なぜ経産省現役官僚はインサイダーに手を染めたのか?
エルピーダメモリ株の売買に関する経産省現役官僚の方のインサイダー疑惑でありますが、今朝(7月7日)の日経新聞一面記事を読み、本当に驚きました。産業再生法によるエルピーダ社の再生計画に関与するキャリア幹部が本当に奥さん名義で同社株式の売買をやるものなのでしょうか?10年前ならまだしも、これだけインサイダー規制が厳しくなっているご時世であります。ご本人は否定しておられるようですので、断定的な表現は差し控えますが、どうにも信じられません。自分の妻に、あの厳しい取調べが待っていると思うと、知情の有無を問わず、少なくとも私には耐えられないものであります。
金商法166条1項3号による「法令権限保有者」(主に企業に対する規制行政に関わる公務員)によるインサイダーは、すでに2005年3月、これまた経産省のキャリア係長の方がチノン社株の売買で摘発されていた例があり、おそらく今回の事例が2例目であります。前回の事件については、たくさんの経産省職員がインサイダー取引を行い、そのうちの一人だけが摘発された、といった事情でもあればまだわかりますが、こういった前例があるにもかかわらず、なぜインサイダー事件に手を染めたのか、本当に理解に苦しむところです。
インサイダー取引の調査は、取引所と監視委員会で二重の調査が行われており、また監視委員会の最近の規制傾向も、証券市場の信頼を確保すべき立場にある者の行為は決して許さない、という姿勢(たとえば証券会社、公認会計士、ディスクロージャー関連印刷会社、マスコミ等の役職員については、厳格な姿勢で臨む)で貫かれているわけですから、ましてや再生支援業務に関与している公務員のインサイダー取引については、一般の事例以上に取締りが厳しいはずであります。それでも当該現役官僚の方は、バレないと考えたのでしょうか。
ひとつ気になるのがエルピーダ社幹部の方の証言であります。エルピーダ社幹部曰く、「元審議官(疑惑の方)は、本当にうちのために猛烈に働いてくれた」とのこと。おそらく職務を全うするため全力で業務に取り組んでおられたものと思います。しかし、だからといって不正から縁遠いものと断定することはできません。我々CFE(公認不正検査士)がよく学ぶところの不正のトライアングル(動機、機会、正当化根拠)にあてはめるならば、この経産省幹部の方は「これぐらい国家のために働いているんだから、すこしぐらい利益をもらってもバチが当たることはないし、正当な報酬だろう」と考えておられたのではないでしょうか。自分に都合の良いようにインサイダー取引行為の正当性を理解しようとするわけであります。
西友の社外取締役さんが、取引監視委員会から疑惑の目を向けられて、結局最後は社外取締役の方の夫がインサイダー取引を行っていたことが立件された例がありますので、まだ今後も当該疑惑事件には事実関係の解明に変遷がみられるかもしれません。もし今回の件が立件されるのであれば、ぜひとも経産省現役官僚の方が、一生を棒に振ることを覚悟でインサイダー取引に走ってしまった理由とか、自らの行動を抑止できないほどの正当化根拠がどこにあったのかを、ぜひとも知りたいところであります。
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コメント
インサイダー取引事件の場合
否認しても課徴金が高くなるわけでもなく、
また審判が終わるまで退職もさせられない為
給与、賞与、退職金、年金とも高くなります。
企業や役所、団体などは
インサイダー取引で告発された段階で
給与等を停止したり遡って返金、
または同等額以上のペナルティを課したり、
法改正し不公正な利益として
没収する事は出来ないものでしょうか?
