんm(_ _)m。
今回の問題は、経営陣の方々、後々の影響や法的問題を考えると大変な経営判断というか決断を行うことになったということなのだろうと思います。
企業の法務の担当者が行政法を真面目に勉強しなければいけないということを以前お話していただいたことがありましたが、いろいろと考えてしまったろじゃあでございました。
投稿: ろじゃあ | 2011年5月 9日 (月) 21時18分
公共・独占企業として、「供給責任」があるのが他の民間企業との大きな、そして決定的な違いと言えます。株主総会でどう決議されようが、裁判所がそれを認定しようがしまいが…。
独占企業である以上、単なる上場企業とは違う立場にあると思いますが、同時に、だからといって原子力発電所を国有化せよという主張は全くもって奇妙極まりないですがね。公務員のほうが民間よりまともだというのでしょうか。
投稿: 機野 | 2011年5月10日 (火) 00時32分
皆様、熱いコメントありがとうございます。たいへん勉強になりましたです。
コメントを読んでおりまして、ご批判、ご異論はございますでしょうが、どうしても法治行政の立場から続編を書きたくなってきました。高所大所から意見を述べることは当ブログ的には似合わないのですが・・・。
投稿: toshi | 2011年5月11日 (水) 01時56分