投稿: にのみや | 2011年7月 8日 (金) 08時30分
不思議と発表されるインサイダー取引で手にする利益が小さいので、リスクリターンが全く見合わないのに、なぜ後を絶たないのか不思議です。
せいぜいTOBとかの場合、プレミアムの+30%程度のリターンで、得た絶対額もボーナスに毛の生えた程度。不謹慎な言い方をすれば、「割に合わない」。
本件は原発政策で揺れる中、資源エネルギー庁の次長というタイミングが更にすごいと思いました。
特捜部とか、政治家の汚職とかホリエモンなど狙わずに、官僚の過去の政策の顛末を狙うとか東京電力の過去の安全対策を洗い流すとか、そういった方面を徹底的に暴けば、存在価値が高まりそうだとインサイダーとは話題が違いますが、最近思います。
法的に特捜部は官僚の捜査はできないのでしょうか?(法務省管轄だから?)
投稿: katsu | 2011年7月 8日 (金) 21時02分
民間で同じような仕事をやってる同期が億単位で稼いでるのだから、俺だって少しぐらい・・・みたいなスケベ心が出てしまったのかも。
公務員に億単位の給料を払うわけにも行きませんし、さらなる厳罰化は証券市場への悪影響が強すぎます。対処の方法としては経産省の官僚の権限を大幅に縮小して機会自体を無くしてしまうのが唯一の解になろうかと思います。
経産省の官僚にモラル向上を望むのは難しいでしょうから、経産省には経営統合や救済の事案などインサイダー情報に関わらせないとの方向性しかないでしょう。原発問題を見ても、経産省には責任ある仕事、社会に影響を持つ大きな仕事を一切任せない方が国益になると思います。
投稿: ターナー | 2011年7月 9日 (土) 00時25分
いやあ、それこそ池田信夫教授の主張通りに、この際「インサイダー取引全部OK」にするしかないかもしれませんな(笑)。
「おいしい話(=インサイダー情報)が全く入ってこなければ、株式なんて買うかよ!」というのは投資家の本音です。財務諸表なんてクソの役にも立ちませんから。いかに合法的に、或いは当局や他者にに分からないようにインサイダー情報を得るか、というのが、現実の(強欲)資本主義なんですから。
それはさておき、金融庁VS.経産省の暗闘は凄まじいものがありますなあ。IFRS延期を裏で仕組んだのだって…(以下自粛(笑))
今回のインサイダー騒動だって、そういう官僚同士の対立の構図があるんじゃないかと思っていた方がよさそうですよ。
投稿: 機野 | 2011年7月 9日 (土) 00時55分
皆様、ご意見ありがとうございますなかなか興味深いコメントもありますね(笑
インサイダー規制の執行力を上げるのは世界の趨勢ですし、チェコとポーランドの資本市場(チェコはインサイダー規制なし)を比較すると、その資金調達力があっという間に逆転したことをみても、やはり規制自体は必要なのでしょうね。
課徴金処分対象者の支援をした経験からしますと、「妻が勝手にやった」という抗弁はあまりにもリスキーです。本当にそうなら仕方ありませんが、半年あまり奥様に対する過酷な取調べが続くケースもあり、まさに家族の不幸となります。
今後、どのような展開になるのでしょうね?
投稿: toshi | 2011年7月 9日 (土) 01時00分
「B型が苦手」と申します。
はじめまして。
本文中及び先生のコメントに、
>自分の妻に、あの厳しい取調べが待っている
>過酷な取調べが続く
とありますが、特捜部による取調べとは、相当過酷なものなのでしょうか?
日本においては、例えば、暴力による拷問や、24時間に及ぶ聴取は行われないと思います。
素人による興味本位の質問ではあるのですが、厳しい取調べの一端を教えていただけると幸いです。
投稿: B型が苦手 | 2011年7月 9日 (土) 02時19分
もちろん、暴力による取調べなど行われることはありません。しかし任意で、しかも検察ではなく、金融庁職員による聴取となりますと、長期間にわたる(しかも、どこで終わるかわからない)ものですから、本人にとっては非常に厳しいものであり、精神的に過酷なものであることは間違いないと思います。
今回のケースでは特別調査班(刑事立件を前提とする)ですから、検察の資格を持った方の指示で行われるとは思いますが、それでも一般家庭の方が、形式犯であるインサイダー事件の取調べを受けることは相当に厳しい状況かと。
投稿: toshi | 2011年7月 9日 (土) 09時37分